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モグモグ

 さて相手は藪の中、こっちは拓けた場所にいる、狩り場としては極上で、餌としては最高の状況だな、ただ立場としては最悪だ、濃密な死の気配と殺気すら感じられる気がしてならない。

 さぁそろそろ全容が見える、覚悟を決めろ、せめて一撃でも与えて心中してやろう。


 鹿である、茶色い毛並みに立派な角、モシャモシャと何かを食みながらこちらを見つめている、一切の警戒心もなく、全くの敵意もなく、ただそこに居て静かに佇みながら何かを咀嚼している、あるいは反芻とかしているかもだが、少なくとも肉食獣でも無ければ危険度も低い。

 何度見ても立派な鹿である。


 ひたすら恥ずかしい、殺気すら感じられるとかアレには敵意すら無くそんなものを感じられる訳もない、何せ初めから存在していないのだから、なんだろうなこの肩すかし感とアホらしさは、力強く握った斧がもの悲しさをより際立たせ、しっかり踏みしめ腰だめに構える姿は滑稽な事この上ないだろう。

 これが俺一人の時ならまだ救いようもあった、せいぜいが寝る前に頭を抱えて足をバタつかせるくらいのもので、おそらく報告では『鹿が居た』とだけの短い連絡事項となっただろう。

ただ間の悪く非常に残念な事に、俺の右側数メートル、ほんの十歩も歩けば触れられる位置に人が居る、せめてここから鹿が突進でもするそぶりを見せてくれればサマにもなるんだが、安穏と草を食んでいるだけだ。

物凄くシュールな光景だな、写真を撮ってネットに上げたらそこそこコメントが着きそうだ。


 さて、このなんとも言えない微妙な空気をどうしてくれようか、仕切り直すにもすでにそんな事を切り出す気力もなく、空元気にすらなれない、向こうから何かアクション起こしてくれたら救われるんだがな。

 とりあえず無言の時間を過ごすとしよう、こうなっては俺が何を言っても締まらないし、切り口は彼女に任せるとしよう。

それを待つ間は何故かこちらをジッと見つめたまま一歩も動く事なく近くの草を食んでいる牡鹿とのにらめっこだ、できれば早くこの空気が晴れる事を願っての時間だけが過ぎていく。


 おそらく数十分、近くの草をあらかた食べたのかようやく動きだした鹿を見送り、謎の時間が少しだけ変わる、なんだろうなぜだが無性に嘆きたい気分だ、それこそ3日くらいはテントに引きこもりたい。

 それでも、そんな訳にもいかないし、彼女も身動ぎもなく立ち尽くしたままだ、しかもさっきから乾咳を我慢してはいるが漏れていて、悲しげな空気が漂っている、水でも含めばと思うのだがもう空なんだろうな。


 「とりあえず拠点に案内しよう、そこで水でも飲みながらゆっくり腰を落ち着けて話しをしないか?」

投げ掛けた問い掛けは先程までの空気を無かった物と努めてスムーズにスマートに切り出した。

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