星
拠点に戻って調理していく、今日はハゼとゴンスイか、墨巣さんの方は皮剥だな、久々に胆合えを楽しめそうだ。
なんというか流石に板前さんほどではないだろうし、スーパーの鮮魚コーナー担当にも負けるか、それでも漁師の奥さんと同じくらいには魚を捌いているんじゃないだろうか、少なくとも以前の生活の一月分を3日も有れば越えてしまえる程度には捌いているな。
焼き魚に胆合えの夕食を終えて片付けを済ます、さて、空は燃える赤から黄金へ、そして今は夜の帳と混ざり濃い紫と黒のグラデーション、おそらくもう半時で黒が優勢となり、1時間で闇に早変わりだな。
片付けを終えて池を目指すべく装備を入れ換える、まぁナイフと斧、水筒に電話、治療とサバイバルキットだけで良いだろう。
「何処に行くつもり? もう真っ暗よ?」
あぁ、そう言えば説明してなかったか、と言うか教えていなかったか。
「何処にと言えば池だな、まぁ見てみな」
そう告げて人さし指を真上に向ける、あまり開けていない樹の天井だし、残り火の明るさもあるが間違いなく瞬いているし、その美しさはちょっとやそっとじゃお目に掛かれない。
「何もないけど、貴方には何が見えているのよ」
「星」
まさかの返答に面食らって物凄く素直に短く答えてしまったな、まぁ間違いではないのだが。
「星? 確かに出てるわね、天体観測ってわけ?」
「あぁ、今日は新月だからな、ここは空気も綺麗だし明かりもないから凄いんだよ」
本当に裸眼で、望遠鏡も双眼鏡もないのにおそらくは6等星と思われる細やかな光まで見えている、今はまだだがもう少しで天の川も顔を出すだろうし、流れ星だって1時間に数回は余裕で流れるんだ、ダイナミックでメランコリックでノスタルジックな光景だろう。
「星ねぇ、南米で高山トレーニング中にけっこう見たけど、そんなに凄いの?」
うん、スケールが違う、忘れがちだけどこの人世界的なアスリートなんだよな、なんというか見せ付けられたと言うか突き付けられた気分だ。
「えっと、ごめん、流石に南米の空なんか知らないからそのハードル下げてくれないかな? とりあえず街中よりは凄いくらいにしてくれ」
墨巣さんを連れ立って池へと向かう、流石に森の中ともなると真っ暗だが、比較的早い段階で目もなれて、なんとなく朧気なシルエットだけなら見えてくる。
若干距離感や空間把握に問題はあるが、何度となく通って踏み固めた地面と苦心して枝を払っただけあって、少しばかり時間を掛ければ池に到着できてしまう。
後は水の音と星明かりを頼りに安全な場所を見定めてと言うか予想して、その場に体を預けるだけだ。




