百も承知
それでもフレンドリーさの中に若干の恐怖と危機感が有るのはその体躯故か、それとも溢れる野生のオーラか、ご近所さんでも見た目が恐い人として知られているタイプの、話してみると偏屈で頑固だが気優しい、そんな昔気質な職人って感じの雰囲気だな。
なぜだか竹細工の師匠を思い出してしまうがあの人は基本的に穏和で俺も年齢一桁のよく遊びにくる近所のガキって感じのポジションだったから雰囲気は真逆と言える。
それでも本格的に細工を学びだせば相応に厳しい人だったが何度か会った兄弟子曰く丸くなったらしい、まぁ本格的に学んだ時も年齢一桁だし本来の腕を発揮する木工ではなく手慰みの竹加工だったからというのも有るのだろうが、そもそも兄弟子にしても木工の弟子だけで竹細工となると俺くらいしか弟子は居ないと思う。
しかし目の前にいるのは背の曲がった痩せぎすの好々爺ではなく太ましい両腕を地面に着け破顔するゴリラなのだが。
と言うか今さらだが本当にゴリラってウホウホ言うのかね、鳴き声とか聞いた事が無いから解らないが少し気になる、そもそも胸を叩いたりもしていないしゴリラのイメージから程遠い位置にスマイリーは居る。
現実逃避の中でも全く意に介さずノッシノッシと近付いてきて顔を覗き込みニヤッと笑う、ここまで近付くのは久々だな、確か前も水浴びの時だったから何か運命の様な物を感じてしまう。
そのまま俺から離れて今度は墨巣さんに顔を近付けているがおそらく墨巣さんも至近距離の笑顔を見ているんだろうな、まぁ笑顔というより片側の口角をニヤッと上げるから微笑みに近いのだが。
どうやら満足したらしく俺たちに触れる事すらなく立ち去っていくがそっちは拠点方向なんだが、残念ながら止めようがないし声をかけたところで理解してくれる筈もない、まぁ離れてはくれたから墨巣さんが温泉を楽しむのに支障は無いのだろうがそんな気分にはなれないだろうな、俺はむしろもう一風呂浴びたい気分だ。
たっぷり5分は経った頃ようやく溜め息が出た、ずっと呼吸を止めていたって気分だがそんな筈もない、単純に息が詰まっていただけだ。
それでもなんとか一息ついた、動き出すきっかけとしては十分過ぎるくらいで後は足を一歩踏み出して喉から声を絞り出せばいい。
「あぁ~、状況と答えを百も承知で聞くが温泉入ってく? なんなら明日も休みにしてのんびり過ごすのもアリだと思うし、ほら一斗缶とかまだ手に入ってないから」
努めて軽くおどけた感じで聞いてみる、こんなものは大した事じゃないと嘯いて保険として大義名分には足りないが言い訳にはなる事を上げてみる、ここまで休みに休んだんだ1日遅れるくらいは許容範囲だし精神的な休息の意味でも必要だろう。




