「のどかだねー」
短いです・・・
「のどかだねー」
丘から見えるセナンの街並みとその外側に広がる田園風景を見て、ユーリはぽつりと呟いた。
「そうだね。セナンは農業が盛んな土地柄だから」
馬の上、フェイの腕の中でウトウトしていたユーリだが、もうすぐ街に到着するということで起こされていた。
あれから3日。
フェイの魔法具に不備がなかったことは、キャシーが怪我をした翌日の夜、クロードの魔法具によって証明された。
その後、ユーリとフェイは交互に魔法をかけ続け、魔物とは遭遇していない。
彼らの優秀さがわかるというものだが、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』で、アレクたちはあの夜がおかしかったんだと言い出した。クロードはそうではないと言い聞かせたが、魔物が襲ってこないため認識を改めることはなかった。
だからといって、ユーリたちも魔法を切らせるようなことは二度としなかった。
「着いたら宿で寝る」
「うん。個室?」
「フェイが襲わないならどっちでも」
「じゃあ、個室にしとこうか」
「はーい」
まだ半分寝ている状態のユーリを、困ったように見下ろすフェイ。色気はともかく、無防備すぎる。
そんな2人の関係を見定められず、ロル以外の同行者は揃って首をかしげていた。
冒険者ギルド近くの宿で、個室を2つ、4人部屋を2つ取る。
ユーリは前宣言どおり、さっさと部屋に引きこもった。
フェイも人間の街を不用心に歩き回る趣味はなく、宿屋で過ごすことにしたようだ。
ロル一家は部屋に荷物を置くと、家族で街へ出かけた。商業エリアで物価や質をチェックするのだろう。
クロードと少年2人は連れの少女を神殿に連れていった。当のキャシーはピンピンしていて、傷の痛みはあるようだが、毒特有の身体のダルさはないらしい。
数時間後、ユーリはスッキリした気分で目を覚ました。
ここどこだっけ、と一瞬考えて、そういえばセナンに到着したんだった、と納得した。
ベッドから起き上がり、部屋のカーテンを開ける。
赤く染まりつつある空と薄墨に沈んでいく街並み。
空気が違う。景色が違う。
ここは自分の居場所ではない、と強烈に思う。郷愁なのだろうか。
「今さらホームシック?」
自分自身に問いかける。
「・・・でも、たまには感傷に浸るのもいいかなー?」
最初の界渡りは10歳。それからまもなく10年が経つ。
いや、正確には違う。
日本での、元の世界の時間が、10年経つだけだ。
界渡りをして戻ったとき、必ず界渡り前の時間にタイムラグなしで戻るのだ。身体に変化もない。精神だけが行き来して、渡った先で肉体を作っているのだろうと、彼女は勝手に思っていた。
そして、戻って数日して他の異世界へ、ということも珍しくなかった。精神年齢はすっかりおばちゃんだと思う。
トータルでみれば、ホームシックというほどホームにいた時間は多くない。
それでも、彼女にとっての自分の世界は、高層ビルが立ち並び、自動車が走る、あの日本なのだ。どれほど綺麗な景色を見ても、どれほど住人とふれあっても、この世界は異世界にすぎない。
「大事なのは、今生きていること。そして、必ず戻るのだという意思」
言い聞かせるように呟き、確認するように街並みを眺める。そして、頷いた。
睡眠欲が治まれば食欲が出てくる。ユーリは部屋を出て1階に降りた。
宿屋の1階はたいてい酒場か食堂になっているが、その例に漏れず、この宿屋も酒場になっていた。酒場が賑わう時間には早いようで、席はそこそこ空いている。
カウンターの隅に座り、店のオススメ料理とパンとサラダを頼んだ。
ぼーっとして料理を待っていると隣の席に誰かが座った。
「おはよう、ユーリ。疲れは取れた?」
「うん。よく寝たわ」
ユーリは驚くことなくフェイを見た。
「1人で食事するつもり?」
「だってお腹空いたんだもん」
「まぁ朝から何も食べてないもんね。でも一言声をかけてほしかったなぁ」
寂しそうに微笑むフェイから目を逸らし、ユーリは肩をすくめた。
「だって物凄くお腹が空いてたんだもん」
フェイががっくりと肩を落とす。
そこに料理が運ばれてきて、ユーリはフェイに見向きもしなくなった。
「さすがに農業都市だけあるわねー。野菜がおいしいわー」
酷い女である。
彼女の食事が終わるのを待って、彼は言った。
「タスバルまでずっとこうやって行くの?」
「んー? 2人で行くときだって、同じじゃない? 人数が増えただけでしょ?」
「2人なら馬車が使えるから、僕が夜番をできる。馬だとそういうわけにはいかないだろ」
珍しく引き下がるつもりはないらしいフェイを、彼女は僅かに目を瞠って驚きを隠さずに見つめた。
昼間に眠るのがユーリだからフェイに支えられるのであって、逆は難しい。高レベルによるステータスのおかげで腕力的には問題ないが、体格が違うので体勢を保てないと予想できる。
「・・・じゃあ、今後は夜番はフェイに頼むわねー。馬はクロードと少年のどっちかに任せましょー。タスバルに着いたら売るつもりの馬だし。嫌とは言わないでしょ」
普通は日中に戦力が減るような夜番はしない。彼らの魔法があり、魔力があるからこそのやり方である。馬車がなくても成り立たない。
フェイは明らかにホッとした様子で頷いた。
「まぁ国境を越えたら1日置きに村があるから宿に泊まれるけどねー。・・・あるんでしょ?」
100年前のつもりで口にして、慌てて確認する。
「・・・たぶん?」
「はぁ・・・。エルフの森の引きこもりが知ってるわけなかったわねー」
「失礼な」
「でも知らないんでしょ?」
「・・・知らないけど」
不貞腐れたようにそっぽを向くフェイ。
ユーリはニヤニヤと笑った。
「楽しくないわけじゃないんだけどねー」
口の中で呟く。
「ん?何か言った?」
「ううん。何も?」
ユーリはにっこり微笑んだ。
ありがとうございました。




