青二才
疲労も汚れも流れて十分に体も暖まり手早く着替えて昼飯だな、今日は残りの作業と休息だが完全回復に届くかは微妙かね。
まぁ残りを考えると完全回復しなくとも余裕で帰還までには風邪でも罹患しない限りは万全になるだろう。
こうなってくると栄養ドリンクとかが欲しい気もするがそれで万全かと問われれば微妙だろう、そもそも風邪の予防として効果的とは思えない、むしろ生姜湯とかの方がまだ効きそうだな。
残る作業を手早く片付けて一応何か見逃しが無いか一回りしては見たが特に何かは見当たらないな、スモーカーとかは壊すに壊せないし建築物は無し、せいぜいが開拓した道とかだがそれを元に戻せる筈がない、自然の力に任せて元通りにというのを願うしかない。
おそらく来年か再来年には枝打ちした部分に変わって生い茂るだろうし数年か十数年で斬り倒した木に変わって新たな若木も延びるだろうさ。
次に来るのはおそらく俺の子孫かでなければ我が家から買い取った誰かか、物を捨てに来たか釣りに来た不心得者か、或いは三馬鹿に頼まれて近日か、まぁ少なくとも次に来るまでには俺の成果は大まかにだろうが朽ちているし枝も延びていると思う。
拠点まで舞い戻り後はゆったりとのんびりとだ、暇は覚悟で体力の回復と肉体の修復に終始するとしようかね。
暇に耐えるというのは地味に体力と言うか気力を削るがそこはもう無我の境地で越えるだけだ、大自然の中でひたすら内に籠るように意識を沈めていく様は仙人の如くだが霞を食って腹を満たすような連中からしたら青二才どころか生まれる前の受精卵クラスに青い、まぁ存在するならばだが、イメージ的に中国の奥地とかなんだが大自然ならばアマゾンとかにも居て良い気がするが極彩色の鳥とか飛ぶジャングルに髭に木の杖持った爺さんって仙人っていうよりは少数部族の古老だな。
静かに意識を研ぎ澄ますと言うか沈めると言うか凪ぎにしていくと言うか、何が最も相応しいのか解らなくなる感覚になる瞬間が確かに有る、穏やかな水面のような深い水底のような刃紋の並ぶ日本刀のようなその全てを内包したような、トランスと言えば簡単だし無我の境地と言うならばもっと簡単だがこの感覚は何度陥っても霞の様に掴めないな。
それでも月に一度はこの境地で雨とか乗りきってるからな慣れてはきている。




