シホちゃん
気弱くんが来た次の日、俺は何事もなく大草原の草をハムハムしていた。
スライムがゼリーのような舌触りだったのを思い出しながら、最近よく食っている覚醒草を頬張る。
「スライムはまあまあ美味しかったな…」
小さく口から零れた言葉。
その言葉でスライムの味まで鮮明に思い出してしまった。
口の中いっぱいにスライムのほんのりとした甘味が溢れ出す。
思い出すだけでヨダレが凄いとはスライムには恐れいる。
「はぁ…スライム食べたいな……。というか普通に味のついた物が食いたなー」
そうなのだ、俺は何もスライムが美味しかったからスライムを食べたいというのではなく、草が単一辺倒な変わらない味だから違った物が恋しくなっているだけなのだ。
スライムより草の方がスキルとしての旨味は上なのだから。
そう考えてみると今ハマっている覚醒草はピリ辛だからハマっているのだろう。
何か味気のある食事というのは元日本人として死活問題である。
このままでは俺の味覚がバグり、いつか喰えるだろう香辛料バリバリの肉を不味いと感じてしまうかもしれない。
想像するだけで悲しくなってしまう。
「気弱くんが言ってたパートナーって何なんだろう……」
昨日大草原にやって来た新米冒険者こと気弱くんの言葉を思い出す。
僕のパートナーになんたらかんたら〜、と言っていたはずである。
最早記憶の彼方に行きかけている言葉を何度か心の中で反復する。
パートナー、つまりは冒険者業において自分の生存率を高めるための物だろう。
1より2の方が生存率は高くなるのは俺でなくとも分かるだろう。
とは言え、オークとゴブリンの闘争を見てしまうと敵う気がしない…。
次また誘うと彼は言っていたが丁重にお断りさせていただこう。
そう決めて俺は頬張って口の中で噛み続けていたためクリーム状になった覚醒草を嚥下した。
喉をピリリと刺激が走り、少々心が安らいだ。
◇◇◇◇◇
ゴロゴロゴロゴロ……ドッカーーン!
という音をけっこう間近で聞いた。
音を聞く前に強い閃光と衝撃が俺を襲っていたので距離は離れていないのだろう。何事かと思い音の元へ近づいてみる。
雷が落ちたであろう場所にはゴウゴウと燃える大草原にそう何本と生えてないだろう大木。そしてその近くに黒焦げになってない部位が見当たらない大きな鳥のような物体。
木と鳥から焦げ臭い臭いがプンプンとし、黒煙が天を埋め尽くせと言わんばかりに立ち込めている。
周りの草花も少なからず雷の影響を受けているようで、燃えていたりピーンと反り上がっている。
「煙たいな、どれ旋風!」
思考補助のように同時併用はまだできないが、単発のスキルを発動することくらいなんと言うこともない。
小規模の竜巻のような旋風が巻き起こり、黒煙をかき乱す。
「ブエッフォエホエホ!おぅぇぇ……」
臭い黒煙が旋風によって俺の方へ飛んでくるとは思いませんでした。
「クッソ〜、なんで俺がこんな目にあわなきゃならんのだ……」
自分でやったことに対して愚痴を言ったところでどうしようもないので忘れることにしよう。
旋風が良い感じに燃えていた炎を消してくれたので近づいて鳥を調べる。
鳥は焦げているのは外見だけで、中は良い感じに火が通っていた。どこか鳥の形が変な気がするが気にしても始まらないので喰べた。
肉を噛みちぎり咀嚼する。と同時に口中に広がる肉脂と旨味。
噛めば噛むほど脂が溢れだしてきて幸せという感情が込み上がってきて、俺の全身が生き物としての喜びを伝えてきた。
前世で読んだ漫画や小説などで料理を取り扱った物があったが、俺は当時その食った時のオーバーリアクションが嘘くさいとバカにしていた。しかしソレらの表現の仕方は間違っていなかったのだとコレを喰らうことで思えた。
口からヨダレが止まらなくなり、頬が緩み目が垂れる。それとは対照的に食うスピードはどんどん増していく。
今の俺の面は幸せであることを信じて疑っていない、そんな盲信的なモノとなっていることだろう。少なくとも威厳などは皆無であることだけは確信できる。
かぶりつき、大雑把に噛みちぎり、咀嚼して嚥下する。その単純作業を時間を忘れて満喫した。
【大空の賢者の智慧を取得】
【並列思考を取得】
【加速思考を取得】
【千里眼を取得】
【詠唱破棄を取得】
【大空の舞羽を取得】
【飛人言語を取得】
【森妖精言語を取得】
【剣人言語を取得】
【盾人言語を取得】
【窟妖精言語を取得】
【真性言語を取得】
全て喰い終わると同時にあの声が響いた。
「おお…なんかスキルが増えまくったな、特に言語類が。
ん?空の賢者ってことはもしかして今喰ったのは人だったってことだろうか?あ…ちょっと目眩が……。
憶測で考えるのはダメだよね、うん。そうアレは鳥だったんだ」
スキルが増えたことに喜び、賢者という単語に憂いた俺は見事に一喜一憂をした。
そしてアレは鳥アレは鳥アレは鳥アレはとr………、と自分に対して洗脳作業をしていた時にまた声が響いた。
【思考補助が強化されました。よって継続使用モードに切り替わります。よろしいですか?】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
YES.or NO.
____________________
と少し前と同じように文字が滲み出た。
いつも通りYESを選ぶ。すると賢狼への介入を許した時と同じように嬉しそうな声音でナウローディングと英語を喋る声。
毎度思うのだが思考補助はスキルという感じがしないな。
【提案。思考補助を思考補助と呼ぶのは長いので名前を決めてみては?】
そう提案する思考補助らしき声。
思考補助の声と取得した時の声が似通い過ぎていてイマイチ区別ができない。
先にそこら辺をどうにかしない?
【先に名前をつけましょう】
おお…頑固だ。意地でも譲らないって感じがヒシヒシと伝わってくる。
なんというか思考補助は図々しいスキルだ。
【注意。名前がなければ告げ声と同じ声でもよろしいと考えられます。名前があれば固有の声が必要となるでしょう】
どこか棘の孕んだ言い回しをする思考補助。
仕方ないので思考補助に名前をつけようと思い、何が良いかと考える。
しかし名前をつけるなどという行為は昔飼っていたペットの猫につけたくらいで慣れてない。なのでどういう名前にしたものか悩む。
【提案。ジーニアスなどはいかがでしょう?】
ジーニアス?
何故だろう、どこかで聞いたことがある気がする。
何かソレを認めてしまうと嫌な予感がしたので記憶の彼方から探し出す。
「ジーニアス…ジーニアス……ジーニアス………ジー…………あっ!天才って意味じゃなかったか!?」
【正解。その通りでございます】
何がその通りでございますだ。
ソレを俺が分からずに名付けていたらこれから思考補助のことを天才と呼ぶところだったんだぞ!
【正解。素晴らしいじゃないですか】
俺が思考補助に対して文句を言うも、思考補助はいけしゃあしゃあと開き直って自画自賛した。
俺はどうやら自分のスキルに舐められているようだ。
【謝罪。冗談はここまでとしましょうか。マスターに対する非礼をお詫び申します。ご容赦ください】
え?あ、はい。
いきなり畏まられて動揺を隠せない。
というよりも、マスターというのは俺のことだろうか?
【肯定。その通りでございます。私はスキル思考補助そのものですので、持ち主たるコボリス様がマスターでございます】
あ、そうなんですか……。
何故だろう、コレが当たり前なのかもしれないが気持ち悪い気がする。
様付けとか金持ちではなかった極一般的な家庭の人間であった俺には慣れない言葉だからだろう……。
【進言。名前は決めていただきたいのですが、よろしいでしょうか?】
よろしいでしょうかもよろしくないでしょうかもない。
決めたことは変えない主義である。
【感謝。ありがとうございますマスター】
お、おぉ……。気にするなよ、うん。
というわけで何にしようか。
思考補助…思考補助……思考補助………しこうほじょ…………。
略してシホとかどうよ?
【 感謝。ありがとうございますマスター、私はコレより『シホ』と名乗ります】
【思考補助が進化しました。思考補助→思惟補助】
どうやらスキルは進化するらしい。
進化条件は名前をつけるとだろうか?だったらスキルに名前をつけまくれば簡単に強くなれるのでは?
まあ、他のやつの名前決めなんて面倒なのでしないけど。
【これからもよろしくお願いしますねマスター】
どうやら進化すると最初の二字熟語がなくなるらしい。
「ああ…よろしくな」
【では、声の変更を行います】
「あ、そっか。頼むわ」
【これでよろしいですか?】
そう言う思考補助もとい思惟補助スキルのシホ。
その声は先ほどの高い声とは異なって、ハスキーボイスになっている。
聞いていて心地の良い声だ。
【褒めていただき感謝します】
「おーう」
その後いつも通り俺は草をハムハムしました。