一方その頃
ここは人間族の中でも最も栄えている、人国『セイクリアス王国』。
人々は共に笑い、騒ぎ、毎日を過ごしているこのセイクリアス王国では、近頃とある噂が王国中に広まっていた。
『魔族が大勢の軍隊を作り、この国に攻め入ろうとしている』、と。
誰が言い出したのか、何の根拠があったのか、それらは誰にも分からなかったが人々を戸惑わせるには十分な内容だった。もちろんこれを聞いて何もしない国王ではない。噂の真偽に関わらず、ここまでされてしまっては何かしら行動を執らなければ国王のとしての技量を疑われてしまう。それになにより、この国を脅かすかもしれない存在を放っておく訳にはいかないのだ。
そこで国王は一つの提案をし、実行した。
『召還魔法で、異世界の戦士をこちらの世界の勇者として呼び出す』
これがその提案だった。国王は直ちに人間族でも有数の魔術師を集め、その提案を言う。
だが、魔術師達の答えは否だった。
その理由を説明するには、まず人間族たちが使う「魔法」について説明をしなければならないだろう。
人間族は、魔族と違い体内に魔力を持っていないので自らの力では魔法を使えない。
だが、これを可能にする方法が一つある。
『龍王族』との契約である。
世界にちょうど百種しかいない龍王族。彼らの力を借りることで魔族にも負けない武器―――「魔法」を使うことが出来るのだ。
しかし当然その龍王族の中にも力関係が存在している。
この国で発刊されている『龍王全種』という図鑑の中ではその強さをナンバーで表している。
No1~No30までが上位種。
No31~No60までが中位種。
No61~No100が下位種と呼ばれている。
その王国に呼ばれた魔術師たちは、全て中位種もしくは下位種の龍王族と契約していたのだ。
召還魔法…それも異世界の物を呼び出すには上位種の中でもさらに上位の龍王族と契約しなければならない。
困り果てた国王は上位種との契約を出来る人物を探しだすよう命じる。その結果、一人の該当者が見つかった。
そして、国王は自分の娘であるシェリルに、龍王族の上位種―――図鑑No4 レッド・デュアル・ドラゴンとの契約をさせたのであった。
☆
「ん…な、なんだここは!?」
「浩孝!私たち、いったいどうしちゃったの!?」
「………」
私、多樹本 美幸は友人の真崎 浩孝と皆川 香織と共に学校から帰宅途中だった。いつも通っている黒田のパン屋さんを過ぎたあたりで急に私達三人の足元が光りだし、ピンク色の円のようなものが現れた。その光に包まれ、次に気づいたときには知らない天井が…コホン、知らない風景が目の前に広がっていた。
綺麗な装飾のついたシャングリラに、高価そうな絵画、さらに重厚な鎧や鋭利な剣を持った中世の騎士のような人たちが大勢こちらを見ていた。
「美幸…えっと、大丈夫だからな。俺がついてる、安心しろ」
「え?あ、そうね」
彼、浩孝の言葉に頷く。正直言って別段驚いたり戸惑ったりはしていない。今の私にとって、まだ先日起こってしまった事故の印象が強すぎて、この状況がどこか他人事のように思えてしまう。自分にとって、あの不幸な兄はそれほど大きな存在だった。
「香織…は大丈夫だな」
「ちょ、ちょっと!どうして美幸にはそんなに優しくして私への態度はそんなに雑なのよ!?」
「いや、だって普段から剣道柔道バシバシやってるお前ならこのくらい動じないだろ」
「そ、それでも私は…ごにょごにょ」
「ん?なんだ?」
「なんでもないわよ!バカ!」
「いてっ!?」
「…申し訳ありませんが、勇者様方。私たちの話を聞いてはいただけませんか?」
浩孝と香織のやりとりを見かねてか、目の前にいた煌びやかないかにもお姫様風なドレスを着た女性が話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。私、このセイクリアス王国の第一王女、シェリル・ド・リンシア・セイクリアスと申します」
「えっと、は、初めまして。真崎浩孝と申します」
「皆川香織、です」
「………多樹本美幸」
「マサキヒロタカ様にミナガワカオリ様にタキモトミユキ様ですね。ようこそ、セイクリアス王国へお越しくださいました、三人の勇者様」
「ゆ、勇者?」
「私たちが?」
「ええ。この国を救い、平和を齎して下さる伝説の勇者。それがあなた達三人の勇者様なのです」
…意味が分からない。どうして私達が勇者だなんて…
そもそも、私達はどうしてこんなところに?どうして言葉が通じるのか?
「と、とりあえず…話だけでも、聞くか?」
香織と私は首を縦に振り、頷いた。私達三人は第一王女と名乗った女性(名前は忘れた)についていった。
☆
「はぁ…なるほど」
説明を受けた後の浩孝は信じられないとでも言いたげな表情をしながら返事をしていた。
付いて行った先には、教会のような綺麗なステンドガラスが張られた、昔話によく出てくる王様への謁見の間のような場所だった。案の定そこにはいかにも王様といった風貌の中年男性とドレスを身に纏った綺麗な貴婦人がいた。その中年男性、もとい国王様とやらから聞いた話を簡潔にまとめると、
「俺達が呼ばれたのはその魔族って奴らが近頃人間族を滅ぼしにやってくるので、この国の伝説にあった異世界の戦士、つまり勇者を呼んで人間族の不安を取り除くためだ…そういうことでいいんですか?」
「ああ。と言ってもおぬし達は戦わなくても良い。まだこれは未確定な話でもあり、いくら魔族とはいえ我ら人間族の方が力は上じゃ。おぬし達は所謂…そう、民達の不安を取り除く為の偶像のようなものじゃ。それが終わってしまえば、すぐさま元の世界へと送り返そう」
浩孝が尋ねると頷きながら国王はそう答える。
元の世界に送り返す、そう聞いた途端浩孝と香織はほっと安心したような表情になった。
けれども私はどうもこの人が胡散臭く感じた。前にも感じたことのある人間の汚さ…その怪しさを感じた。終わればすぐに送り返す?こちら側としては勝手に呼び出しておいて何様だと言いたい。
でも、浩孝と香織はお人好しで純真な人間だ…だから、
「分かりました。それまでの間、俺達の身の安全や衣食住を保障していただけるなら」
「うむ。それは約束しよう。セリカ、彼らに部屋を用意するのじゃ」
国王がそう言うと、いつの間にか私達の傍に立っていたメイド服の女性…おそらくこの人がセリカという人物だろう。
「(何にせよ…この人達には注意しておこう。この二人を、あの人のような目には逢わせない)」
メイドに案内されながら、私はそう決意した。
☆
ノアと出会って一週間後。僕とノアは森の中を歩いていた。お腹が空けばそこら辺に咲いている野草や果物(一応ノアに食べられるものかどうか聞いている)、たまに現れる大きな猪や熊のようなものを僕が倒してノアと食べる…その繰り返し。え?つまらない?うるせいやい。
僕だってもっとこう…迫り来る強敵と壮絶なバトルを繰り広げてみたいと思うよ?でもその強敵もドラゴンであるノアならきっと簡単に倒してみせちゃうのだろう。それなら別に僕が戦う意味なんて無いわけで。
よく考えても見ろ、目の前にいるのは外見こそ可愛らしい幼女であるがその実態は龍王族だぞ。ドラゴンだぞ、龍だぞ、竜だぞ。ドラゴンなんて伝説上でもめちゃくちゃ強いことで有名じゃないか。人間の体で龍の力、なにその主人公設定。今すぐにでも僕にこんな設定を付けた作者がいるのなら殴りに行きたいね。
「僕も強くなりたいなぁ…」
僕が誰にも負けないものが一つだけある。運が無い事。それだけはどうしようもないなぁ…
ついさっきも三秒前まで何も無かったのに突然横から黄色い果物の皮が飛んできて盛大に滑って転んだ。飛んできた方向を見たら、動物が食べた後の皮を放り投げていたみたいだ。
かと思えば、いきなり頭上から鳥の糞みたいなものが来て当たりそうになるし、食べられるかなと思った果物が実は腐っていて二日間腹痛に身悶えしていた。運、無いなぁ…あまりの不運さにこれから何が起こるのかちょっと怖いなぁ…
そんな僕の呟きを聞いてか、ノアがこちらを見ながら僕に尋ねてきた。
「…コウタは、強くないの?」
「え?うーん…どうなんだろ。腕力とかはちょっと強くなってるみたいだけど…」
でもそれだってドラゴンのノアに比べたら微々たる物なんだろうなぁ…なんだろう、悲しくなってきた。上には上がいるってことか…
「そんなに強くは無いかな。ノアに比べたら…ねえ?」
「…私?」
「そうだよ。さっきだってノアはあの猪みたいなのを殴っただけで仕留めてたじゃん。さすがドラゴンだね」
僕でさえ、近づいて数発殴って離れて、また近づいて…その繰り返しでようやく倒せるんだ。一撃で仕留めてしまうノアはやっぱり強いなぁ、と思ってしまう。
「…?「いのしし」というのが何か分からないけど、コウタにも、出来る…たぶん」
「いやいや!いくら僕でも殴っただけで倒すなんて無理だから!…それにノアは、本来の龍王族の姿になれば、きっとさらに強くなるんでしょ?」
「…っ」
僕の言葉にノアは悲しい表情をする。あ、あれ?ひょっとして何かまずい事言っちゃったんだろうか?
いくら僕でも幼い女の子が俯いて辛そうな表情をするのはさすがに心苦しく思う。
「ええっと…」
「…私は、戻れない」
「え…?」
「…本来の姿に、私達は戻れない…だから、周りから言われ続けた…『神からの加護を受けてない半端者』、『龍王族の恥晒し』…そして、『疫病神』」
「っ!?」
そうか…ノアの、ノア達の種族が迫害され続けたのはそんな理由だったのか…
僕はノアの俯く姿が、見ていられなくなり目を逸らしてしまった。でも、ノアが発した言葉は予想外なものだった。
「…でも今は、戻れなくても、いい」
「え…?どうして?」
そう言うと、ノアは僕の手を掴む。小さく、仄かな体温を感じるその手から力が込められるのを感じた。強く握ったら折れてしまうようなその手は、龍王族とは思えないほどか細いものだった。
「…コウタと、こうして触れるから」
「僕と…?」
「…私は、ひとり。そんな中コウタは、私をこうして外の世界に連れ出してくれた…こうして手を、引っ張って」
「ノア…」
その時僕は、気づかない内にノアの表情を見ていた。いつもと変わらない無表情な顔…でもその顔は、確かに笑ったように見えた。
「…もしコウタが辛い時は、私がコウタを守る。そのためなら―――」
ノアは微笑から一転して強い意志を感じさせる目つきになる。なんだ?僕がピンチになったら、ノアは一体何をするって言うんだ…!?そこまで覚悟するような事なの…?
「その、ためなら…?」
僕はごくんと唾を飲みながら、ノアの次の言葉を待つ。
ノアには、確かに強い力がある。なにせ龍王族だ、『実は封印された力が~』なんていうものがあったっておかしくは無い。そして、それにはきっと大きな代償を払わなくてはならないんだろう。寿命とか、身体への深刻なダメージとか…そんな力をノアに使わせるくらいなら、僕が―――
「―――…これはナイショ」
その瞬間、僕は盛大にずっこけた。