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霊魔編 6

 午前6時。浄霊寺敷地内道場。


「48!49!50!ふぅ……」


 圭四郎は、今朝も水月と共に抜刀術の稽古に励んでいた。彼は最近、3キログラムの鉄芯を埋め込んだ木刀を使った素振りを毎朝の稽古メニューに追加された。そのせいで、朝稽古が終わると圭四郎の両腕は痙攣し、力が入らなくなる。

 そんな時、水月は圭四郎の両腕を念入りにマッサージする。


「い……いいよ。そのうち治るから!」


 圭四郎は照れ臭そうに腕を引いた。


「何を言っている?緊張した筋肉をほぐさなければ、筋肉疲労を起こすぞ!」


 水月は圭四郎の腕を引っ張り、マッサージを始めた。


(だいぶ、筋肉も付いてきたな……)


 水月は、圭四郎の体つきを確かめる様に肩から二の腕にかけてなぞりながら揉みほぐした。

 圭四郎は、伍代家嫡男として『夢幻流抜刀術』の稽古を幼い頃から受けてきた。

 その甲斐もあり、小柄な圭四郎は、他の同年代の子供達と比べると基礎体力が非常に高い。

 しかし、剣術に関して言うならば、まだまだ未熟者と言えよう。

 温厚な性格で、他人との争い事を極端に嫌う圭四郎は、武器を手にすると無意識の内に身体にリミッターをかけてしまう。その為、本人の思う様な力を出す事が出来ないのだ。

 潜在能力は高いはずなのだが……。


「圭四郎、強くなれ。お前にとって大切なモノを守りたくば、お前自身が強くなるんだ!」


「また、その話かぁ……」


 圭四郎は小声で愚痴った。水月から何度も聞かされてきた話だからだ。


「圭四郎、お前にとって大切なモノは何だ?」


「大切なモノ?う~ん……」


 水月の問いに、圭四郎は頭の中で思い描いた。


「やっぱり、家族かなぁ。……でも、それなら僕が強くならなくてもいいよね?爺ちゃんと水月姉ちゃん、強いから!」


 水月は、しばし唖然としながら圭四郎を見つめた。すると、何故か笑いが込み上げて来た。


「フフッ……、お前というヤツは、まったく……」


 ・

 ・

 ・


 新宿区歌舞伎町。午後10時40分。

『眠らない街』で知られるこの街に、突如霊魔が現れた。

 体長5メートルはあるマンモス男は、巨大な青龍刀を振り回し、通行人をぶった斬っていた。

 逸早く駆け付けた所轄の警察官らが拳銃で応戦するも、霊魔に対して通常の銃火器が効くはずもなく、彼らは敢え無くマンモス男の餌食となった。

 都内随一の歓楽街・歌舞伎町は、まさに血の海と化していた。


『現在、霊魔は霊子レベル3。これ以上の被害拡大を防ぐ為、すみやかに目標を殲滅して下さい!』


 作戦指令車の早彩からの通信が入った。


「まったく、簡単に言ってくれるね……」


 フレイラはボヤいた。


「そう言うな、フレイラ。お前は、奴の周囲に『拘束術陣』を展開。私とローザは、前後で挟み打ち。リュートは、頭上から奴の脳天を貫いてやれ!」


 GST隊員達は、水月が取り仕切るフォーメーション通りに、それぞれの持ち場へ散開した。

 早速フレイラは、指拘束術陣を素早く描き上げ、マンモス男に放った。

 神鳥ガルーダ族のリュートは、背中に白く輝いた羽を広げ、急上昇した。

 マンモス男が、通行人の女性に向かって青龍刀を振り下ろそうとした瞬間、フレイラの放った拘束術陣がマンモス男を捉えた。マンモス男の身体は、青龍刀を振り上げた状態で硬直した。


「さあ、こちらへ!」


 ローザは、すかさず女性の肩を掴み、マンモス男の間合いからの脱出を試みた。

 その時、マンモス男はフレイラの拘束術陣を強引に振り解き、ローザに向かって斬り付けた!


「姉様!」


「ローザ!」


「ローザ様!」


 ローザの白い左腕から真紅の血が飛び散る。


「貴様ーっ!」


 リュートは、上空200メートルまで上昇すると、三叉槍トライデントを突き出し、マンモス男へ目掛けて錐揉み状に回転しながら急降下した!

 三叉槍トライデントは、マンモス男の脳天から魂ごと体を貫き、アスファルトの地面に突き刺さった。

 マンモス男は断末魔と共に、その魂もろとも消滅した……。


「ローザ様、ご無事ですか!?」


 リュートと水月がローザの元へ駆け寄った。

 右手に押さえられた左腕から血がしたたり落ちる。


「大丈夫です。ご心配なさらないで下さい」


 ローザは、笑顔で答えた。

 間もなくして、作戦指令車が到着し、早彩はローザの手当てを始めた。


「出血の割には、傷が浅くて安心したわ」


 早彩の一言に、皆はホッとした表情だ。特に、リュートは涙を浮かべて早彩に何度も礼を言った。

 ただ一人、フレイラだけは、皆から離れ、俯いていた。


「……私のせいです。ローザ姉様に怪我を負わせたのは、私が未熟なせいです……」


 そう言ってフレイラは、大粒の涙を流した。そんなフレイラにローザは近付き、フレイラの肩を優しく抱き寄せた。


「フレイラさん、気に病まないで下さい。誰も、あなたのせいだとは思っていませんよ」


「しかし、私がもっと上手に術を使えたなら、姉様が傷付く事などありませんでした」


 ローザとフレイラが作戦指令車で待機している間、水月はリュートをサポートに付け、被害者達の魂の更なる霊魔化を防ぐ為に、広範囲に渡る浄霊術を執り行った。


 ・

 ・

 ・


 翌日の昼休み。天司あまのつかさ学園高等部屋上にて。

 ローザと水月は、青空の下で昼食を共に摂っていた。


「……なぁ、ローザ。我々に対する周りの視線が、やけに気になるのだが……」


 学園内において、人気を二分する2人には『不仲説』が広まっている。それは、2人を取り巻くそれぞれの派閥同士がいがみ合っているからであった。その為、本人達の知らない所で噂だけが独り歩きをしているのだ。


「気にする事はありませんよ。私達は、元々仲が良いのですから」


 そう言って、ローザは微笑んだ。


「それよりローザ。世間話をする為に、私を呼んだ訳ではなかろう?」


「はい……。実は、水月さんにご相談したい事があるのです……」


 ローザは、左の袖を捲り上げた。包帯を巻いた左腕が痛々しい。


「フレイラの事か……」


 昨夜の霊魔殲滅任務の一件でのローザの怪我について、フレイラは、自らの未熟さが招いたものと思い込んでいる。

 確かにフレイラの力不足は否めない事実だが、教会側はそれを見越して彼女を送り出しており、GSTもそれを承知で受け入れている。それは、彼女の今後の成長を期待しての事なのだ。


「初めにフォーメーションを打ち出したのは、この私だ!責任なら、私にある!」


「でも、フレイラさんが気に病んでいる事は、それだけではないのです」


「……もしかして、お前達の間に血の繋がりが無い事と関係があるのか?」


 ローザは、目を閉じてゆっくりと頷いた。

 フレイラは、生まれてすぐに四大熾天貴族の一つ、ミハエリア家の養女・フレアデス=フォン=ミハエリアとして育てられた。

 熾天貴族は、天界に棲む4人の熾天使から加護を受けた一族を指す。

 その為、聖霊術は、熾天貴族としての洗礼を受けた正聖霊術師にしか使う事が出来ないのだ。

 フレイラは、名門ミハエリア家の名に恥じぬ様、勉学に励み、飛び級に次ぐ飛び級で、何とローマ神学アカデミーを最年少首席で卒業したのである。

 しかし、フレイラはまだ11歳だ。彼女が、どんなに知識を得ようとも、身体の成長までを変える事は出来ない。

 たとえ、フレイラが正聖霊術師であったとしても、術の使い分けやタイミングは、経験でしか補う事が出来ない。

 今回の事故は、フレイラにとって経験の一つとなったに違いないのだ。


「……ですから、フレイラさんは家の名を背負うあまり、余計な力が入り過ぎるところがあるのです」


「そうかも知れんな。そういう所を私の弟に見習わせたいものだがな……」


 水月は、遠い目で溜め息を吐いた。

 圭四郎に、同じ家名を背負う者としての自覚をフレイラの10分の1でも持って欲しいと願う水月であった。


「水月さんの弟さんと言えば、確かフレイラさんのクラスメートでしたね?」


「うむ……。そう言えば、フレイラのヤツ、私の圭四郎に気があるようだな」


 フレイラからはっきりと聞かされた訳ではないが、水月が話の流れから察した結果、この様な結論に至ってしまったのだ。


「まぁ、その様な事が!?それは、初耳です……」


「お前達、ちゃんと会話をしているのか?」


「会話なら、ありますよ。朝食と夕食は必ず一緒に頂いていますし……」


「どの様な会話だ?」


「そうですねぇ……。神学論や教会の展望等ですねぇ」


「い……いや、学園内の事や恋愛絡みの話はしないのか?」


「プライベートな事は、お互いに詮索しない様にしています」


 水月は、額に掌を当てた。


「……それだな。お前達姉妹は、少々堅苦し過ぎるのではないか?もっと、楽で良いと思うが……」


 水月は、以前からミハエリア姉妹間の微妙な距離を感じていた。はたから見ると、お互いに遠慮をしている様に見えなくもないのだ。


「ローザ、もっとフレイラを構ってやっても良いのではないか?鬱陶しい位にな」


「鬱陶しい位になんて……。そんな事をしたら、フレイラさんに嫌われてしまいます!」


「何を言っている?血は繋がっていなくても、家族なのだろう!?姉が妹を気に掛けて、何が悪い?」


 フレイラが、ローザを慕い、ローザに憧れている事は見て分かる。一方、ローザもまた、フレイラに期待し、成長を求めている 。


「血の繋がりはなくとも家族……。分かりました。私、やってみます!」


 そう言うローザに、水月は笑顔で頷いた。


「一安心したら、お腹が空きました!」


「そうだな。私の弁当も、良かったら一口どうだ?」


「はい、頂きま~す!」


 そして、2人は和やかなムードの中で、昼食を楽しんだ。

 一方、この2人のやり取りを遠巻きに眺めていた各派閥関係者は唖然とした。


(あの2人、仲が良いんだ……)

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