プロローグ
よろしくお願いしますm(_ _)m
今日は12月24日、ただ今の時刻午後6時45分。
今年も例年通り賑わっているストリート。
ネット用語でリア充と呼ばれるカップル達が、手と手を握り合いながら周りの通行の邪魔を全く意識していないような遅々とした足取りで我が物顔で闊歩する。
今年もやってきたクリスマスイブ。
メインのクリスマスでは無いのに祭好きな日本人によってお祭り気分だ。
そんな中、1匹の二足歩行型トナカイが客寄せのために喫茶店の前で直立している。
その姿を見たカップル達の反応は多岐にわたる。
「可愛い〜」と大袈裟に叫びながら近づいてきたり、「トナカイだー」と指を指しながら彼氏と話を盛り上げたりなどなど。
大抵があまり興味も無いのに、彼氏に対して可愛い物好きアピールや話を続けるための手段として使う。
しかし彼女彼等は理解しているはずだ。
この世に二本足で直立するトナカイなど存在せず、アレはただのハリボテであることを。中身は木の骨組みか、冬だというのに蒸し蒸しとした暑さに耐えながら頑張っている人間であることを。
今回、そこに立っていたトナカイは後者の方であり、中の人間こと千景 春日、つまり俺は立っているだけのバイトを選んだことを後悔していた。
何せ立っているだけでリア充なカップル達がキャッキャウフフと目の前を通って行き、自分の姿を見たら彼女の方が反応を見せて彼氏の方がデレデレするのを目の当たりにしてきたのだ。
果ては目の前でキスをしだす羞恥心の欠損したカップルまでいるほどだ。
「ツラい…」
無意識のうちに今日何回目かの同じ言葉をボヤく。
ただ立っているだけでもシンドイというのに、目の前でこれ見よがしにイチャつかれるのは非リアと呼ばれる俺にはいろんな意味で刺激が強過ぎる。
「はぁ…。早く家に帰って笑み笑み動画の生放送を見たいよ…トホホ」
トホホなんて普通は言わないような言葉を口にしていることに気づかない俺は、笑み笑み動画という有名動画投稿サイトの生放送で仲間たちと傷の慰め合いをすることを望み、時間ができるだけ早く流れることを願うのだった。
しかし、そのバイトが終わるのは喫茶店の終了時刻。
午後10時まで続き、体感時間的には一日近く待った終わり。
俺はやっと帰路にありつけたのだった。
家に帰ると妻が死んだふりをしているわけはなく(というか妻なんて存在しない)、喫茶店の店長から頑張った褒美にと頂いたビール2缶を片手に、もう片方にはカニカマ入りの塩ラーメンを持っていつもの定位置に着く。
PCのある机の上に塩ラーメンを置くわけにはいかず、仕方ないので太腿という不安定なようで少し安定している場に置く。それと同時に空いた手でPCの起動ボタンを押す。
「誰の生放送がやってるかな〜♪」
バイトが終わったことで少しテンションが高くなっているようだ。
鼻歌交じりに生放送欄をスクロールしていく。
「☆豪華クリスマス24時間耐久生放送☆」と書かれたタイトルに好きな生主の名前を発見したので開く。
つい癖になっしまった片耳ヘッドフォンで聴きながら夕飯を平らげていく。
今日のはカニカマと卵を落としているので豪華な気分を味わえていた。
出汁まで飲み干し、空になった器は近くに置いといてビールに手を伸ばしカシュッと良い音を鳴らして開ける。
「ごくごきゅ…
くぅ〜〜!この一杯で全てが救われる気がするねぇ〜」
どこか様になったポーズでそう言うと、ツマミが欲しくなったのでヘッドフォンを外し冷蔵庫に向かう。
1LDKなのでさほど遠くないのだが、ヘッドフォンのコードの長さでは少し足りない。
ガチャッと冷蔵庫を開けてみるもツマミになりそうな物が無い。
「oh…マジか。21歳の一人暮らしの冷蔵庫にしては寂しくないか…」
中に入ってあった物は200mlの小さな牛乳パックとレモン、それに何に使うのか分からない黒いゴテっとした丸い物。
まさか家の冷蔵庫にダークマターが存在するとは…。とアホみたいな感想を漏らせど口の物寂しさは抜けず、飲みかけのビールと生放送をそのままに近くのコンビニまで自転車で走って行くことにした。
歩きだと10分と少しかかる距離だが、自転車でなら数分程度で着く。
家の鍵をしっかりと締めて、自転車に跨りレッツパーリー。
最近バイトに行くために使っている愛車なのでとても乗り心地が良い。
ちなみに愛車の名前は海砂。幼少期の時分に恋をした漫画、死神手帳より拝借したものだ。もちろん許可は取っていないが、一個人が勝手に名前をつけただけなので許してくれるだろう。
愛車の名前を呼んで褒めながら走っていると直ぐに目的地に着いた。
海砂は名前を呼ばれるほど機嫌が良くなる素晴らしい自転車だ。
コンビニの前の自転車置き場に海砂を置いて行くのは何か嫌な予感がしたが、コンビニの中に連れて行くことは出来ないので仕方なく停めて中に入る。
「いらっしゃっせ〜」
とヤル気のない声が聞こえてくる。
確かにクリスマスイブの、しかも午後11時半を回っている今の時刻に何故自分はこんなことをしているのだろう、という気持ちは分からないでも無いが、もう少し元気を出しなさいと言いたかった。
だがそんなことを見ず知らずの他人に言うほど俺は変人ではないので、敢えて何も言わずにお目当てのツマミを探しに行く。
「ありあっした〜」
とまたヤル気のない声が聞こえてきたが考えずに無視する。
買ったツマミは二つ。ツマミとして有名な柿の種とコンビニチキン(ピリ辛)だ。チキンを耐えきれずに食ってしまいながら愛車の海砂の元まで歩く。
あれ?と首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべる。
さっき置いたはずの場所に海砂の姿が無かったのだ。もしかしたら他のところと間違ったのかもしれない、そう思い直した俺は8個しかない自転車一つ一つをしっかりと確認する。
だがやはり海砂の姿は見当たらない。
盗まれた。
そんな言葉が脳裏を駆ける。
まさかそんな、という言葉とは裏腹に混乱していく思考。
あれほど愛していた自転車、海砂が居なくなることでショックを受けた俺は咥えていたチキンを地面に落とした。
だがソレに気づかずにフラフラと覚束ない足取りで家に向かって歩き出す。
サンタは不公平だ。
もうすぐ12時、明日はクリスマスだというのに俺はプレゼントを貰うどころか愛車を失った。
それに今日は俺にとって良いことが何も無かった気がする。目の前でキスをされたのも含めて。
そもそもクリスマスとはイエス・キリストの誕生祭のはずで、サンタさんプレゼントちょうだい、トナカイ赤っ鼻〜なんて日では無いのだ。
などとイライラから赤福のオッさんと赤鼻の人語を解する外国産巨大鹿をディスる。
何故だろう、目から水が溢れて止まらない。
そうして愛車、美沙がいなくなったことで歩いて帰る寂しい帰路。
あまりにも周りが見えていなかったのだろう。
俺はトボトボと横断歩道を歩いていた時、強い光に顔の左半分を照らされ初めて気がついた。
トラックが目の前にあった。否、迫っていた。
そのことに気づかずに不思議に思ったのかトラックに向けて手を伸ばそうとする。
呆気なく弾かれて俺の人生は終えた。