一局
幸いにして、と言うべきだろう、やる事は山のように有る。
お昼までは色々と小細工というか、文字通り小さな細工物を作ってしまおう。
必要ではあるが使う機会はかなり先にしかならない物を作ってしまおう、後はついでに食器も作り直すとしようか、かなり汚れてきているし。
持ち込んだ端材をテキパキと加工して、早々に食器を完成させ、残った端材にナイフで模様を書き込んでいく。
適度なサイズに切り分けた竹に矢印と英字のみというシンプルな物、6種類32枚。
PKNQBRと矢印のみの飾り気のないただの歪んだ竹の板、サイズを均一に揃えただけでもそこそこ技術を使ってはいる。
さて、やや時間が掛かってしまってはいるが墨巣さんが戻る前に昼食を作っていこう。
イワシをテキパキと捌いて鍋に敷き詰める、後は醤油やらで煮付けるだけだ。
墨巣さんが突いてきた大きめのカサゴはさて、揚げるかそれとも刺身でいくか、焼いても良いが悩ましいな。
まぁ無難に焼くとしようか、後は待つだけだな、その間に地面に等間隔に線を引いてみる、8×8の64マス、ここに先程 ほど作った板を並べれば暇つぶしの準備は完成だ。
まずはg列のポーンを前に、対するはさてa列を押し上げてみるか、仮想敵はとりあえず望でいいだろう、俺の耐久と彼女の速攻は割りと面白い勝負になるし。
レディファーストとして、先手白駒の仮想望が早々にキャスリングを済ませ、俺のナイトとビショップが中央に進軍し、地味にクイーンが突破口への布石となる位置に動かそうかというところで墨巣さんが戻ってきた。
「……チェスって、貴方は一体何をしているの?」
そんな呆れたような口調に
「ただ休むというのもなんだしな、食器とか作るついでに暇つぶし用に作ってみた、サイズは大きいし、盤は地面だが意外と問題にならないぞ、なんなら一局どうだ?」
相手がいないチェスというのもつまらない、仮想敵はあくまで仮想敵で、どれだけ頑張ったところで自分が勝つように動かしてしまう、さらに仮に負けたところで結局自分が勝ったとも言えてしまう。
せいぜいが局面の想定でしかなく、仮に対人戦で同じ局面になったとしてももっと流動的だし、大前提として覚えている筈もない、まぁプロの棋士なら覚えているんだろうな、将棋もチェスも碁も記憶力と発想力が必要だろうし。
残念ながら俺はそこまで凄くはない、と言うか俺が所属していたチェスサークルにそこまでの腕前を持つ者は居なかった、序列一位の望でさえ強豪校の平均以下、そのサークル内の中間やや上程度の俺ではとても不可能な領域だな。




