異質な動き
墨巣さんの起こした焚き火で魚を焼いていく、もう火起こしは完璧に自分の物にしているな、これなら仮に一人きりでも問題なく暮らせるだろう。
まぁ薪を乾かしたりが有るから実際はかなり厳しいが、俺にしてもいろいろと小細工を加えてなんとか短時間で乾かしているだけで、それも完全に乾いていると言える物は細い物ばかりで一定以上の太い枝は安定していないのを火で無理やり乾かしながら燃料にしているだけだ。
小細工無しなら火を着けるなんて夢のまた夢だろう、この辺りの知識も教えておいた方が良いか、ちょうど良いことに枝も転がってるし明日の朝一で教え込むとしよう。
焼き干しメインの夕食を終えて考えてしまう、折角だから米も炊きたかったのだが困った事に量がな、炊飯のためだろうか墨巣さんの荷物の差異の一つとして中華鍋の代わりに土鍋が入っていたから炊けるのだが我慢だ、何より焼き干しをおかずにするのはどうにもな、できれば煮魚が良い、そのくらいの贅沢は許されるだろう。
さて、明日は定期連絡の日だな、予定としては朝に薪についてのレクチャー、そこからは枝打ちと可能なら斬り倒しと粗加工まで、連絡内容としては現状と今後の予定、荷物の配送日についての確認、後は墨巣さんの方の進捗状況か、まぁ最後の一点に関しては進んでいる筈もないのだが。
新しい朝だ、希望があるかどうかは知らないが気分は一新される、最高ではないが最低でもない、そんな気分でしかないが一日の始まりとしては悪くはないな、少しばかり詩的で軽く朝から鬱が入る、本当に黒歴史とか滅べば良いのに、若かりし頃の自分の思想だけ記憶喪失になったりしないかな。
何故に俺は朝っぱらから過去と対峙しなければいけないのか悩ましい、業が深いと言うか多いな、トラウマと言うかそんな物で雁字搦めになっている気分だ、いや、気分ではなくて実情か。
ストレッチとして親父直伝の体操で体を温め、準備を済ます、しかしどうなんだろうな、ラジオ体操とかならまだ解るのだが完全オリジナルのヨガだか大極拳だか判別付かない運動をする男って他人からどう映るのやら、この国なら贔屓目に見ても不審者だな、中国なら何処の流派だという突っ込みが来るだろうが要所要所で大極拳とは異なるからやはり異質だろう。
それに付き合ってくれている墨巣さんは単なるお人好しか、それとも少し抜けているのか、どちらかというと前者に近いがそれにしては動きを完璧にトレースしすぎている、以前から知っていた可能性もあるか。
どうやら彼女の知り合いが親父の患者らしいしその繋がりからが妥当だろう、陸上の先輩らしいし確か数年前に親父が地元の大学病院に常駐して長期入院患者を診ていたと祖母の葬儀の時に聞いた覚えが有る。
さて、そろそろ漁の時間だ、益体も無いことは考えていても仕方がないし、聞けば一瞬で解る程度の事だ、作業の合間の話題にするとしよう。




