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霊魔編 01

 


 生きとし生ける者には、必ず『死』が訪れる。

 

 天寿を全うする者。病気や事故、災害によって不慮の死を遂げる者。そして、自ら命を絶つ者。それらの魂は、肉体を離れた後、冥界へと旅立つのが定めだ。

 

 しかし、この世に未練を残して死んだ者は、その魂が現世界を彷徨い続ける。

 

 未練は執念となり、やがて怨念へと変わる。怨念を抱いた魂は、周囲から霊子(りょうし)を吸収し、その負のエネルギーを糧にして異形の怪物へと具現化する。

 

 霊子集合体悪魔。通称『霊魔(りょうま)』。

 

 悪しき怨念から生まれたこの怪物は、遥か有史以前から人類に仇なす天敵として存在してきた。


 彼らは人の血肉を喰らい、その霊子を取り込むことで、自らの能力を際限なく進化させる。


 そして、この現代社会においても、怨念が生み出した霊魔は存在する。人々の心の闇が尽きない限り、その脅威もまた尽きることはない。

 







 

 都内有数の繁華街、渋谷タウン。


 この街には、昼夜を問わず人々が集まる。


 路上の若者たちは他愛もない世間話に花を咲かせ、サラリーマンやOLたちは、雑踏を縫うように歩き回る。日頃のストレスを溜め込んだ中高年層は、酒盛り場で夜遅くまで酔い痴れる。


 人々が多く集まり、様々な感情が渦巻く場所には、この世ならざる存在が寄り付く。魔物とも、物の怪とも、悪霊とも言われる、人類にとっての天敵が……。








 『渋谷センター街において、霊子圧レベル2相当の霊子反応を観測。目撃者からの通報内容を判断した結果、霊魔と断定。GST(霊魔犯罪特別捜査隊)の出動を要請する!』



 午後八時三十分。警視庁中央管制センターに緊張が走った。


 渋谷タウン歓楽街のど真ん中に、突如霊魔が出現したのだ。管制官は、すぐさま付近を巡回中の警察官を現場へ向かわせたが、既に霊魔は通行人を手当たり次第に食い散らかしており、現場は手の付けられない状況となっていた。


 センター街はパニックに陥り、逃げ惑う人々が駅へと殺到する。警視庁は警察官たちによる退避誘導を指示するも、我を忘れた人々にその声は届かなかった。


 午後八時四十五分。出動要請から十五分後。GSTの作戦指令車が事件現場に到着した。



 「ひどい有様だ……」



 黒スーツ姿の青年、リュートがハンドル越しに目を伏せて呟いた。


 路上には、霊魔に襲われた人々の肉片が散乱している。ネオンが輝くはずの街は、今や血と肉の匂いが混じり合うデッドタウンと化していた。



 「リュート君。感傷に浸るのは任務が終わってからにしてもらえるかな?」



 後部座席で偉そうに座る赤毛の小さな女の子、フレイラが不満げに言った。彼女の瞳は、目の前の惨状を前にしても、感情の揺れを見せない。



 「でも、リュートさんがおっしゃることも分かりますよ」


 

 金髪碧眼の少女、ローザは目の前に広がる光景に瞳を曇らせた。人の命が、これほど無残に失われる現実に、彼女は心を痛める。



 『現在、霊魔は更に霊子圧を上げながら、渋谷地区B2地点からA2地点へ移動中です』



 オペレーターの早彩(さあや)からの情報が、ピアス型通信機を通して彼らの耳に届く。


挿絵(By みてみん)


 霊魔は喰らった人間の血肉と霊子を取り込み、自らの能力を上げていた。血肉は肉体となり、霊子は能力上昇の糧となる。


 このままでは、さらに多くの犠牲者が出る。GSTは、何としてでも霊魔を駅へ近付けたくなかった。



 「ローザ、リュート、フレイラは目標を牽制しつつA3地点へ誘導。そこで仕留める。これ以上の犠牲者を出すな!」



 宗方(むなかた)隊長の厳格な指示が響く。GST隊員たちは一斉に車外へ飛び出し、渋谷駅方面へ駆け出した。









 三人が駅へ近づくにつれ、人々の悲鳴が耳を痛めるほど大きくなる。



 「……あれは?」



 リュートは、人々に襲い掛かる霊魔の異形な姿に、しばし呆然とした。それは、上顎から生えた犬歯が異常に発達した、体長五メートルはあろうかという巨大な虎の姿であった。まるで、伝説のサーベルタイガーのようだ。


 霊魔は、生きていた頃の性格や、強い思い入れによって姿形が異なる。このサーベルタイガーも、何か深い怨念を抱えた魂が具現化したものなのだろう。


挿絵(By みてみん)



 「リュート君。もしかして、怖じ気付いたのかね?」



 フレイラがリュートの顔を覗き込む。



 「あらあら、フレイラさん。リュートさんをからかうのもその辺にして、私達も行きますよ」


 

 ローザがフレイラを(たしな)めると、フレイラは首を(すく)めた。



 「私が先陣を切らせて頂きます!」



 リュートは自らの霊子を解放し、右手を真横に突き出す。霊子が集束され、鋭い三叉槍(トライデント)の形に具現化した。


 ローザとフレイラも同様に霊子を剣の形に具現化させる。ローザは妖精剣・ティンクアベルを、フレイラは細身の長剣・レイピアを手にした。彼らは、武具を霊子変換することで、身辺の亜空間に収める事が出来る。


 リュートは、人々に襲い掛からんとするサーベルタイガーの背中に向けて、トライデントを投げ付けた。トライデントは、サーベルタイガーの肩甲骨の内側に深く突き刺さった。


 突然の背後からの攻撃に、サーベルタイガーは怒りの雄叫びを上げ、ローザたちを睨みつけた。その殺気に、フレイラは一瞬たじろいだ。



 「フレイラさん、来ますよ!」



 「は……はい、ローザ姉様!」



 サーベルタイガーは、トライデントを背中に突き刺したまま、ローザたちに向かって突進してきた。フレイラは震える手でレイピアの剣先を霊魔に向けた。



 「拘束術陣、展開!」



 フレイラは霊子製の網をサーベルタイガーの身体に張り巡らせ、その動きを封じようとする。



 「お見事です、フレイラさん!」



 ローザは身動きが取れなくなった霊魔の正面に、ゆっくりと近づいた。



 「この世に在らず者の魂よ、その非業なる鎖より解き放たん!」



 ローザは妖精剣を水平に構え、霊魔の霊子核、つまり魂の器である心臓に目掛けて突き出した。しかし、霊魔の抵抗は想像をはるかに超えていた。


 バリバリと音を立てて、フレイラの拘束術陣が破られた。



 「ローザ様、危ない!」



 サーベルタイガーは、目の前のローザに大きな鋭い牙を剥き出して襲い掛かる。ローザは冷静に上体を捻り、寸でのところで牙を躱わすと、素早く剣を返し、霊魔の牙を斬り落とした。


 片方の牙を失ったサーベルタイガーは、フラつきながらも国道へと向かって駆け出した。



 「申し訳ありません、ローザ姉様。私の力が及ばないばかりに……」



 サーベルタイガーは、喰らった人間の血肉と霊子を取り込み、力を増幅させていた。フレイラの術の効力が長続きしなかったのは、彼女がまだ『正聖霊術師(マジェスティ)』ではないからだ。



 「仕方ありません。霊魔が逃げた方向には、あの方が待機しているはずです。あとは、彼女に任せましょう」



 ローザはそう言うと、妖精剣を再び霊子化し、亜空間に仕舞い込んだ。









 『現在、霊魔は明治通りをルート246に向かって移動中。水月みづき、頼んだわよ!』



 早彩からの情報が、ピアス型の通信機を介して耳に届く。



 「……了解した」



 静まり返った国道の交差点の真ん中に、その少女は立っていた。


 付近一帯には既に交通規制が敷かれ、車はおろか人の姿さえ見当たらない。紺色のセーラー服に身を包んだ少女、水月(みづき)は、左手首に絡み付いた腕輪の白鉱石にそっと口付けた。



 「出よ、十六夜(いざよい)!」



 水月が左手を翳かざすと、その空間に青い円形の『自在法術式紋様』が現れた。彼女は、その紋様の中から霊刀・十六夜をゆっくりと引き抜いた。


 一方、片方の牙を失い、フラつきながらルート246へ向かっていたサーベルタイガーは、水月の姿を目にした途端、全速力で駆け出し、襲い掛かって来た。


 水月は静かに腰を落とし、霊刀の柄に左手を掛けた。



 「怨念に縛られし魂よ。今こそ、その鎖を断ち斬らん!」



 サーベルタイガーの鋭い爪が、水月の首もと目掛けて迫る!


 水月は霊刀を抜き放ち、低い体勢から霊魔に斬り付けた。互いの時間が、一瞬止まったかのように見えた。



 「夢幻流抜刀術(むげんりゅうばっとうじゅつ)一ノ奥義『風刃(ふうじん)』!」



 水月の霊刀は、サーベルタイガーの身体を霊子核ごと横一文字に両断した。



 「浄滅(じょうめつ)!」



 霊子結合の源である霊子核を破壊された霊魔の霊子体は、砂塵のごとく散開し、その存在自体が消滅した。



 「……任務完了した」



 水月は、霊刀を再び自在法術式紋様の中に仕舞い込む。そして、渋谷の街明かりの中へと、静かに消えて行った……。 


 挿絵(By みてみん)





 近年、首都圏における霊魔犯罪は増加の一途を辿り、人々に不安と恐怖を与えていた。


 警視庁は、この事態を打開するため、『霊魔犯罪特別捜査隊(Ghost devil crimes Special investigation Team=通称・GST)』を創設した。


 GSTを統括する初代隊長には、公安部での手腕を買われた宗方修(むなかたしゅう)刑事部長が任命された。


 宗方は隊員を編成する際、警察官以外の人材を選別することにした。霊魔を相手にするには、並の人間では歯が立たないからだ。


 そこで宗方は、古くから退魔師を輩出している『輪光宗(りんこうしゅう)』と、祓魔師(エクソシスト)を擁する神聖ローマ教会に協力を仰いだ。


 かくして、警視庁初の霊魔犯罪特別捜査隊・GSTが、ここに結成されたのである。

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