農家の方々には絶対秘密な件
とうとう一週間に一度投稿すら逃してしまい申し訳なく思うッスm(_ _)m
こんな遅々とした更新速度ですが応援よろしくお願いします(渇望)
目の前に置かれた微塵切りのシュガー草を見つめる。
切られた部位から白濁のサラッとした水が溢れ出ている。
それを舐めてみれば甘味が口いっぱいに広がることを俺は知っている。
この世界では早々味わえない甘味。日本においてコンビニに行けば幾らでも買って食べれたソレを前に喉を鳴らす。
目の前にあるのは砂糖の原料だ。
本当ならば今直ぐにでも食べたいのだが、ここは我慢だ。
先にも説明した通り、この今いる世界では砂糖というものはとても貴重な物であり、庶民であるデュアルでは手を出せない代物だろう。
と、いうことはだ。今これを本能の思うがまま消費してしまうと、これから先いつ食えるか分からなくなってしまう。
それは困る。
糖と炭水化物で生まれ育ってきた純日本人たる俺にはそんなの死ねと言っているような物だ。
なので増やさなければならない。
俺の至福の食を彩るために。
このシュガー草を。
【前置きが長いですマスター。さっさと先に進めてください】
あ、すんません……。
怒られてしまったので簡潔に現状報告をしようと思う。
シュガー草を発見、その翌日。
俺とデュアルはガイド経営の魔法具店の地下にてシュガー草の量産を計画中だ。
「ねージュナサーン、本当にできるのー?」
とは言っても基本的に俺がシホちゃんと打ち合わせするだけで、デュアルは蚊帳の外なのだが。
無性生殖ができるということはジャガイモやその他の芋類と同じような増やし方ができるはずなのだ。たぶん!
なので後はそれをどうやれば成長速度を異常短縮できるか、だ。
普通、自然界にある芋が無性生殖で増えて成長し、成体へと至るに一年くらいはかかっているはずだ。それを願わくは数週間、少なくとも一・二ヶ月で終わらせたい。出来得るなら数日……いや、今日には終わらせたいくらいだ。
つってもなー。科学の発展著しい地球でも植物を育てるのは時間がかかる。
本当にできるのかしら?
【マスター、できるできないではないのです。マスターはただ一言、『やれ』と命令されれば後は私がバックアップいたします】
あらやだシホちゃんカッコいい……!
コホン。
ではでは、シホさんや。ヤァ〜っておしまーい!
【了解しました、御主人様】
耳に心地良いシホちゃんのハスキーボイスが響く。まあ、実際には脳内に響いているらしいが。
それは置いといて。
横で今も、ねーねー、と俺を揺らし続けるデュアルにドヤ顔を向ける。
「ふっ……。感謝するが良いデュアル。お前はこれより一種の奇跡を拝むことができるだろう!」
「え?」
「惚けた顔をしている暇はなんかないぞデュアル!さあ、メモのご用意を!お前にはこれから起こる奇跡を街中に広めてもらうのだからな!」
「え?……あの、その、えぇーと……。ちょ、ちょっと待っててジュナサン!」
俺が胸を反り指さして叫ぶとデュアルが慌ててメモする紙を探しに部屋を後にした。
俺たちが今いるのはガイド経営の魔法具店"魔法の小羽"の地下にある旧研究室、現空き部屋だ。
マジカルフェザーの名前は俺の独断と偏見で命名した。元々魔法具専用の研究所だったこの魔法具店は、魔法具店を表す看板のような物くらいしか作っておらず店名が無かったからな。
本当ならばデュアルと再会したことで俺はこの店から出ていかなければならなかったのだが、後回しにされていた名前付けを俺が代わりに付けることで報酬として泊めてもらうことに相成った。
まあ、ガイドは初め抗議してきたが、クレルを味方につけゴリ押しで泊めさせた。
閑話休題。
「ジュナサンお待たせ!メモの準備できたよ!」
「おお、おかえり」
デュアルが急いで戻って来た。少し急ぎ過ぎたのか転けそうになっていたのはご愛嬌だな。
しかし、まさか本当にメモを持ってくるとは。ちょっとした冗談のつもりだったのだが。
まあ、アホなデュアルでも真面目に街中に言いふらして広めるなんてことはないだろう。
ない……よな?
本当にやりかねない気がするのは何故だろう……?やられたりしたら表通りを歩けなくなること請け合いだな。
「で?で?何が起こるのジュナサン?」
デュアルがとても嬉しそうな顔で問い詰めてくる。ちょっと面倒くさいな。
奇跡、なんて大仰なことを言うんじゃなかった。ちょっと後悔。
「ああ、よーく見てろよ?」
それではシホちゃんよろしくお願いします!
【確認しました。実行します】
目の前にある微塵切りされたシュガー草が薄緑色の発光に包まれる。
それを例えるならばRPGによくある魔法のエフェクト光だろうか?
そして、それが霧散すると一瞬の間をおいてシュガー草の欠片の全てが蠢き出した。
欠片の一つに目を向ければ、切られた断面の細胞が活性化し、とんでもない早さで細胞分裂と成長を繰り返す。
それによって目に見える早さで膨張していく。
コブができて、その上からまたコブが。それに重なってまたまたコブができていく。
ぼこぼこと急膨張しているだけではない。
急激に増量した細胞群だが、それらは単一辺倒な物でなくそれぞれ異なった物へと変化している。
異なった物、と言っても同系統というものはある。
同じ役割を担う細胞を一つの細胞が生み、そして生まれた細胞がまた生む。その連鎖によって器官が確立されていっているのが分かる。
「お、うぉぉ……。うぉぉおおおおおおお!!スッゲー!みるみる植物みたいになってってるじゃん!」
その光景に感激し、知らぬ間に叫んでしまっていた。
それに追随するようにデュアルも目を輝かせて、手を上下にブンブンと振り回しながら賛辞を口にする。
「す、凄い!ジュナサンこれ本当に凄いよ!凄過ぎてちょっと僕には理解できないほどだよ!」
「だよなだよな!これマジで奇跡だよな!」
「うん!本当に奇跡だよ!僕生まれて初めて奇跡の瞬間を目撃しちゃったよー! これジュナサンがやったんだよね!?」
「ああ、これは俺(のスキルのシホちゃん)がやったんだ!凄いだろ!」
「うん!さすが僕のジュナサンだよ!」
二人して興奮冷めやらぬといった風情で叫び散らす。
少しデュアルの言葉に違和感を感じたが、それの原因が分からなかったので無視し、胸を反らしてこれでもかと威張る。
本当のことを言うとシホちゃんの手柄であり、俺は何も凄くないわけだが……、まあ元を正せば俺のスキルなわけだし万事オッケーだろう。
俺が心の中で言い訳もどきを唱えている間にデュアルが何かを紙に書いていた気がするが気のせいか?
「コボリスとデュアルー!量産計画はどうだったのー?」
そう言ってこっちにやって来るのはクレルだ。
手に盆を持ち、その上には美味そうな匂いを上げるシチューと丸いパンがある。
思わず口中を唾液が満たし、飲み下す。
「あ、クレルさん!僕は今、魔法歴史の奇跡を目の当たりにしました!」
「?」
デュアルが感動を伝えようと声を張るが、クレルには上手く伝わらなかったようだ。
疑問符を頭に浮かばせるクレルを敢えて無視してパンを手に取り齧りつく。
うん、美味い。
「あ!ダメだよコボリス、行儀悪いなー」
「ケチ臭いこと言いっこなしだぞクレル。目の前に美味そうなパンがあれば食べずにどうする!」
「だからってさ〜」
クレルがネチネチと文句を言ってくるが、これもやはり無視無視。
「クレルさん、いただきます!」
「うんうん、デュアルは良い子だなー。コボリスや師匠も見習ってほしいよ、ホント」
「えへへへ〜」
頭を撫でられてニヤけるデュアルとどこかしみじみとした感のあるクレル。
側から見ていると二人は兄弟のようだ。面倒見の良い兄と褒められて伸びるタイプの弱虫な弟、実にいいお似合いの兄弟だな。
精神年齢としては彼らよりも年上だからだろうか?なんとなく親父的目線で見てしまう。
おかしい。俺の歳はまだ二十一だというのに。その目線になったことが普通にショックである。
「で、どうだったの量産計画」
「ん?ああ、気になるか?」
クレルが好奇の目で見つめてくるのでニヒルな笑みを浮かべて問い返す。
するとクレルが少し拗ねた顔を見せる。
「むむ……。意地悪しないで教えてよ!」
「ごめんごめん。ちょっと焦らしたかったんだよ。それがな?なんとせいk――」
「それがねクレルさん!成功したんですよ!まさか僕も成功するとは思わなくって、ていうかジュナサンがそこまで完璧だとはさすがの僕も想像できなくって!驚きですよね!まさに魔法界の歴史の奇跡ですよ!!」
「あ……と、そ、そうなんだ。成功したんだ、良かったねコボリス?」
……………。
いや、もう……ね?さすがとしか思えないよね。デュアルくんたら俺の見せ場を全て取ってっちゃったよ。このままだと俺のイメージがただの意地悪な三流になりますよ。
そんな俺の拗ねを一切感じ取っていないデュアルはシュガー草のでき方を全身を使って表現している。
クレルは俺の気落ちを容易く感じ取ってらしくどう気遣ったものかとアタフタとする。
「あれ?どうかしたのジュナサン?」
「なんでもございませんー」
不思議そうな顔を俺に向けてくるデュアルに俺は棒読みで返事をした。
「まあまあ、凄いじゃないか。成功したってことは砂糖の量産が可能ってことだよね?貴重な調味料である砂糖がいっぱい獲れた暁には僕が腕によりをかけてお菓子を作るからね!」
クレルが期待して良いよ、と言わんばかりに拳を胸に当てた。
そうだ。成功は成功である。
成功したのだから後はシュガー草に蓄えられている糖分を搾取し、結晶化させて砂糖を使って、クレルにケーキを作ってもらおう。
それで落下した気分を持ち直せばいい。
クレルの料理の腕は確か、彼ならば地球のありとあらゆる菓子を再現してくれることが十分に期待できる。
フフフ……。何を作ってもらおうか。和菓子に洋菓子、意外と再現の難しい駄菓子という手もあるで。夢が広がるな。
「わあ……!ジュナサンとっても幸せそうな顔をしてるよ!コロコロと表情が変わるなんて、可愛すぎるよジュナサン!」
デュアルが目を輝かせて何かを叫んでいるが気にしなければどうということもない。
しかし、クレルの胸を撫で下ろすような溜息は何故か聞き取れた。よくは分からんが、苦労しているのだなクレルくん。
さて。
それでは夢の実現、及び桃源郷、もとい糖原郷へといたるための下拵えといこうか。
「さあ、クレルよ!お前の料理によって培ってきた包丁さばきを遺憾なく発揮する時がきたぞ!」
「……え?」
俺のいきなりの振りに理解が追いつかなかったのか聞き返してくるクレル。
それに応えるべく俺は横それ、後ろにある物をクレルに見えるようにし、強調するように手振りを付ける。
「これ、ここにあるは幻の糖原郷……を、生むとされたりされなかったりなシュガー草!これをクレルくんには千切りにしてもらいます!」
「あ、そっか!クレルさんならヒュカカッ!って感じで一気に切り刻めるもんね!お願いしますクレルさん!」
「えっと、良いけど……。これ、全部?ちょっと多くない?」
「え?そうか?」
クレルに促されるままに俺とデュアルも先ほど量産成功したシュガー草を見やる。
そこには3・40本ほどのシュガー草が盛り積まれている。
確かに多いとは思うが、この程度の数なら一気に束ねて切れるんじゃないのか?テレビとかでネギを同時に切り刻んでいるのを見た気がするんだが……。
え?無理なの?マジかよ……。
俺が予想外の展開に打ちひしがれているとクレルが不思議そうな顔、というか心配そうな顔を向けてくる。
「あれ?何か間違って受け取ってない?僕が今言いたかったのは切るのが面倒だって話でなく、千切りにしたのをコボリスの不思議パワー?でどうにかして急成長させるんだよね?」
「そうです!ジュナサンの奇跡ですよ!」
「それって疲労とかするんじゃないの?って話をしたかったんだよ」
そう言いながらクレルが懐から愛用の包丁を取り出して包丁の峰で肩を叩く。
え?疲れたりするの?
どうなのシホちゃん?
【まあ、マスターはまだ生後一ヶ月いくかいかないか程度ですからね。そりゃあ疲労は著しいと思われますよ】
わぁ〜お!マジかよ!
【マジですよ。予測演算を申しますと、クレルは一本毎に言葉の通りに千切りにすることでしょう。今そこにあるシュガー草の本数は38本。単純計算です。38×1000ですので、総計38,000の欠片ができます。それら全てを成長促進いたしますと、精神的疲労が激しく、それに連鎖するように身体的疲労も確認されると思われます】
おぉ……。
【マスターは全てを成体化させた後、数時間ほど動けなくなると思われます】
だ、そうです!
うん、よく分からないけど止めとこう!
なんということだ、スキルを使用すると疲労するとは思いもしなかった。戦闘中とかに疲労で動けなくなったりしたら、なんて想像すると恐ろしいな。
「で、どうする?切っちゃう?」
ど、どうしたら良いのシホちゃん?できるだけシュガー草は量産しておきたいんだけど。
【でしたら、38本全て273等分してください。それでしたら欠片全てを成体化させた後も、マスターは元気を保てると予測します】
「よし、クレル。こいつら全部273等分してくれ」
「なんでそんな微妙な数なのジュナサン?」
「良いんだよ!しっかりとした計算の元、(シホちゃんが)この数を出してるんだから!」
「そ、そう?」
デュアルの質問を一刀両断し、クレルに視線を向ける。存外にできるかどうかを問うているわけだ。
シホちゃんはああ言っていたが、ちょっと俺としては無理そうな気がしてならない。まあ、少しくらいの誤差ならなんとかなるだろうから気にしないが。
しかし、俺のそんな心配を感じ取ったのかクレルが包丁を包から抜き、
「んー、まあ、できないこともないかな?見たところ全部同じ大きさ、形だし」
少し微笑んだ。
クレルはシュガー草に近づき、包丁を振る。
どういう原理か、もしかしたらクレルは何かスキル持ちなのかもしれない。
手が、残像を残している。
たかだか千切りをするだけにしては大仰な光景だ。
「……ふぅ」
幾秒かの後、クレルが小さく溜息を吐いた。
見やれば、そこには細切りにされたシュガー草だった物が見受けられる。
どうやら今の、ほんの数秒でクレルは何十回も包丁の刃をシュガー草に通したらしい。その予想外過ぎるオーバーステータス、いったいどのような訓練を受ければ手に入るのか想像すらできないぞ。
正直な話、ちょっとクレルに対する印象が変わったね。俺の中の怒らせたら危ないリストにクレルが載ったよ。
「こんなのしたことなかったけど、たぶん273等分できてると思うよ。これで良かったかな?」
「……ん、おお……。ありがとな」
確認を取るために俺に向き直るクレルに若干口を引き攣らせながら返事する。
俺の礼に対してクレルが包丁をしまいながら笑顔で『良かった』と安堵の声を漏らした。ちょっと笑顔が怖いとか思ったのは黙っておくことにする。
まさか魔法少女のコスチュームを嬉々として着ている長身の男にここまで驚かされるとは夢にも思っていなかったよ。
その後、先にもやったように急成長させることでシュガー草を量産することを難なく成功させた。
その時の光景を見た俺たちの反応はこうだ。
先ず、一度見たことで感動が薄れたためそこまでテンションが上がらなかった俺。二度目だというのに一番大はしゃぎのデュアル。
そして、実際に目の当たりにするのは初めてのクレルはというと、静かだった。静かに口の開閉を繰り返していたよ。なんでも、本当にできるとは思ってもみなかったらしい。
いや笑ったね。人の驚いた顔というのはどうしてあーも面白いのだろうな。
しかし、そんなアホ面で笑わせてくれたクレルにまた、俺も驚かされた。
というのも。
シホちゃん曰く、本当に38本のシュガー草は全て273等分されていたらしい。それを聞いた時はなんというか、あまりにも現実離れしていたからか何の抵抗もなく聞き入れていた。たぶん、俺の中の何かが壊れたのだと思う。
これで、今回量産に成功したシュガー草の数は10.374本という結果となった(シホちゃんが計算しました)。
たった一本からの量産で、且つ一時間と掛からないという驚異。スキル様様である。
「前世なら世界中を震撼させること請け合いだな……」
農家の方々から苦情の嵐だ。
うん。このスキルもあまり大っぴらには公表しないでおこう。九割九分面倒事に巻き込まれるだろうから。
そう決意したと同時にクレルにもバレないようにシュガー草を空間圧縮、そして影に造った異界へ投げ込む。
「あれ?シュガー草がなくなってるよ?コボリス何処いったか知らない?」
「ん?ああ、気にするな。問題ない」
「……え?何が?」
クレルが直ぐさま気づいて俺に疑問を向けてくる。それに適当に返事を返して話を打ち切る。
クレルにこんなに早く気づかれるとは予想外だ――が、上手く誤魔化したし、まあ良い。
何故かクレルが納得のいかない、というか意味が理解できないといった顔をし続けていたが、それを華麗にスルーする。
その時ガイドが部屋に入ってきた。
ガイドはいやらしい表情で俺を見て問う。
「おう、アホらしい計画は成功したかい?」
さも成功してないんだろ?と言いたげな口調だ。
俺の量産計画だが、やはりあり得ざる事象を起こす計画なため成功すると思っていたのは俺とデュアルだけだった。クレルとガイドは現実的な視点から無理だと断定していたのを覚えている。
たぶん、ガイドの考えは変わっていないのだろう。
所詮一子供と子モンスターの空想だと信じて疑っていない表情だ。
「フッ……。余裕を持てるのも今のうちだぞガイド!現実を知って土下座して謝るが良い!!」
「ジュナサンの凄さを知らないからこうなるんだよ!」
俺がガイドを指差して見下すような眼差しを送るのに便乗するようにデュアルも指差す。まあ、悲しいことに身長差のおかげで見上げてるみたいになってますがね。
俺とデュアルの魂の叫びの如き言葉を鼻で失笑にふすガイド。
普通にイラつく。
「フッ、お子ちゃまは夢見がちでいけねえよなクレル?そんな簡単に植物が量産できるなら農奴なんて奴隷制はねえってんだ。いいか、植物ってのはな?お天道様と肥えた土地、良い水を与えて初めて育つんだよバァーカ」
ハンッ、とガイドがこれ見よがしに鼻くそを飛ばす。
ウザいし汚い。その手で俺に触るなよ?
「あははは、そうですよね師匠。本当、それが当たり前ですよ」
「だろ?」
あれ?まさかクレルがガイドの見方をする……だと!?
クレル、お前は実際にその目でみただろうが!しっかりと真実を話せよ!ほら見ろ、ガイドが調子に乗って俺を憐れんだ目で見始めたじゃねーか!
そんな俺の心の叫びが届いたのか、クレルが『けど……』と言葉を繋げる。
「コボリスはそんな当たり前、軽々と破壊してくれましたよ!」
「そうだろうそうだろう。軽々と破壊してくれただろう。聞いたかコボリス?これが現実ってm――――あ?破壊してくれた?」
「はい!実際に目の当たりにするまで僕も信じてなかったんですけど、凄かったですよ!」
目をキラキラさせてガイドに情景を伝えようと必死に頑張るクレル。
一方、同じ意見だったはずのクレルの豹変ぶりに驚いて声も出せないガイド。
俺はそんなガイドにドヤ顔を見せる。
「んまあ、俺ぁどっちでも良いがな。 それより、コボリスとデュアルを探しに来たってえ冒険者が店の前にいんぞ」
「え?僕とジュナサンに?」
「ん?俺は冒険者の知人なんて覚えにないぞ」
「いいから行ってこい。どういうことか慌ててたからな」
そう言ってガイドに背を叩かれ、俺たちは部屋を後にした。
◇◇◇◇◇
言われるがまま店側に移動すると、そこには知らないオッさんがいた。
オッさん、といっても三十過ぎの冒険者だろう。なんだかそんな雰囲気がする。きっとそうだ。
三十過ぎのオッさんの容姿はトゲトゲしい重鎧を纏い、1.5メートルほどの大盾を背負って腰のベルトに諸刃の片手直剣を佩いている。
俺とデュアルに気づいたのか魔法具の物色を止め、こちらに近づいてきた。
「お前らがクレルとコボリスのコンビだな?」
太くドスの効いた声が兜の奥から発せられた。ガイドほどではないが、このオッさんも酒呑みなのだろう。酒枯れている。
オッさんの問いにクレルが無言で頷くと、オッさんも確認したというように一度頷いた。
「これより半刻後、現在グレイラビにいる全ての冒険者たちがギルドに集まるように号令が出た。お前らも遅れないように来い」
どこか命令口調で一方的に告げたオッさん冒険者は最後にまた一度頷くと踵を返し――――気に入った魔法具を持って会計を済ませた後、早足で店を出て行った。
「よく分からんが……」
一言言いたい。
「なんか癪に触るなあのオッさん」
「そう?前の時もあんな感じだったよ?というか前の人よりもしっかりと説明してくれたよ?」
俺の愚痴にデュアルが何でもないかのような返しをする。
あの話し方が良い方だと?さも見下しているような話し方だったぞ。逆に前の人ってのがどんな奴だったのか知りたくなるレベルである。
「まあ、とりあえずギルドに行こっかジュナサン。緊急クエストだから拒否権はないしさ」
そう言ってデュアルが俺の手を引く。
「ん?緊急クエスト?」
「そうだよ。あーやって呼びに来てくれるのは冒険者たちを『知らなかった』なんて言い訳で逃さないための手段なんだよ」
「ほー、緊急クエストっていうとアレだよな。政府からの直々のクエストの」
「うん。それだよ」
少し陰の入った顔でデュアルがそう冷たさのある声で言う。
こういう時のデュアルはちょっと寒気がするから苦手なんだよね。
だが、俺は分かっている。
先ほどから俺の手を握るデュアルの手に力が強くこもっていることを。少し、震えていることを。
その震えがだんだん冬が訪れようとしているから、ではないことを。
俺はデュアルの手を強く握り返して――
「そっかー。なら王族とか公爵家の連中がデカいケーキを作ったわりに、食べ残したから冒険者に食ってくれーって依頼だったら嬉しいよな!それであまりにも量があってよ、みんな食いきれねーから逃げるんだ。そうなったら俺とデュアルで独占しようぜ!」
戯けてみせる。
すると、デュアルは数秒ほど目をパチクリと瞬かせ、そして堪えきれぬと言わんばかりに吹き出した。
「ぷっ、あははは!そうだね、そんな依頼だったら楽しいかも!あ、でもジュナサンがいたら他の冒険者の人が手をつける前に全部食べきってそうだよね!」
「お、分かってるね〜。そうだ、俺が他の奴らにケーキをくれてやるわけがないからな!」
何も面白い話じゃないが、こういう時はとりあえず何か変な話をするべきだ。空元気を出せるタイミングってのは必要だからな。
少し空元気を出せたことでデュアルの心にほんの少しだけだが余裕が生まれたようで、再度俺の手を引っ張る。
「よし、ケーキを食べに行こっかジュナサン!」
「おう!ケーキじゃなくパフェでも俺は嬉しいぞ!」
「パフェってなーにジュナサン?」
「ん?パフェってのはな――――」
そうやって俺たちは冒険者ギルドに向かった。
道中は暇なのでパフェがどういう物かを説明する時間に当てた。




