ご招待
なんだろう、現実逃避とかしても良いのかな? なんか今日は怒涛の連続過ぎて色々と止めたくなってくる、テントに引きこもってふて寝したくてたまらない。
残念ながらそのためにはこちらを見つめたままのゴリラを越えていく必要があり、しかも越えた所に待っているのはテントじゃなくてシェルターだ。
しかも困った事にガッツリ目が合ったままだ、俺の記憶が確かなら目を合わせるという行為は野生において喧嘩を売る行為だった筈なのだが、それこそ数歩の距離にいるゴリラから目を離すことも反らす事もできない。
ニヤッと、口角が上がる、ゴリラって笑うんだなという単純な感想と感動を意識して、そのまま木々の間を縫って踵を返して去り行く後ろ姿を見送る、一気に緊張が解けもはや立っているのもやっとだ。
小便を漏らしてないだけまだ救いようもあるが泣き出しそうではある、俺一人なら泣き叫んでいただろうな。
仮に遠くない未来にタイムマシンが開発されたとしたら、間違いなく俺はこの生活を決める前に戻って忠告するだろう、その上でこの島に行くと言い出したらとりあえず倉にでも閉じ込める、中二時代の俺を更正するよりも急務になるな。
幸いな事にゴリラが立ち去ったのは西側で、シェルターからは遠ざかる形になる、そんな物は慰めにもならないがほんの少しだけ安心できる。
そのまま慎重にシェルターまで、案内する、その間も二人して無言だ、まぁ当たり前だな、あんな非日常を見て何を言えというのだ、例え俺が一流のコメディアンだったとしてもウィットに富んだジョークも皮肉も悪態すらも出ないだろうな。
シェルターに到着し、一先ずは水だな、彼女としても水は飲みたいだろうし、俺も一杯飲み干したい気分だ。
泉に浄水器を突っ込んでポンプで吸い上げてホースから出てくる水をコップ代わりの竹筒に満たす、それを一気に飲み干してもう一杯を汲む。
自分の方から先に一息着いて申し訳ない限りだが、今日はもうそんな気遣いとかする余裕はない、正直このまま夕方まで休んで放置できる問題ならそうしていたな。
無言で手を差し出すなんてクールで無骨な男を気取ってみたいのは山々だがこんな状況だ、話をして少しでも和やかにしたい。俺としてもこの空気は好ましくないしな。
「水筒を返してくれないか? 流石にこの水を直接飲むのはお薦めできないし、君としても海水をしこたま飲んだ挙げ句に生水で腹を壊すなんて嫌だろ?」
その問い掛けに対する答えは一定距離を保ったままの投げ渡しだった。
鹿を見掛け時から変わらぬ数歩と互いに手を伸ばせば届く距離、そこから一ミリたりとも近付いていないが、少なくとも竹杖を向けてくるような事だけはなくなっているだけマシと思おう。
水筒を水で満たしてとりあえず彼女に近付いて見るが、一歩近付けば一歩後退するというなんとも微妙な、ともすれば失礼な態度を取られた。
まぁこのくらいは予想済みだ、気にする事もなく水筒を地面に置いてそのまま薪を抱えて火起こしの準備を始める。




