最悪の果て
何時もの如く俺の回りを一周して熊の立ち去った方向に向かいながら振り返りニヤッと口角を上げる、なんだろうかゴリラがここまで頼もしくかっこよく思ったのは初めてなんだがこの感情を言葉にできそうにない。
なんと言うか相手が人間なら兄貴と呼び慕うくらいに漢前だ、男ではなく漢字の漢の方の漢前だ、マジで一生付いていきますと舎弟宣言したくなりそうな背中を見送ってとにかく明日にでも全ての予定を捨て置いて対策に動くと決める。
とりあえず引っ越しか柵を作るかだろう、警戒網の増設も有りだが今回の事で何処まで効果が有るのか不明だ、何せ立ち去った筈のスマイリーが鳴子を鳴らしていないのだ、まさかとは思うがまだ警戒網の内側って事は無いだろうしそれを信じたいがその辺りのチェックも手早く済ませる事の一つだな。
まぁとにかくだ。
「「ハァーー」」
狙った訳でもなく全く同じタイミングで深い深い溜め息が俺と墨巣さんの口から吐き出された、まぁ俺がそうだったように息が物凄く詰まっていたからな、深呼吸したいってのも有るがそれ以上にこれから先を思うと溜め息しか出ない。だが先を相談する気分にも想像する気分にもなれない、今はただひたすら現実逃避して呆然としていたい。
夕方まで茫然自失に近い状態で過ごして現実逃避の中で時間を過ごす、墨巣さんも墨巣さんで座ったまま呆然としてたから似たような考えで現実逃避してたのだろう。
気持ちは痛いくらいに解るし解って貰えるだろう、ほんの数カ月しか共にしていないが濃密な数カ月を過ごした友人としてそれなりにヒトとナリは理解して、その上で今回の事件に関する感情と思いは大まかな部分で共有しているだろう。
マジで予想外にも程がある。いや予想はできていたのか、例えばスマイリーがこの拠点に現れる可能性は僅かだが有った、最近は姿を見ていなかったとは言え頻度を考えれば忌避剤を含めても遅いか早いかだ。
熊に関しても何時かは間近で邂逅する事も有るだろうと思ってはいた、居る事は解っていたしテリトリーに関しては不明だが歩き回る中でニアミスは起こると考えてはいた、ソレは相手に気付かれずにやり過ごすとか完全に睨み合いとか含めても起こりうる可能性の一つとして頭の片隅に有った。
だがその両方が、それも拠点でのんびり休んでいる時に一度に起こるなんて予想外だ、最悪の最悪としては考えておくべきだったかもだが流石にそんな可能性は考えたくなくて無視していたのだろう、忌避剤が有るから、警戒網が有るから、だから大丈夫と勝手な思い込みで最悪の果てにある可能性を無意識にあるいは意識的に排除していた。
そのツケを、普通ならあり得ない、天文学的な数字でしか起こり得ない可能性を、まさかまさかの可能性だとは言え、想像の範疇を外れた事象で払わされるとはな。




