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霊魔編 7

 私立天司あまのつかさ学園初等部。昼休みの教室。

 御影と留奈、そしてフレイラは、圭四郎の席を取り囲んでいる。


「な……何か用かな、フレイラ?」


 圭四郎は困惑していた。

 それと言うのも、圭四郎は、今朝から授業中も休み時間中も、常にフレイラからの視線を感じていた。それは、明らかに睨み付けられる様な視線であった。


「圭四郎、フレイラに何したんだよ?」


 御影は圭四郎の脇腹を肘で小突いた。


「な……何もしてないよ!」


「圭ちゃん……」


 留奈は、その3人のやり取りを不安そうに見ている。


 普段から不機嫌で仏頂面のフレイラに朝から睨まれ続けて、もう昼休み。圭四郎のストレスは計り知れない。

 すると、不意にフレイラは身を乗り出し、圭四郎に顔を近付けた。


「圭四郎。学校が終わったら、君の家へ行っても良いかね?」


 圭四郎は、自分を直視するフレイラの威圧的な眼差しに圧倒された。


「わ……分かったよ」


「ミカエルにも会いたいからね」


 そう言って、フレイラは相変わらずの仏頂面で教室から出て行った。

 フレイラの姿が見えなくなった途端、御影と留奈は圭四郎に詰め寄った。


「圭四郎。フレイラにちゃんと謝っておけよ!」


「そうだよ。圭ちゃんて、女の子の気持ちに疎いから……」


 しかし、そうは言われても、何の事やら全く見当が付かない圭四郎であった。


 ・

 ・

 ・


 放課後。フレイラは、浄霊寺へ寄ってから帰る事をリュートに連絡した。

 浄霊寺が水月の実家である事を知っているリュートは、フレイラの寄り道を許可した。もっとも、寄り道自体、あまり好ましい事ではないのだが……。

 フレイラは100段ある浄霊寺の石段を駆け上がると、一目散に母家へ向かった。


「ミカエルーー!!」


 フレイラの呼び声に、白い仔犬が犬小屋から飛び出して来た。


「ミカエル~!少し大きくなった様だねぇ?」


 フレイラはミカエルを両手で抱き上げた。ミカエルも、それに応える様に尻尾を振った。


「フレイラー!爺ちゃん達、客間で待ってるよ!」


 圭四郎がフレイラを呼びに母家から玄関先に出て来た。

 その瞬間、フレイラの表情が険しくなった。彼女は、何かの覚悟を決めた様な眼になった。

 フレイラは、昨日の任務を昨夜一晩中思い返していた。自らの未熟さが故にローザの怪我を招いてしまった出来事。

 GST発足時、隊長の宗方から神聖ローマ教会に対し、3名の人員補充要請があった。

 教会としては、仏教徒が多くを占めるアジア圏へアピールする絶好の機会と見なし、優秀な人材を選定していた。しかし、そこにローザが名乗りを挙げたのだ。彼女は、残りの2人に自らの守護者・リュートと妹・フレイラの名を挙げたのである。

 ローザの教会での階位は『司祭』。しかも、熾天貴族ミハエリア家の令嬢で正聖霊術師だ。

 教会側は、仕方なくローザの『わがまま』を聞き入れる形となり、GSTにはローザとリュート、そしてフレイラの3名が派遣される事になった。

 フレイラの大抜擢は、ローザの姉としての『親心』と言えよう。

 フレイラは、そんなローザの期待に応えられない自分が止め処もなく恨めしく思う。

 ローザやGSTの仲間達の足手まといにならない為には、自らの能力を手っ取り早く底上げする必要がある。

 そして、フレイラは一つの『答え』に辿り着いたのだ。


 ・

 ・

 ・


 フレイラが案内された客間には、既に舟越と水月の姿があった。

 檜造りのテーブルを挟んで、舟越と水月の向かい側にフレイラと圭四郎は座った。


「お嬢さん、ワシらに話とは何ですかな?」


 舟越が尋ねた。

 しばしの沈黙の後、フレイラは意を決して、ようやく口を開いた。


「け……圭四郎を私に……頂けないだろうか?」


「「…………」」


 舟越と圭四郎の目が点になった。

 察しが付いた水月は、額に手を当て、首を横に振った。


「い……いや、その……圭四郎を私の守護者ナイトメアとして頂きたいのだ!」


 これが、フレイラが出した『答え』だ。

 手っ取り早く自らのパワーアップを図るのであれば、正聖霊術師となり、熾天使の加護を受ける事が一番の近道だ。

 しかし、問題なのは守護者の選定だ。それは、誰でも良いという訳ではない。

 強靭な肉体と精神力を持つ者。何よりも、正聖霊術師と運命を共にする覚悟が必要とされる。その契約は、死が2人を分かつその時まで続くのだから……。


「良いですぞ。圭四郎をお嬢さんに託そうぞ!」


「は……い……?」


 舟越が、あまりにも呆気なく快諾した事にフレイラは唖然とした。


「お爺様、良いのか?」


 水月が舟越を見据える。


「『可愛い孫には、旅をさせろ』と言うじゃろ?それに、お前さんも反対ではないのじゃろう?」


「…………」


 水月は黙って頷いた。


「さっきから、何の話をしてんのさ!?さっぱり、訳が分からないよ!」


 当の本人を差し置いて話を進める3人に、圭四郎が口を挟んだ。

 圭四郎には、水月やフレイラがGST隊員である事を話していない。当然、フレイラが神聖ローマ教会所属の聖霊術師である事も知らない。


「いずれは、お前にも話さなければならない事だ。実はな圭四郎、私とフレイラは……」


『池袋駅東口に霊魔出現。GST隊員は、速やかに現場へ急行して下さい!』


 タイミングが良いのか悪いのか、水月とフレイラのピアス型通信幾に早彩からの出動要請が入った。


「圭四郎。悪いが、話は帰ってからだ。フレイラ、私のバイクの後ろに乗れ!」


「うむ!圭四郎、済まないが詳しい話はまた後で!」


 水月とフレイラは、外へ駆け出すと、水月の白いオートバイにまたがり、颯爽と浄霊寺を飛び出して行った。

 圭四郎は、そんな2人の姿に勇ましさを覚えながら見送った。


「……爺ちゃん、よく分からないけど、あの2人、何だか格好良いね」


「あの子達は、大切なモノを守る為に行ったのじゃよ。圭四郎も、守りたいモノの為に強くならねばならんぞ」


「……うん」


 ・

 ・

 ・


 水月とフレイラは、池袋駅東口付近に停車している作戦指令車に乗り込んだ。

 車内には、既に宗方と早彩の姿があった。


「2人共、急いでローザ達と合流してくれ!今回の霊魔は、少々厄介だ」


 宗方の指示で、水月とフレイラは、ローザ達との合流地点へ急いだ。

 2人が向かう先々には、何故か転落死したと思われる死体が、あちらこちらに転がっている。

 2人は顔をしかめながらも、ビルの谷間に描かれた聖霊術陣の下を目指した。


「フレイラさん、伏せて!!」


 ローザの声に反応したフレイラは、咄嗟に身を伏せた。次の瞬間、何者かがフレイラの背中を掠めて行った。

 顔を上げたフレイラは、街の明かりに紛れて夜空を舞う一つの影を目にした。

 その影の正体は、頭部と胴体以外は『鳥』の姿をした霊魔であった。それは、まるでギリシャ神話に登場する『ハーピー』に似ていた。

 路上に転がる無惨な死体は、ハーピーが人間達を掴み上げ、高所から放り投げた事によるものであった。

 GST隊員の中で、飛行型霊魔を相手に出来る者は、神鳥ガルーダ族のリュートだけである。

 ローザは空中浮遊術を扱う事が出来るが、それは飛行とは違い、自由度が極めて低い。宗方が『厄介な霊魔』と言ったのも無理はない。

 現在、リュートがハーピーとの空中戦を繰り広げているが、大型鳥類の神鳥ガルーダ族ではハーピーの細かい動きに翻弄され、苦戦していた。


「夢幻流抜刀術一ノ奥義『風刃』!」


 水月が繰り出す音速を超える衝撃刃『風刃』を持ってしても、10メートル程度の射程距離ではハーピーを捉える事は難しい。


「せめて、霊魔の動きを封じられると良いのですが……」


 ローザが、空中戦を繰り広げるリュートとハーピーに目を向けながら言った。


「……姉様、私が囮となって霊魔の動きを封じましょう!」


「待て、フレイラ!」


 フレイラは水月の制止も聞かず、跳躍術陣を素早く描き、最寄りのビルの屋上へ跳び上った。


「フレイラさん、いけません!」


 ローザが必死に呼び掛けた。

 フレイラは両手を口元で囲い、ハーピーに向かって大声で叫んだ。


「おい霊魔よ!私を捕まえてみろ!!」


 フレイラの声に反応したハーピーは、フレイラに向かって急降下すると、両足でフレイラの胴体を鷲掴みにし、再び飛び立った。


「フレイラさん!!」


 ローザは、跳躍術陣と空中浮遊術陣を交互に素早く描きながら空中を駆け上がった。


「2人共、無茶をするな!」


 地上の水月は、ローザの姿を見上げながら追い駆けた。

 ハーピーはフレイラを掴んだまま、旋回しながら上昇した。

 リュートは万が一の事を考えて、ハーピーとの距離を取りながら後方に続いた。


「霊魔よ、思い知るがいい!」


 フレイラはレイピアを具現化させ、ハーピーの胸元に突き刺した。その拍子にハーピーは、フレイラの身体を放してしまった為、フレイラは百数十メートルの高さから真っ逆さまに落下した!


「フレイラー!!」


 その瞬間、ローザは空中浮遊術陣から飛び出し、フレイラを抱きしめると共に落下した!

 リュートは翼をたたみ、急降下すると、地上数メートルの所で2人を抱き止めた!

 胸元に傷を負ったハーピーもまた、身体をうねらせながら落下した。その落下予測地点では、水月が霊刀・十六夜を携え、ハーピーを待ち構えていた。


「これで終わらせてやるから成仏しろ。『風刃』!」


 水月が繰り出した衝撃刃が、ハーピーを魂もろとも一刀両断にした。

 ハーピーは、断末魔と共に霞を散らすが如く消え去った……。


 ・

 ・

 ・


 パシーーン……!


 静寂と化したビル街に鳴り響く音。

 水月とリュートが振り向くと、フレイラが左頬を押さえて立ち尽くしていた。


「ローザ姉様……?」


 ローザがフレイラの左頬に平手打ちをしたのだ。


「何て無茶な事をしたのですか!?一歩でも間違えていたならば、命を落としていたかも知れないのですよ!」


「わ……私は、姉様のお役に立ちたかったのです!それに、私は姉様達と血の繋がりもない、ただの出来損ないです。だから……」


「バカッ!たとえ、血の繋がりは無くとも、あなたは私の可愛い妹なのですよ!決して、出来損ないではありません!」


 ローザの瞳が潤んできた。


「……だからね、お姉ちゃんに心配をかける様な真似は、もうしないで!フレイラ!」


 ローザは、フレイラを力一杯に抱き締めた。


「姉様……、私……、私は……、うう……」


 フレイラの瞳にも、大粒の涙が溢れ返っていた。

 やがて、2人は抱き合いながら、声を上げて泣き出してしまった。


「ローザ様……?」


 リュートは、ローザの思いがけない一面を目の当たりにし、戸惑った。

 そして、ローザとフレイラのやり取りの一部始終を見ていた水月は、大きな溜め息を1つ吐いた。


「……まったく。似た者姉妹だな……」

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