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5/6

5.俺の、勝ちだーーーー!!!!!


「――痛っでぇっ!」


 闇の底でゲンタは喘いだ。尻をさすりながら身を起こすと、重苦しい空気が鼻腔をついた。燭台が微かな光を投げていたが、闇の全容はようとして知れない。

 しかし、ゲンタにはそこがどこかすぐにわかった。いや、ゲンタでなくともおそらく気づいただろう。全てのプレイヤーが、望むと望まざるに関わらず、必ず初めに訪れるハメになった場所――。


「ラスボスの――地下迷宮……!」


 ゲンタは慌てて視線を巡らせた。ここは地下迷宮のどこかの大広間らしい。落ちた場所がよかったのか、幸い近くにまだモンスターはいない。アキラの姿も見えなかった。安堵もそこそこに、今度は身を隠せる場所を探した。


「あのイカれ野郎はともかく、モンスターにやられて人生ゲームオーバーはかっこがつかねえ……安全が確保できるまで、しばらく物陰でやり過ごすしか――」


 移動しようとするも足が重かった。いや、重いどころではない。まるで地面に縫い止められたように、動かなかった。


「馬鹿な。短刀は地上にある、影縫いは解除されてるはず――あっ!」


 視線の先、燭台の光から細く伸びた影の先端に、深々とふ菓子が突き刺さっていた。


「【真・ファイナル影縫いゴッド・オブ・ディスティニー・零式】……だと……!?」


【真・ファイナル影縫いゴッド・オブ・ディスティニー・零式】

 地面に刺さればべつに刃物じゃなくても影縫いができるバグ。

 数十時間を費やして隠密スキルをカンストさせた廃人たちが、深酒に溺れた際にやけくそで名付けた。


「――あのさ、ボクが見つけたバグにヘンな名前つけるの、やめてくれる?」

「アキラ……!」


 闇の中から、ぽりぽりと頬を掻きながらアキラが姿を現した。


「テメェ、影縫いを解きやがれ!」

「やーだよ」

「いやじゃないでしょ! このままじゃ俺も動けないけど、お前だって武器がなきゃ俺を殺せないはずだ。それどころか、ここにいたらお前だって死ぬリスクがある! とりあえず続きはここを脱出してからにすべきだ。いいか、これは命乞いじゃなく冷静な分析だぞ! だからふ菓子を取ろう、取って、取りなさい、オーケー?」

「顔汗すごいね」

「お話聞いて~!」


 アキラはふう、と息を吐いた。


「聞いてるよ。たしかに武器がないとお兄ちゃんを殺せない。だから、こうしようと思う」


 言って、アキラはおもむろに足下からサイリウムを拾い上げると、闇に向かって放り投げた。束の間の静寂のあと、地を這うような獣の咆吼が、サイリウムを投げた方から轟いた。


「……おい、まさか、そんな、アキラちゃん? うそでしょ?」


 ずん、と微震が響いた。ずん、ずんと、それは近づいているように思えた。やがて、サイリウムの淡い発光が、巨大なドラゴンの姿を闇に浮かび上がらせた。


「――できれば自分の手で殺したかったんだけど、しかたないよね」

「ま、まて、まってまってまって、なにやってんの、おま、なにやっちゃってんの? 俺も死ぬけどお前も死ぬぞ!? おい、謝ってこいって、たぶん間に合うからごめんしてこいって! オタ芸打ってたらすっぽ抜けましたって言えって! パン・パパン・ヒュー! の『ヒュー!』ですっぽ抜けましたって言ってこいって!」

「だいじょうぶ。ボクは壁埋もれバグでターゲット判定消せるから。お兄ちゃんは無理だけどね。じゃ、バイバイ」

「――待ちなさい」


 ずぶずぶと壁に沈むアキラを呼び止めたのは、ドミ子だった。


「ドミネーターのお姉ちゃん……だっけ」

「あなたさっき、ボクが見つけたバグ、と言ったわね。これまでのバグは全部、あなたが見つけたのかしら」

「うん。得意なんだ、こういうの。たぶんこれ以外もほとんどボクが見つけたやつじゃないかな。名前はつけてないけどね」

「メニューにバグを報告する項目があったはずよ。見つけた時点で、あなたは報告してくれたのかしら」

「するわけないじゃん。ゲームなんてオモチャだし、それに――」


 顔を半分壁に埋めた状態で、アキラは微笑んだ。


「――どうせ、クソゲーだしね」


 そう言い残してアキラは壁中に消えた。ドミ子は、小さな拳を固く握りしめたまま、しばらくアキラの消えた壁を睨みつけていた。


「どうせ、クソゲー……」


 そう呟く声は、小さく震えていた。


「ドミ子、おーい! ドミ子~! しんみりしてねーでふ菓子取ってくれ! 頼む、一生のお願いだからドミ子ちゃんふ菓子取って~! もしくは食って~! 取るか食うかしてくれ頼む、死ぬ! もうすぐそこまで来てるアイツそして俺死ぬから!」

「……ねえゲンタ、あんたは、どうしてこのゲームをプレイしてたの?」

「ああ!? こんなときになんの話だよ!」

「バグだらけのクソゲーなんでしょ。最悪のゴミゲーなんでしょ。だからみんないなくなったんでしょ。なのに、あんただけ、どうして」

「うるせえな、どうでもいいだろンなこと! それよりふ菓子、ねえ早くふ菓子!」

「おしえてよ!」


 ゲンタは絶句した。彼女の剣幕にではない。少女の頬を流れる、大粒の涙にだ。


「……たいした理由じゃねえよ。俺も、そう呼ばれてきたからな」

「あんた、が……?」

「そうだよ。一緒に遊んでも楽しくねえとか、顔がバグってるとか、着てる服が安っぽいとか、その結果ついたあだ名が『クソゲー』だよ」


 ゲンタは吐き捨てるようにして続けた。


「わかってんだよ、そんなこと。俺は自分が助かるために他人を犠牲するようなろくでなしだ、知ってるようるせえな。このクソゲーと同じくらいろくでもねえ人間だ。でもよ。でもよ、だからってあんまりだろ。よってたかってクソゲー呼ばわりで、飽きたら周りに誰もいねえなんて。なんかひとつ、どっかひとつ、だれかひとりでも、良いところを見つけてやんねえと、なんか、あんまりじゃねえか」


 ゲンタはすぐそこに迫った巨龍を見上げて、はは、と薄笑いを漏らした。


「結局、見つからないまま終わりそうだがな。クソゲーはクソゲーらしく、クソゲーの中でクソみてえに死ねってことなんだろうな、きっと」

「――いいえ、それは違うわ」


【了解。プレイヤー『ゲンタ』に権限を貸与。全オブジェクト操作権限の執行を許可します】


 機械音声がシステムメッセージを告げる。

 同時に、ドラゴンの口から灼赤の炎が迸った。


 *


 アキラは壁の中で首をかしげた。


 ――おかしい。


 ドラゴンは間違いなくゲンタに攻撃を加えた。灼熱のブレスは、壁の中にいてもその熱を感じられるほどだった。しかしおかしい。断末魔が聞こえなかった。

 壁の中にいてもそれだけは聞き逃さないよう、耳をそばだてていた。

 しかし聞こえたのはブレスが壁を焦がす音と、去っていくドラゴンの足音だけだった。

 アキラはそおっと壁から頭だけを出した。

 なにもない。なにもいない。ドラゴンは完全に去ったあとだ。


「お兄ちゃーん? 死んでる?」


 返事を期待しない問いを投げながら、壁の中から姿を現した。

 まさか、自力で影縫いを解いて身を隠したのでは、そう思ったが、ふ菓子は元の通り、地面に刺さったままだった。

 しかし、そこから視線を滑らせたとき、ある違和感を覚えた。


「なに、これ」


 アキラの目の前に巨大な城壁が二枚、不自然な角度で屹立していた。

 地下迷宮に使われているどの壁オブジェクトとも違う、明らかに先ほどまでは存在しなかった異物だ。その表面はひどく焼け爛れ、かすかに焦げ臭い。おそらくドラゴンの攻撃をこの壁で防いだのだろう。


 しかし、誰が?

 誰が、この壁を用意した?


「――バア!」


 突然、城壁が消え、舌を出したゲンタの顔が現れた。

 反射的にアキラはバックステップで距離を取る、しかし――壁。壁があった。今度はアキラの背後に、さきほどと同じ城壁が彼の行く手を遮るように威を張っていた。


「逃がすわけねえだろクソガキ!」


 ゲンタが手をかざすと、今度はアキラの両隣に城壁が現れた。――しまった。そう思うよりも早く今度は正面を塞ぐ壁が現れ、あっという間にアキラを囲い込んだ。


「――や、やった、か?」


 アキラを閉じ込めた城壁から答えはない、そのかわり忍び笑いが漏れ聞こえてきた。


「――ふうん、そういうこと。ドミネーターのお姉ちゃん、なにかしたね。お兄ちゃんに、なにかあげたね」

「あげてないわ。貸しただけよ。終われば返してもらうわ」

「ずるいなあ。神さまがだれかをひいきするようなことしてもいいの? ボクたちがアソんでるのが見たかったんじゃないの?」

「そうよ。私は、私の作ったゲームをクソゲーとあざ笑った愚かなプレイヤーたちが、あがき苦しむのを見たかっただけ。それは変わっていない。ただし気づいたのよ――その愚かなプレイヤーは今、この場に、ひとりしかいないということがね!」

「それで? ボクを閉じ込めてお説教? こんな穴だらけの壁で?」


 真正面の城壁の真ん中からぬっと子どもの手が現れ、ついでうすら笑みを浮かべたアキラの半身が顔を出した。


「くそ、アイツどんだけ壁抜けバグ使いこなしてんだよ!」

「――ゲンタ、『障子戸α』を使いなさい」

「……えっ、なに、障子戸……? 障子戸ってあの、猫ちゃんにびりびりにされるやつ?」

「いいから早くなさい!」


 言われるがままにゲンタは手をかざした。「しょ、障子戸α!」叫ぶやいなや、壁から抜けようとするアキラの目の前に二枚の障子戸が姿を現した。


「……オイこれ障子戸じゃん! マジの障子戸じゃねえかこれ! 猫ちゃんにやられるやつ! もしくはまだお年玉をあげるほどじゃない年齢の甥っ子にビリビリにされるやつ!」

「バカにしてるの? こんなの、壁抜けを使うまでもないよ」言って、アキラが障子に指を突き立てようとする、しかし「――えっ?」破れない。障子戸は少したわみはするものの、一向に破れも通れも抜けもしなかった。


「無駄よ、その障子戸は破れもしなければ抜けることもできない。なぜなら――いちばん最初に、いちばん丁寧に作ったやつだからよ!」

「小学生の漢字ドリルかよ」

「うるさいわね、オブジェクト作りは飽きるのよ! いいから囲みなさい、逃げられるわ!」


 正面の障子戸が抜けられないと見るや、アキラはすぐさま脇の城壁に身体を滑り込ませた。「させるか!」壁を抜け、疾走するアキラを無数に生成される障子戸が追いかける。その様子はさながらドミノ倒しの高速逆再生のようだった。


「ゲンタ、左!」

「わかってんだよ! けど、は、速すぎる!」


 アキラの逃げ場を遮るように、障子戸が追いかける。漆黒の闇の中を、障子戸をかいくぐりながらアキラがジグザグに駆け抜ける。逃げ場は徐々に潰されているよに見えた、だが――。


「ゲンタ……?」


 障子戸の生成がぴたりと止んだ。


「ねえ、どしたの、逃げられるわよ、ゲンタ、ねえ!」

「――見えないんだ、そうだろ? お兄ちゃん」


 闇の奥から笑みを含んだ声が響いた。


「お兄ちゃんは影縫いされたまんまだもんね。その位置からじゃボクの姿は絶対に見えない。残念だったね。鬼ごっこはボクの勝ちだ」


 そう言ってアキラは広間の突き当たりの壁に身体を滑り込ませた。


「――地下迷宮壁β、『解除』」

「えっ――」


 今まさにアキラの抜けようとしていた壁が跡形もなく消え去った。

 かわりに、目の前に無数の障子戸が立ちはだかった。


「えっえ、な、なんでっ?」

「く、くく、くくくっ」ゲンタが小刻みに肩をゆすった「バァーーーーーッカ! 引っかかったなアホが! 敏捷カンストのサイコ野郎との追いかけっこなんざ真面目にやるわけねえだろ! 俺はあらかじめ、この広間の内側を同じ種類の壁で囲って、一回り小さくしておいたのさ! 壁抜けするときテメェはゼッテー動きを止めると思ったからね! ゼッテー止めると思ったもんね! ワーハハハハ!」

「ボクをだましたな、逃げられるようなフリをして……ボクを、はめたな!」

「はいはい騙しましたよハメましたよ、ん~? それがなにか、ん~? どした~? アキラくんどした~? 最強バグ使いのアキラくんどしたどした、ん~~? ギャーハハハハハ!」

「……なんか、あんたのあだ名の由来ちょっとわかったような気がするわ」

「うるせえ、騙されるヤツが悪いんだよ。これでマジの詰みだ、チビっ子殺人鬼!」


 障子戸がアキラを中心に螺旋を描き、ヒトひとり分のスペースを残してすっかりと囲み、さらに障子戸で蓋がなされた。


「俺の、勝ちだーーーー!」


 ゲンタは拳を突き上げ、高らかに勝ち鬨をあげた。

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