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1章 魔導の転生 1-7

 くるり、と指先をまわすと青い空よりもなお深い藍色が空中にきらめいた。


 次いで、黄色、赤、緑、銀。さながら精密なコンピュータグラフィックか、北欧の古風なアンティークの細工物のように優美な線を描いて空中に咲き開いた色模様。そして僅かな間に溶けるように薄れてゆき、なにもなかったかのように掻き消えてしまうのだ。


 これが大きな規模で展開されたものなら、精巧に計算された花火のようだ、と形容していたに違いない。


 魔導の技を行使したとき具現化される、《魔法陣》と呼ばれるものであった。


魔力マナの流れを、魔導士の瞳は見ることができる……か」


 ヴァンドーナはつぶやいた。それは彼の師であり父親となったルキアス魔導士の言葉だった。


 集められ、散じて薄れゆく魔力マナの光は、常人の目にはただ空中に掻き消えていくように見えるのだという。


 けれど、魔導士としての力を持つ者たちの瞳にはその残滓ざんしが見え続けるのだ。この世界を構成しているという魔力マナの変化の痕跡、その魔法の影響そのものすべてを『魔導士』たちの瞳は視覚的に捉えることができるのである。


「なるほど……きれいなものだな」


 空間に魔法陣を描いていた光は、ゆるゆるとほどけるようにして煙のように変化し、そのまま微細な幾千もの渦となって空間を掻き乱している。その部分だけが輝いて見えていたが、濃い箇所と周囲の薄い空間が次第に混ざり合ってゆき、徐々に周囲との均衡を取り戻していくのであった。


 魔法を行使したことでほんの少しだけ冷たくなっていた指先にも、じんわりとぬくもりが戻ってくる。


「魔導の力って……本物なんだな」


 自分の掌をくるりとひるがえして眺めながら、ヴァンドーナはつぶやいた。手品のたぐいではない。それは他ならぬ自分自身が行使しているから、信じるしかなかった。


 魔法が現実に、当たり前のように存在している世界――。


 ファンタジーと呼ぶに相応しいこの世界に、かつての自分は恋焦がれていたのだろうか。


 自問してみても答えはない。知識の(たぐい)もそれに関する記憶すらも、今ではばらばらになったジグソー・パズルの断片となっていた。それらを再構築することで記憶を取り戻せないかと挑んではみたものの、かなりの気力と時間を費やした果てに萎えてしまっていた。


 なんといっても、別の事に夢中になってしまったという理由もある。


 それが魔導。生まれながらにして、魔法を意思の力によって自在にあやつることができる者たちの力の象徴。魔導を学び、その力を手に入れることのたのしさと達成感に、彼は目覚めてしまったのだ。


「……魔導とは求めてやまない叡智だ、とはよく言ったものだな」


 それもまた、ルキアスの口癖だった。





 この世界に彼が目覚めてから、もう三ヶ月が経っていた。


 あれから少年――ヴァンドーナの『魔導まどう』という魔法の技への探求がはじまったのである。


 おのれの知識を深めて技を磨きあげることに、妥協も終わりもない。毎日が歴史や言語、そして魔法そのものを学ぶための時間に費やされていた。


「よいか、魔導とは叡智であり、確固たる知識に由来するものだ」


 魔導士の先達せんだつであり師であるルキアスは、事あるごとに繰り返しそう言って聞かせていた。息子となったヴァンドーナと愛娘であるルレア、いずれ未来を背負い立つことになるであろう今は幼き魔導士ふたりに。


「魔導は、変化をもたらそうとしている対象の構造とことわりを完璧に理解し、頭の中にはっきりと描くことができてはじめて、現実の事象として具現化させることができる技のことだ。その媒介である魔法陣を作り出すためにも、確固たる知識とイメージが出来上がっていなければならぬ」


 教えるときの師は、難解な言葉を噛み砕くことなく滔々とうとうと語り続けたものだ。


「万物は魔力(マナ)というもので成り立っている。どの物質も生命も、その根源は同じでありながらまったく異なる存在としてこの世界に存在しているのだ。それをまず理解しておく必要がある」


「つまり――細胞も物質もすべてが分子の集合体であり、分子は原子から成り、原子は原子核と電子、その原子核は中性子と陽子から成って、そのふたつはそもそもクォークから成っている。それは宇宙が誕生したとき(ビックバン)にクォークやグルーオンが生成されたからだが……それら亜原子粒子バリオンを『魔力マナ』と呼んでいる宇宙があるとすれば、それが『この世界』だ――ということか」


 ヴァンドーナは理解が早かった。自分の生まれ育った世界での知識を携えているがゆえに。


「置き換えて理解の助けにできるのは、好都合かもしれない」


 彼のいた世界では、エンペドクレスの四元素説は後世で否定されたものだったが、この世界では《精霊》として認識されていた。火、水、風、地の属性をもつ彼らの存在と影響力は、光、闇の属性とともに各属性の魔導の技にも活かされている。自然の力に鋭敏な感覚をもつ種族ならば、彼らの姿まで見えるのだというから、驚きだ。


 たとえば風の属性をもつ《電撃の矢ライトニング・ボルト》は、雷を生じ、行使している魔導士の意思によって自在に放つ方向や方向や道筋まで操ることができるという魔法である。つまり、空気の分子から電子を移動、イオン化させてプラスとマイナスに分離させ、その電位差をもって動きを操ればいい。自然の雷も、大気中の雲と大地の間に電位差が生じて放電しているのだ。実力次第で、岩を打ち砕くほどに強めることができる。


 つまり『事象の変化』を、意志の力によって引き起こすことが「できる」か「できない」かという点が、彼のいた世界とこの世界との違いなのだ。


 物質そのものの構造を『()り』、自分の内を流れる膨大な魔力(マナ)を媒介として対象の構成元素である魔力(マナ)を侵食して望みどおりに『創り変える』ことが、魔導の技の本質といえた。


 つまり魔導士には、それらを理解することが可能なだけの「頭脳」と、事象を具現化させるために自分の意思を対象へ向けて「極度に集中させ続ける」ことが必須となるわけだ。


 よく人間の脳は十分の一しか使われていないと言われているが、まさに先天的に脳の機能を完全にフル稼働させることができる者たちのことを、『魔導士』というのかもしれない――彼はそう納得した。それに加えて必要なのが、自分の中の膨大な濃さと量の魔力(マナ)なのであった。


 そこまで思い至ったとき、そのような知識を持っていた自分に対しての疑問を抱いた。素粒子学か物理学に関する分野の仕事に就いていたのかもしれない。それは彼にとって、魔導を理解するための良き助けとなっていたので、感謝以外のなにものでもなかったのだが――。


「それだけが《名無き神》の関心を惹いたというわけではないだろうけど……なぜ、あいつは俺をこの世界へ送り込んだのだろう」


 その疑問は長い間、彼の心に(かげ)りとして残ることになる。





「それにしても、子ども時代からもう一度やり直すことになろうとは。この別次元の、魔導という魔法が存在する世界で。となると、もといた世界での俺は、きっと死――」


「あっ、見ぃつけた! こんなところに居たんですね!」


 弾むような声が青い空に響いた。寝転がるようにして天を見つめていたヴァンドーナは、慎重にからだを起こした。声のするほうに視線を向けると、ルレアが天窓から顔を出して彼のほうを見ていた。


「いつもどこへ行っちゃうのかなって、ずぅっと探していたんですよ」


 ルレアはとても嬉しそうに笑うと、窓枠から腕を突き出した。えいやっとばかりに腕を突っ張り、力を籠める。


 ヴァンドーナは慌てた。


「え、ちょ、ちょっと待て!」


「なぜ?」


 きょとんと彼を見つめ返したルレアは、一瞬だけ動作を止めた。が、すぐに腕をついて窓から出ようとする努力に戻ってしまう。


「だって――危ないだろッ!」


 さすがに少年の顔から血の気が引いた。ここは屋敷の最上階にある書庫、さらにその屋根の上だったからだ。通常の民家を五個重ねたほどの高さである。


 さらに言うと、少女が顔を突き出しているのは、天井の高い書庫の天窓だ。魔導の技で浮いているのか梯子はしごでも掛けてあるのか――いや、ドサドサズドンと響いてきた音から推測して、なにかを積み上げて足場にしていたようだ。そして今、それらも崩れてしまったということか……!


「ちょっと待ってろ! いまそっちへ行くから!」


「あら、だいじょうぶですよ。だって、あなたもそこに居るんですもの」


 なにが大丈夫なのか根拠は理解できないが、ともかくルレアは天窓から完全に屋根の上へとからだを出してしまっていた。傾斜のきつい屋根に指先を引っ掛けるようにしてヴァンドーナの居る場所まで近づいてくる。


 蒼白になったヴァンドーナが、自身も這うようにして慎重に彼女のほうへと移動した。無理もない、少女の一挙手一投足から目が離せないのだから。


 おしとやか、かつのんびりとした見た目からは想像もできないが、ルレアは驚くほどに行動力のある女の子であった。それはこの三ヶ月でよく理解できた。なのにドンくさいというか……おっちょこちょいなところが多々あり、まったく目が離せないときている。


「ああ、怖かった!」


 気がついたときには、腕の中に包まれたオレンジ色の瞳が彼を見つめ、無邪気に笑っていた。



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