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霊魔編 8

 午前5時30分。浄霊寺敷地内道場。


「よし、あと50本!」


「ええ~!?」


 ここ最近、水月から圭四郎に課せられる稽古量が倍増している。

 それと言うのも、圭四郎がフレイラの守護者になる事を祖父・舟越が承諾したからだ。

 GST隊員の水月としては、同僚の戦力アップを喜ぶ一方、溺愛する弟を嫁に出す(?)様な寂しさとのジレンマにさいなまれている。

 先日、圭四郎にGSTの事を話した。それを聞いた圭四郎は、GSTを『正義の味方』と認識してしまったのだ。


「どうした、圭四郎!そんな事では、正義の味方になれんぞ!」


 水月は、圭四郎の『正義の味方』に憧れる気持ちを利用して、稽古量を増やしたのだが……。


「わ……分かってるよ!でも、ちょっと休憩……」


 圭四郎の正義の味方への道は、まだまだ険しい……。


 ・

 ・

 ・


 午前7時。ミハエリア邸内食堂。

 厨房からバターとほのかな蜂蜜の香りが漂ってくる。

 リュートは、焼きたてのクロワッサンにレモンを一晩浸した蜂蜜をコーティングした。

 今朝のメニューは、ベーコンとほうれん草のソテーとチキンとオニオンのトマトスープ、そして生ハムのサラダとハニークロワッサンだ。

 リュートは円卓上に白いテーブルクロスを広げると、丁寧に食器を並べた。


「おはようございます、リュートさん」


「おはよう、リュート君」


 ローザとフレイラが、2人揃って食堂に姿を現した。


「おはようございます。ローザ様、フレイラ様」


 リュートは、2人のティーカップにダージリンティーを注いだ。

 ローザはティーカップを顔に近付けた。


「いい香り……」


 バターと蜂蜜のほのかな香りが、ダージリンの香りを引き立たせる。

 一方、フレイラは席に着いた途端にスポーツ新聞を広げ、星占いコーナーを熟読した


「ローザ姉様。今日は、私の牡羊座と姉様の蠍座の運勢が良いそうです!」


 フレイラは、毎朝の星占いチェックを欠かさない。


「それは素晴らしいですね。でもね、フレイラさん。お行儀が悪いですよ」


 ローザはフレイラをたしなめた。


「確か圭四郎は、牡牛座だったねぇ……」


 ローザの言葉をよそに、新聞の星占いコーナーを見入るフレイラの姿に、ローザは溜め息を吐いた。


「……ところで、フレイラさん。水月さんの弟さんと『契約』を結ぶそうですね?」


 フレイラは、折を見てローザに話すつもりであったが、どうやら先に知られてしまった様だ。

 その時、厨房からリュートが血相を変えて食堂に飛び込んで来た。


「フレイラ様、本当ですか!?どこの馬の骨とも分からぬ者との契約など、私は反対です!」


 リュートは、ローザの守護者であると同時にミハエリア家の執事だ。ローザの父親であり、現ミハエリア家当主・ウェルスター=デルス=ミハエリアから、直々に頼まれた以上、日本における2人の保護者としての責任がある。


「私は決めたのだよ、リュート君。それに、圭四郎は馬の骨などではないよ」


 フレイラは新聞紙を折り畳んだ。


「そうだわ。今度の日曜日、圭四郎さんをこの家に招待してはどうですか?」


 ローザの提案にフレイラとリュートは、互いに目を見合わせた。


「圭四郎をこの家に……ですか?」


「勿論です。私も圭四郎さんに会ってみたいと思います。リュートさんも、そうですよね?」


「わ……私は、別に……」


 リュートは、フレイラと圭四郎の契約に納得がいかない様子だ。彼は、フレイラが養女としてミハエリア家に来てから、彼女の成長をずっと見守ってきた。まだ人として未成熟なフレイラが、契約の本質について、どれだけ理解しているのかが心配される。

 正聖霊術師と守護者の契約とは、熾天使の加護によって運命を共にする魂の契約だ。その契約は、どちらかに死が訪れるまで解消される事はない。

 更に、フレイラが正聖霊術師となった瞬間から、彼女は幾多の試練と向き合わなくてはならなくなる。

 まだ11才のフレイラを敢えて千尋の谷へ突き落とす事など、リュートには出来るはずもない。


「楽しみですね~。お父様にも、ご報告しなくてはいけませんね~」


 一人で舞い上がっているローザであった……。


 ・

 ・

 ・


 私立天司あまのつかさ学園高等部剣道部道場。放課後。

 なかなか明けない梅雨の午後。

 女子剣道部の部員達は、来る夏のインターハイ予選に向け、猛特訓の真っ最中だ。

 3年生は、高校最後の大会だけに稽古に熱が入る。特に、個人戦3連覇が懸かった水月は気合い充分だ。


「あと10本!」


 水月は、1~2年生一人一人を相手にした『100本打ち込み』に余念がない。

 そして、水月目当てのギャラリー達は、相変わらず道場の周りを取り巻いている。

 そこへ、ギャラリー達を掻き分けながら道場へ近付く者がいた。


「たぁのぉもぉぉーー!!」


 道場内が、一瞬にして静寂に包まれた。

 水月をはじめとする剣道部員達は、一斉に出入り口の方へ顔を向けた。そこには、中等部の制服を着た少女が、2本の竹刀を肩に掛けて立っていた。


「……道場破り?」


 部員の一人が呟いた。


「私は、中等部3年椿桜子つばきさくらこっていう者だ。伍代先輩、私に稽古を付けてくれないかねぇ?」


『稽古』と言う桜子の眼差しは、明らかに『勝負』を訴えている。


「ちょっと、あなた!今は、インターハイに向けての大事な時なのよ。練習の邪魔をしないで!」


 副主将の天童好子てんどうよしこが声を上げた。


「黙りな、雑魚が!」


 桜子が吐き捨てる様に言った。


「な……何ですって~!」


 好子を含む他の部員達も怒り心頭だ。


「まあまあ、みんな。可愛い後輩の言う事に、いちいち尖るな」


 水月が腹を立てた部員達を制止した。


「伍代先輩。やるのか、やらないのか、はっきりしてくれるかい?」


 桜子は水月を睨みつけた。


「……うむ、稽古を付けてやる代わりに、私の言う事を1つだけ聞いてもらおう」


「……いいよ。何なりとどうぞ」


「まずは、先ほどの先輩達に対する非礼を詫びるんだ!」


 今度は水月が桜子を睨みつけた。

 桜子は少し間を置くと、床にゆっくりと両手両膝を付けた。


「……先輩方、先ほどは大変失礼しました」


 そして、深々と頭を下げた。


「よし、素直でよろしい!さあ、着替えて来い!」


 水月は、そう言って微笑んだ。これで、部員達の面子を保つ事が出来た。


「……おい、さっきの中等部の娘、『暴れ桜』じゃなかったか?」


「マジか!?」


 ギャラリーの中には、多かれ少なかれ情報通がいるものだ。

 桜子は、中等部では男勝りな乱暴者として有名であった。その結果、付いたあだ名が『暴れ桜』である。


 ・

 ・

 ・


 しばらくして、剣道着と防具を身に着けた桜子が、両手に竹刀を持ち、再び道場に現れた。それと同時に、ギャラリーはおろか道場内からもどよめきが起きた。

 桜子の剣道スタイルは二刀流だ。剣道の試合において、二刀流の使い手は極めて珍しい。


「フフッ、二刀流か。……おもしろい」


 水月は、二刀流の選手との対戦は初めてなのだが、内心胸が高鳴っていた。

 2人は剣道部員達とギャラリーが見守る中、道場の中央で対峙した。

 そして、主審役の天童好子が2人の真ん中に立ち、『試合開始』の合図をした。


「椿二刀流免許皆伝……予定、椿桜子。参る!」


 水月は竹刀を中段に構えた。

 対する桜子は、左手の小太刀で牽制しつつ、右手の太刀を腰よりもやや後ろに引いた。

 2人は互いに睨み合う。

 緊張感が漂う道場内には、2人の息遣いだけが響き渡る。

 先に仕掛けたのは、桜子だった。

 桜子は、小太刀で水月の竹刀を払う為、水月の懐へ飛び込んだ!しかし、瞬発力に優る水月の竹刀は、桜子の小太刀と太刀をほぼ同時に払い飛ばした!

 水月は、無防備となり呆然と立ち尽くした桜子の面に会心の面打ちを披露した。桜子は、何が起きたのかを理解しないまま、床に倒れ伏した……。


 ・

 ・

 ・


「……はっ!」


 桜子が目を覚ました所は、保健室のベッドの上だった。


「大丈夫か、椿?」


 桜子の傍らには、心配そうな表情の水月の姿があった。


「済まないな、椿。私も、ついムキになってしまった……」


「伍代水月……」


 学生剣道界の女王・伍代水月を相手に瞬殺されたとは言え、桜子の剣技には目を見張るものがある。


「私の方こそ、突然押しかけて申し訳ない……です」


 桜子は、はにかんだ。


「水月。椿さんの具合は、どお?」


 天童好子は、保健室のドアを開けて顔を覗かせた。

 剣道部における水月と好子は、主将と副主将の関係だが、それ以外では同じクラスの仲の良い友人同士なのだ。


「私は、これで……」


 桜子はベッドから飛び降りると、足早に保健室から出て行った。


「あらあら、嫌われちゃったかな、私?」


 好子はガクンと肩を落とした。


「そう気にするな、好子。椿は、ああ見えて照れ屋なんだ」


「そうなの?」


「多分……な」


 水月は視線を下に向けながら、人差し指で鼻頭を掻いた。


 ・

 ・

 ・


 水月と好子は、共に帰路に就いた。すると、突然大柄な男子高校生が2人の前を立ち塞いだ。


「伍代水月だな?」


 男は水月を見下ろし、威圧感のある野太い声で尋ねた。


「あっ!あんたは、武帝高の金剛寺こんごうじ。いったい、何の用なの?」


 そう言って、好子は水月の背後に隠れた。


「お前には関係ない。失せろ、雑魚が!」


 金剛寺は好子を睨み付けた。


「ざ……雑魚って、また言われた……」


 好子の精神的ショックは、計り知れない。


「伍代水月。俺と勝負しろ!」


 金剛寺といえば、力任せの荒々しい剣技で、去年のインターハイ男子個人戦を制した男だ。


「少し顔が綺麗だからといって、調子付きおって!その根性を叩き直してやる!」


 要するに、同じインターハイ覇者であるにも拘らず、世間からの注目度が全く違う水月に対するひがみである。

 水月は、呆れ顔で溜め息を吐いた。


「今は、インターハイ予選前の大事な時期だ。勝負は、その後でも良かろう?」


「黙れ!問答無用ーー!!」


 金剛寺は水月に向かって、いきなり不意打ちを仕掛けてきた!……が、水月は、いとも容易たやすくそれを躱した。


「やれやれ……。今日は、やけに声を掛けられるな。私にも、とうとうモテ期がやって来たかな?」


 水月は薄らと笑みを浮かべながら、竹刀袋の紐を口でほどいた。


「あんたは、ずっと前からモテ期進行中よ!」


 好子は囁く様にツッコミを入れた。


「ナメるな、伍代!」


 金剛寺は渾身の力を込めて、上段から打ち放った!

 水月は、その剣筋を見極めると、身体をクルリと翻し、すかさず金剛寺の脇腹目掛けて胴打ちを決めた!そして、金剛寺は片膝を着き、その場に屈み込んでしまった。


「インターハイが終わったら、正式に勝負を受けてやる」


 そう言って、水月は好子の手を取り、その場を立ち去った。


「くっ……、伍代水月め!」


 金剛寺は屈み込んだまま、悔しさと惨めさから全身をワナワナと震わせた。


 《……お兄ちゃん。あのお姉ちゃんを倒したいの?》


 いつの間にか、金剛寺の目の前に野球帽を被った男の子が立っていた。


「何だ、お前?」


 金剛寺は男の子を見上げた。


 《僕が勝たせてあげようか?》


 そう言って、男の子は不気味に笑った……。

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