決意に時は必需品
ギルドから魔法具店マジカルフェザーに帰ってきた。
「二人共おかえり」
「ああ、ただいま」
「ただいまです、クレルさん」
クレルに出迎えられ、帰宅の挨拶を軽く済ませる。
「ちょっと来て」
クレルに促されるまま奥の居間へと進むと、そこには真剣な表情をしたガイドが座っていた。
何だろう?と首を傾げているとガイドは重々しく口を開く。
「話がある。コボリスとデュアルはそこに座れ。クレルはお茶を持って来てくれ」
「はい、師匠」
クレルがガイドの言うことに従いキッチンの方へと向かう。俺たちも逆らう意味もないので言われるままガイドの対面に座った。
何故かデュアルが分かっている、という風な顔をしている。
何かを察したのだろうか?俺には思い当たりがないぞ。何か悪いことをしたはずはないのだが……。
「……」
「……」
「……」
ガイドが何も話さないので静寂が居間を包む。
そこにクレルがお茶を持って来た。
「お茶です」
「おお、あんがとな」
クレルに礼を言ってガイドがお茶を啜る。
クレルは俺たちにもお茶を勧めてくれるので俺もお茶を仰いだ。緑茶に似た何かであり、緑茶ではないのだが美味い。思わず息が溢れる。
クレルもガイドの近くに座し、それを確認したガイドが一つ頷き咳払い。
「ゴホン。前置きとか面倒くせーから率直に言う。コボリスとデュアル、お前らが冒険者に呼ばれてギルドに行ってから少ししてから領主の触れが配布された」
触れ、というと確かギルドでエルミーという女冒険者が言っていた紙のことだったはずだ。
ガイドが一枚の紙をテーブルの上に開いた。見るとエルミーが掲示した物と一緒だ。
「この触れってもんがどういうのか、デュアル、お前は知ってるよな?」
「うん。前の緊急クエストの時に知ったよ」
「よし。ならコボリスには後で分かりやすいように教えとけ。今はそこじゃねえからな」
ガイドの指示にデュアルが頷いて応える。俺としてはなんとなく想像がつくから教えてくれなくとも良いのだがな。
「この触れに前になかった文面がある。それは『街を非難する』ってえとこだ。これはグレイラビに居る全人民が該当している。それは冒険者であるお前らも含めてな」
「うん。僕らもギルドでその触れを見たよ。ギルドは何故かそのことをとっくに知っていた風で、それを踏まえてギルドクエストを発行してた」
「そうか。なら話は早え。お前らはそれを受けたんだな?」
さも当然といった感じでガイドが聞いてくる。ふざけてる……わけじゃあなさそうだ。
デュアルが困惑して言葉を返す。
「え、えぇ?いや、僕らは受けなかったよ。敢えて危険に身を投ずるなんてしないよ」
「――なに?受けなかったのか!」
驚愕の色を顔に映すガイド。なんで驚いているのだろう?極々一般的な選択だと思うのだが。
「なるほど、理解できてねえってわけか……」
俺とデュアルが不思議そうな顔をしているのを見てガイドが得心がいったように頷く。
そして、息を一つ吐いた。
「ふぅ……。確認するがデュアル、お前はこの街のスラム街出身であってるな?」
「うん。そうだよ。やっぱり知ってる人は多いのかな?」
「まぁな。少なくともこの街に三年は住んでる奴なら誰でも知ってるだろうよ。まあ、俺にお前を咎める権利なんざねえし、する気もないがな」
ん?なんだ?デュアルはこの街では有名人なのか?
ていうかスラム街出身だったのか。それでか、ロザリオのクエストを受けた時、あんな迷路みたいな道なき道を進めた理由は。
「まあ、説教の話はどうでもいい。お前がスラム街出身だと分かれば良いんだ。いいかデュアル、今からなんでお前らが受けたと思っていたか説明してやるから、しっかり聞いてろよ?」
「……」
静かに頷きを返すデュアル。
「確かに避難には差別区別は一切なく、グレイラビ住民から俺らのような商人、お前らのような冒険者からスラム街の人間たちに至るまで避難はできる。その手助けを領主は面子のために何が何でもするだろうよ。 だがな、避難する意志のない者まで助けるか?ってーと、そうはいかねぇだろうよ」
「まあ、そうだろうなー。そんなことしてもいいお節介になるだけだし、何しろ労力が無駄だしな」
「その通りだコボリス。その上時間はかかるわ、費用だってバカにならなねえ」
「いい事なしって訳だ」
「で、でもそれがどうしたって云うの? みんな逃げるんだから関係ないと思うんだけど」
「そこだ」
「え?」
疑問符を目に映すデュアルをガイドが指差す。
それにデュアルが疑問の声を漏らした。
「そこだデュアル。逃げるんなら問題はねえ。だが逃げねえ場合は?――いや、逃げるって選択を知らねえ場合は、だな」
「どういうこと?目の前に災害が迫ってるんだよ?逃げない人なんて居ないと思うけど」
まぁな。地震が明日起こるってことを知ってたら逃げない奴なんて居ないよな。
「なら逆に聞くが、お前らは知ってたか?災害が迫ってることを」
「知ってたよ!だってギルドで掲示し、て――……」
「気づいたか?知らねえで居たんだよ。ギルドで掲示されるまで。俺たちだって知ったのはクレルが店の前の通りで配ってたのを持ってきたからだ。この触れってのは住民街の連中以外は自分で探して手に入れるしか入手方法がねえ。冒険者のように先に緊急クエストとして呼び出される奴らはそれを厳かにするクセがある。況してや、閉鎖的な環境のスラム街にいる奴らがその情報を持ってるのは思えねえ」
「――――!!」
今度はデュアルが驚愕の顔をする番だった。
そして、居てもたっても居られなかったのかデュアルは立ち上がって走り出していった。あの感じからして店を飛び出していったことだろう。
ふむ。どうしたものか。
このまま放置する。という選択を取るとギルドでのパートナーとしての覚悟が疑われそうだな。覚悟自体は本物なはずだし。
「……追いかけるか」
そう小さく呟いた俺はガイドに顔を向ける。
すると俺の考えは分かっている言いたげな顔でガイドが深く頷いた。
「早く追いかけないと見逃すことになっちゃうよコボリス。デュアルはあの歳の割にレベルが高いから」
クレルのその一言が後押しとなった訳ではないが、俺は立ち上がりデュアルを追いかけに向かった。
◇◇◇◇◇
デュアルは十二歳とは思えない速さで駆けた。
人混みになり易い昼過ぎの商店街の表通りだが、配布された触れによって人々が家に帰って避難準備をしているため子供一人居ない。
それが功をなし、石畳で整理されている路なこともありデュアルの駆ける速度は増していく。
「はあ……はあ……」
荒い息が口から漏れる。
それでもデュアルは走る速度を落とさず、走り続けた。
幾らほど走り駆けただろうか。
整地された道路はだんだん荒れだし、疎らに置かれたゴツゴツの石畳の間に草が生えていることが視認できる。
足場が悪いため商店街の表通りのようには上手く走れない。
何度か転けそうになりながらも尚、地面に倒れる前に手を着いて体勢を戻して走った。
そして、草の生い茂った道が続くようになりだした頃には目の前にデュアルが暮らしていた嘗ての住処、スラム街が広がっていた。
棄てられた諸々のゴミを使って作られた手作り100パーセントの穴のような家。それが所狭しと入り組んでいて、他所者が見たなら迷路と思いかねないソレ。
スラム街出身のデュアルにとっては居心地の良い郷愁ある光景だ。
(――知らせなきゃ……みんなに知らせなきゃ……!)
デュアルはそのために此処に来たのだ。
スラム街にいる家族といっても過言ではない者たちに危険を伝える。それがデュアルの行動源だ。
一息の休息も取らずにデュアルはスラム街を歩いて回る。
そして、スラム街の住民たちに危険を伝えていった。
が、結果は著しくなかった。
ある者は――――
「――だからね?ここに居ちゃ危ないんだよ!」
「つってもな。オイは此処を離れても行く当てがね。避難したとこで野倒れ死ぬのがオチだ」
また、ある者は――――
「――避難しようよ、ね!?」
「ワタシのことを異端あつかいした奴らがすくってくれる?それこそあり得ないよ。今までと同じ、どうせ行った先で口減らしに殺されるのさ」
またまた、ある者は――――
「――魔物に蹂躙されるんだよ!」
「それでも尚、某は此処を離れるわけにはいかぬ。友との約束を果たさねばならぬのだ。死しても霊魂は此処にある事が出来よう」
スラム街は除け者たちの集合場所だ。
それぞれが何かしらの理由があってスラム街に居る。
それが無い者はすぐ居なくなる。何故ならそういう者たちは何も持っていないから。持たぬが故に恐れるものがなく、変われるのだ。
言ってしまえばスラム街に居る者は全てを捨て切ることができない者たちなのだ。
他者に言われた程度で立ち退く者など居ない。それを一番よく知っているのはデュアルだ。
「……くっ」
デュアルは苦虫を噛み潰したかのような顔で俯き、自分の無力さに込み上げる物を感じていた。
口から悔しさの結晶のように血が滴る。目からは涙が。
そこにやっと追いついたコボリス。
デュアルの側までやって来るも対応に困惑している。
「ど、どうしたデュアル?」
「……ぁ……ジュナ、サン」
「何があった?推察するにスラム街の連中に触れの話をしに来たんだよな?」
「……うん……」
コボリスはデュアルの肩に腕を回して問う。
それに小さく肯定の声を漏らすデュアル。いつものコボリスに対するデュアルの元気強さがないことにコボリスは驚いた。
そしてキョドリながら質問する。
「でー察するに上手くいかなかった……のか?」
「……うん」
デュアルは言葉少なの返答しかしない。
……ピキ。
コボリスから何か変な音がした。
コボリスはめげずに質問を重ねる。
「で、どうすんだ?これから」
「……もう……いいよ」
ピキピキ。
「もういいってなんだよ?しっかり応えろよデュアル」
「もういいんだよ……」
俯いて返答になってない言葉を返すデュアル。
ビキビキ。
コボリスの表情から困惑が減っていく。その代わりのように違った色が映っていく。
「デュアル?俺の言葉をちゃんと聞いてたか?もういいってどう――」
「もういいんだよジュナサン。いいんだ……!」
ブチ!
デュアルの自己的な応えに耐えきれず、コボリスの中の何かが切れる音がした。
「――あ"ぁ!?デュアルお前、人の話は最後までじっくりバッチリねっとり聞きやがれってんだゴラァア!」
「……え?」
「何勝手にお前の中だけで完結しようとしてんだ、あ"ぁ!?自己陶酔なら寝る前にトイレで鏡に向かって一人でやれぇえ"!!」
「え?ええ?」
「困惑してますアピールはいいから、さっさと質問に明確な答えを寄越せー!!」
「は、はいィイ!」
コボリスがデュアルの胸ぐらを掴んで前後に激しく揺さぶって怒鳴る。
突然のコボリスの豹変ぶりに困惑していたデュアルが声を裏返して返事をする。
その返事を聞いたコボリスが揺さぶるのを一旦停止させるが、そこにデュアルが申し訳なさそうに片手を挙げて言葉を発する。
「あ、あの……ジュナサン、その……もう一回言ってくれない……かな?」
「あ"ぁ〜ん!?もっかい怒鳴られたいのかー!」
「そ、そうじゃなくて……もう一回質問内容を言ってくれないかなって……」
「――!……お前、聞いてなかったのかよ……」
「ごめんなさい……」
デュアルの謝罪に頭を抱えて徐に溜息を吐くコボリス。
「はあ……。しょうがない。今回だけはもう一回質問してやる」
あからさまに『だけ』を強調して言うコボリス。
それにデュアルは顔を引き攣らせながら頷き返した。
「これからお前はどうするだ?」
「あ……どうしよう?」
(俺に聞くなよ)
コボリスは心底そう思った。
「とりあえず、このままスラム街の連中を放って避難するか、しないかだな」
「ダメだよ!それは……できない」
「と、言うとなんとなく思ってたよ。じゃあどうしたらいい?それくらい自分で分かるだろ?」
「……」
コボリスの質問に少し考えるデュアル。
そして決意を目に頷いて言葉を発する。
「――守ってみせるよ。みんなが此処を離れたくないって云うなら、離れなくても良いように守ってみせるよ!」
「具体的に言うと?」
「グレイラビに迫ってる脅威を跳ね返せばいいんだ。僕はギルドクエスト『グレイラビ防衛戦』を受ける!」
「……そうか。なら俺も受ける……か」
コボリスが深く頷いて意を決する。
それにデュアルが困惑を露わにした。
「え?ええ?ダメだよジュナサン、危ないよ!これは僕の勝手なんだからジュナサンは避難しなきゃ!」
「……いいや、そんなことはしないぞ!俺はお前のパートナーとして覚悟を決めてるんだ。何より、カッコ悪いだろうが!」
「ジュナサン……」
「デュアル、お前の選択がお前の勝手だって云うなら、俺の選択だって俺の勝手だ」
「――!……うん。ごめんね……」
「なに謝ってんだ?」
「ううん……ありがとう!」
デュアルは良いパートナーを持ったことに感謝した。
そして、それまで涙で濡れていた頬を拭い。血の滴った口元を拭うと、スラム街に来て今日初めて気恥ずかしそうに笑った。
「おう。そんじゃまあ、クエストを受けに行くか」
「うん!」
そうしてデュアルとコボリスは連れ立ってギルドへと向かった。
東の空を薄く陽が照らし始めた頃、要塞都市グレイラビの西門へと通じる路の広場に数十人の冒険者たちが集まっている。
広場の真ん中にある噴水。その前にある台に、赤基調に桃色の線が走った鎧を纏った一人の冒険者が上がる。
他の冒険者たちの目が全てその冒険者に注がれる。
赤桃鎧、とコボリスが呼称していた冒険者組合グレイラビ支局の長は被っていた兜を脱ぐと声を張り上げた。
「これより、ギルドクエスト『グレイラビ防衛戦』を開始する!ギルドマスターとして、此処に集まってくれた死に急ぎ野郎共に心からの感謝を贈る!と、同時に死を恐れた奴の逃亡をこのクエストのみ今を持って許可する。逃亡した奴には金は払わねえが、命は助かるぞ。おめえらの人生だ、おめえらで決めろ!」
「「「……」」」
ギルドマスターの言葉に冒険者たちは沈黙を返す。
それを意にせず、ギルドマスターは言葉を続ける。
「今回、先にクエストを敢行してくれている者の紹介をする」
そう言って肩を中心に腕を体と垂直に伸ばすギルドマスター。
伸ばした腕に、とても綺麗な白い鷹が停まる。その鷹からは生気というものが感じられず、動く彫刻のようだ。
「これは先行者たちの使い魔だ。先行者たちの一行名は『緋色の勇者一行』、率いるは緋双の乙女だ。聞いたことくれーあるだろ?」
その問いには誰も反応を返さない。ただ、沈黙を返すだけだ。
白い鷹がその大きな翼を目一杯広げた。
それに否応なく全員の視線が集まる。それを確認した白い鷹は言葉を紡いだ。
「紹介に預かった緋双の乙女だ。これでも@級冒険者ということになっている。よろしく頼む」
「緋双の乙女よ、現状報告を頼めるか?」
「任された」
ギルドマスターの頼みに軽く頷いてみせた白い鷹は、重量感を感じさせない軽やかな飛翔で宙へ舞い上がる。
そして、こちらを仰ぐ冒険者たちを空より俯瞰して観察するような視線で、全員に聞こえるように声を張り上げる。
「私は今、樹海を抜けて荒野を駆けている。何故ならば、それまで私が引き止めていたオーク共が昨日のうちに獲物を私達でなく、荒野を駆け逃げる草食魔物に変更し追走したからだ」
白い鷹が冒険者たちの上空を旋回しながら淡々と告げていく。
冒険者たちから緊迫した空気が発せられる。
「他の使い魔によって確認したところ、残り一刻とせず先ず第一波の草食魔物の群がグレイラビを襲うことだろう」
「――――!」
コボリスが驚愕したような声ならぬ声を零す。コボリスの手を握るデュアルの手にも力が無意識のうちに入る。
「その後、第二、第三の波となって草食魔物が続いている。私たちは出来得る限りだが、第三波の群の足を遅くさせる。それによって最後に続くオーク共の足を稼ぐ所存だ。グレイラビ側はオーク共がグレイラビに着くまでに第一と第二の波を片付けていてくれ」
「なるほど、分かった。少なくともそれくれーは俺たちならできる範囲内――――ということか」
「察しが良くて助かる。A級冒険者がほとんどなのだ。それをこなした後、オークを一人数体狩ることはできると私は踏んでいる」
「もし、それができねーなら――」
「死あるのみとなろう。それは私たちも含む」
ピギャァアァァアアアア!!
と白い鷹が一鳴きした。それと同時に旋回を止め、上空の一箇所に羽ばたいて留まる。
「――だが、なにも絶望的というわけではない。私は樹海にて三十余人の冒険者たちを匿うことに成功している。彼らは今も私たちと共に荒野を駆け、生きている」
「なに!?それは本当か!」
「誠だ。それに、オークの群の主らしい災害指定範囲個体の力量ならば、私と私の仲間だけで討つことができる範囲内だ。邪魔なオークを皆が片してくれたなら半刻はかけないと約束しよう」
「マジかよ……」
白い鷹を通して告げられた緋双の乙女の宣言に思わず声を漏らしたのは誰だったか。
その小さな呟きを聞き逃さなかったらしい白い鷹が力強く頷いた。
そして、最後に――――
「信じろ。自らの勝利を、栄光を!」
冒険者たちに背を向けて、上昇気流にその身を任せて白い鷹は大空へと飛翔した。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――……!!!!」」」
グレイラビの西門前広場より冒険者たちの鬨の声が轟いた。
冒険者たちが見据えるは街壁の向こうより迫っているであろう魔物共の群。
こうして、ギルドクエスト『グレイラビ防衛戦』は幕を開けた。
遅くなりました((いろんな意味で
やっとこさグレイラビ防衛戦が始まります
話数的にはそんなに間隔空いてないのですが、投稿間隔が空き過ぎなため凄く長かった感があります^^;
応援してくれている方々
本当に申し訳ないm(_ _)m




