番外編1-1
番外編は特に時系列を気にしてません、一応右の数字が大きい程に後ですが左の数字の大小は書いた順です
少々と言わずに業腹で爺はやはり狸だったと、いやこの場合は人事部か? まぁ何にしても問題の有る、問題しかない仕事も一息でようやく社会人としての自覚は持てて落ち着けた頃になって後回しに後回しにしていた事を済ませるために実家まで戻ってきた。
数年使われたらしい中古のワゴンを愛車として手土産は新たな居住先近くの和菓子屋のきんつばと御手洗団子、双方共に絶品で気に入る事は間違いない。
勝手知ったるで扉を開いて中に入る、電話でアポを取ってはいるし問題は全くない、と言うかアポを取らなくとも全く問題はない。
だから勝手知ったるだ、なんなら鍵も持ってるしな、廊下を進んで居間と呼べるのか謎の空間に入る。
囲炉裏に大量の竹、座布団に座った老人、相変わらずやっているな、今日は珍しくテレビがBGMでお昼の情報バラエティーか、勝手に茶葉を用意しつつ囲炉裏の対面に座り南部鉄器からお湯を注ぐ、手土産の和菓子を開けつつ手近な竹を一本拝借してリュックから道具を取り出す、とりあえず篭で良いか。
「どうも、ご無沙汰してます、手土産は見ての通りで新居近くの涼々庵の物です」
手早く竹を細く割きつつ挨拶だ、数年ぶりだが髪が少々薄くなった気がするのと皺が増えた以外は相変わらずだな、物静かで巌の様なオーラだが基本的には好々爺と言っても良い。
元田宗右衛門、元は仏像を初めとした木工技師で今は竹工に傾倒する本人曰く隠居爺、俺の師匠であり偉大なるアーティストだ。
「お前さん、無人島に行ってたんだろ? バカをしたな、仕事が欲しいなら幾らでも紹介してやったものを」
遅すぎるぜ師匠、後1年と数ヶ月早ければと悔やまれる、そりゃあ仕事に関してはちょっとじゃないくらいに文句も有るが愛着が沸いたしな。
「まぁ今はご存じの通り仕事をしてますから、それに無人島でもコイツはかなり役立ちましたし、具体的には罠とか暇潰しとかで」
竹を持ち上げつつ感謝しかない、どれ程ここで学んだのか解らないくらいでソレがどれ程食事や心の平穏に寄与したかは自分でも解らない、暇ってのがあそこまで疲弊すると知らなかったというのも有るが手慣れた灯籠作りが心を保つとは想像していなかった。
おかげで新たな境地にも至ったが天井をぶち破れたのか、はてさて師匠はどう判断するのか、見てもらうとしよう。
リュックからこの数ヶ月時間を見付けてはチマチマと彫り、ニスを塗って完成させた一品、愛車のグローブボックスの奥に残っていた稲荷神社の御守りから着想を得て狐面を一刀彫りで透かした灯籠だ、まだまだ荒さは有るがしかし一つの壁はまた越えた、後は極めるかどうかだけだ。
ソイツを一瞥して手を差し出す、囲炉裏の挟んで手渡せば様々な方向から細かく見ていく、懐かしいなこういうのも。
「荒いな、一刀彫りか、だが悪くない」
どうして見ただけで荒いのと悪くないのは兎も角として一刀彫りと解るのか、流石は師匠だな、この境地に至るまで俺の残りの人生を使っても上れるとは思えない。




