技術
何時ものようにハゼとイワシを手に入れる、さて明日のスタミナのため、糧になってもらおうか。
墨巣さんは
「おいマジかよ」
ついついそんな言葉が出てしまう、アレは磯で捕れるとは思えないのだが、何で突けてるんだよ、と言うか捌くの死ぬほど大変なんだよな。
遠目にも解る銀色の体に意外と鋭い牙、完全にハモだな。
「えっと、捌ける?」
そんな風に不安そうな墨巣さんの言葉も解らなくもない
「あぁ鶴子、俺の友人だが、その釣り馬鹿がアホみたいな量のハモを釣ってきた事が有ってな、毎週三尾は持ってくるから骨切りマスターしたよ」
今、あのアホに感謝している、お陰で今日の夕食が豪華になったな、あの苦労もようやく報われると言える、あいつ釣れるけど捌けないし、任されていた訳だが、俺の苦労も知らずに食うだけだったからな、その癖骨切りが甘いと文句言うし、本当に大変だったんだがな。
「凄いわね、普通トライアンドエラーだけじゃ身に付かないわよ? こう師匠とかから手解きを受けてそこからなんとか形になるような技でしょ?」
「まぁ割烹とか寿司屋とかでないと無理っぽいが、俺の場合基礎は祖母に叩き込まれてるからな、やり方はテレビとか動画サイトで見れるし、後はトライアンドエラーでなんとかなるんだよ、小一からなんだかんだで包丁握ってるし」
まぁ、基礎を叩き込んだ祖母はレストランのシェフ、つまるところ専門は洋食、正確にはフレンチで本場仕込みの三ツ星級、一応和洋中問わず叩き込まれてはいるが和と洋に偏っている、特にフレンチとイタリアンが絶品で和食は中々、中華は普通というのが友人達の評価となる。
実際問題、鶴子の実家のレストランに誘われたりしていたが残念ながら就活に失敗して、さて最後の手段だと返事をする前にご両親に事故が有って閉店するという、俺にしてはあり得ないくらいの状況になったりしている。
まぁ幸いにして、ご両親の怪我は店を開くには厳しいが日常生活や、選ばなければ仕事は可能なレベルだったらしい、残念な点としては継ぐ人間であるはずの友人が鶴子という点であろう、奴に包丁を握らせるとか友人と親戚一同で止めるレベルの大事故の未来しか見えない。
奴をキッチンに立たせれば末路は阿鼻叫喚の地獄絵図だ、舌は馬鹿ではないが、何故か作ると凶器になる、味見をしていないからというのもあるが、それ以前に何をどれだけ入れれば良いのか、その加減が解っていないし、火加減も下処理も適当だから味が濃くて、臭みがある生焼生煮えのリカバリー不可の凶器にしか生み出さない。
一度だけ食べて以降は可能な限り彼女が差し出す食べ物には手を付けていないし、目の届く範囲では彼女を台所に立たせないようにしている、俺以外の被害者も同じような事をしているから特段俺だけが酷い対応というわけではないのが彼女の酷さを如実に語っている、と言うか生死の境を彷徨うレベルのを作った事も有るくらいで彼女に比べると墨巣さんなんてかなりの料理上手だ、少なくとも火は通っているし食べられる。




