想定外の最悪
時間的には午後2時半くらいだろうか、時期的に太陽が下がってそこそこ時間が経過し、もう1時間と少しでで黄金色に輝くだろうって時間帯。
なんの前触れもなく、一切の気配もなく、躊躇もないし遠慮もない、当然ながら覚悟なんてできているはずがないサプライズ、飛びっきりのトラブルがそこに居た。
真っ黒な体毛となんとなく間抜けな顔、立ち上がっても俺と同等か低いくらいかもしれない体長、それでも目の前に居るのは紛れもなく、間違いなく死の化身であり生来の怪物であり、何より危険を体現した生物の一角。
熊だ、思ったより小さいし知っている熊にしては少々と言わずに様相か異なるが紛れもなく熊がそこに居た。
ハァハァと息を吐きながら、こちらを気にしているのかそうでないのか、或いは威嚇しているつもりか上体を左右に揺らす熊、おそらく、嫌、間違いなく、そう信じたいだけかもだが前に見かけた奴と同一個体だろう。
しかしツキノワグマじゃないな、子供にしてもサイズは小さいし何より体毛と顔が違う、体毛に関しては多少個体差は有るだろうがここまで黒々していないしツキノワグマはどことなく日本犬に似た顔つきでコイツはビーグルっぽいと言うか小型犬のような雰囲気がある、何よりツキノワグマは胸の辺りに白から黄色の紋様だがコイツは胸から脇にかけて黄色と言うかオレンジの紋様。
ダラリと垂らした舌はキリンのように長いし俺が知っているツキノワグマの特長に何一つ当てはまらない、そしてこれらの特長に当てはまるのはマレーグマ、月じゃなくて太陽だがたいして変わらない、サイズがどうあれ熊は熊だ。
不味いな、仮に万全でも会いたくは無かったが今の俺は回復はしていてもスタミナや瞬発力は万全にはやや遠い、何より武器になる物は手元にないし火を点けようにも道具も薪もない、昼に使った焚き火も残念ながら処理済みで墨巣さんも似たような状態だろう。
一つだけ幸いなのは今のところ襲う気配はないらしくこちらを見ながら体を左右な揺らしてるだけって事だろう、全く落ち着きがないと言うかボールを前にした犬のようだ。
とは言えこの場合ボールは俺たちで捕まった場合の末路は言うまでもない、にらみ合いにこそなっていないが下手に動けばそこで人生が終わる、しかも悪い事に俺は座った状態だからな、小さく見えて襲うには申し分ない相手だろう。
悪い事は重なる物でどうやら恐怖に駈られた墨巣さんが動き出そうとしているらしく背後で気配がする、視界に入っていたなら目線で止めたのだがな、仕方がないかなり分の悪い賭けだが声で制するしかないらしい。
口を開こうとすれば熊が立ち上り、胸のオレンジの鮮やかさが見せ付けられるようで背後数メートル足らずまで近付いてきた墨巣さんの息使いが手に取れる。
「動くな、今は絶対に動くな、奴が動いたら叫んで良いが今は動くな」
墨巣さんに聞こえるだろうギリギリの声でそう言って立ち上がった熊から目を外さずに睨み合いに持っていきたいのだが向こうは俺の後ろに用が有るらしく上手くいかない。
此方に注目させるために立ち上がるかもう少し声を大きくして話し掛けてみるか迷うがそれだけで墨巣さんを守れるのか自信は全くない。
この話の設定自体は本作執筆前から有りましたしそこから1年半くらいですか、考えに考えて、念のために今年の7月に動物園でツキノワグマとマレーグマ観察してマジでこのままで良いのかと頭を抱えて。
それでもまぁ良いだろうとこのままで突き進む事になりました、ただ残念ながら動物園で睨み合いができなかったんですよね、マレーグマは昼飯前で落ち着きなくウロウロしてたしツキノワグマはそもそも後姿ですし、そもそも暑さでダレてる動物ばかりでしたから、ついでにホッキョクグマも見ましたがなんと言うかマレーグマって本当に小さいなと。
飼育員さんに聞けば立派な大人だと言うしサイズと見た目がもうギャグと言うかなんと言うか、本当ならゴリラも見に行きたかったのですが私の住む所からだと飼育している動物園は遠いしお盆は忙しいしで間に合わなかったという。
行けるとしたら来年のゴールデンウィークですかね。




