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7・楽しくて綺麗だった日

 えっと。

 あたしは確かに、『勿論馬に乗れる』と言いました。でも、それは普通の馬です。はい、確かに天空の国の馬が普通の馬でない事くらい考えておくべきでした。だけど……。


「ちょ、ちょお、なにこの馬! 羽! 羽生えてる!!」

「当たり前だろ。ペガサスなんだから」


 とエドガーはにやにやしながら事もなげに言う。あたしの反応を予測済みだったらしい。ペガサスに乗った天使……見た目的にちょっとくどくないだろうか。まあそれはともかく、鞍もついてないし、一体どうやってこれを乗りこなすんだろう??


「じゃあ乗ってみろ」

「あ、あんたが先に乗ってくれない?」

「なんで? 馬、乗れんだろ?」


 くう。見よう見真似でどうにかしようなんてバレバレの様子。でも、動物の扱いには割と自信はある。脇になんかついてる馬だと思えばそれでいいのだ、とあたしは心の中の動揺を隠しながら馬に近づいていったけど、何故かめっちゃ馬に引かれて歯をむかれ、鼻息と唾をかけられた……。


「バッカだな! ペガサスに横から近付く奴があるかよ!」


 とエドガーは悪態をついてくる。


「じゃあ何よ? 前から? 乗れないじゃん! 後ろから? 蹴られるじゃん!」


 馬に乗るには、前後左右からしかないじゃん、というのは、しかしあたしの思い込みだった。


「おまえさあ、翼は何の為にあるんだよ? ペガサスをびびらすんじゃねーよ。ほれ、見てろ」


 そう言うと、エドガーはふぁさっと翼を広げる。相変わらず、あたしの貧相な翼と違ってさすがは王子さま、大きく立派で、陽の光を浴びるとその羽毛がキラキラ輝くようで……。

 エドガーはそのままふわっと飛び上がり、上から優雅にペガサスの背に乗った。ペガサスは大人しく身動きもしない。

 ……なるほど。恐れ入りました。


 でも、あたしが真似してみても、ペガサスはなかなかあたしに慣れてくれない。あたしが雑だからだとエドガーに何度も指導され、ようやくペガサスを乗りこなせるようになったのは、お昼近くになってからだった。


「……大見得切った割には随分時間を喰ったなー」

「な、なによ、翼の生えた馬なんて見た事もなかったのよ? これでも才能ある方じゃない?」

「おまえね、それくらいちゃんと考えとけよな。この天空の国の生き物は、翼がないと魔界まで落っこちるんだ、って最初に知っただろうが?」


 そういえばそうだった。


 エドガーが手綱をとって軽く引くと、ペガサスは翼を広げ、ふわりと宙に舞い上がる。あたしも慌てて真似をする。


「うわあ~~~!!」


 気持ちのいい風が後ろへ流れていく。ぐんぐんと、自分で飛ぶのとは比べ物にならない速さでペガサスは宙を駆けてゆく。壮麗なセラフィム城もどんどん下へ後ろへ、小さくなっていく。これが、天空の遠乗り!!

 お城に代わって眼下に見えるのは、美しい草原だ。雲で出来ているとは思えないくらいに色彩豊かでどこまでも広く、綺麗な川が流れ、遠くに山が見える。手つかずの自然な風景が、誰の姿もなく、絵画のように流れてゆく。こんな素晴らしい光景を見た人間は、歴史始まって以来あたしが初めてに違いない。


「すごいすごいすごい!!」

「あんま興奮して、手綱離すなよ。おまえはバカだから、首根っこ掴んどかないとすぐ落っこちるからな!」

「うるさいわね! そんなへましないもん!」

「はっ、どうだか。間抜けなペットはちゃんと主の言うこと聞いとけ」

「あのさあ!」


 折角のいい気分に水差さないでよね? 助けて貰った事には感謝してるけど、ペットじゃないし?! などなど、言い返そうとしたあたしを遮り、


「そろそろペガサスを休ませて昼食にしようか。下りるぞ、エアリス」


 と、エドガーはペガサスに合図を送り、降下していく。慌ててあたしも習った通りにして後を追う。こんな所で迷子になったら大変だ。


 エドガーが降り立ったのは、綺麗な泉のほとりだった。そよそよと柔らかな風が吹き、周囲には見た事のない花が咲き乱れてる。


「うっわあ~~~、素敵!!」

「ここは俺のとっておきの場所だ。おまえは暇そうだから、ちゃんとペガサスを扱えるようになったら、ここで遊んでもいいぞ。だけど、独りじゃ危なっかしいからな、マニーについて来て貰え」

「えっ、なんであたしとマニーさんが仲良くなったの知ってんの?」

「む……いや、なんとなく思いついた奴の名前を言っただけだ! おまえの交友関係なんか知るか!」

「そお……。あー、それにしても、お弁当作ってくるんだったなぁ……」


 そろそろおなかがすいてきた。すると、エドガーは腰につけていた小さな鞄から包みを取り出す。


「ほれ、餌、喰え」


 ぽんと投げられたのは、あたしの大好きなお砂糖のかかったパン。


「わ、ありがと!!」


 餌、という言葉は今は聞かなかった事にしよう。あたしは座ってパンにかぶりつく。エドガーは塩味のパンをもしゃもしゃ食べている。


「んと、今度来る時はあたし、ちゃんとしたお弁当作るからね!」

「おう。おまえの作るもんは美味いから、次はちゃんと早起きしろよ」


 エドガーは泉の水を水筒に掬って飲む。そして、


「飲めよ」


 と差し出してくる。えっ。これって、間接なんとやら……にならない? いやいや、天使さまはそんな事気にしないのか。エドガーが気にしないなら、あたしも気にしない事にしよう。

 水は、とっても美味しかった。


「あそこに、山、あるだろ」


 食後、大きな樹に寄りかかって休息する。ペガサスたちは向こうで草を食んでいる。


「うん」

「あの山が国境。向こうは隣国のケルビム国。名前はシャルムから教わったろ? 覚えとけよ。勝手に行き来は出来ないからな」

「わ、わかった。ねえ、エドガー」


 こんな話が出たので、ついでにあたしは、前々から疑問に思っていた『なんで天空の世界に王国がいくつもあるのか』を聞こうと思った。なんか微妙な話な気もしたので、シャルムさまには聞きにくかったんだけども。

 でも。


「あー、馬鹿なペットのお守りは疲れたなー」


 なんて呟くと、エドガーはそのまま、重たげに瞼を閉じて、眠ってしまったのだ。寝息と共に、身体が傾いて、あたしの膝に頭が乗っかった。

 そっか、久々のお休みなんだっけ。憎まれ口は叩いても、あたしの為に、貴重な時間を割いてくれたんだ。

 うん、今度は絶対、おいしいお弁当を作ろう!


 あたしの膝枕で子どもみたいに寝ているエドガーには、いつものふてぶてしさはない。なんだかほっこりした気分で、あたしも眠たくなってうとうとしたりして。


―――


 この日の事は、忘れ得ない記憶になった。

 あたしは、色んな事を、知らなさ過ぎたままに、貴重な時間をふわふわと送ってしまったのだった。

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