馬鹿の怖さ
「そうですか」
そこに感情はないかのように淡々と、ただ事実を受け入れたかのような冷徹さ、だが、ただやりきれない、怒りでも悲しみでもなく、ただやりきれない、そんな感情だろうと、俺は思う。
あるいは怒りの頂点を通り越したか、どちらにしてもその心の内は忖度できないから予測の範疇でしかない。
「とりあえず、現在警察が動いているし、儂の方でも人を雇い、コネを使い情報を集めて連携を取っている、足掛かりはできた、夏の終わりには事件の全容も見えているだろうし、解決に近付いているだろう、根深くとも秋の終わりには終わる、その後の火消しと合わせて春前にはこちらに戻れるだろう」
「ただし事が上手く運んだ場合になるがな、流石に現段階じゃとどう動きどう暴れ、どう手を打つか見えてこない、向こうもジリ貧にはなっているが焦って尻尾を見せてくれないんでな、幾つか網は張ったし既に手を打ってはいるが飛び込んでくれないならどうしようもない、だが間違いなく追い詰めてはいる、少なくとも出鼻を挫かれた分は取り返して前進できとるよ」
「そうですか、よろしくお願いします」
やはり淡々と、掛ける言葉が見付からない、同情なんかできやしない、ただひたすらやりきれないな。
「ふむ、そちらで変わった事は有るかね? とりあえずスマイリーの件については知り合いを通じて対策をしておいたがバカをする奴はどこにでも居る、上陸を狙うものも居るだろうからな」
「いや、全くないな、エンジン音ならドローンの物を聞いたくらい、流石に手漕ぎでここまでは無理だろうし来たとしても上陸ポイントを見付ける前に岩に阻まれて海の藻屑だ、少なくとも現時点で問題は起こってないよ」
ある意味においてこの大中火島は最強の砦である、潜入しようにも絶海の孤島で来る事すら難しく、船で上陸可能な地点は俺が知る限りでは一ヶ所、それ以外は切り立つ崖や岩場で泳いで近づくのも危険な地形となっている。
しかも来たところで得られる物はゴリラの写真、それもスマイリーかどうか不明な写真、更にはそれを放送するなり掲載した時点で不法侵入の証拠を出しているような物で炎上しかしない、メリットとデメリットが割りに合わなすぎる。
まともなマスコミなら手を出さない、出すとしたら仕事に困りスクープ狙いの記者だろうがここに来るだけの資金力は無いだろう、しかも今は厳戒体勢を敷いている筈で近付いた時点で拘束される、マトモな奴なら間違いなく二の脚を踏むし、リスクマネージメントができる奴なら諦める、例え猪武者だとしても間違いなく到着前に終わる、到着したとしても待っているのは緩やかな破滅だ。
どちらにしても捕まるならヤケを起こす奴も居るだろうが取れるネタがゴリラ一匹は軽すぎる、まぁ墨巣さんという特大の爆弾も居るがそれを知る筈もないし知った所で何に睨まれ何を敵に回すのか理解していたなら口をつぐむ、だから杞憂と切って捨てられないのがバカのバカたる所以だ、注意だけはしていよう。




