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第三章


第三章





「はああああああああああっ!!」


ザシュ、と剣が獣の肉を切り裂く。

獣が一体、地に這った。


「うふふっ、鞭と獣だなんて相性最高じゃない…」


ヒュン、と鞭が空を切る音がする。

獣がまた一体、きりもみしながら大きく飛ばされた。



二人は、数分で襲いかかってきた何体かの獣を撃退した。

見計らってセイファとリーが二人に近づく。


「…手際、かなり良くなってますね、ミクリィさん…」


「でしょ?だてにリーの剣教わってないよ。それに

 ミルファルもいるんだから」


得意げにミクリィは胸を張った。


リーは驚いていた。ミクリィの剣技が以前と比べて

格段に上達していたからである。


教えたリー自身が驚くほどにミクリィは飲み込みが早く

そして努力した。そのおかげか以前の彼女より

何倍も強くなっている。


「あら、私にはなにかないの?」


少し不満げにミルファルがリーに問う。


「……正直、鞭でここまで威力のある攻撃を見たことが

 ありませんでした…」


「ふふっ。まあ、それでもリーには遠く及ばないわ」


言うが、ミルファルはどことなく嬉しそうだ。


実際、リーは本当に鞭をここまで使える者を

初めて見た。

本当に鞭での攻撃かと思うくらいに、深く鋭く

相手を撃っていた。威力は弓以上だった。


「え、えっと、今治療しますね……」


セイファが薬箱から傷薬を取り出し、二人を治療し始めた。

といっても二人はかすり傷だ。

早々に治療は済んだ。


だが、セイファの治療の手際も、明らかに格段に

上達していた。


リーは三人の力の評価を、大きく認識しなおした。




「…しっかし、噂通り、ここいらじゃ獣とか普通に

 襲いかかってくるんだなー」


剣を鞘にしまったミクリィが言った。


「この辺りでは日常茶飯事なそうよ。私の領のところにも

 たびたび出てたから、私も配下も訓練してたのよ」


鞭をてのひらに収めながらミルファルが言う。


「…な、なんか、いやな感じがします……」


そして、少し震えながらセイファが言った。


「…獣やモンスターが出てくるのは、任務上いつもの

 ことでしたが…」


言ってからリーは考えた。

この世界に来てから今までは、普通に町や村などの

外で獣に襲われたことはなかった。


「世界の中でも、獣やモンスターなどが出る場所と

 出ない場所があるのは、出る場所に何か危険な気配が

 あるのではないのでしょうか?」


チップからイルが言った。

同じくらいに考えをまとめたリーも、それに同意見であった。


思って、はっとした。


(……なんで、こんなにぞろぞろ歩いて任務を遂行

 しなければならないんでしょう……)


リーが所属している組織「特殊空間任務対策班」は

世界の調律を保つ組織である。

そのトップにいる自分がなぜ、少女ら三人と一緒に

数々の世界の危機に立ち向かわないといけないのか。


リー個人の手際なら、そろそろ事件の大本に

接触している頃合いだった。


ミクリィは剣の指南をしているうちに懐かれて

セイファからはなぜか信用されて

ミルファルからはしょっちゅうくっつかれそうになって。


そのたびにリーは頭を抱えた。

どう対処していいか分からない時が多い。


それが害意のある者なら簡単だった。

さっさと距離を置くか、倒せばいい。


この三人はそうではないので、そういった対処は出来ない。

事が起こるたびに、自分が自分じゃなくなるように

落ち着かなくなる。

それがリーには怖かった。



立ち向かうのはむしろこの三人に対してではないか。

リーは思った。




一行は、ミルファルが治めている領を超えて

次の城下町へと向かっていた。


目指すは、謎の薬の出所と思われる大商人の屋敷である。

だが、行程さなかで何回も獣の群れと遭遇した。


一行はミルファルという新たな戦力も加わって

これをはねのけたが、それでも一行の速度は確実に落ちていた。


ようやく城下町に着いた時には、ミルファルの屋敷を

出た時から数日が経過していた。


「…あーやっと町だー!町のご飯食べる―!お風呂入る―!

 ベッドで眠れるー!」


ミクリィが喜んだ。

リーとしては、すぐにでも屋敷に乗り込みたかったが

まだこの城下町での情報もろくに集めておらず

そして、確かにここ数日の野宿で、一旦体制を

立て直しておきたいところだった。


だが、リーは少し不思議に思った。

ミクリィの声と顔は喜んでいるが、少しだけ

不安そうな色が垣間見えたのである。





「はああぁー……。久しぶりのちゃんとしたお風呂だぁー……」


ミクリィが芯からリラックスしたような声を出す。


「い、今までは即席でしたからね……」


隣に並んだセイファが言う。


野宿の時は、携帯している水か、湖や池の水を加熱して

それで肌を流していた。


「あら?水じゃなかっただけマシだと思うけど」


そして、湯船の外で、肌に泡を付けて身体を洗っていた

ミルファルが言った。


「それに、水でも水浴びが出来るだけマシよ。

 もっと過酷な状況だってあるんだから」


「まあ、そーだけど」


ミクリィはうつむいて口までお湯につける。

多少うつむいた後、顔を上げて口を開いた。


「それでさ、セイファはリーのこと好きなの?」


「ふ、ふぇえええっ!?」


がん!と大きい音を立ててミルファルが前の壁に

頭をぶつけた。


「…い、いきなり直球ね…。そうくるとは思ってなかったわ…」


結構痛かったらしく、手で頭を押さえている。

セイファは顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「あたしは好きだよ、リーのこと。なんだかんだ言っても……

 いや、言ってないか。でも、なんとなくあたし達のことを

 ちゃんと心配してくれてる感じがしてさ」


ミクリィは臆さず言った。ミクリィにとっては当たり前の

ことのようだ。


「つまり「love」じゃなくって「like」ってことかしら?」


ミルファルがミクリィに聞いた。


「うーん……どうだろ。……憧れだけかもしれないけど

 それに、よく分かんないけど……多分「love」に近い

 「like」じゃないかな、今は」


ミクリィは答えた。


「そ、そ、その……わ、わた私は……私は……っ」


セイファは返答に詰まる。


「そうね、なら私もそれに近いのかしら、今は」


「み、ミルファルさん!?」


そしてセイファが答える前に、ミルファルも自分の気持ちを

答えてしまった。


「あ、あうあうあう……っ」


「さあ、じゃあ後はセイファだけだよ……!ほらほらー

 言ってしまえ言ってしまえー!」


「ち、ちょっとミクリィちゃんそこは……っ!――っ!?」


セイファがミクリィの手によって身悶えた。


「こらこら、あんまりからかわないの」


そんな二人をミルファルがたしなめる。


「はーい、ごめんね、セイファ」


「い、いえ……」


セイファはぼーっとしながら、数秒、赤い顔をしてミクリィを

見つめていた。

やがて少し正気に戻ってから、セイファも言った。


「そ、そうですね……。わ、私も今はお二人と……

 同じだと思います……」


「……そっか」


ちゃぽんと、お湯が跳ねる音がした。


「けど、私はリーに勝手についていくって

 決めたんだからね?」


ミルファルはウインクをして二人に言った。


「ふふ、リーはあたしの剣の師匠。師匠あるところに

 弟子はいるものだよ」


笑ってミクリィが言った。


「あ、あうあうあう……」


セイファは何も言えずにうろたえていた。

が、


「……り、リーさんには世界をす、救ってもらわないと……っ!

 そ、それまでお役に立ちたいって、お、思います……っ!」


と、セイファも言った。


「本当に「それまで」なの?」


それにすかさずミクリィがセイファに聞いた。


「……あ、あう……っ」


今度こそ、セイファは何も言えなくなった。


「……世界を救って、そうしたらリーは……」


言って、ミルファルは気づいた。

そして、二人も気づいた。


リーはこの世界の住人ではない。

任務を遂行した後は、元の世界へと戻るのだろう。

三人を置いて。


「……リーは、どうするつもりなんだろう……?」


ミクリィが発した言葉に、二人は答えることが出来なかった。

リーを無理矢理引き留める事は出来ない。

それは、リー自身の心しか、知らないことだった。







「……以上で報告は全てです」


「…ありがとうございます」


三人がお風呂に入っている頃、リーはイルからの

調査報告を受けていた。


大体が事件に関わりのありそうな事や

この世界において、まだリーが知らない事

そして、これから乗り込む商人の屋敷の見取り図など

様々だったが、一つだけ例外があった。


そしてそれは、この町に着いたときのミクリィに抱いた

疑問につながるものであったが、リーはそっと

その事を心にしまうことにした。

イルにもセイファとミルファルに、その事は

言わないように言った。





翌日、一行は情報収集を始めた。

夕方近くになって、ようやく宿に全員が戻ってきた。


どうやらセイファが薬を売りつつ情報を集めていたところ

町の自警団を名乗る男達が現れ、言いがかりをつけられ

危うく連れ去られそうになったとか。


一緒にいたミルファルのおかげで何とか逃げれたが

宿に入るところを見られないように

逃げ回っていたらしい。


そして今回ミクリィと一緒に回っていたリーにも

この町の治安の悪い情報がいくつも入った。


「自警団自体は本当よ。けど、中身はただの野獣ね」


ミルファルは軽く鞭を宙に振りながら言った。


「あ、あまりここに住んでいる人達は豊かでは

 ないようです……。く、薬代がここでは高いのでしょうか

 す、すぐに私の薬が売り切れました……」


セイファは震えながら言う。

その後に追い掛け回されて怖かったのか。


「……市民の困窮がここまでだなんて……」


ミクリィがいつもののんきさを出さずに、真剣に言った。

だが、その言葉には深みがあるのを

リーは知っていた。


「…城下町だけあって、すなわち城の者がここの政治を

 行ってますが、それも穴だらけで、市民から資金を巻き上げ

 なおかつ目的の大商人と癒着しているようです」


ミクリィの肩が一瞬震えた。

セイファとミルファルは、それが怒りからくるものかと思った。

だが、リーはそうではないと思った。

思いながら、ミクリィに悪いと思った。


思ったが、ひける事ではない。


「…あまりこの町に長時間滞在するのは危険かもしれません。

 これより、早速大商人の屋敷を調査します」


セイファとミルファルはうなずいた。

だが、ミクリィは顔色が優れず、動かなかった。


「……ミクリィ、大丈夫ですか…?」


思わずリーはミクリィに問いかけた。

はっとしたミクリィは


「だ、大丈夫、平気。……うん、ちゃんと調査する」


とリーに言った。

リーは少し心配だった。




大商人の屋敷は豪勢であり、なおかつ警備も厳重であった。

番犬や用心棒とみられる大男がうようよしている。


そんな中、リーは三人に、今回は消臭効果もある隠密の術を

かけると、一緒に屋敷の中に忍び込んだ。


さすがに人が姿を消せるとは思ってないのだろう。

それに消臭対策もしてある。

用心棒も番犬も問題なく、一行は屋敷に忍び込んだ。

それに、内部はイルのおかげで把握済みだ。


「…まず、ここの大商人がどんな品を扱っているか

 知る必要がありましたが…、先ほどの調べで

 すでにここに例の薬があることは判明しています」


リーは声を押さえて三人に言った。


「…なので、まずはここの商人が他にどのような品を

 扱っているかを調べます。皆さん、相手に気付かれない

 ようについてきてください」


三人はリーの指示にうなずいた。


リー達はまず、イルに言われた商品保存庫に忍び込んだ。

目の前には商品と思われる品がいくつもある。


「しっかし、いくらリーの魔法があるからって言っても

 こんなに容易く入れていいのかしら?天下の大商人とも

 ある屋敷が」


ミルファルは呆れたように言った。


「…今までで私の術を見破ったのは、あなたが

 初めてでした」


とリーは言った。

ミルファルは喜んだ。


「あ、あれ……?こ、これって……」


セイファが何かに反応した。

見ているのは小さな粉末である。

思わず三人がセイファの元へ集まる。


「……ま、間違いないです……。こ、これって

 む、昔、おばあちゃんが私に気を付けるようにって

 す、すっごい注意してくれたもので……」


セイファは真剣な顔をして説明する。


「い、今では危険指定されていて……ど、どこでも

 買うのも売るのも禁止されている……猛毒の粉です……」


「つまり、国禁の品ってことかしら?」


セイファはうなずいた。


「こ、これだけの量で……す、少なくても数百万人の

 人の命を危なくします……」


三人は驚いた。

わずか10グラム程度の粉が数百万人の生命を

脅かすという。


「そ、それに……そ、その横にあるのが、それにそっくりな

 粉で……よ、よく間違えてしまうけど、じ、実際は

 何の効果もない粉です……」


セイファはわずかな違いから粉末を

見破った。


「それだけじゃないみたいだ」


ミクリィが並べてあった数本の剣のうち、一つをつかむと

それを引き抜いた。


「これって、幻と言われてる名剣にすっごい似てるけど……

 全部偽物みたい」


軽く振ってミクリィは確かめた。


「……あら、そうそう、これよこれ」


今度はミルファルが、棚の中から例の薬を探し当てた。


販売禁止の猛毒の粉と、剣と、例の薬、そしてそれらの偽物。

これ以上調べるまでもなく、この商人がどんなことをしている

のかが見えた気がする。



一行は、それから館の中を探索した。

すると、途中に地下へと続く階段が隠し扉の中にあったので

降りてみた。



すると、そこには牢獄があった。

重い空気が辺りに漂っている。


そこには大勢の人がいた。

老若男女問わず数十名が牢に入っている。


「こ、この方々は……?」


イルは素早く検索した。

それによると、元はこの町の城で

働いていた者が大半だという。


なぜ城に勤めていた者が商人の家に捕まっているのか。

リーは考えた。

そして、その者達の何人かに、ミクリィは

見覚えがありそうな様子だった。


「あっ……あいつは……!」


ふいにミクリィが小さく声を上げた。


一番隅の牢に、初老の男性がいた。

どうやらミクリィには何か覚えがあるらしい。


少し迷った後、ミクリィは言った。


「…あいつは知り合いで、信用出来る。

 ちょっと話を聞いてもいい?」


リーは一瞬考えたが、自分たちが同伴するという

条件付きで、それを承諾した。


開錠の魔法で音もなく扉の鍵を外すと

隠密の術を解いた。


いきなり現れた一行に初老の男性は声を上げそうになったが


「しーっ!お願いしずかにして!」


ミクリィがその口をとっさにふさいだ。

だが、ふさぎすぎて呼吸を止めている。


「ストップミクリィ、この老人を殺める気?」


ミルファルがすっと中に入り、ミクリィの手をどかした。


「ご、ごめん!」


あわてて謝るミクリィ。


「あ、あなたは……!」


息が整ってきた老人がミクリィを見て、大きく目を開いた。

ミクリィは唇に手を当てて、


「久しぶり、ミクリィだ。どうした、なんで

 こんなところにいる?」


と言った。

三人には「ミクリィだ」と言ったところがやけに

強調されたように聞こえた。


老人は意味を察して、


「お久しぶりでございます。お会いしとうございました…」


と言って涙を流した。


「涙は後。それより、聞きたいことがある」


「はい、何でも答えます。…が、なぜひ…いや、ミクリィ様が

 こんなところに?」


不思議そうに老人はミクリィに聞いた。


「ちょっとわけありで。大丈夫、捕まったわけじゃない

 事情があって、ここに忍び込んでるんだ」


「なんと、あなた様が忍びこめるなど……!」


信じられないといった様子で老人はミクリィを見た。

昔のミクリィを知っているのか。

確かにミクリィはこっそり忍び込むとかそういうのが

性に合わなく、苦手だった。


「その話は後、あたし達はここについて調べてる。

 それで、なんで捕まってるんだ?」


ミクリィは老人に聞いた。


「はい。私は元々ここの町の城に仕えておりました。

 それが数か月前、変な客が入ってきて、ご先代様に

 面会しました」


「ご、ご先代様……?お、王様でしょうか……?」


「まあ、そんな感じ」


セイファの問いにミクリィが答える。

老人は語る。


「それからです。ご先代様は変わってしまわれて

 城の重臣達をことごとく牢に入れ、民に圧政を敷き……」


老人は言葉に詰まったが、続けて


「私はその変な客が原因だと思いました。ですが

 その客の姿は城のどこにもなく、ならばとご先代様の動きを

 探っていたところ、何やら怪しげな物を手に持って

 それに何やらつぶやいていました」


と言った。


「…怪しげな物、ですか?」


思わずリーは聞いた。


「はい。てのひらで黒く明滅する物体にございます」


「てのひらで黒く明滅……」


リーはつぶやいたが、心当たりはない。


「なんでそんな怪しい客を面会させたんだ?」


ミクリィが言う。


「はい。私共も追い払おうとしたのですが、いつの間にか

 通してしまっていました。後から考えても、なぜ

 その者を通してしまったのか分からないのです」


老人は言った。

リーは、そっちの話にはピンときた。

おそらく、幻惑の術の類だろう。


「その怪しげな物を見た後、ほどなくして私も

 濡れ衣でこの牢に入れられました」


言って老人は頭を下げた。


「お願いです、わたくしめの事は構いません。

 どうかご先代様を元に戻して民を救ってください」


ミクリィはリーを見た。

リーはうなずいた。

治安を正すのは任務にもつながる。


「…分かった、約束する」


「…ありがとうございます。これで思い残すことはありません…」


「馬鹿言わないで。まだあなたは城に戻って

 政をすることが残ってる」


ミクリィは老人に言った。


「はい。……後、ここを調べているとおっしゃいましたな」


老人はリー達が求めていた情報を言い始めた。


「ここは以前から城で懇意にしている商人の屋敷にございます。

 しかし、今では多数の禁制の品を売りさばいて

 ご先代様や城の者に袖の下を送っているようです」


「つまり、城の権威にもの言わせて禁止の品を

 扱ってるってこと?」


ミルファルの問いに老人は首を振った。


「いいえ、商人は城でさえも知らぬ危険な品を

 世に流しています。城に知れそうになると同時に

 金に物言わせて無理矢理話を抑え込みます。

 城は多額の資金面の都合上、ここを強く捜査できないのです」


「な、なるほどです…………?」


セイファは理解しきれないようだった。

城などない比較的平和な町の娘だけあって、そういう話が

よく分からないらしい。


「どうする?ここの商人の屋敷をつぶしたら

 城とか、政とか、他に影響が出ると思うけど」


ミルファルはリーとミクリィに聞いた。


「それでも、つぶさなきゃ薬で大勢の命が脅かされる。

 第一、そんなことで支えられている政そのものが

 ぼろぼろだ」


ミクリィが言った。


「……そうだ。ならさ、ここの商人に代わって

 あんたがしばらくここを仕切ってよ」


ミクリィが老人に提案した。老人は驚いて。


「わ、わたくしめがですか…?」


と返した。


「うん、そう」


ミクリィは提案した。


「商人としての中枢は残しておいて、後は

 人だけ入れ替えるの」


ミクリィは続けた。


「あんたも昔は商人だったんでしょ。それに、ここには

 城に勤めてた人が大勢いる。……無理じゃないでしょ」


「確かに、わたくしめも昔は商人でしたが…。

 一体、どうやってここを…?」


老人はミクリィに聞いた。

ミクリィは笑って、


「今からここを制圧すればいいんじゃない?」


と言った。

老人は驚いたが、三人にはここの商人を見逃すわけには

いかず、元よりそのつもりだった。


老人は首を振って、だがあきらめたように言った。


「危険でございます…と言ってもお止めになさならないので

 しょうな、あなた様は」


「当然」


ミクリィは言った。


「しかしながら、ここには多数の用心棒がいます。

 それに、商人の手には多数の危険な品があります。

 くれぐれも用心してくださいませ…」


老人は心配した。


「だーいじょうぶ。私にはもの凄い師匠と強い味方が

 いるんだから。それに、あたしも昔より強くなった」


「なんと、では、そこの方々が……」


三人は「対策班」に関わらないように、軽く自己紹介した。

そして老人は、


「わたしくめはわざわざ名乗るほどのない年よりです。

 ですが、どうかミクリィ様のことをよろしくお願い

 します」


と言って土下座をした。

それをあわててセイファが止めた。



一行は、再び隠密の術をかけると牢獄を出て

屋敷へと戻った。


イルの情報からここの主の部屋はすぐに判明したが

ここを全て制圧するのなら、用心棒も全て倒した方がいいか。

それとも頭を押さえれば、彼らは動かないか。

一行は考えた。


「少なくても、ここの用心棒はこの商人に手を貸している。

 その恩賞を得ているとなれば、容赦はいらないんじゃない?」


とミクリィは言った。


「で、でもここの人達は豊かではないから……し、仕方なく

 ここで働いている可能性もあ、あります……」


セイファの考えはそうらしい。


「でも、用心棒が危険な品を持ってくれば

 大変なことになるわよ」


ミルファルは言った。


「…いや、おそらくそれは大丈夫でしょう」


考えをまとめていたリーの言葉に、三人は注目する。


「そんな危険なものを用心棒に持たせていては、雇い主は

 我が身が常に危険にさらされる可能性をいやでも考えます。

 おそらく、用心棒にはそのような品はないでしょう。

 …それに、あったとしても、私がどのようにも出来ます」


なるほどと三人はうなずく。


「それでは、どうなされますか?」


イルが聞いた。


「……とりあえず、ここの主人を押さえましょう。

 それで、もし抵抗する用心棒などが現れたら、それと

 戦いましょう。私は主人や用心棒が危険な品を出さないか

 注意しておきます。その間に、ミクリィさんと

 ミルファルさんが抵抗勢力を押さえてください。

 …セイファさんは私のそばから離れないでください」


言いながら、いつもとっさのこととはいえ、セイファ達に

触れなければいけない可能性にリーは内心頭を抱えた。


誰かに触るのも、誰かに触られるのもリーは苦手である。

今までは急場だったため仕方がなかったが、それ以外で

触れたことは一切ない。


道中くっつこうとしたミルファルでさえ、結局一回も

リーに触れてはいないのだ。


「は、はい……いつも足手まといですいません……」


セイファが言って少し落ち込む。


「なーに言ってんの。戦闘後の回復ってすっごい重要だって。

 セイファがいてくれてすっごい助かってんだから」


ミクリィが少し落ち込んだセイファを慰める。

ミルファルもいつも治療してくれるセイファに感謝しているのか

大きくうなずいた。


「…では、仕掛けましょう。これより攻撃を開始します」


「分かりました。…リファインド様、皆様、お気をつけて」


イルの少し心配そうな声が聞こえた。




制圧は割とすんなりと終わった。

すぐに激しい抵抗があったが、成長したミクリィと

ミルファルの流れるような舞に、抵抗していた者はことごとく

倒されていった。


懸念されていた薬は大丈夫だった。

商人自体も、屋敷の中で危険な品を使えば自分も危ないと

いうことを分かっていたようで、使うに使えなかった

ようである。


そして牢の中の人達と、商人の大半が入れ替わった。

途中、ミクリィが仕方なくここで働いていた用心棒と

そうでない者を、老人と共に選別した。

仕方なく働いていたものは牢に入れず、屋敷の一員として

働かせた。


最後に、城の者や、市民達には入れ替わったことを

知られないようにとリーは老人に言った。


大々的に入れ替わった事実が分かれば、どんな輩が

何をするか分からない。


城を調べて治安を正すまでは、入れ替わったことは

絶対秘密にするよう言った。

老人達もそれに承諾した。





一行は屋敷を出て、町の宿に戻ってきた。

次の目標は決まった。

城にいるご先代様とか言われていた者だ。

謎の物体についても気になる。


だが、すでに屋敷の戦闘で三人は疲労しており

一旦は宿屋で体制を立て直すことにしたのだ。



食事やお風呂もそこそこに、一行は床に就いた。

ちなみに、全員同じ部屋である。


リーはさすがに三人の少女の部屋に自分がいるわけには

いかないとかなり粘ったが、治安が悪い町であり

それに三人共リーだけ一人、他の部屋にする気が

微塵もなかったのである。


それに、野宿も共に何回もしている。

断る理由が減っていった。


リーは頭を抱えた。





その夜、リーは夢を見た。



その夢の中で、またリーは昔の姿になっており

多くの人型の「何か」に襲われた。

リーは応戦しようと思った。だが、そのころのリーは

無力であり、満身創痍をあっという間に突き抜けた。


リーはこのまま自分がいなくなるのか

それとも苦しみながらいつづけなければならないのか

そう思った。




思って、そこで目が覚めた。

寝ている部屋の扉の前に、なにやら不穏な気配が漂っている。


「リファインド様、扉の前に多数の不審な輩を確認しました。

 注意してください」


「…分かりました」


チップからイルが警告を発した。


音もなく扉に近づくと、リーはそっと魔法を扉にかけた。


瞬間、部屋に大勢の人がなだれ込んできた。

そして次々と倒れた。

リーが扉に雷の網を張っていたのである。

リーは、これが夢の続きではないと認識してほっとした。


「あらあら、レディ達の部屋に男が入ってくるなんて

 なってないわね」


いつから起きていたのか、ミルファルが軽く鞭で

入ってきた人をぴしぴし叩いている。


ミクリィも剣を持って警戒している。

その後ろにセイファがいた。


私も男ですが、とリーが言う前に、ミルファルは

リーは別よ、といわんばかりにリーに向かって

ウインクをした。


確かにこのような容姿だが、もしかして男と見られて

ないのかとリーは思った。


「失礼、城からの御達しである。一同、縛について

 もらう」


と扉の前に鎧を付けた壮年の男性が現れた。

男が扉に入らないのは、入ったらどうなるかを

悟っているのだろう。


「なっ……!?」


ミクリィが驚愕の表情を表にした。

それをみた壮年の男性が、わずかにまゆをひそめ


「……やはりあなたでしたか……姫様」


とミクリィに向かって言った。

一瞬、場が沈黙した。


「ひ、姫様……?」


沈黙をセイファのつぶやきが破った。

セイファは固まったままのミクリィを見ている。


「あら、ミクリィってお姫様だったの?

 まあ、そう見えないしどうでもいいけど」


とミルファルは油断してない表情で壮年の男性をにらんだ。


「……爺……」


ミクリィはつぶやいた。

瞬間、はっとして。


「なぜだ。なぜ爺があたしを狙う!?」


一瞬ミクリィは自分以外の者が狙いだと

思ったが、殺気がそのまま自分に向けられていると

知って、愕然とした。


「配下の者があなた様らしき者を見たといい

 そして……ご先代様の意志、であります」


無感情に、しかし言いにくそうに言った。


ミクリィはさらに愕然とした。


「ばか言わないで!何であたしの父様と祖父である

 あんたが私の命を狙うの!?」


「……問答はいらず」


言って、ミクリィの祖父は宿の壁を吹き飛ばした。


「――リー、セイファをパス!!」


「ミクリィちゃんっ!」


壁が吹き飛ばされて煙が舞うが、リーには誰がどこに

いるかははっきりと分かった。

魔法で一瞬で煙を吹き払うと同時に、セイファをかばうと

祖父と孫が剣を合わせていた。


祖父の剣はその年齢を感じさせず、ずっしりと重みがあった。

対してミクリィは、威力も速度も昔とは比べ物にならないが

どちらかと言うと速度主体の剣である。

しかも相手は鎧を着ている上、ミクリィには

祖父を傷つけたくはなかった。


しかし、祖父は確実に孫の命を狙っている。

ミクリィは次第に追いつめられていった。


「……まさかここまで剣が上達しているとは…驚きましたな」


祖父が言った。祖父の方も息が上がっている。

しかし、ミクリィはそれ以上だった。

何も言い返せない。


それでも祖父はミクリィに向かって剣を振るった。

ミクリィは力を振り絞って対抗した。が、一瞬体勢が乱れた。

そしてそのミクリィの一瞬の隙を、凄まじい剣線が通ったと

思いきや、


「年よりの冷や水で孫を殺めるなんて…世も末ね」


とミルファルが鞭で祖父の剣を止めていた。

ミルファルの鞭は剣を押しても引いても切れなかった。


「……後日、城に来なされ。勝負はそれまで」


と祖父は言うと、壊した壁から逃げていった。

リーには捕まえることは簡単だが、ここで捕まえても

ミクリィと祖父は決して分かり合えないと

直感で判断した。そしてわざと逃がした。


「ミクリィちゃん!!」


言って、セイファがミクリィの治療を始める。

ところどころから出血が見られるが、深いものは

ないようだ。

それよりも、ミクリィの精神的な被害が気になる。


肩で息をしたミクリィは、放心したように

目を地面に向けていた。

そして


「…………なぜ爺が…………」


とつぶやいた。





一行は宿を夜中に後にした。

凄まじい騒ぎだったが、リーは何事もなかったかのゆに

一瞬のうちに家屋を魔法で修理していたので

宿屋の主人は疑問に思った。


もう敵に知られている宿は使えない。

一行は町から離れて野宿することにした。


その間もミクリィは意気消沈している。

他の者も気まずそうに、会話は少なかった。


やがて、真夜中ということもあって

すぐにまた就寝となった。


リーは寝ずの番である。

今まで交代制でやってきたが、今回はメンバーの

消耗が激しく、リー以外の者が出来るとは思えない。

リーは自らその役を買って出た。



リーは夜空に輝く星を見た。

今までにこなして来た任務の中には、夜空に

星がないところもあったが、ここでは多くの星が出ていた。


リーの住んでいる世界にも星は出る。

読書に続いて、星を見るのもリーは好きだった。



リーはイルからの情報で、ミクリィの素性はすでに

知っていた。

だが、事情があると思ったので、あえて

無視することに決めていたのだ。


それがいきなり祖父と父に命を狙われた。

リーは自分の過去を思った。


……と、自分に誰かが近づいてくる気配がした。

気配の主はミクリィだ。


「……ごめん、なんだか眠れなくってさ」


無理矢理笑おうとした顔で、ミクリィがリーの隣に座った。


リーは何てミクリィに言ったらいいか

分からなかった。

こういう時、どんな言葉をかけたらいいのか。


しかし、先にミクリィが口を開いた。


「ごめん、らしくないよね。あたしのせいで皆の空気

 重くしてる」


ミクリィは申し訳なさそうに言った。


「……事情が事情です」


リーにはそう言うのが精いっぱいだった。

そう言って両者沈黙する。


…しばらくして、ミクリィは口を開いた。


「……あたしさ、元はあの町で、あのお城で産まれたんだ」


ミクリィは自分の過去を語り始めた。


「綺麗な服来て、城の中を走り回って……そのたびに

 爺や周りの人を困らせてた。やんちゃだったね。

 …いや、「だった」じゃないか」


そう言って少し苦笑いする。


「でも、もう少し大きくなって、父様が政取るようになって…

 私も形式的なことを学んで…。それが段々つまらなく

 なって、爺に無理言って町に出してもらったの」


ミクリィは星、あるいは過去を見ながら話す。


「それが衝撃でねー…。今まであたしは何を知って

 次のお姫様になろうとしてたんだって思って…。

 それで、本当に無理に無理を言って、爺とその周囲のもの

 だけにしか秘密にして、あたしは旅をすることにしたの」


そう言って、ミクリィはリーを見る。


「それで面白いなーって回ってるうちに、盗賊団に

 捕まって、リー達に出会った、ってわけ」


そしてまたミクリィは星を見る。


「昔っから爺は曲がった事が嫌いでねー。……だから、今

 私達がやってることって……悪いことなのかなって

 思った」


ミクリィは首を振る。


「でもそれは違う。爺もそれが分かってるから、私に剣を

 向けたんだ。…いつもお仕置きは長い長い説教と

 げんこつだったから」


リーは言った。


「……次にあの方と会う時は、命のやり取りかもしれません。

 ……あの方の元へ……行きたいですか……?

 ……あの方を斬りたくなくって、そしてあの方が

 曲がった事が嫌いな方なら、もしかして私達の方が

 間違っていると思って、あの方の方へ移りたいですか?」


ミクリィは少し驚いたが、すぐに言った。


「……もし、移りたいって言ったら、リーはどうするの?」


リーは目を伏せて、


「…あなたがそう言うのなら、私は止めません。しかし

 移った先で斬られないか心配なので、とりあえず

 あなたを送りとどけて見送ります。

 …そして、次に会う時は敵同士です。

 私はそれはいやですが」


「当然、あたしだってそうだよ」


ミクリィは目に涙を浮かび始めている。


「リー達に会って、あたしは楽しい。嬉しい。面白い。

 そりゃあ、あたし達が悪いことしてるんなら

 あたしは爺に斬られたって文句言えない。

 けど、そうじゃない。…リーに剣を教えてもらうのが楽しい。

 セイファと話すのが楽しい。ミルファルと技を競い合うのが

 楽しい。……そんなささいで小さな、だけど大きな喜びを

 爺は壊そうとしてる。…なら」


目に涙の代わりに決意を込めて


「間違ってるのは爺。あたしは爺の敵になる。リー達の味方だ」


とはっきり言った。


「……ね、リーの両親はどんな人なの?」


少し気分が晴れたのか、人懐っこい顔でミクリィが聞いた。


「わ、私ですか?」


リーは戸惑った。

チップからイルが


「ミクリィさん、その話は……」


と制したが


「…いや、いいです、話しましょう。ミクリィさんだけ

 話しておいて、私が話さないのも不公平ですから」


と言った。


そしてリーもまた、自分の過去を語り始めた。






リーはどこにでもありそうな、一般の家庭に産まれた。

それこそセイファや、姫様や領主でないミクリィと

ミルファルと同じように。


だが、一般の家庭でありながら、そこは幸せな家庭ではなかった。

両親の喧嘩声を子守唄には出来ないながらも、そのころから

家庭内は乱れていた。


リーが成長していっても、両親は争ったままだった。

そして、争いはどんどん極まっていった。


家庭の中がそうなので、リーは

外であまり目立つ行動は出来なかった。

リーは外でのどんな屈辱にも耐えるしかなかった。


そしてリーは内外の環境からの心労で、若干14歳にして

体を壊す。

その半月後、両親は別れ、父についていったリーも

父の狂った性格と横暴により、ついに家を追い出される。


心身共に満身創痍のリーは愕然とした。

全てを恨みながらこのまま消えるかと思った。


だが、リーは昔から少しだけ魔法が使えた。

ある日、満身創痍ながらも、食糧確保のために

狼を魔法で仕留めたところ、それが「資質」の

ある者にしか倒せない魔物であったらしく、それが元で

「対策班」に拾われた。


「対策班」に拾われたリーは、そこの治療により

みるみるうちに回復していった。

その後リーは「対策班」に絶対の忠誠を誓い

「組織」のために魔法や勉学の猛特訓に励んだ。


「…そして、今ここで「裁断」の仕事をしてるんです…

 ってどうしまうわっ!?」


リーはミクリィに抱き着かれた。

昔のトラウマを語るのに集中していたリーは

とっさに避けることが出来なかった。


「か、可哀そすぎるよリー!!そんな昔があったなんて!!」


感極まってミクリィが泣いている。


「…あ、あなたが泣いてどうするんですか、それに

 ちょ、ちょっと離れてください…!」


そう言ってもミクリィは離れない。

ますます強く抱き着いてくるので、リーは硬直した。

と同時に草を踏む音と気配を察知した。


「あ、わ、ご、ごめんなさい……!き、聞くつもりは

 なかったんですが……っ!」


「って今出て行ったらまともに気づかれると思うわって

 もう遅いけどね」


そこには謝るセイファと呆れるミルファルがいた。

だが、どっちの目にも涙が浮かんでいる。


リーは今の今まで気づいていなかった。

それだけ話がリーにとってトラウマなのである。

リーは不覚を覚えた。


二人もミクリィが心配で眠れなかったという。

心配で見に来たところ、偶然話を聞いてしまったようだ。


「…まったく、もう……。それに、ミクリィさんはともかく

 私には過去の話です。心配は無用です」


リーは言った。


「いいえ、少なくとも心のケアが必要ね。

 私なら、いつでもいいわよ?」


と言って、なぜかミルファルは服を脱ごうとした。

あわててセイファとミクリィが止める。

リーは顔をそらした。


「いやなんでそれが心のケアなんだ?」


服を押さえつつミクリィが聞いた。


「あら、知らないの?女性の体には安心する作用が

 あるって話。なら、直接の方がいいでしょ?」


「よくない!」


「よ、よくないです……っ!」


ミクリィとセイファの声が重なった。


「ふふっ、ならあなた達がやる?」


『え?』


とまた声を重ねて二人はリーを見る。

顔を赤くしながらもどうしようか迷っている表情だった。


リーは一瞬何かがぞくりとしたが、それでも

目の前の少女達が、我が身を差し出すのも定かではないほど

自分を信じてくれていると心温まり、心の中で

そっと感謝した。

感謝したが、断固として言った。


「…いや、二人が口車に乗せられてどうするんですか。

 それよりもう寝た方がいいです。大分時間が過ぎてます」


星を見ると、先ほどから大分傾いている。

宿屋から出た時間も遅かったので、後どれくらいで

日が明けるだろうか。


襲撃によって興奮していたが、そろそろ寝れるだろう。

リーは三人を促した。

そして三人も承諾した。


寝床に戻る前にミクリィが、


「ありがと」


とリーにつぶやいた。


そして三人が寝床に戻った後、


「り、り、リファインド様、ひ、必要とあれば

 「支援」の私が……!」


とチップから聞こえてきた。イルである、が、なんか様子が

いつもと違う。


「…ありがとう、でも大丈夫です」


リーは明らかにいつもと違って、無理をしているような

イルをなだめた。







「……私は、本当に構わないんだけどな……」


誰にも聞かれないように、イルはつぶやいた。


「対策班」のオペレータールームで座りながら、常時

リーのそばにいるように彼を「支援」する。


「イルさん、そろそろ交代の時間です」


サブサポートの「支援」がイルに話しかける。


「…はい、分かりました。つなぎをお願いします…」


「お任せくださいな」


言って、イルは仮眠室へ向かった。


「つなぎ」とは、「対策班」の用語で

メインサポートが休息をとる間「裁断」のサポートを

サブサポートが務める事を指す。


一日二日くらいなら訓練によってイルも大丈夫なのであるが

それでも大抵の人は、夜通しだと思考がいくらか鈍って

しまうので「支援」は定期的に休息をとる。


「……やっぱり、彼女達ならリファインド様の心を……」


言って、イルは自分の胸が苦しくなるのを感じた。



イルは、リーの過去を知っていた。

「支援」に着く際「支援」は「裁断」についても

知っておく必要がある。

「裁断」を知っておくことでより「支援」を

やりやすく出来るからだ。


そして、イルは昔リーによって救われた世界の者であり

その上イル自身、リーに直接救われた過去があった。


その時のリーはまだ勝手が分からず、イルを庇って

負傷したが、そのおかげでイルは無傷だった。


それ以来、彼女はリーに恩返しをするために必死になって

探し、ようやく「対策班」の存在を見つけ、猛勉強と

訓練、そして生来から身についていた「資質」によって

見事「支援」となったのである。


リーはイルの事を覚えてないようだった。

イルはちょっと悲しかったが、リーの過去情報を見て

それも仕方がないことだと思った。


イルはリーの心の傷を癒してあげたかった。

しかし、イルは自分の心を相手に伝えるのが苦手だった。

「支援」の時はすらすら言えるのに、イルはリーと

似たような特徴を持っていた。


自分ではリーの心の傷を癒せない。

ならばと偶然リーが知り合っていた女性を、少しだけ

その目的もあってプロテクトサポーターにしたが

まさか本当にそうなりかけていくとは思わなかった。


嬉しい反面、悲しくもある。


イルは自分の気持ちに気付いている。

だが、自分の気持ちを伝えても、人が苦手なリーを

困らせるか、あるいは距離を置かれる可能性もあった。


今のイルに出来ることは「支援」として

彼を全力でサポートすること。


彼の信頼は「支援」に対するものなのかもしれない。


…それでもいい。彼の役に立てるなら。

力になれるのなら。


イルはそう思った。











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