あだ名
俺のチェスは基本的に守りを固めてからのカウンター、もしくは耐久戦で長期化させて相手がダレたところで一気呵成に自分の流れに持ち込む戦法を常としている。
特に相手が初対戦の場合は顕著なまでに守る、絶対攻めても大丈夫な局面でも守りを固めて、とにかく出方を見ながら長期戦に持込んで最悪でもステイルメイト狙いという余りにもひどく無様で不格好な勝負となる。
そうまでして相手の出方を見て、対策を持って次の対局を万全で迎えて勝つ、そんな泥臭いチェスの筈なんだが、僅か数手で決着が付いた。
いわゆる最短手敗け、相手がビショップかナイトを動かすためにg列のポーンを二マス前に、俺はとりあえずe列を一つ前進、そのまま相手のビショップが前進、こちらはクイーンをポーンが居た位置に、墨巣さんが続けてf列のポーンを動かして俺のクイーンがh4に移動しチェックメイト、せめて初手のポーンが二マスではなく一マス前進ならという短期戦、出方も守りも攻めもない、緩やかな自殺を見た気分だな。
「流石にこれは無いと思うんだが? 試したにしても余りにも酷い」
「言った筈よ、私は弱いと、動かしかたとルールを知っているだけで戦略なんか知らないもの」
なんと言うか残念極まる人でもあるな、毒物ヒッターで、チェスが弱い、運動神経は並外れているのに不器用で
「なんでだろうな、今思考の中で勝手にミス残念の称号を与えたくなったよ、しかも物凄くマッチしてて何故だか泣きそうだ」
「それ、私が泣きそうなんだけど、って言うか友達からよく言われてるあだ名未満の称号を知らない筈の貴方から言われると事実を突き付けられたみたいでもう」
「残念ながらみたいじゃなくて突き付けられたんだろうさ、良かったじゃないか、ミス残念ならまだ救いようもある、俺なんかビックリ一族のビックリ人間だぞ、個人じゃなくて家族巻き込んでの称号だぞ、個人単位だと幸運男とかもあるけど」
参加してたサークル内とかゼミ内だけではなく、同期の三割くらいはあだ名と言うか通り名が有ったな、俺なら幸運男や変人吸引機で通じていたらしいし昇なら登山馬鹿や煙とかもあったか、他にもフラスコ破壊魔と呼ばれた奴とか、奇跡の女、ミスター腕毛等の完全にふざけてるとしか思えないあだ名ばかりだったが、いつの頃からの風習なんだろうな。
親父の居た頃にはなかったらしいから二十数年前からか、なんと言うか悪意満載の通り名を与えられて、それだけ認知されているという有名税という名誉なのか、それとも単純に妬み等からの物なのか、とりあえず墨巣さんの大学でも似たような文化はあるらしいから、若者特有のハシカみたいなものなのかね。




