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嫉妬姫 雪ふるまでの物語

作者: ラズ

 白き山々にかこまれた小さな国にカタリナという姫がいた。

 歳は十五になり、咲き誇る花盛りの美貌はかがやくばかりだったが、近ごろそのスミレ色の瞳には暗い影がやどっている。

 今日もそびえる城の自室より憂うつな面持ちをのぞかせていると、視線をおとしていた下の庭園から、


「あら、あなたカタリナが……」

「おお、姫もこちらへ降りてきなさい」


 と父王と王妃が気づき姫に手をふった。

 しかし姫はプイと窓をはなれると、自室へこもってしまうのだ。


(ああつまらない……どうして、なぜあのような者が……)


 と、姫が思い浮かべるのは王妃――半年前にこの国へきたばかりの女の顔だった。


 実の母は姫が五つの時分に病で亡くなっている。父王は大いに悲しみ十年もの間独り身のままだったが、周囲の勧めもあり、半年前に友好国の紹介により遠い国から後妻をむかえたのだ。

 新たな王妃は大変美しく、また聡明な女性で、近ごろでは王より国のまつりごとの相談までされるほどだという。またここへ嫁いでからすぐその慈悲深さが知れ渡ったのは、嫁入り道具のなかに国中にくばるための暖かい服があり、しかもそのすべてに王妃自らの手による赤い釣鐘草の刺繍がなされていたからだった(姫はもらってすぐ暖炉へ投げ込んだ)。

 もちろんその愛情は義理の娘にも惜しみなくそそがれていたのだが、姫にはかえってそれが気に入らなかった。

 突然あらわれては、父の愛と、国民からの人気をうばい、そして自分をもこえる美しさを持っていることが何よりも憎らしかった。


(皆があの女を良いようにいう、だれもがいいなり。でも、その内きっとよくない事が起こるに決まっている。そうなる前に私がなんとかしなくては――)


 姫は自らの憎しみにも気付かず、そう考えては思案をめぐらせるのだった。



 ある日の朝、姫の部屋よりお付の娘が血相かえてとびだしてきた。

 その手には、部屋に落ちていたという一通の手紙がにぎられ、そこにはカタリナ姫をさらったという事と、

『姫を無事に返してほしくば五百枚の金貨をもたせ王妃ひとりで届けにこい』

 とあり、そして手紙の最後には、国はずれの森にすむおそろしい魔女のサインがしてあった。

 姫の姿はたしかにどこにもなく、王妃はすぐに身支度をし、金貨を用意させようとしたが、


「おまえは部屋にいなさい。姫はきっとわれわれの手で救い出してくるから」と王は行かせようとはしない。


 しかし、賢い王妃はボロの服をまとって身を変じると、金貨五百枚分の自分の宝石をもち、ひそかに城を抜けだしてしまった。



 その日、太陽が空の中心にくるころ、暗き森の屋敷では年老いた魔女が待ちかねていた。

 しかし王妃がなかなかやってこないので、魔法の鏡をつかい様子をさぐってみると、鏡面にその姿が映しだされる。慣れぬ道をひとり細足で歩いてきたせいか、王妃はすっかりくたびれた様子で足をひきずり、白樺の枝を杖にしてフラフラと森をさまよっている。


「ハッ! 森へ入ってまっすぐ真ん中をめざせばたどりつくものを、この女ときたら裏っかわにいっちまってるよ! あんたの母上さまもいわれてるほど賢かぁないねえ」


 結局、王妃がやってきたのは、大分陽も暮れかけてからだった。


「金貨のかわりに同じ価値だけの宝石をご用意いたしました。これをさしあげますから、どうかカタリナを返してください」

「むろんそいつもいただくが、ほかにも頼まれてるものがあってねえ……」


 ニヤリとして魔女がいうやいなや、影にひそんでいた黒い使い魔たちが王妃へとびかかった。


「ヒヒ、あんたの命さ」


 一瞬のうちに王妃の姿が黒く覆われる。

 その白い手より宝石袋が落ち、魔女はほくそ笑んでそれを拾おうとした。

 が、突如はげしい発光があったとみえると、眼前の使い魔たちが一斉に燃えあがり、たちまち灰になってしまう。


「カタリナはどこかしら?」


 使い魔たちのむくろが崩れ落ち、王妃の平然とした姿がそこにあった。

 魔女は「ヒっ」と声をあげ、あわてて炎の魔法をかけようとしたが、王妃がなにごとかつぶやくと火はむなしく消え失せてしまう。


「ムダよ。私の魔法以外を禁じる円陣に、いま力をそそいだわ」

「な、なにを、魔方陣など一体どこに……まさかっ」


 魔女の脳裏に先ほど鏡でみた足をひきずる王妃の姿がうかぶ。


「ま、迷ったふりをして線を描いたね! アタシに気づかれず、この一帯を囲うほどの大きな魔方陣の線を!」

「もういいわ、消えなさい」


 呪文を唱える王妃に首をつかまれると、老いた魔女の体は徐々に石へと変わり、やがて粉々に砕けてしまった。




「カタリナもう大丈夫よ。どこなの、返事をしてちょうだい」


 王妃が呼びかけると、奥の戸の陰から姫が姿をあらわした。

 姫は青ざめた顔をしていて、今の出来事を一部始終みていたようだが、それでも、


「お母さま……わたしおそろしかった」と王妃のもとへ弱々しくかけよる。


 そして、腕をひろげた王妃の胸へとびこむや、隠していた短剣を突きたてた。


「滅びなさい――魔女」

「あら……」


 みるまに胸元を朱に染めてゆきながら、王妃は床に散った老婆の残骸へ眼をやると、


「そうか……その魔女の雇い主はカタリナ……あなただったってわけね。こっちもいい機会だからあなたに死んでもらうつもりだったけど……私ったらつまらない油断を……」

「そうよ死になさい! これでこの国一番の美貌も、愛も、すべて私のものだわ!」

「一度でも袖をとおせば私を愛するようになる呪いの服……あなたが焼き捨てたときいやな予感はしたのよね……ゆっくり確実にこの国を手に入れようと思っていたのにこの体じゃもう無理……――でも」


 王妃は唇から血泡を吹き、見開いた眼で姫を見つめ、微笑むと、


「――あなたのその邪悪な才能、嫉妬にまみれた魂、とっても魅力的だわ」


 と、眼前の姫の頬をとらえ、口づけする。

 姫はとっさに王妃をつき飛ばしたが、体中が熱く煮えたぎるような感覚におちいり、壁に手をつき身を支える。

 王妃はくずおれながら机上の魔法の鏡をつかむと、姿を映して呪文を唱え、自らの魂をも鏡へと吹き込んでしまった。

 

「私に……なにをしたの……?」苦しげに姫が問うと、


「心配しないで。ほんの少し魔法をかけて、あなたの欲望に歯止めをきかなくさせただけ」と『鏡』そのものとなった王妃が答える。「あなたはきっとおそろしい魔女になれる。私があなたに欲望をかなえるすべての魔法を教えてあげる。もっと大きな国だって手に入れられるし、求めればなんだって答えてあげるわ。ねえ、まずはなにをききたい? やっぱり一番知りたいのはこれかしら? そう、そうよ――教えてあげる……この国でいま最も美しい人――それはまちがいなくあなたよ、カタリナ」

白雪姫につづく

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