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2章 王宮での邂逅 2-7

 魔導の輝きを発散させている少年は、持ち上げた顎を逸らしてこちらを見下ろそうと無理な姿勢になった。思わず転びかけてしまい、慌てて腕を振り上げてなんとかかんとか踏みとどまる。


 少年の黄金色の瞳に、照れのような輝きが浮かびかけた。けれども断固として口もとをへの字に結び、ズカズカと足音高く歩み寄ってきた。


「なんだ、なに突っ立っているんだよ。そんなにこの俺が珍しいのか? 肌の色か、瞳の色か。珍しすぎて化け物みたいか? そっちだってさんざん金でも喰ったような髪をしてさ! そっちのおまえなんか、まるで闇鴉(やみからす)みたいに真っ黒じゃないか」


 はじめの驚きから立ち直り、心を落ち着けたヴァンドーナは、いかにも元気な少年らしい物言いに思わず微笑した。少年の顔に、ムッとしたような表情が浮かぶ。


「なんだよ、ばかにするなよ! 俺はおまえら一般人なんか一発で――」


 逸らした視線がルレアにぶつかったのだろう、勢いの良かった少年の言葉がぷつりと途切れた。口を半端に開いたまま、まるで時が止まったかのように硬直したのだ。


 いまの年齢より精神のみ時を重ねているヴァンドーナは、少年の心中を正しく理解することができた。虚勢を張って勢いのままに怒鳴ってしまった相手が、可愛らしい外見と優しげな雰囲気を備えている歳下の女の子であることに気づき、驚きとともに後悔したに違いなかった。加えて、ルレアの外見は目に快いものであるゆえ、否応無く見惚(みと)れてしまったのだろう。


 案の定、相手の少年は顔を蒼ざめさせて肩を落とし、口をぱくぱくとさせて言葉を探り始めた。


「……わたしの髪、変?」


 ルレアが言った。ちょこんと首を傾げつつ、困ったように眉を寄せて。


「生まれてずぅっとこの色ですし、おかあさまとよく似ているっておとうさまが話してくださるの。おかあさまの記憶って、あまりないから……とても大切な髪ですし、とても気に入っているの。ヴァンの髪も好き。つやつやしていて、お日さまに当たるときれいな輪ができるんですもの。それに、あなたの髪も、とっても素敵。きらきらして真珠(パール)みたい」


「う、あ、ありがとう。ていうか、その、ごめん。……そんな風に言われたの、はじめてだ」


「わたしルレア。いまね、ヴァンと一緒にいろいろ見学させてもらっているんです」


「そ、そっか。……俺、ロレイアルバーサってんだ。そっちのおまえは?」


「ヴァンドーナだ。父を待っている間、王宮内を見学しても良いといわれている。君はこの王宮に住んでいるのかい?」


 同じ歳と背丈であるのに大人びた眼差しを向けられ、慌てたように少年の背筋が真っ直ぐになり、ぐぐっと伸ばされた。


「いまは、そうだ。もともとは違った。いや、えっと、俺は別の大陸の生まれだから」


 ロレイアルバーサと名乗った少年はひとつ深呼吸をしてから、自分の言葉に頷くようにして話し始めた。


「俺は確かにココに住んでいるけど、つい最近の話だな。連れてこられたんだ。魔法使いの手伝いをするためだって。故郷ではヘンな力を持っているとか嫌われてたし、石も投げられた。……かあさんは戦争で死んじまった。拾ってくれたばあちゃんは俺の力を知って、『化け物』だって叫んだ。それで捨てられたんだ、俺。奴隷狩りにあって、この大陸のアルドネスとかいう南の国に連れて来られた。そこで買われて、ここへ来た」


「まぁ」


 あっけらかんと語られた話に、ルレアが蒼ざめた。オレンジ色の瞳が潤んだように揺れている。


 ヴァンドーナは口を開いた。


「ヘンな力って、もしかして魔導の力のことでは?」


「まどう? 魔術師のおっさ……い、いや、えっと、バドレアードさまが初めて逢ったときそんなこと言ってた気もするけど、なんのことかさっぱりだ。かあさんは魔法使いだったけど、あんまり使うことなかったから……それのせいで兵隊に殺されちまったようなもんだし……」


「すまない、辛いことを思い出させてしまった。ただ、君が魔導士なのは間違いないみたいだ。濃い魔力(マナ)が体の内に流れているし。それでさっき驚いてしまった。俺たちと同じなのかなと、嬉しかったから」


「……同じ?」


 ロレイアルバーサの黄金色の瞳がきらりと輝いた。


「俺が、おまえたちと同じだっていうのか。じゃあさ、おまえたちにも、ここにあるみたいな突き抜ける壁が見えているのか?」


「うん。魔導士には、展開されている魔法陣や魔力(マナ)の流れが視覚的に認識できるんだ。普通に、そんな光景が見えるんだよ」


「すげえ! 俺とおんなじように見えていて、おんなじ話がわかる奴に、初めて出逢えたよ! ふたりともそうなのか?」


「おとうさまも、同じなんです」


「兄妹?」


「ではないんだけれど、そんなようなもんかな」


「ふーん。そういや、さっきの続きだけど、いまは暮らしに不自由してないぜ。贅沢なもの食わしてもらってるし、ふかふかの寝床もある。バドレアードさまは俺を『化け物』扱いしない。魔法を使うときの手伝いをしてるんだ。召喚とかいう魔法で現れた奴、超嫌なやつでさ、あいつだけは大っ嫌いだけどな」


 少年はニカッと笑った。


「見学なら、俺が案内するよ。とっておきのイタズラも伝授してやるぜ」


「まぁ」


 今度のルレアの表情は、笑いを含んだ楽しそうなものだった。ヴァンドーナはホッとした。


「ありがとう、ロレイ。それからよろしくね」


「それ、俺の名前?」


「はい。長い名前には愛称で呼ぶと親しみがわくものだ、っておとうさまが言っていましたもの」


「それいいな! ロレイ、かぁ」


 少年はにっこりと笑い、嬉しそうに自分の名前を舌の上で幾度か転がしてから、ヴァンドーナに手を差し出してきた。


「それでおまえ、さっきヴァンって呼ばれてたのか。よろしく、ヴァン。俺たち三人もう友だちだよな、な!」


「ああ。よろしく、ロレイ」


 幼い魔導士たちは手を繋ぎあい、改めて挨拶と友情の意を交わした。


 魔導の力というものは、穏やかに惹かれ合うものなのかも知れないな――ヴァンドーナは思った。ロレイアルバーサは孤独であっただろうが、母親が亡くなるまではおそらく愛情深く育てられていたのであろう。心に翳りはなく、性根は真っ直ぐであるようだ。たとえ最近まで辛酸を舐め他人から疎まれ憎まれていたとしても。


 魔導の力は繁栄をもたらす天恵であるとされているが、ひとたび戦争となれば破滅をもたらす鉄槌のように怖ろしい災いともなり得る。この国が平和であるから気にも留めなかったが……。


 そういえば、ルキアスは自分が『魔導士』であると公言していただろうか、と疑問に思う。『魔法使い』というのは『魔導士』と『魔術師』の総称なのだ。ロレイアルバーサも、自分が魔導士であると知らなかったようだし――。


「どうしたの、ヴァン。あのですね、ロレイがおもしろい場所があるから行こうって。こっちよ!」


「ヴァン、来いよ! ここの中庭って、すげえ広いんだぜ。奥が迷路みたいになっていて、秘密の場所が隠されているんだ。でかい声じゃいえないけどな!」


 大きな声が中庭全体に反響している。ヴァンドーナは思わず吹き出し、同じように笑っているルレアと一緒に少年の背中を追って駆け出した。





 熱気は耐え難いほどではなかったが、肌に不快であることに変わりなかった。


 けれど、熱帯の植物にも似て極彩色の、似ても似つかぬようほどの奇抜な姿かたちや、伸び上がり絡まりあっているさまは、不思議で奇妙で好奇心を刺激して、どこまで進んでも飽きなかった。


「すごぉい、どこまで伸びているんでしょう」


 上へ上へと伸びゆくツタが天蓋のように覆っている通路を進みながら、ルレアが声をあげた。


「ざっと十リール(メートル)くらいはあるかなぁ。俺、一度登ってみたことがあるんだ。降りるとき、踏み外して落ちちまったけどな。このツタってぬるぬるしてっから」


「まぁロレイ。それはとても痛かったでしょうね」


「慣れてるから平気さ。そら、足元滑るぞ気をつけな。――あぁ、ほら、そこだ。入るときに変な感じがあるけど痛いとか危ないとかはないから」


 迷路のような中庭の最奥に、馬車がひとつすっぽりと入るほどの空間があった。植物が絡まりあって形成された入り口アーチ部分を、まずロレイアルバーサが潜り抜けた。


 少年に続いてヴァンドーナが抜けたとき、確かに奇妙な、押されるような抵抗があった。


「結界……みたいですね。ある程度の魔力マナを持っているひとでないと、入れないみたいです」


 ヴァンドーナのあとに続いたルレアが言った。魔術の技であろう、魔法の輝きが周囲の壁を覆っている。つまり、魔法使いのみこの空間に入り込めるという仕掛けが施されているのだ。


「部外者立ち入りを禁ずる、ってことか」


「ね、ロレイ。ここが秘密の場所?」


「そうさ。ガミガミメルエッタに追っかけられたときとか、ここに隠れたらゼッタイに見つからないんだ」


 円状に開かれた空間、幾重にも葉やツタが重なってできた壁。ぐるりと囲まれた円形の小部屋さながらである。大きな秘密が隠されているような気がしてならなかった。ざわりと奇妙に胸が騒いで、本能がなにかを告げているようだ。


「中央になにかありますね」


 ルレアが駆け寄ったのは、床土に直接突き立てられた、細く意匠の凝らされた台座だ。ざわり、と胸が騒ぐ感覚がにわかに強まった。ヴァンドーナは思わず叫んだ。


「待て、ルレア!」


 ルレアが吃驚して動きを止めた。脳裏に黒い闇霧のような、嫌な像が見えた気がしたのだ――まるで生き物のようにうごめく影が。


「ヴァン、どうしたんだ? 危なくはないぜ、それ。俺何度も(いじ)ってみたけど、ぜんっぜん動かないんだ」


「……いや、いまなにか見えたんだ。おかしいな……確かに、危険はなさそうなのに」


 ヴァンドーナは釈然としないまま、細い台座に歩み寄った。自分のいまの背丈ほどの長さであり、先端に魔石が嵌っているようだ。


「刻まれているのは模様じゃないね。魔文字(ルーン)だ。大規模な魔法を行使するためのものみたいだけれど」


 魔文字ルーン――それは、二千年ほど昔に古代魔法王国の威光が途絶えた折、万人には失われた魔導の力を再現すべく、魔導の血をもたぬ賢人らが構築した魔法行使のための手段であった。


 一字一句たがえることなく、然るべき幾つもの文節を順に唱えきり、己の体内にある魔力マナを代償として現実そのものを変化させるのだ。魔術と呼ばれる魔法のどれもが、この魔文字ルーンの技術によって高められ現世に伝えられたものであった。言い換えれば、魔導という叡智を失ったひとびとが発展させてきた代用魔法なのである。


 もちろん、魔導の技を磨き上げるために、ルキアスはもちろんヴァンドーナやルレアも魔文字ルーンを学問として習得している。そのあやしげな台座に刻まれている意味も理解できた。


「側面にぐるりと書かれているのは『増幅』と『拡散』を意味する魔文字ルーンばかりだ。肝心の発動する魔法が何なのかが、先端に書かれた文字を読まないとわからないけど」


「足もと近くには、『固定』の文字もありますね。ヴァンの背では見えない位置です」


「へぇ……。すげえな、こんな模様みたいなものが読めるなんて」


 ロレイアルバーサが読めないのは、学ぶ機会がなかったからであろう。魔導士にとって、魔文字の習得は必須ではないからだ。世間から魔導の血筋を隠され、育てられていた可能性もある。


 ヴァンドーナは台座の傍に寄り、爪先立ちをして顎を持ち上げた。台座の上面に書かれた文字を読むつもりだった。黄色の魔材石を磨いて作られた魔石が中央に嵌っている。その石の埋め込まれた周囲になにかの文字が綴ってあるようだが、背丈と目線がぎりぎりであるがゆえに読みとることができなかった。


「……もう少しなんだが、悔しいな」


「見えませんでした?」


「俺がもうちょっと背があれば読めるんだろうけど」


 足がかりになるものを探してヴァンドーナは周囲に視線を向け、戸惑った。ひとつ頷いたロレイアルバーサが彼の傍らに歩み寄り、背中を向けて身をかがめたのだ。


「乗れよ、ヴァン。俺がかついでやっから」


「そういうわけにも……」


「遠慮すんなって! 俺にはどうせ読めないんだし、おまえひとりくらい軽いって」


「むぅ」


 ヴァンドーナが、あまり少年らしくない思慮の唸りを発したときだ。再びさきほど感じたような黒い嫌なものが見えたような気がした。


「危ない!」


 彼は咄嗟にふたりを広げた両腕で後方へ押しのけ、自身も背中側へ倒れ込む。ジャリッと音がしたと同時に、ヴァンドーナは頬に焼けつくような激しい痛みを感じた。


 シャシャシャシャッと渦巻く空気が発したかのごとき鋭い音と気配が目の前をかすめ過ぎ、衣服の一部が切り裂かれたかのように散り散りとなって宙に舞った。本能的な危険を感じ、三人はゾッと身を竦めながらもなんとか数歩分の距離をとった。


 それは黒い紗織布のようにも思えたが、実体というものがなかった。まるで得体の知れぬ濃い闇そのものが、陽光のもとで影を成しているかのように。台座をぐるぐると回るのに飽いたのか、影の渦が三人の前に収束しはじめる。いかにも気怠けだるく、怠惰そうに。


「……おや、おや。いたいけな子どもたち、なぁにをやっているのかなぁ?」


 不気味な声がたのしげな気配を伴って、こごった影の奥底から響いてきた。





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