6.絶対にやだーーーーーーーー!!!!!!
「――で、勝って、それからどうするのよ」
アキラを閉じ込めた障子戸の前で、ドミ子が嘆息した。
「このままこいつを閉じ込めておいても、あんたは出れないわよ。こいつを殺さない限りね」
ゲンタは腕組みをしたまま、難しい顔をして障子戸を眺めていた。
「手を汚したくないというのなら、こいつがやったみたいにモンスターに殺させるのも一つの手段よ。オブジェクト権限を持ってる今のあんたなら、カンタンにできるはず」
「俺はさ」ゲンタがぽつりと言った。「そういうのはやらない」
「へえ、それじゃあ一生こいつと私の世界で暮らすの? このリトル殺人鬼と?」
「それもまっぴらごめんだ。まっぴらごめんだ」
「なんで二回言うのよ」
「ごめん of まっぴら、だ」
「なんで英語圏に対応したのよ」
「ただ、俺もこいつも世間から爪弾きにされてるという意味では同類だって思ったんだよ。同類同士、殺し合ってもむなしいだけだ。それ以外の方法で脱出するのを考えようと思う。もしかしたら、ログアウトできるバグがあるかもしんねーしな。ドミ子はどうなんだよ、まだ世界に復讐しようとか思ってんのかよ」
「私は……私も、もう――」
「――ボクは足りないよ、ゼンゼン足りない」
ゲンタの背後からの冷淡な声
「あ――アキラ!?」
振り向こうとした瞬間、腕をねじり上げられ、ゲンタは組み伏せられた。
「ど、どうして、あの障子戸は絶対に抜けられないはず」
「たしかに、押しても突いてもビクともしなかったよ」
「だ、だったらどうやって!?」
「ひいたら、開いた」
「開いた」「うん」「開いたんだ」「開いた」「引き戸だしね」「うん」
……。
「アホかーーーーーーー!」
地面に突っ伏したままゲンタが絶叫した。
「ドミ子テメェ、なにが絶対に破られない壁だよ! 破られないけど、開くじゃねえか! 普通に開いちゃうじゃねえか!」
「あっ、開くわよそりゃあ開くわよだって障子戸だもの! じゃあ逆に聞くけど開かない障子戸をお買い求めになりますぅ!?」
「あの状況での顧客のニーズを考えろや! ――ヒッ!」
首筋に刃物の冷たさを感じ、ゲンタは身を縮こまらせた。ゲンタの持ち物からアキラがナイフを抜き取っていた。
「この距離じゃ壁を出しても無意味。今度こそ終わりだね、お兄ちゃん」
「ま、まて、まって、本当にちょっとまって!」
「神さまにまでひいきしてもらったのに、残念だね。それじゃ本当にバイバイ」
「まて、やだ、やだ、やだやだやだ」
アキラがナイフを振り上げた。
ゲンタの脳裡に走馬燈のようにこれまでの思い出が駆け巡った――が、そのほとんどがガイアクラフトに費やした日々のものだった。
ワープバグでラストダンジョンに飛ばされ、
トレードウィンドウを開いたまま連れ回され、
飛空艇乗り場で半日を無駄に過ごし、
砂漠の真ん中でラクダの運賃が払えなくなり、遭難。
――いやだ。こんな、こんな。
「こんなクソゲーで、最初で最後の犠牲者なんて、いやだーーーーー!」
魂の絶叫。その悲痛な叫びがゲンタの断末魔になると思いきや、彼の人生を断とうとしたナイフがすんでのところで止まった。
「……なに、なんて?」
「へっえ?」
「なんて言ったの、お兄ちゃん、いま、なんて言ったの」
「ぜ、絶対にやだ……?」
「その前!」
「こ、こんなクソゲーで最初の最後の犠牲者……?」
「最初で……最後? さいご? 最後ってどういうことだよ。ねえ!」
「――聞いての通りよ。このゲームにはあなたと、そこのボンクラしかいないわ」
「そんな、うそ、ねえ、うそでしょ?」
「ウソじゃないわ。もともとは一人取り残されたそいつが、自分が助かるために、あなたをおびき寄せたんだもの。あなたがゲンタを殺した瞬間、ガイアクラフトは自壊し、あなたは現実に帰る」
「だってだって、あのCMだと他にもいたじゃないか。ギンタって人は? お兄ちゃんの双子の弟なんだろ? 俺たちを助けて、って言ってたじゃないか!」
「ピュアかよ」
「じゃあ、本当に、お兄ちゃんを殺したら、このゲームは終わり……?」
ゲンタの視界の隅でナイフが転がった。ほどなくして、背後から啜り泣くような声が聞こえてきた。
「そんな、そんなのってないよ。やっと見つけたと思ったのに……ボクが、ボクらしくいれる場所、ようやく見つけたのに! 一人殺しただけで終わり!? そんなのあんまりだよ!」
「あのー……あの、ごめん、なんか、ごめんな? お兄ちゃん不死身じゃなくてごめんな?」
「やだよぉ……現実なんかに、帰りたくないよ……」
「泣くなよ、泣くなって。なんでどいつもこいつもメンタルがスフレよりもろいんだよ。泣くなって。お兄ちゃん帰れたら、また遊びに来てやるから。殺さない程度に遊んでやるから、な?」
「また……遊んでくれる……?」
「うん、約束するする。また来るから。だからちょっと背中からどいてほしい」
「また……来る……? ――そうだ!」
アキラが何か思いついたように立ち上がった。
「また来てもらえばいいんだよ、お姉ちゃん!」
「え、わ、私?」
「そうだよ! お兄ちゃんとお姉ちゃんがやったやつを、もう一度やろうよ! そして色んな人に来てもらえばいいんだ!」
「あの……映像ジャックをもう一度……?」
「そう! 今度はボクも協力するからさ、もっと派手に、もっと面白そうにやって……十人……百人……ううん、千人集めようよ! ボク、一度戦争とかやってみたかったんだ、千人で戦争だよ、いいでしょ、ね? ね?」
「千人……戦争……」
「ば――バカ、アキラちゃんなに言ってんの! 無理だから、こんなクソゲーに千人とか無理だから! それにドミ子はもう心を入れ替えたんだよ、もうお前のそんな口車なんかには――」
「乗ったわ」
「降りて?」
ドミ子は腕組みをしながらうんうんとしきりに頷きだした。
「そうよ、そうだわ。思えば私の復讐はまだ全然完遂されていないもの。愚かなプレイヤー千人で戦争……これこそが私の求めていたあるべきデスゲームの姿よ! いいわ、やりましょう!」
「ばっ、お前頭冷やせって! 千人なんか集まりっこないだろうが! それにまたアキラみてーなシリアルキラーがやってきたらどうすんだよ! 今度こそ俺は生きのびる自信なんかねーぞ!」
「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん」アキラが耳元で囁いた「ボクが守ってあげる。千人集まるまでは、お兄ちゃんも大事なボクの遊び相手だもの。誰にも殺させやしないよ」
そういって、妖精のような笑顔をうかべた。
「そうと決まったらまずはワープバグの修正に取りかかるわよ! せっかく人が来たってすぐに死んだんじゃ意味がないもの。アキラ、あなたにはデバッガーをやってもらうからね」
「はーい」
「ゲンタ、いつまで寝てるの、早く来なさい。初期村の建物を再構築するの手伝ってもらうわ」
「おい、ちょ、本気? 君ら本気? おいって――」
意気揚々と地下迷宮の闇に消えていく二人の背中を見ながら、再び走馬燈がゲンタの脳裡を駆け巡った。それは過去の映像ではなかった。これからの未来――このクソゲーに人を集めるため、東奔西走する未来の自分の姿だった。
――このクソゲーに千人集めるまで、帰ることも死ぬことも許されない。そんな、そんなの。
「絶対にやだーーーーーーーーーーー!」
その叫びは、誰にも届くことなく迷宮の壁に吸い込まれて消えた。