あら、この草美味しい
また投稿が遅くなり申し訳ない。
物語の詳細詰めが苦手なんですw
あ、言い訳は良いから続き書け?
分かりました。できるだけ早く書きます。
なので応援よろしくお願いしますm(_ _)m
涼しい風が収穫前の稲穂を揺らす。目の前にある小麦の原料はあと数日で全て刈り取られ、数週間後には芳ばしい匂いを纏った美味いパンになるのだろう。
俺としてはバターを塗って食べたい。できるならアンパンかフランスパンが良いな。いや、食パンも捨てがたいか。
そんな事を考えながら俺は目の前の多種多様な雑草を喰べる。
いつも通りのなんとも言えない味だ。ピリ辛なものが時々あって良い按配である。
「うわ〜ん、ジュナサン僕もう飽きちゃったよ〜〜!」
遠くからデュアルの泣き言が聞こえてくる。
「腰……、腰が痛いよジュナサ〜〜ン!この歳でギックリ腰再発させたくないよ〜!前くれたのと同じのちょうだーい!」
悲しいことを叫ぶんじゃないよデュアル。
大丈夫だ。ギックリ腰ってのはその歳だとそうそうなったりしないから。
そういう訳で難聴スキルを発動して、黙々と雑草を食べていく。
「あれ〜?ジュナサ〜ン?聞こえてるよね〜?」
デュアルが先ほどよりも大きな声で質問してくる。
だが、今の俺は180歳くらいのお爺ちゃんをイメージしている。それほどの難聴だ。聞こえるわけがない。ていうか、最早この世にいない?
そうそう、時々雑草の中に花があり、それの蜜は薄口だが甘くて美味い。
「ジュナサーーン!ジュッナサーーン!!ジュナッサーーーン!?」
ピョンピョンと跳ねて、俺の気を惹こうとしだしたデュアル。
お前、それくらい動けるならギックリ腰にはならんだろ……。
ムッ、この地帯には俺と同じく花を狙うハンターがいるようだ。それも数において優っており、且つ空を主に移動経路としている。
そう、奴らの名は蜂。英語ではhoney?ん、違う気がするね。
【蜜蜂がa (honey)bee、黄蜂がa wasp、スズメバチがa hornet、雄蜂がa drone ですマスター】
わぁお!流石シホちゃんでございます!素晴らしいお手並みで!
しかし、毎度毎度思うのだが、俺の知らないことを知っているシホちゃんは何者?案外一番の謎だ。
そんな事を考えているうちに蜂が目の前の花に停まる。
そうはさせるかと、蜂ごと花をパクリ。
驚いた蜂が口の中で暴れる。おぉ……。なんだろう、癖になりそうだ。
蜂が口の中で翅を振動させるそれが、こそばゆくて堪らず、噛み砕かずに大人しくなるまで味わおうとしていると針を刺された。
刹那の痛みの後、シホちゃんが痛覚遮断を発動してくれたので痛みが消える。
それは良いのだが、ビックリして蜂を噛み砕いてしまった。それによって絶命した蜂はその後動かない。惜しい事をしたものだ。
【運搬の達人を取得】
まさかのスキル取得。スキル内容は読んで字のごとく、のようだ。
蜂ってコボルトよりも存在的に強いんだ……。植物にも劣り、虫にも劣るモンスターってなんだかなぁ。
少し泣きそうになってきたので、考えずに花を食べていく。
蜂は発見次第、生きたまま口の中に放り込み、こそばゆさを感じた。本当に癖になりそうだ。
まあ、そのおかげでスキルも増えた。
増えたスキルがこれらだ。
【蜜袋】【迅速飛行】【注射針】【労働奴隷】
労働奴隷とか名前怖すぎである。なんでも死ぬまで働き続ける呪いらしい。何それマジ怖い。
ていうか、蜂って働き者と普通に働く者とダラける者がいるんじゃなかったか?あ、もしかして働き者は呪われてるだけなの?
取り敢えず、蜂社会怖えぇえええ!!
「あらあら、聞いてた通りの働きぶりねぇ〜。デュアル君たちは凄いわ〜。助かるわ〜」
そう言ってこの畑の持ち主であるオバさんがやって来た。
俺たちが何故このように雑草を食べて(デュアルは抜いて)いるかというと、彼女に指名クエストで指名されたからだ。
指名クエストという面倒な制度がなければ金のあるうちから働きなど俺はしない。まさか、断ったら金を払わされるとは思いもしませんでしたよ!
まあ、俺にしたらこんなのは労働とは言いませんがね。
大草原に居た頃ずっとやってた事ですし?しかし、食べて良いのと駄目なのがあるというのが面倒だったりする。
「ほーら、コボリスちゃーん?お腹空いたでしょ?お昼ゴハンですよ〜」
オバさんが籠を掲げ、幼児にやるような幼稚な話し方で昼飯を促す。
その声を聞きつけ、待ってましたと言わんばかりにデュアルがはしゃいでやって来る。
俺としては草を食べまくっていたのでそんなに腹は減っていないのだが、オバさんが風呂敷の上で広げたサンドウィッチが美味そうだったので頂くとする。
「あ、デュアル君は卵食べて体痒くなったりしないかしら?」
「あ、僕は食べ物で体に異常をきたすようなことは無いです!」
「そう、安心したわ」
どうやらオバさんは卵アレルギーが無いかどうかの確認を取っていなかったらしい。オバさんの確認に問題ないと答えるデュアル。それを聞いたオバさんはホッと胸を撫で下ろした。
なんで俺には聞かないのだろう?という疑問が浮かんだが、たぶんアレルギーなど無いだろうから気にしないでおく。
オバさんが竹筒でできた水筒を開け、木のコップに中の液体を注いでいく。
「ふふ、コレは結構オバさんの自信作ですよ〜」
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。見たところコンポタージュだ。湯気を立て、とても温かそうだ。
デュアルが今か今かと待ちわびた顔をオバさんに向ける。いやらしい奴である。
ま、かく言う俺も先ほどからヨダレが止まらんのだが。
そんな俺たちを見て、楽しそうに微笑むオバさん。
「はい、それじゃあお上がりなさい」
その声を聞くや否や、即座に反応してサンドウィッチに手を伸ばし頬張るデュアル。食べる前に挨拶くらいしたらどうなんだ、と思わずにいられない。
俺は心中で『頂きます』と合掌し、カツサンドと思しき物に手を伸ばした。
俺たちが指名クエストを受け始めてから一週間が経っている。
今日の稲穂畑の雑草抜きの指名クエストで五件目。それらの指名クエストの全てが、似たような内容である。
やれ荒れた空き地の整理だ、やれ生い茂った庭園の整理だ。
クエストで整理する場所や依頼人は違えど、その全ての共通点。
雑草抜き。
あまりにも内容が重複し過ぎているので今回オバさんに聞いてみた。何故指名クエストの内容がこうも似ているのか。
するとオバさんは明快な答えを返してくれた。曰く、『少年冒険者とコボルトのコンビ。彼らはどんな作業でも嫌がらずに完璧にこなす。そして、コンビの片割れであるコボルト、彼女は荒れ地に棲みついたグリーンマンを全て食べてしまうほど草が大好物。彼女たちに雑草抜きという地味にして重労働な仕事を頼めば快く受け入れ、完璧にこなしてくれるはずだ』
そんな噂が農業者たちの間で持ちきりになり、それが回り回って金持ちやボランティア団体に広まり、指名でクエスト発行されたらしい。
実を言うと、五件の指名クエストのうち三件は農業方面だった。噂というものの恐ろしさを痛感した瞬間だった。
しかも、その予測通りしっかりと受諾し、且つ一日の間に完了しているという事実が加わり、噂はもっと広がったらしい。
しかし、まさかあのモッコリ森ことグリーンマンを食べた件がこうも俺を忙しくするとは……。
これからは出来るだけ人目につかないように行動しよう、そう思った。
まあ、コボルトが街にいるだけで衆目の的になるし、俺にはひょんな事からストーカーもいるからどんなに気を遣ったとしても誰にも見られない、などというのは難しい話だろうが。
「ジュナサン昼頃からずっと、何をそんなに考えてるのー?」
どうやら考えに没頭していたようだ。構ってもらえないデュアルが不満でも抱いたのか、疑問を飛ばしてきた。
先ほどは少し憂鬱な思考をしていたが、昼頃に考え事はしていないはずなのだが……。
そう答えてやると、デュアルが不思議そうな顔をする。
「そう〜?僕には考えに耽ってる、って感じに見えたんだけどなー」
「そうか?」
「うん。取り敢えず、痛がる僕をジュナサンが助けてくれないわけがないから、思考に耽ってたんだと思うよ!」
そう言って笑顔を見せるデュアル。
なるほど、彼は自意識過剰らしい。あんな大根芝居で、よくもまあ胸を張って言えるな。それに、俺が助けるのは俺の気分次第だ。ちょっと痛がってる程度で俺が動くと思うなよデュアル!
さて、そろそろ日も落ち出していることだし締めに入ろうか。明日も仕事とか絶対に嫌だ。
さあ、仕上げはシホ〜ちゃーん!
【クチュクチュクチュクチュ♪上の歯〜、前歯〜♪ ……ハッ!何をやらせるんですかマスター】
え?俺は一度たりともやれなんて言ってないけど?
【いえ、今のはどう考えてもフリでした。マスターが悪いです。こういうのには著作権とかが関わってきますよ?】
え、マジ?大丈夫じゃないの?危ないかな?
【極めて危険かと。まあ、そんなにケツの穴の小さな方々ではない事を祈りましょう】
シホちゃん、ケツって……。
それより、仕上げをよろしくしていいかいシホちゃん?
【だがことわ――】
それに著作権とかは関わってこないの?
【一言葉なのでないのでは?すいませんマスター、私には分かりかねます。 さて、仕上げをすれば良いんですね?】
うん、そう。よろしくできる?
【問題ありません。マスターの命令は私にとって至上の悦。これより、一時の間マスターの体をお借りいたします。構いませんか?】
構うはずありませーん。
【許可を認証。それでは――】
そこからの雑草抜きもとい雑草食べは異常なほどの速さで押し進められていった。
シホちゃんのバックアップを十二分に活用することで初めてできる生命体による擬似機械化。最短化された動きに無駄はなく、自分の体が想像以上に凄いことを間近で感じる。
これを体験する度に思う。
実は俺って凄いんじゃね?という慢心。
それを精神を振り絞って叩き潰す。これはシホちゃんに全てを任せているからであり、俺一人で何かができた試しはない。そう言い聞かせる。
何故そうまでするか。それは、慢心が毒であることを前世と今世で、嫌なほど俺は思い知らされたから。
前世においては、就職活動。今世においては、今も記憶に新しいオークとの生死を賭けたモノホン鬼ごっこ。
特に、オークとの件に関しては運良く助かったに過ぎないと俺は思っている。あの当時はシホちゃんの返答が素っ気なかったのを覚えてる。そんな中、格上のオークに命を狙われたのだ。死んでも不思議じゃなかった。
せっかく転生して、なのにまた死ぬなんて嫌だ。だから、俺は絶対に慢心せず生きる。
「ムッ!ムムムッ!? 今、花の蜜なんか足下にも及ばないような、それ以上の甘味が……!」
とんでもない早さで雑草を掻き込んでいっていると、急に俺の舌を唸らせるほどの甘さが口の中に溢れた。それは懐かしい糖の味。
シホちゃんに無理を言って、擬似機械化モードを一旦停止する。
俺の擬似機械化モードを見て、やっと作業が終了すると思っていたらしいデュアルが急停止した俺を見て不思議そうな顔で近づいてくる。
「どうしたのジュナサ〜ン?お腹でも壊しちゃった〜?」
「いや、今食べてたら甘い味がしてよ」
「へ?草って甘いの?いつもなんとも言えない顔して食べてるから美味しくないと思ってたんだけど……」
「あー、まあなー?だからこそ、甘い草があるのかを探すために喰うのを止めたんだ」
俺がそう言うと「へー」と今一この凄さを分かっていないらしい反応を返すデュアル。
分かってない。分かってないなーデュアルくん。糖の大切さを知らぬは味への罵倒だぞ!ケーキしかり和菓子しかり、糖がなければ完成しえない食文化の極致だぞ!
そんなことを熱論したところで、ケーキも和菓子も、砂糖菓子でさえ食べたことのないだろうデュアルには分からないだろうな……。
なんとも悲しいことだ。十二歳といえば少なくとも小学六年生だろ?それくらいの年頃になると、金がまあまああり、安い駄菓子を大量買いする年頃だろうに……。それなのに、デュアルは甘味を知りすらしないとは。
デュアルのことが哀れになったので、尚更さっきの甘い草を発見しようと意気込む。
すると、所あたり構わず草を食べていると見事にヒット。
茎を噛み切れると白くて甘い汁が溢れ出てきた。
「見つけた……!こいつだー!! よし、お前の名前はなんだ!?」
「そんなこと聞いても分からないよジュナサン〜」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
レベル:13
名前:糖源草
説明
肥沃な土地に生える。特に、クラムリンという魔虫が多く生息する土地には群生していることがよく確認されている。
ありとあらゆる糖に変化する糖の根源のような糖を生成する。
最も糖が多く蓄えられているのは根にできた瘤である。
無性生殖可能。
____________________
俺の声を聞いて、微笑ましいものを見るような顔で注意するデュアル。
失礼極まりない。こうやって、しっかりと分かるじゃないか!全くもって心外である。
それよりも、説明が異常に増えている。前は具体性に欠ける説明が一言だったのに対し、今回は4文にも渡っている。
何故だろう?
【そりゃあ成長くらいしますよ。いろいろと食べまくってるじゃないですかマスター】
ああ、確かに。そんなので賢狼って成長するんだ〜。
と、いうことらしいです。
まさか草食べてるだけで賢狼が成長するとは夢にも思いませんでしよ奥さん。いや、現実に起こっているのを目の当たりにしても信じれませんがね……!
シホちゃんが何故か落胆したような溜息を漏らすが、よく分からないので無視する。
「デュアル!今からコレと同じ草を探すぞ!良いな!?できるだけ多く見つけるんだ!無性生殖可能ってことは芋と似たようなものなはず!!切って分けて大量生産だ!!」
「え?えーと……?どういうことジュナサン!?」
「美味いもん食えるぞ!食いたかったらそれ以上は考えずに、探せぇぇえぇええ!!」
「えっと、よく分かんないけど分かったよ!」
俺のゴリ押しの理由を省いた説明に納得したデュアルと共にシュガーグラスを探しまくった。探し終わったのは夕暮れ前だった。
「ジュナサン……。言われた通り探し集めたけど、これどうするの?」
「ん?ああ、この草から砂糖を搾り出すんだ。そんで、その砂糖を使って菓子を作るぞ!」
「菓子?……って、お菓子のこと!?貴族しかそんなの食べられないよ!それに砂糖って……、そんな高級食材はこんな草から手に入るようなもんじゃないよ!?砂糖は蜂の巣にある蜂蜜から作るんだよジュナサン!」
「お、おぉ……。そ、そうなのか?まあ、蜂蜜から砂糖をどうやって作るのかは想像できないけど、アレだって糖の塊だからできるだろうな。だが、砂糖は元々植物糖を煮て濾して作るもんだろ?」
「濾す?」
「おお。水で煮ることで糖を植物から取り出して、そんで濾すことで水分を飛ばし、結晶だけを残すんだ」
「?」
デュアルの質問に懇切丁寧に答えてやったのだが、どうやら理解できないらしく頭から煙を炊く。
見ている分には楽しいのでコレと言ったフォローはしない。どうせデュアルが分からなくとも俺が分かっていれば、もといシホちゃんが分かっていれば全て上手く行くのだから。
しかし、やはりと言うべきかシュガーグラスの群生地ではないので量が少ない。コレではケーキなどを作るには少し心許ないな。
ただでさえ周知されていないだろうシュガーグラス。商業街で探したとしても売りに出されていることはないだろう。それに、シュガーグラスが糖を作る草だと知っている人間なら独り占めすることだろう。なんせ、この世界の味覚レベルは一定以上の料理人にならなければ幼稚並みだ。
前途多難だな。俺の意味の分からんほどあるスキルでどうにかならんもんか……?
「ジュナサン、やっぱりよく分からないけど、この草は大切なんだよね?だったら盗られたりしないようにコレに入れとこうよ!」
そう言ってデュアルが腰に下げたロザリオから貰った魔法具携帯収納パックを指す。
それを見て、そう言えば、と前に考えていたことを思い出す。
そして、デュアルに携帯収納パックを一つ寄越すように告げる。
「デュアルそれ一個くれ」
「え?うん、良いけど何で?」
「何でってこうするためだよ――」
俺の発言に疑問に思いながら一つ腰から外して寄越すデュアル。
俺は疑問に行動をもって答えた。携帯収納パックをパクリと食べて見せた。
【空間魔法を取得】
【刻印魔法を取得】
見事スキルの取得を成功。それを告げる声が何処からともなく聞こえてくる。
空間魔法は魔法具に刻まれた空間圧縮の大元の魔法なので手に入れれたのは分かるが、刻印魔法って何だろう?どうして取得できたんだ?
うん、理由とか分からんので置いとこう。
「ジュ……ジュナサン!ダメだよ食べちゃ〜!」
携帯収納パックを食べたことを慌ててデュアルが諌める。
確かに、天才錬成術師であるロザリオにしか作成することのできない貴重な魔法具を食べたのだ。それの有り難みを理解している者からしたらあり得ない暴行だろう。
しかし、安心するんだデュアル。何も考えなしに喰った訳じゃないんだ。これで俺も空間圧縮を手に入れ――
「お腹壊しちゃうよ!?」
「そっちかい!」
デュアルの天然ボケを思わずツッコムと、え?っといった顔を向けられた。
まさか魔法具の心配でなく、俺の腹事情の心配をするとは……。驚きを通り越して呆れてしまう。
まあ、良いか。
その後、シュガーグラスを空間指定し圧縮。それを異界形成という空間魔法の一種で異界化した影に突っ込んだ。俺も顔を入れてみたが、幅は影と同じ程度しかなく然程広くなかった。だが、とても深かったので良しとしよう。
これで持ち運びが楽になったな。
「ほわー……。ジュナサンって空間魔法が使えたんだねー。何でもできるんだねジュナサン!」
デュアルがアホ面でそんなことを言っていた。
普通に考えたらコボルトができるはずないとか怪しむと思うのだが……。デュアルがアホで良かったと思わずにいられない。
ふむ、日常生活ではコレは使わないようにしよう。面倒事が増えるのは好ましくないからな。
取り敢えず、今回の収穫は良好。
久しぶりにスキルを取得したし、砂糖の原料は手に入ったし。
今日はもう夕暮れ時だから菓子作りは後日暇な時にしよう。……あ、量が少ないんだっけ。さて、どうしたもんかね。
◇◇◇◇◇
その頃、ギルドのギルドマスター専用の執務室ではグラディスが椅子に深く座り頭を抱えていた。
「どういうことだ……。もう一週間も探索しに行った奴らが帰ってこねえ」
ジョッキに注がれた麦発酵酒をいつもと違いチビリと飲む。ジョッキを一気飲みしている時のグラディスの元気良さは面影を隠し、その顔には焦燥の念が刻まれている。
いつもの無駄に元気で、声の大きなグラディスを慕う秘書は何と声をかければ良いのか分からない。
「やっぱ公爵家のクソ共の言いなりにならずに、もっと良く考えるべきだったのか……?いや、そうは言っても探索はしなけりゃならねー。そうじゃねーと情報も得られず、街に篭っちまうことになる。それじゃあもしもの時に備えらんねーもんな……」
クソ……!っと、最近口癖のように何度も口にしている言葉を発する。
一週間前、グレイラビの最高責任者である公爵家より樹海の探索依頼を受け、クエスト発行したグラディス。クエストの類別は探索、普通なら行って適当に時間を過ごして帰ってくるだけで金を手に入れることができる旨いクエストだ。
当時の冒険者たちもそう考えていた。気軽に、気分的にはちょっとお使い頼まれた、みたいな物のはずだった。なのに、その軽いお使いからは誰一人として帰って来なかった。
発行当初は誰でも受けれる至極簡単なクエストだったが、それからはA級冒険者以上だけに受注資格を絞った。
C級クエストにして、受注資格はA級以上。報酬額は最初の頃の額に8000C増額という異常なクエスト。それでも受ける者は後を絶たなかった。――昨日までは。
昨日、とある有名冒険者の一行が訪れた。
その一行も他の冒険者たちと同じくその高額異常クエストを受け、樹海に向かった。
そして、翌日の夕暮れを回った今も帰って来ない。
彼らは冒険者パーティーとしての等級は最高級の@級。勇者一行と呼ばれるほどの強豪だ。
一行のリーダーである黒と黄色の縞模様でできた毛皮を鎧に飾った双剣使いの女性は、緋双の乙女という二つ名持ちであり、双剣の腕は第八階梯。
マスタークラスに値する彼女と一行の戦力は、簡潔に説明するならばグレイラビの総戦力の半数と比例すると言っても過言ではない。
そんな一行が帰って来ない。それ即ち、グレイラビの存続を脅かしかねない化物の存在の証左。
緊張した空気が執務室を満たす。
何かしなければならない。だが、いったい何を?そんな無意味な考えがグラディスの脳内をリピートする。
静寂した空間にドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。そして、ノックも無しにドアが一気に開け放たれる。
「オヤジ!帰って来た……、帰って来たぞ!」
「本当か!?」
息を荒げながら入ってきた実の息子の言葉を聞き、立ち上がり思わず身を乗り出して聞き返すグラディス。秘書がホッとしたように胸を撫で下ろす。
グラディスの息子を押し退け、ドアの向こうから声が掛けられる。昨日も聞いた、落ち着いた雰囲気のある女性らしい声だ。
「グレイラビ支局ギルドマスターグラディス殿、失礼するよ」
「おお……!良かったぜ嬢ちゃん!生きてたか!」
姿を見せた緋双の乙女を見て、大事ない事を確認したグラディスが両肩に手をやり安堵の声をかける。
グラディスに向け、微笑む緋双の乙女。
「申し訳ない、私自身生きてはいるが今この場にいるのは私ではないんだ。この身は私の姿を投影した式神でね。私は今もかの樹海にてパーティーメンバーと共に生死を賭けた探索をしている」
彼女はとても落ち着いた声音で、幼子を諭すように告げた。
グラディスとその秘書は驚愕の表情をする。それもそのはず、彼女が生きて戻ったならば少なくとも情報は手に入り、且つ大きな戦力の確保ができる。例え、樹海に化物がいようとそれの脅威から生き残った者がいる、という事実はグレイラビにいる全ての人々の心の支えとなる。彼女が死なずに生きていたのは僥倖だが、帰って来れないというのは逆に脅威の度合いを増すことになり、強いては人々の不安へと繋がりかねない。
立ち尽くすしかない。
@級冒険者パーティーが敵わない化物に、S級冒険者さえ居ないグレイラビの戦力では最早どうにもならない。
三人の顔に絶望の色が映り始めたのを見た緋双の乙女は、何を諦めているのか、と思った。
若干二十二歳とあまり長くない人生しか生きていない緋双の乙女だが、彼女はこの程度の脅威なぞ幾らでも乗り越えて来ていた。
若くしてマスタークラスの名を冠する天才は一握りと言えど、この世に幾人も存在する。それらの天才を育む要因は様々だが、一様に共通しているのは経験だ。
何十何百という死線を乗り越え、何千何万という屍の上を這ってでも生き残った者たちだ。
この程度、彼女にとって造作無い日常である。乗り越えて当たり前なのだ。
勝手に未来を見据えることを止め、目を閉ざし耳を塞いだ愚か者達に向かって彼女は彼らが求めているであろう言葉を発する。
「諦めてはならない。この街にはまだ死神は舞い降りてなどいないぞグラディス殿。気を保たれよ」
「しかし――」
「貴方はギルドマスターであろう。このギルドに所属する全ての冒険者の命を貴方は守らなければならない。それを何も起こらぬ前から諦めるとは何事か!歯を食いしばり、汚泥にまみれようとも足掻け!!」
自分の歳の半分にも満たないであろう若者に叱咤され、彷徨わせていた目を覚ましたグラディス。目に映る自分の息子とそう年齢の変わらない女性に謝辞を述べる。
「すまねー。助かった。危うくクソ貴族共と同じことをしちまうとこだった。礼を言わせてくれ」
「構わない。それに、グレイラビは確かにA級止まりの中級冒険者しか居ないが、実力者の数は他の都市街よりも多い。それはこの街の強みだ」
「ああ、そうだな。……そうだとも!化物だかなんだか知らねえが、そう簡単に死んでやる必要はねーしな!食われたら腹ん中で暴れ回ってやらー良いわけだ!」
「うん、そのいきだ」
活力を持ち直したグラディスを見て、頷く緋双の乙女。
その後、彼女は樹海で探索することで得た情報をグラディスに伝えた。
異常性の高い赤黒い巨大オークの存在、それによる通常オークたちのコミュニティーの形成。それらは有象無象の魔物が存在する樹海において絶大な脅威になっており、逃れようと大群で移動する他の魔物達。その行く先には、砂漠化した旧ビギナーズ大草原、ゆくゆくはグレイラビであると。
気概あるグラディスを漢と信じ、自分達だけでは対処が間に合わぬが故に街より援助を求めるために嘘偽りなく全てを話した。
気力を取り直したグラディスも、流石に後退ってしまうほどの危機的現状。
しかし、ギルドマスターとしての責任感からグラディスは踏み止まり、一つ頷くと感謝を込めて頭を下げた。
「名高き緋双の乙女よ、情報の提供にグレイラビ支局ギルドマスターとして感謝する。あんがとな。三日……いや、二日以内に戦力を整える!それまで頼まれてくれねーか?」
「フッ……。親と同年代の異性に頭を下げられては断れないな。私は親孝行というものをしたことがないしな。その頼み、引き受けた!逆に私からも礼を言うよ。感謝する」
その一言を述べ終わると、緋双の乙女を形取っていた式神は役目を終えたかのように塵へと帰した。
それを後に、グラディスはギルドマスターとしての仕事を開始する。
秘書に書類の整理を頼み、息子には早々に全冒険者にこの事を伝えるように指示する。そして、グラディス本人は公爵家の館へと向かった。
ここからは時間との勝負だ。
魔物達が旧ビギナーズ大草原を越え、この街にやってくるよりも早く準備を整えなければ全員轢き殺されるはめになるのだから。




