「死にたいの?」
うーん、ブレずに書くのって難しいですね・・・
「おにーさん、死にたいの?」
建物に入った時点で、誰がどこにいるか確認済である。
ユーリに殺気を叩きつけることができるのは、彼女の後ろからギルドに入った男しかいない。先ほど外で声をかけてきた男だ。
ユーリが振り返って、にっこり微笑んだ瞬間、男は言葉も出せずに硬直した。
彼女はもとの世界では温厚で知られている。高校までの同級生たちは声をそろえて「のほほん少女」と呼んでいた。しかし、それは彼女が真実温厚だからではない。ただ許容範囲が彼女の周囲の家族や友人たちに比べて、非常に広いため、そう見えるにすぎない。人の命が軽い世界にも何度も行った経験から、言葉の暴力や少々の荒事に動じないだけなのだ。
当然のことながら、自身に殺気を向けてくる相手に容赦する理由はない。ゆえに、目には目を、歯には歯を、殺気には殺気を返した。
男は、彼女の反応を見て実力を確認したかったか、危険に対する教訓を与えたかったか、のどちらかだったのだろう。おそらくは後者だと思われるが、彼自身が危機感を忘れていたようだ。自分より強い人間にもしばらく会っていなかったのかもしれない。結果、まさかの返り討ちにあい、彼女の殺気に縫いとめられて動けなくなった。
「おにーさん、迂闊に殺気ばらまくと命を縮めることになるから、気をつけたほうがいいよー」
ユーリは微笑んだまま、それ以上何かを言うこともなく、また攻撃することもなく、踵を返した。
彼女は無論、人を殺したことがある。己の身を守るために、誰かの身を守るために。
初めて人殺しをしたときは3日3晩眠れなかった。食べ物もろくに喉を通らず、水を飲んでは嘔吐を繰り返していた。
しかし、人間は慣れる生き物なのだ。誰が言ったか知らないが、確かにそのとおりだった。
たとえば、平成日本で通り魔に出会ったとしても、彼女は相手を殺すことに躊躇しないだろう。それぐらい彼女は慣れてしまったのだ。人を殺すことに。
「このへんかなー」
書庫へ入った彼女は何事もなかったかのように、目的の書物を探した。果たして前回の勇者が自分だったのか、自分が召喚されてから何年経っているのか、その間に何があったのか、それらを把握しなければならない。
それらしい書物を手当たり次第に取り出し、備え付けのテーブルに置いて黙々と読んでいった。
ユーリが書庫から出てきたのは2時間後だった。
目的のものは一応調べることができた。やはり100年前、つまり前回の召喚が彼女だった。
100年の間にいくつかの国が消え、いくつかの国ができ、いくつかの国の領土が変わったが、彼女にとっては些細なことだった。
最近すぎることはさすがに調べられなかったが、まずまずの成果である。あとは街で噂を拾うしかないだろう。
通行手形代わりのギルドカードだったが、一応依頼を見てみるかなー、と依頼が貼り出されたボードへと数歩進んだところで後ろから声をかけられた。
「ユーリちゃん」
ちゃん付けとは新鮮だわー、と思いつつ振り返ると、受付をしてくれた銀髪美女が微笑みながら手招きをしている。
「何でしょう?」
カウンターまで来て首をかしげた。
美女は苦笑した。
美女はどんな表情でも絵になるなー、十人並のあたしとは違う、とユーリは盛大にずれたことを考えながら、彼女の言葉を待った。
「さっきはバカがバカやってごめんなさいね」
「バカ?」
美女のセリフに、きょとんとした。
美女は、ユーリの背後を指差す。その指に誘われるように振り向けば。
「……ああ、そんなこともありましたね」
殺気をぶつけてきた男が、俯いて肩を落としたまま長椅子に座っていた。
世に言う凹んでいる状態である。
「そんなことって……」
忘れていましたと言わんばかりのユーリに対し、美女は唖然とした。
「何でおねーさんが謝るんです? それにさっきと雰囲気違いますよね?」
口調はのほほんなのに、言っているセリフは鋭い。
美女は表情をキリリと改め、姿勢を正した。
「ごめんなさい。改めて自己紹介させてもらうわ。スヴェリ支部の支部長代理をしている、セリナ・ディールよ」
「ああ、今は支部長代理として話しているということですか」
ユーリの雰囲気はどこまでものほほんとしているが、決して頭の回転が悪いわけではない。ただちょっと、美人はいいなぁとか余計なことを考えていたりはするのだが。
「で、あのバカだけど」
「はい」
「あれでもAランク冒険者なのよ」
「はあ」
それがどうしたとユーリは視線で問う。
「名前はゼンね。ゼン・ディール」
「なるほど。ご夫婦でしたか」
「ふ……っ! 違います! 兄妹です!!」
セリナは憤然として否定した。声が大きくなっているのにも気づいていないようだ。
ユーリは目の前の美女と背後のデカブツを見比べた。
「えー? 似てないですよー?」
「似てなくても兄妹なんです!」
「兄妹じゃ面白くないですね……」
「何か言いましたか?」
ユーリの本音駄々漏れの声に、セリナは微笑みながらブリザード背負った。隣のブースから受付女性が消えている。
ユーリはため息をついた。
「はあ。じゃあ、兄妹でいいです。で、それがどうしたんですか?」
「あ、いえ、そうですね。ユーリちゃんはゼンの殺気に負けなかったんですよね。それでですね、よかったら昇格のテストを受けてみませんか?」
支部長代理の顔に戻ったセリナの言葉に、ユーリは首をかしげた。
「んー、よくわからないんですが、子どもの頃から武道とか習ってて、登録のときに実力のある人って別に珍しくないですよね?」
「はい、そうですね」
「そういう人って、みんなそのテスト受けるんですか?」
「いいえ。実力はあってもAランクと張り合う人は滅多にいませんから、これは特別措置になります」
「そうですか。じゃあ、受けません」
「わかりました。それでは……って、えっ!?」
セリナはまじまじと見つめた。受けるという返事を待っていたのだ。誰しも特別と言われれば嬉しくなるものなのだから。
しかし、それはユーリの魅力にはならなかった。もともとギルドカード自体に通行手形以上の役割を期待していないのだから当然と言えた。
ユーリは肩をすくめて、
「受けません。依頼をひとつも受けたことがない小娘が、いきなり上位ランクの依頼に対応できるとは思えません。なので特別扱いは不要です」
「……」
「用がそれだけなら、失礼しますね」
あっさりと告げて、今度は大通りへの扉へとスタスタと向かう。
そろそろお昼ごはん食べるかー、とのんびり考えていた。
「それじゃ最近は魔物が増えて街道も結構危険なんだ?」
「そうなんだぜ。ここ5年ぐらいの話だけどな」
「それもこれも魔王が復活したせいらしいぜ」
昼食に入った食堂で、旅装束の中年男性二人組を見かけて、ユーリは声をかけてみた。二人は商人だそうで、仕入れの旅の途中らしい。
「それじゃおじさんたち大変だねぇ」
「まあな。だけど勇者様がいらっしゃるからな!」
「これから魔王を倒してくれたら前みたいに平和になるさ!」
「ほうほう。それで今回は、勇者様のお供が一般から選抜されるって聞いたんだけど?」
「うんうん。何でも勇者様のご提案らしいぞ」
「巷にも強いものはいるだろうから、との仰せでな」
「ふーん。それで神官以外は武道大会で選ぶことになってるんだ?」
「そうそう。何でも騎士様方も選抜大会に出るみたいだしな」
「魔法使いだけは最後にフェイ様を倒さないとダメらしいけど」
昼定食を食べながら、今代の勇者事情について聞く。
王都から来ただけあって二人は詳しかった。
しかし、『フェイ』という名前が出て、ユーリは目を瞠った。
「フェイ様って、あのフェイ様? 前の勇者様と魔王を倒した?」
「そうそう。エルフだけあって長生きだからさ、フェイ様より強い者がいないなら、フェイ様が適任だろ?」
「まぁ確かに……」
彼が強いのは間違いない。ともに戦った仲間なのだから。
しかし、会いに行こうかと考えていたひとりが思ったより近い場所にいることにびっくりである。エルフの森は遠いから時間がかかるだろうと思っていたのに。
フェイが勇者の仲間ならば、王城に滞在しているかもしれない。そんなところに行くのはいろいろめんどくさい気がする、と考えるユーリはかなり薄情だった。
まぁ大会を観戦して遠くから見るだけでもいいかー、と勝手な算段をする。
武道大会の日にちを確認すると十日後らしい。
乗合馬車で明日出発かなーと計算しながら、食事を終えたユーリは、おじさん二人に礼を言って店を出た。
ありがとうございました。