表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

「選択肢が2つあります」

「選択肢が2つあります」


 出発前にユーリは言った。


「1、なるべく経験を積ませたいので、できるだけ魔物と戦いたい。2、なるべく早く到着したいので、できるだけ魔物を避けて進みたい」


 どちらが良いかといたずらっ子のような顔でユーリは微笑んだ。


 クロードはもちろん2を選んだ。タスバルに到着しなければ意味がない。


 そして、その言葉通り、一匹の魔物に遭うこともなく、1日目の夜営地に着いた。


 着いた途端、自分の出番だと言わんばかりにロルが夕食の準備に取りかかる。

 アリアと子どもたちは疲れたのだろう、ぐったりしている。乗合馬車でも辛いだろうに、彼らが乗っていたのは荷馬車である。疲れないわけがない。

 一方でクロードは拍子抜けしたように周囲を見回している。彼の経験からすれば、街の外で魔物に遭わずに1日を終えるとはありえない。

 その彼の横で、彼が連れてきた子どもたちは悪態をついている。

 孤児院の院長たちから街の外は魔物だらけで危険がいっぱいだと聞かされていたのに、いざ外に出てみれば魔物に全く遭わない。すなわち、院長たちは嘘つきだとなる。


 ユーリはロルの手伝いで火や水の準備をしながら、その様子を見ていた。

 フェイは我関せずの体で、馬の世話をしている。


 出発前にユーリがフェイに依頼について相談したところ、やはり馬車1台では狭そうだという結論になり、フェイがどこからともなく馬を調達してきて、2人はそちらに乗っている。

 馬車の御者はロルが務め、その横にクロードが座ったが、今のところ彼の出番はない。

 順調そのものの行程だった。




「夜番なんだけど」


 夕食後に言い出したユーリのセリフに一番驚いたのはエルフの魔法使いだろう。なぜなら彼らはそれを必要としないからだ。


 ソーガスタとセナンを結ぶ街道にいくつかある夜営小屋の一つをチラッと見て、彼女は続けた。


「ロルさんたちは非戦闘員だから免除でいい?」

「ああ」


 ロルとアリアが申し訳なさそうに身を縮める。


「あたしとフェイとクロードは当然として、その子たちは?」

「この子たちは・・・」

「俺もやる!」

「僕もだ!」

「わたしも!」


 クロードの声を遮って発言したのは今回の最重要人物たちだ。

 順に、アレク、イアン、キャシーという名前だ。


 遮られた男は仕方なさそうに頷いた。


「じゃあ、2交替でいい? あたしとフェイが前半で、クロードとその子たちが後半でどう?」

「それでいい」

「じゃあ、中へどうぞ。シズはもう半分寝てるわねー」


 アリアの腰に張り付いてる6歳児は身体の力がほとんど抜けている。

 ユーリはそれを微笑ましそうに見ながら、一行を小屋内へと促した。


「で、どうしたの? 僕たちが魔除けの結界を張れば、夜番なんて必要ないよね?」


 ユーリとフェイが2人だけになった途端、彼は彼女の真意を問いただした。ただし、声は他に聞こえないほど小さい。

 ユーリも囁き声で応じた。


「クロードは旅の経験と実際の戦闘もさせたいのかなーって思って」

「あの子たち?」

「うん。全く危険な目に遭わせずにエスコートってのも、あたしたちならできるけど、やっぱりあの年頃なら冒険したいだろうなって」


 彼らが使う魔除けの魔法は100年前にユーリが編み出したものである。

 この世界における一般的な魔除けの魔法は、日本でのゲームにおける魔法と同じで『魔』が近寄ってこられないようにするものだ。魔法使いたちのイメージと能力で効力が全く異なるが、強い魔物には通用しないという点は同じである。それでもあるとないでは旅の危険度が違うので、魔除けの魔法具を使っている行商人は多い。ゆえに偽物や詐欺も横行しているのだが。

 一方で、ユーリたちが使っているのは正確には魔除けではない。彼らの魔法は認識阻害の魔法である。つまり、魔法をかけられた対象は他人から認識されなくなるのだ。たとえば、他の旅人とすれ違ったとしても、相手はユーリたちの存在に気づかない。ついでに魔物も彼らの存在に気づかない。盗賊ならば垂涎の魔法だろうが、彼らには必要なく、こうして旅の途中に魔物相手に使うことが多いので、通称として『魔除け』と呼んでいる。

 もちろん欠点はある。単純にして最悪の欠点である。使用時間と消費魔力が正比例するのだ。この魔法を昼夜問わずかけ続けられる魔法使いは数えるほどだろうが、さらにそれを範囲にできる者は彼ら以外にはいないだろう。おまけに魔法使いのイメージにより強度が変わるので、完全な認識阻害を実現できるかは魔法使いの腕次第である。もっとも、この魔法は一般的には知られておらず、ユーリはもとより、フェイも弟子のエリンにしか教えていないので、使える者が他にいるかはわからない。


「スリルに憧れる年頃だよね」

「大人になりたい年頃でもあるわねー」

「ああ、なるほど。守られてるだけは嫌って?」

「そそ。それと自分にもできるって示したいとかかなー」


 彼ら自身にも覚えのある感情だけに否定することはできない。


「今は守られてることにも気づいてないから、このまま1匹も魔物に遭わずにタスバルに着いたら、街の外を甘く見そうだよね」

「それも将来的には困るよねー」


 ユーリとフェイは顔を見合わせて苦笑した。


「ホントは昼間の方が敵も弱くていいけど」

「昼間に戦闘すると、行程が遅れるからねー」

「まぁBランク冒険者もいるし、いざとなれば僕たちがフォローできるし、大丈夫だよ」

「うん。ありがと、フェイ」


 ユーリが微笑む。フェイは照れたようにそっぽを向いた。







 野営小屋の中は2つに分かれていた。言わずもがなだが、ロル一家が奥の方へ、そしてクロードと孤児院の子たちが扉付近へと。


 ロルの子どもたち、キアとジスはすでに眠りに落ちている。

 他人に心を閉ざしたままの2人はユーリたちにも怯えている。だが、いじめっ子のいる街にいたいはずがなく、そこから新しい家に行くために護ってくれる人たちだと紹介されれば、それなりに納得をして接しているようだ。しかし、従兄弟に近い年齢である孤児院の子どもたちには恐怖心が先に立つようで、決して近寄ろうとはしない。顔合わせ時も休憩時も今もアリアにべったりで、彼女から離れなかった。

 一応の事情を聞いているアレクたちは、目に見えて恐れられている事実に複雑な気分だったが、孤児院で下の子の面倒を見ていて、出会ったばかりの自分たちが刺激するのは拙いと知っていたので、一定の距離を保っていた。

 魔物との戦闘が一度もなかったこともあり、アレクたちにとっては違った意味の緊張に縛られた1日だった。

 ゆえに、疲れていたのだろう。それぞれが毛布に身を包み、うとうとしかけたときだった。


「ロルさん」


 子どもたちを起こさないように注意を払われた声で、クロードはロルに話しかけた。

 ロルが顔を上げてクロードを見る。

 小さな灯りが2人の顔を照らしていた。


「あの2人は何者ですか?」

「・・・」


 ロルは黙り、クロードは言葉を続ける。


「街の外で1匹の魔物にも出会わないなんてありえない。あの2人のどちらかが何かをしているんでしょう? それに彼女、ユーリの動きはFランク冒険者の動きじゃない」


 沈黙が落ちる。

 ロルは黙ったままクロードを見つめ、クロードも辛抱強く待った。


「・・・彼女は間違いなくFランク冒険者だ」


 ぽつりと呟くように告げるロル。


「しかし!」

「実力があってもギルドに登録していなければランクはFだろう?」

「ギルドに登録する必要がないでしょう?」

「そうかな。ギルドカードは便利なアイテムだと思うが」

「通行証代わりだと?」

「さあな」


 ロルは知らないと首を振った。


「私と彼女たちもそれほど長い付き合いじゃない。だが、道中何かをしているのは確かだろう。私がサニエからソーガスタに行ったときも戦闘は一度もなかったからな」


 クロードは息をのんだ。


「まぁ、私にとっては彼女が何者かよりも、安全に旅ができる方が重要だ」


 そう言ってロルは口を噤み、妻と子どもたちを見る。その瞳は家族の安全が最優先と語っていた。

 釣られたように、クロードもアレクたちを見る。


「・・・確かにそうですね」


 男はフッと息を吐いた。











「まぁ、1匹も遭わなきゃ、さすがに気づくかー。ロルさんでも気づくんだもんねー。Bランクなら当たり前かー」


「盗み聞きはやめなよ、ユーリ」



 

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ