番外編3-2
関所を越えてさらに東へ、戸塚を経て川崎も経て品川に着く頃にはおおよそ日暮れも近くそれでも歩いて日本橋の外れで宿を取った高田親子は一夜を明かしてまずは老中稲葉宅へと向かい、挨拶もそこそこに共の登城を頼み込む。
いかに高田家でも見た目は町人、袴を履こうとも門前払いが関の山で誰か見知った者が通るのを待つしかない、だから最初っから供をというのが高田家の習わしであり今回は以前に少し縁を結んだ稲葉正則というだけである、見た目は晴れ着一張羅と言えるがしかし家紋も屋号も無いのはどうにも絞まりが悪く道行きもやや目線に苦慮するがようやく徳川家綱の前までやってきた、正直に言って尾張徳川家の方が近いが腹に抱えた用件が用件だ、誰を差し置くという事にならぬ様にと東海道を抜けてきた。
「上様におかれましては御壮健のようで」
数度目の拝顔になるがこういう場所での言動には全く慣れない、とにかく田舎芝居だの近所に住む侍衆からの小言などを元に最低限畏まるが初代ならば兎も角として自分達はどうにも場違いで、しかしてこれからも食っていく、食わせていくためにもと面倒でも頭を下げる。
「うむ、よう来た、よう来た、願い有りとの話じゃが苦しゅうない面を上げて申してみよ」
「先ずは一つ、コレなる我が子信一、私の跡取りとして届け出たく、今一つは少々と言わず不躾不作法にごまいますが」
「当方、ご存知の通り町人でございます、今さら侍になりたい等とは毛頭思わず、土に触れ土と生きる事を決めてはおりますが、しかして他はそうは見ず、特に無頼や浪々の輩は特に酷い」
「念のため遠山殿の治世をとかく申する訳では有りませぬ、あのお方は良くしておられますし私にも否応なしに対面して否応なしに道中手形を用意してくれる程で、しかして流れ者は止めようもなく、何よりも回りの民からも我々はどうにもバカにと言うと語弊は有りますが見ようは悪く」
「当方に尽力する侍にしても元は足軽百姓上がり、今では町人から録を貰う二本差しの百姓等と口を立てる者もおりまする、如何に上様のお声掛りめでたかろうとも当方町人で、そして町人のまま死に行く身で、しかして格を、名を見せたく」
「お主の話は回りくどいの、結論を申してみよ、今さらお主を侍に取立てなどはせぬが欲しければ代官でも家老でも役職をくれてやるわ」
「滅相もなく、単にこちらの御裁可を頂きたく」
懐から取り出した紙に三つの紋様、一つは賽に一の目、一つは稲穂、一つは高田の字を丸く変じた、少々汚れてはいるが家紋であろう紋様で、それぞれに解りやすく高田家を現していると言える、賽の目は言わずもがな、稲穂は土に生きるという覚悟の、高田の二文字も言わずもがなだろう。
「見ての通り晴れ着一張羅で袴なぞ履いておりますが紋も屋号も無く、この道中すら稲葉様の金魚の糞とも見てもらえず、せめての権威付けに裁可を」
「ふむ、いかんな、コレでは足りぬ、どうにもお主は抜けているな、賽の目も悪くはない、稲穂は覚悟が見える、高田の文字も良いだろう、だがどうせなら三つ葉葵でも持ってくるだけの度量をお主は持て、まぁ良い矢立を」
少し楽しそうに言ってはいるが回りはひたすらに動揺を隠している、三つ葉葵すら目の前の男達は許されると告げているのだ動揺しない方が難しい。
「さて書けた、少々見た目は悪いが本職ならばもう少しマシにもなろう、鶴丸に亀甲、コレがお主らの家紋だ、千年万年と我らを助ける吉事の使者よ、次よりはコレを背負いなさい」
「それと今一つ、信一と言うたか、その方に言い交わした相手や恋仲が居ないならばだが、紀州徳川に少し困った姫が居ての、お転婆と言うか城を抜け出しては百姓に混じって田畑を耕すを常とする困り者で何処の大名に嫁にやろうにも間違いなく抜け出しては土に触れる、ならばいっそ高田で引き取ってはくれまいかと紀州殿と常々思案していた、そもそも喜一と血縁を結ばなかったのは家康公の失態と言える、それを取り返す意味でも相手が居ないならばこの見合い受けてはくれぬか?」
可能な限り時代劇っぽい口調にはしてみましたが絶対にこれじゃないんだろうなと、かと言って丁髷の侍が普通に話すのも違和感しかない気がします




