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2章 王宮での邂逅 2-11

「どうしよう、やっちまうかな? 泳がしておくのも面倒じゃないのかねえ」


 バドレアードは王のつぶやきを掻き消さんと、音高くことさらに乱暴な足取りでルキアスに歩み寄った。


「ここはわたくしめにお任せを。――ふふん、まさに王手(チェックメイト)というところだ、ルキアス卿。これからの時代に邪魔な魔導士は要らぬ。おまえたちの時代はとっくの昔、古代魔法王国滅亡とともに(つい)えておるのだよ。これから我らの新しく輝かしい時代が始まるのだ」


「ふざけたことを! 常闇と虚無に魅入られし憐れな魔術師よ。国内でこのような諍いを起こして何になる。自省しろ! 世継ぎの子も誕生するというこの大事な日に、世迷言なんぞ並べて国を乱すというのか。宮廷に仕える魔法使いとは思えぬ、波乱混乱を好む性癖があるということに他なるまい。……皆、聞け! 惑わされてはならぬ! この者はソサリアを破滅に陥れる為に邪神の力をふるっている。平和を乱し、みなの魂と肉体を打ち砕くために遣わされたのであるぞ! 騙されるな!」


 自分を取り囲んでいる近衛兵たち、ひとりひとりと視線を合わせながらルキアスが訴える。さらに言葉を継ぎかけたルキアスの喉に、冷たい剣の先端が皮膚に潜り込むぎりぎりの位置まで押し当てられた。


「そう、今宵だ。世継ぎは今宵、誕生するに違いない。いまは后さまの大事な時。その后さまにこのような騒ぎを起こして心痛を与え、王宮の者たちを煩わすならば、逆にそなたを極刑に処さねばならぬな、ルキアス・リム・メローニ」


 黙したルキアスを見て、バドレアードは禍々しさを秘めた笑みを洩らした。ニタリと笑み崩れたまま、先を続ける。


「そういえば。大事な大事な子どもたちがおるのではなかったか、ルキアス。もしおまえが謀反の罪人となり地位を失えば、子どもたちも路頭に迷うかも知れぬ。そしておまえのラウスミルト領内に住まう民はすべて、同罪にして死罪に処され、ことごとく血の惨劇を並べられてゆくであろう」


 目を剥くルキアスから視線を逸らし、宮廷魔術師は囁くように声を低め、だが強い口調で言い放った。


「今一度の猶予を与えてやる。よく考えるが良い! 大森林アルベルトは、大量かつ大型の魔獣が巣食う辺境の地。日夜魔獣が暴れておるだろうて、それらがひとの味を覚え街を襲うこともあるやも知れぬぞ?」


「言いがかりだ。そのようなことがいつまでも罷り通るとは思わないことだな、魔術師バドレアード」


「やめよ! 余の前で面倒を起こすでない」


 悪乗りしたかのようにふざけた口調で、だがしかし王そのひとの肉体を遣って憑依した存在が叫んだ。


「わしにお前の首を()ねよと命令させる気か。もうよい、さがれ! 当分は顔を見とうない」


 王であったものの唇が動き、嫌な感じの笑みを顔に貼り付けたまま最後に言った。


「今後の王都への出入りを禁ず! ラウスミルトは何の価値もない田舎。その領内へ留まり、そこで永遠に閉じ篭っているのならば不問にしてやろう」


 ルキアスが公に罰せられたとあらば、民たちは王の裁きに不審を抱くだろう。それほどに信頼厚き人物であったのだ。正義感強く心優しきルキアスだからこそ、抱えている大事な存在があまりにも多すぎて枷になり、それらを護るために動くことさえできなくなる。


 王の言葉を横で聞いていたバドレアードはうっそりと微笑んだ。まさに生き地獄であろうと思われたのだ。満足げに心の内でつぶやく。


「今はまだまずい。だがその機会が来れば、そのときには滅してやろうぞ」


 宮廷魔術師が残虐な笑みを頬に刻み、声に出して言葉を続けた。


「ただし策を講じふたたび王の御世の表側にその面を出すことあらば、即刻ラウスミルトとともに燃え滅び、(つい)える運命を共にすることになろう。そのときは、おまえ自慢の美しい子らは俺が頂いてやるから、憂えることなく白灰となるが良い!」





「ヴァ……ン……」


 背中から掠れた声が聞こえ、ヴァンドーナは背負っている少女が意識を取り戻したのを知った。ルレアが震える声で訊いてきた。


「なにが……起こっているの? おとうさま……ぶじなの?」


 ヴァンドーナは答えることができず、唇を引き結んだまま駆け続けた。ルキアスの無事を確かるためにも、少しでも早く父のもとへたどり着きたかった。数歩あとには、心配そうな表情で唇を引き結んだロレイアルバーサが続いている。


 そうしてようやっと大広間に着いた子どもたちを、警備兵たちが取り囲んだ。戸惑うヴァンドーナとルレアが思わず立ち止まり、その前にロレイアルバーサが飛び出した。


「おい! おまえらなんの騒ぎだってんだよ!? ん……ッてコラ、ちょっと待て! 離せってんだよコラッ!」


「ロレイ!」


 屈強そうな兵が進み出てきて、聞き分けのない子どもがされるようにロレイアルバーサの首根っこを引っ掴んだのだ。有無を言わさず連れて行かれてしまう。


「彼はなにもしていない!」


 ヴァンドーナは叫んだが、無駄だった。無言のままの兵たちに(おび)えたルレアが震えている。ヴァンドーナは彼女を背から下ろし、細い体を抱き締めるようにして兵たちの圧力からかばおうとした。


「なにが起こったのか、説明してもらおう」


 おとなたちに囲まれながらも、ヴァンドーナは気圧されまいと瞳に力を籠め、顎を上げて大きな声を発した。腕の中のルレアをかばうようにしっかりと抱いたまま、周囲を睨みつけるようにゆっくりと見回す。


「――その必要はない」


 声が階上から降ってきた。驚いたふたりが見上げる先では、父ルキアスが(きざはし)を重苦しい足取りで下りてくるところであった。


「無事で……安堵しました。でもいったい、なにがあったんですか」


「安心しなさい。おまえたちに危害は及ばない」


「しかし」


 問いかける息子ヴァンドーナの顔と、安堵と不安の両方に揺れる実の娘ルレアの瞳に視線を向け、ルキアスが言った。その額には血が流れ、動きもぎくしゃくとしている。ひどい怪我を負っているようだった。


「説明はあとだ。我らは即刻、この王宮を去らねばならぬ」


 戸惑うばかりのヴァンドーナの腕からルレアを抱き上げ、ルキアスは出口へ向かい歩きはじめた。


 ヴァンドーナは異様な雰囲気に呆然とした視線を走らせた。だが、そのとき感じた悪意ある凝視に気づき、弾かれるように目を上げた。


 螺旋階段の中途からこちらを見下ろしているふたりの男。油断のならない眼光の、丈の長い衣服に身を包んだ人間たちだ。ひとりは豪奢な衣服を纏っていることから、国王ではないかと推測がついた。平和を愛していると聞いていたが、それらの話がまるで信じられなくなるほどに歪んだ冷笑、(あざけ)るような視線。


「ゆこう」


 (いぶか)しんだヴァンドーナだったが、ルキアスの声に、頭上へ向けていた視線を引き剥がして出口へと歩き出した。





 遠ざかる三人の背後、王宮内の高みにある小窓のひとつ。凝った奥闇から人影が現れ、窓辺に立った。


「ムアゼ」


 男の声が吹雪となって背後の闇を貫く。瞬時に凍りつき、あるいは霜で覆われた無骨な床上に、滲み出るようにして一枚の影が現れた。姿かたちは豪奢な衣装を纏った人間族のものだったが、まるでその場に存在していないかのような気配の脆弱さであった。


「次はないと、そう言ったはずだが……。おかしいな、俺の声はそんなにも軽く流されるほど薄っぺらいものであったというか」


「いえ、いえ。滅相もございません」


 影の声音は怯え震えていたが、どこかひとを小莫迦にしたような調子を含んでいた。


「その鬱陶(うっとう)しい爪指が憐れな獲物に届かぬよう、氷漬けにして(とき)が満つるまで置いておく、という妙案もある。そうだな、そうするか。国王の姿はまぼろしでも誰も困るまい。俺は面倒が嫌いだ」


「それこそ余計な面倒を掛けるというものだ。悪かった、もう動かぬ」


「俺のためにきちんと辛抱して駆けずり回ってくれれば、おまえたち《地這いなる定着の民(ガゼールバグム)》も願いが叶うぞ。どのみちすべての準備が整い、戦乱がこの国を呑み込めば、女だろうが男だろうが好きなだけくれてやる。出産後の后も好きにすればよい」


「いや、いや、バドレアードさま」


 ムアゼと呼ばれた影がざわめくような笑いを発し、まるで舌なめずりでもしているかのような不快な音が響いた。


「欲しい娘はもう見つけた。あれ以外は要らないよ。あれが欲しい、あの光が欲しい、途方もない可能性、《万……》の力で満たされた容れ物ごと欲しい。我が飽き、娘が朽ち果てるまで存分に愉しみたい」


「なんの力だって? ふん、まあ良い。あんな小娘なんぞに興味はない。あるのは――」


 男は外に広がる光景を眺め渡した。煙る翡翠色の瞳に宿るは闇のように容赦なき暗さであったが、決して闇そのものではなかった。そこに存在するものをあえて表現する言葉は虚しかった。そう、あえていうならば――。


 そこにあるのは、《無》であったのだ。





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