霊魔編 5
私立天司学園初等部。昼休みの教室にて。
フレイラ、圭四郎、御影、留奈の4人は、窓際の御影の席に集まり、何やら雑談中だ。
「今度の日曜日、みんなで圭四郎の家に行こうぜ!」
鼻頭に絆創膏を貼った御影が話を切り出した。
「け……圭四郎の家に、皆でかね……?」
フレイラは聞き直した。
「フレイラは、途中で帰ったから知らないと思うけど、あの仔犬ね、圭ちゃんが飼う事になったの」
留奈は、昨日の経緯を説明した。
御影と留奈の家では、動物を飼う事を許してもらえなかった為、結局は圭四郎の家で飼う事になったのだ。
「そ……それじゃあ、私も圭四郎の家にお邪魔するという事かね!?」
「だから、そう言ってんじゃん!」
「け……圭四郎の家族にも会うのだな!?」
「そうだよ。でも、気を付けろよ、フレイラ。圭四郎の姉ちゃん、美人だけど怖いぜ!」
御影は脅かす様に言った。
「みー君ったら、そんな事言ったらダメだよ!」
留奈は、御影を窘めた。
(圭四郎の姉は、怖いのか……?)
フレイラは、圭四郎に目を向け、生唾を飲み込んだ。
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放課後。私立天司学園高等部正門前。
校門前に立つ赤毛の少女は、帰宅の途に就く生徒達の目を引いた。
「あの子、可愛い!」
「お人形さんみたい~!」
「あの制服、ウチの初等部だよな?」
普段から仏頂面で憎まれ口を叩くフレイラも、黙っていると可愛らしく見えるのだから不思議だ。
「フレイラじゃないか!どうした、こんな所で?」
丁度、水月が通り掛かった。
「ローザなら、生徒会室だぞ。呼んで来ようか?」
「い……いや、私は水月を待っていたのだよ」
フレイラは、はにかみながら顔を下に向けた。
フレイラの態度から事情を察した水月は、彼女を近所のファミリーレストランへ連れて行き、そこで話を聞く事にした。
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普段フレイラは、屋敷の執事役でもあるリュートの手料理を食している為、外食などは滅多にしない。勿論、ファミリーレストランへも入った事がない。
「今日は、私の奢りだ。好きな物を頼んでいいぞ」
「ほ……本当に、この中の何を頼んでも良いのかね!?」
フレイラはメニューを広げ、その彩りの多さに目移りした。
結局、フレイラはフルーツパフェ、水月はブレンドコーヒーをそれぞれ注文した。
「……それで、話というのは何だ?」
フレイラがローザにではなく、水月に相談事を持ち掛けたのには、何か特別な理由があるはずだと水月は考えを巡らせた。
(退魔僧……、輪光宗についてか?それとも……?)
しばらくの間、フレイラは俯きながら口篭っていたが、やがて顔を上げた。何故か、フレイラは赤面していた。
「に……日本では、その……友人宅へ招待を受けた時のしきたり等はあるのかね?」
「……しきたり?」
水月は拍子抜けした。フレイラの相談に対して身構えていた自分に対し、思わず吹き出してしまうほどであった。
「な……何がおかしいのかね?私は、真剣に相談しているのだよ!」
フレイラは、仏頂面でパフェを頬張った。
「コホン……失礼した。しきたりか……。昔ならともかく、現代では特に無いな」
水月は、今まで日本について興味を示した事のないフレイラから、『しきたり』について尋ねられるとは思ってもいなかったのだ。
「しかし、最初が肝心であろう?彼には、凶暴な姉がいるというしね……」
「凶暴な姉か……。それは難儀だな……って、『彼』なのか!?お前は、『彼氏』の家に招待されたというのか!?」
水月は驚愕した。あのフレイラが、彼氏の家へ招かれたというのだ。しかも、凶暴な姉がいるともいう。
「か……『彼氏』ではないよ、水月。ただの『男友達』だよ」
フレイラの顔が見る見る内に紅潮していく。
以前、ローザがフレイラに友人が出来ない事を心配していたが、それも取り越し苦労であったという事か。
「水月……。やはり、何か手土産が必要かね?」
「そうだな……。その難儀な姉対策としてなら有効だろうな」
そして、水月はコーヒーを一口啜った。
「そうだ、甘い物だ!どら屋の羊羹とどらやきがお勧めだぞ!」
ちなみに、これは水月の好みだ。
「……そうなのかい?」
「ああ、間違いない!それを嫌いな姉は、まずいない!」
水月は、自らの好みをゴリ押しした。
「そうか……。ありがとう、水月。参考になったよ!」
そう言って、フレイラは残りのパフェを一気に平らげ、意気揚々とファミリーレストランを後にした。
(……フレイラ、頑張れ!彼氏の凶暴な小姑に負けるな!)
そして、水月もコーヒーを飲み干し、店を出た。
「帰ったら、圭四郎に稽古をつけてやるか……」
水月は、意気揚々と帰宅の途に就いた。
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日曜日。午前9時。浄霊寺。
朝の勤行と圭四郎との稽古を終えた水月は、境内を掃いていた。
「99、100っと!」
黒羽御影が、100段ある石段を軽快に駆け上って来た。
「ハァハァ……98……、99……って、あれ!?」
御影の後に続いて九条留奈も、息を切らせながら石段を上って来た。
「留奈、どこかで数え間違っただろ!?ここの石段は100段あるんだよ!」
「おかしいなぁ……」
水月は、2人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
「2人共、相変わらず元気が良いな!圭四郎なら母家の方にいるぞ!」
水月は母家を指差した。
御影と留奈は、後ろを振り向き、石段の段下を見下ろした。
「ほら、早く来いよ」
「いや、しかし……」
「大丈夫だよ。怖くないからね」
御影と留奈の他に、もう一人の友人・フレイラも来ているのだが、なかなか石段を上りきろうとしない。
「「いーから、ホラ!」」
御影と留奈は、フレイラの両腕を掴み、無理矢理に境内へ引っ張り上げた。
「お……お初にお目に掛かります!わ……私、圭四郎さんの友人をさせて頂いております、フレアデス=フォン=ミハエリアと申します!ふ……ふつつか者ですが、よろしくお願い致しますぅーー!!」
声が裏返っている。
フレイラは、顔を地面に向けたまま、手土産の入った紙袋を差し出した。
「……お前、フレイラか?」
「……はい?」
フレイラは、恐る恐る顔を上げた。
「……水月……か?」
しばしの沈黙が2人を包み込んだ。そして、お互いに唖然とした……。
「この間の相談話……。お前の友達とは、圭四郎の事だったのか?」
「まさか……圭四郎の凶暴な姉というのは、水月の事だったのか?」
その瞬間、水月は御影を睨み付けた。
「コイツに、ロクでもない事を吹き込んだのは、お前かぁ~?御影ぇ!」
「ひっ……!」
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「それにしても、驚いたなぁ~。水月さんとフレイラが、顔見知りだったなんてね~」
水月とは、GSTの同僚であるとは言えないフレイラは、留奈達に対して姉のローザと水月が友達同士である事を話した。
「高等部のローザさんて言ったら、『エンジェル・スマイル』の生徒会会長さんでしょう?憧れるわ~」
(エンジェル・スマイル……?)
まさか、自分の姉が、その様な呼び名で呼ばれていた事を思いもしなかったフレイラは、首を傾げた。
「みんなー、こっちだよー!」
圭四郎が、母家の玄関先から3人に手を振っている。
軒先には犬小屋が見える。
「御影……。また、怪我でもしたの?」
「ほっとけ!」
御影は、半ベソをかきながら頭を押さえた。
「へぇ~、立派な犬小屋だね。圭ちゃんが作ったの?」
留奈は、腰の高さまである赤い屋根の犬小屋を見回した。
犬小屋は祖父の舟越が作り、圭四郎が色付けをしたのだ。
「ところで、犬はどこだ?」
御影が尋ねた。
「今は寝てるよ」
圭四郎は、3人を裏の縁側へ連れて行った。
縁側の日だまりに、白い仔犬が座布団の上で寝息を立てていた。
「「「可愛いなぁ~」」」
3人は口を揃えた。
フレイラは、人差し指で仔犬の鼻先をそっと触れた。仔犬の鼻がピクピクと動く。
留奈は、仔犬を両手でゆっくりと持ち上げ、揺り篭の様に揺らした。
「起こさない様にやさしくな」
御影は、まるで父親の心境だ。
「圭ちゃん、この子の名前は?」
「まだ決めてないよ」
「俺は断然『シロ』か『チビ』だな!」
御影の意見に、他の3人は顔を曇らせた。
「そんなの在り来りだよ~。私だったら、『すばる』とか『やまと』かな~?」
留奈の意見も、すぐに却下された。
「フレイラは、どんな名前が良いと思う?」
圭四郎は、フレイラに尋ねた。
「わ……私は、……『ミカエル』……などはどうかと……」
「『ミカエル』かぁ!なんか、カッコイイなぁ!」
御影は、気に入った様だ。
「確か、天使様の名前だよね?」
留奈が尋ねた。
「我がミハエリア家の守護熾天使の名だよ!」
フレイラは、胸を叩いて自慢げに言った。
「それじゃあ、『ミカエル』で決まりだね?」
かくして、仔犬の名は、満場一致で『ミカエル』に決まった。
「よろしくね、ミカエル」
留奈とフレイラは、ミカエルの名を呼びながら仔犬の頭を優しく撫でた。
そして、4人は時間を忘れて仔犬と戯れた……。
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「圭四郎、俺達そろそろ帰るぞ」
気が付くと、日は傾き始めていた。
「また明日、学校でね。圭ちゃん!」
留奈は、笑顔で圭四郎に手を振った。
「き……今日は、楽しかったよ。け……圭四郎、私の代わりにミカエルの世話を頼んだよ」
今日のフレイラは、心の底から楽しんだのだ。恐らく、同年代の友人と時間を忘れるほど遊んだ初めての経験であろう。
「いつでも、ミカエルに会いに来て良いからね。フレイラ!」
この圭四郎の一言で、今までフレイラの心を締め付けていた箍が、ようやく外れた。
フレイラにも、心を許せる『友』が出来たのだ。
そう思った瞬間、フレイラの瞳から一筋の涙が流れ落ちて来た。
「フ……フレイラ、どうしたの?」
突然のフレイラの涙に、圭四郎は動揺した。
「圭四郎、君は本当に良い奴だね。君ならば、私の守護……いや、何でもないよ」
そう言って、フレイラは圭四郎の頬を撫で、御影達と浄霊寺を後にした。
(ナイト……?)
圭四郎は、フレイラが言いかけた言葉が、なぜか気になった。
一方、水月は茶の間で一人、どら屋の羊羹とどらやきを頬張っていた。
(フレイラ、有り難く頂くぞ)