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8話 幽霊屋敷の夜

「父さんが、夜はピザ取っていいってさ」


 電話を終えたアキト君があたしたちに言った。

 居間に戻ったあたしたちは、もう五時近くになっているのに気が付いた。そこで、アキト君のスマホに(既に持ってるなんて凄い)連絡が入ったのだ。アキト君のお父さんの帰りが遅れるのは、予想外ではあるにしろ、たぶんよくある事のようだった。

 とはいえピザ宅配に一番喜んだのはナツキ君で、アキト君が出してきた広告を手にああだこうだとシュンスケ君と一緒にピザを選んでいる。

 あたしははたと気が付く。


「そういえば、アキト君のお母さんは……?」

「母さんも仕事」


 アキト君はこともなげに言った。


「寂しくないの?」

「まあ、慣れてるよ」


 そう肩を竦めるように言ったあと、何かを言いかけたような気がしたけど、その前にナツキ君の声で防がれてしまった。


「おい、アキト! お前、何にするんだ?」

「ああ、ちょっと待って」


 あたしはしょうがないなあと思いながら、ため息をついた。

 ……それにしても、何か忘れている気がする。

 なにかもっと重要で、ここにきた大きな目的があったような……。


「あ――屋敷の幽霊は!?」


 忘れるところだった。……というか、ちょっとだけ忘れていた。

 叫び声に、シュンスケ君が振り向く。


「出て来るとしても、きっと夜ですよ」

「そうそう! それよりお前も早くピザとジュース決めちゃえよ。決めないなら勝手に決めるぜ」

「いいわよ、適当で……」


 即座に、じゃあシーフードのやつとコーラな、と本当に適当に決められた。どうやら二種類のうちのどっちのピザを取るかでもめていたようだ。単純すぎる。


「シキちゃんは怖くないの?」


 フユが聞いてきた。


「そりゃまあ……出ないなら出ないにこしたことはないかな」

「あはは。わたしもちょっと怖い」


 フユの言っていることはわからなくもない。確かに今はこれだけ固まってるから大丈夫だけれど、もし一人のときに幽霊が出たら……。

 そういえばアキト君も、どうして〈フランス館〉なのかはわかったって言ってたっけ。

 それってどういうこと?

 幽霊の秘密じゃなくて屋敷そのものにも何か秘密があったってことなの?

 ちらりとアキト君を見ると、じっと何か考え込んでいるようだった。


「ねえアキト君。幽霊については何かわかった?」

「……それがわからないんだよな。出てきてないから」

「まあ、それはそうだけど」

「たとえば、屋敷の秘密そのものにそういった仕掛けがあるのか……、本当に幽霊が出るのか……」


 ううん、とあたしは考え込もうとして、はたと気が付く。


「え? なにそれ?」


 あたしが聞く前に、フユが目を瞬かせて尋ねた。

 たぶん同じことを思ったはずだ――屋敷に仕掛けがあるのか、本当に幽霊が出るのか、って、どういうこと?


「明日、ウメさんの駄菓子屋に行けばわかると思うよ」

「えっ? ウメばあの駄菓子屋……?」


 アキト君はそれだけいうと、スマホを持ってナツキ君たちに近づいた。


「決まったなら電話するよ」

「おう」

「じゃあ、書きだしますね」


 あたしとフユは顔を見合わせた。

 ウメばあの駄菓子屋が何の関係があるのかさっぱりわからない。そのうえ、アキト君は電話を終えると、無言で携帯ゲーム機を出してきた。


「終わったらピザが来るまで、やるんだろ?」


 三人はにやりとすると、電源を入れて頭を突き合わせた。

 あたしは今度こそ心からのため息をつき、フユは苦笑いをした。


「おいお前ら! お前たちも入れ、トーナメントするぞ!」

「もう。幽霊はどうなったのよ」

「カードゲームも持ってきたんで、後でやりましょうよ!」


 それでも輪の中に入ると、あたしたちはゲームに熱中してしまった。

 ピザが来るまでも、夜になるまでも特に変わった事は起きず、幽霊の存在は忘れられてしまったかのようだった。


 夜。

 二階の部屋をあてがわれたあたしたちは、あたしとフユの二人、ナツキ君とシュンスケ君の二人で部屋を分けた。毛布やなんかはアキト君が用意してくれたのを借りた。アキト君は自分の部屋に引っ込んでしまった。

 お泊りだなんて興奮して、フユと二人で色々と話していたけど、次第にうとうととしはじめた。屋敷の探索をするだけでもだいぶ疲れきってしまったようで、隣のナツキ君たちの部屋からも段々と声が聞こえなくなっていった。


 フユが目を閉じてしまってからも、あたしは色々と考えていた。

 フランス館のこと。

 屋敷の秘密のこと。

 女性の悲鳴。

 幽霊。

 それから屋根裏部屋で見つかったもろもろのこと――。

 幽霊屋敷のことを話すと機嫌が悪くなるウメばあのこと。

 ウメばあのところで話を聞けばわかるといったこと。

 いろいろなことが、頭の中で泡のように浮かんでは消えていった。


 ――。


 それからどれくらい経ったころだろう。


 ――……今、何か聞こえたような?


 夢うつつでぼんやりと時間を過ごす。

 ごろりと寝返りをうって、重くのしかかってくるまぶたを開ける。

 隣にフユがいない。

 もう一度寝返りをうって頭だけで姿を探すと、フユは扉のところで縮こまっていた。


「どうしたの、フユ?」


 声をかけると、フユはぱっと振り返った。

 今にも泣きそうな顔をしてあたしを見ている。ぎょっとしてあたしは起き上がった。


「さ、さっき、トイレに行こうと思って起きたら、下から女の人の悲鳴みたいなものが聞こえてっ……!」

「女の人の悲鳴?」


 聞き返してから、はっとする。

 それって、噂になってたやつだ。


「どこから?」

「たぶん、一階から……わ、わたしもう、怖くて……!」

「どれくらい前だったの?」

「わかんない……でも、十分くらい前だったかな……」


 あたしもちらっと時計を見たけど、自分がいつ起こされたのか覚えてない。あたしはぎゅっと黙り込んで、しばらくドアの向こうを見ていた。


「あたし、ちょっと見てくる」

「だ、だめだよ! もし何かあったら――」

「ほら、ひょっとしたらバカ二人が何かやってるのかもしれないし。もしそうだったら、とっちめてやるところよ」


 あたしはできるだけフユの不安を取り除こうとして言った。

 ……ひょっとしたらバカ三人の可能性もあるし。そもそもアキト君だって、驚かせるために呼んだとしたら……。


 ぎぃあああああああ――


「ひっ!」


 フユが悲鳴をあげる。

 いまや眠気は完全に吹き飛んでしまっていた。

 確かに一階から、人の悲鳴のようなものが響いたのだ。


「もしかして、この声?」

「そ、そ、そう! この声!」


 あたしはふるえるフユを見ながら、ぐっと拳を握りこんだ。


「……やっぱりあたし、行ってみる」


 あたしの声に、フユが目を見開いた。


「大丈夫よ、きっとナツキ君とかシュンスケ君が何かやってるだけよ」


 立ち上がって、そう自分に言い聞かせながら扉へと近づいていく。静かに扉を開けると、廊下はしんと静まり返っていた。

 出て行こうとしたところで、パジャマの裾をぎゅっと引っ張られた。


「わ、私も行くから」


 あたしはちょっと笑ってから、二人してそろそろと廊下を進んだ。

 小さな物音が聞こえた気がして、思わず顔を見合わせる。

 物音は一階から聞こえてきているようだった。そのまま廊下の隅を進んで、廊下の角から顔を出す。

 暗くてよくは見えないけれど、足音みたいなものが聞こえる。目を凝らしてじっと見つめていると、不意に居間の扉の前に人影が見えた。


「だ、誰かいるのっ?」


 震えながら声を張り上げる。

 人影はこっちを見て―― 一瞬躊躇したような気がした――その途端、バタン! と音が響き渡った。

 フユが悲鳴をあげて抱き付いてくる。


「フユ、ここにいて!」


 居間のドアが閉まったのだ。中に入った!

 あたしはフユを落ち着かせるように階段の隅に追いやると、そのまま階段を駆け下りた。


「ま、まって、シキちゃん……!」


 後ろで声が聞こえたが、居間のノブに手をかける。

 少し躊躇したけど――あたしはそのまま一気にノブをまわして、開いた。

 廊下と変わらぬ真っ暗な部屋が、あたしの目の前に現れる。

 昼間見たよりも不気味なのは、きっと夜のせいだ。白い人影だとか、動くものだとか、そういうのはまったく見当たらない。

 心臓がはじけそうにドキドキしている。片手で壁を探って、電気のスイッチを探した。

 パチリと音がする。天井のシャンデリアに灯りがついて、ゆっくりと部屋を照らした。

 あたしは誰か隠れているんじゃないかと息をのんだけれど、ソファの後ろにもどこにも隠れるところなんてない。


「うそ……」


 部屋には誰もいなかった。

 それこそ、この部屋に入っていった誰かは幽霊のように消えてしまっていた。


「なんで?」

「シキちゃん……!」


 後ろからフユが追ってきた。


「今、確かにここに誰か入ったよね?」

「うん……」


 あたしはうなずくしかなかった。

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