「何か仕事ない?」
「おねーさん、何か仕事ない?」
本人以外誰も覚えていないかもしれないが、ユーリは冒険者である。まだ駆け出しのペーペーのFランクだが。
ランクが低すぎて受けられる依頼は少ないのだが、手紙を渡すとか荷物を届けるとかいう都合の良い依頼が偶然あったりしないだろうか、と港町のギルドに寄ってみたのだ。
受付カウンターの『おねーさん』は、そう呼ぶにはかなり年を取っていたが、ユーリは気にしなかったし、相手は嬉しそうに笑った。
「そうねぇ・・・」
若かりし頃は美人だったことが窺える目尻にしわを寄せて、どう贔屓目に見ても40歳をいくつか超えているだろう女性は、ユーリを頭から足の先までじっくりと眺めた。
「セナンかタスバル方面ねぇ。あんた一人で行くの?」
「まさか!」
女性の探るような声を、ユーリは即座に否定した。
「他に5人かな。でもギルドに登録してるのは、あたしだけなのー」
この世界に慣れてしまって、すっかり丁寧語が消えている。そのことに気づいてもいない。
彼女はユーリをさらにじっくりと見たあとで言った。
「あるにはあるわね。タスバルまで護衛してほしいって依頼が」
「護衛かー・・・」
護衛対象がこれ以上増えるのは微妙だ。対象人数が増えると護りにくくなる。
ロルの結論をまだ聞いてはいなかったが、ユーリの中では護衛することになっていた。たとえ彼らの行き先が全くの逆方向でも。
「うん。無理かなー」
聞いておきながら、あっさり断るユーリ。
が、受付の女性は断られたにもかかわらず笑った。
ユーリが提出したギルドカードに目を落として。
「あんた、いやユーリはきっと伸びるわね。最近の若い子ときたら、できもしない依頼を平気で受けて、失敗したってヘラヘラ笑ってるんだから、呆れてものが言えないわ。それに比べたら、できないことはできないって言えるユーリは見所があるよ」
「そうかなー」
「そうよ。私が保証する」
「ありがとう。でも、失敗したら罰金払うんだよね? なのに、その人たち笑ってるの?」
ユーリは自分のことから話を変える手段として、新たな質問をした。実際に訊きたいことなので不自然さはない。
「そうなの。だけど、できるって主張するのを最初からやめなさいって言えないでしょ。だから、2回までは我慢することにしてるの。2回繰り返せばたいていは力量不足に気づくんだけど、たまにダメなのがいるわね」
「そのときは?」
「保証金を払ってもらうのよ。先にね。払わないと依頼を受けられないとなれば、払わなくても受けられる依頼を普通は選ぶわね」
「あー、まぁ新人はお金ないもんねー。でも罰金払って笑えるんだから、そうでもないのかなー」
「失敗して払うのはいいけど、失敗する前に払うのは損って思うみたいよ。これはどこのギルドでも同じだから保証金って言われたら気をつけなさい」
「はーい。で、結局他には仕事ないのよね?」
ユーリは女性の説明とも教訓とも言える話を聞いてから話を戻した。
「ないこともないわ」
「そなの?」
曰く、依頼の内容は3人の少年少女をタスバルまで連れていくこと、である。
「それって護衛じゃないの?」
「護衛する人は別にいるわ。ユーリは彼らを30日以内にタスバルへ連れていくこと。この依頼には馬車が必須ね」
「・・・よくわからない。護衛する人がいるなら、馬車借りればいいような気がする」
「護衛は1人なのよ。だから御者をすると護衛ができなくなる。3人の子どもたちは孤児院の子だからお金もそんなにないの」
「むむむ。つまり、めんどくさそうな割に、報酬は安い?」
ユーリが呆れたように女性を見ると、彼女はにっこり微笑んだ。
「あら、馬車に乗せるだけなんだから当然でしょ?」
「御者分の報酬ってことかー。で、行くついでだからさらに安いと」
「ふふふ。やっぱりわかっちゃったか」
乗せるだけと簡単に言うが、それだけのはずがない。
食事やら休憩やら気を遣ってやらねばならないし、護衛はユーリたちをも護るとは言っていないので魔物が現れたら結局戦闘することになる。
「30日の期限の意味は?」
「30日後にタスバルで試験があるのよ」
「試験?」
「そう。冒険者ギルド運営の冒険者養成所がタスバルにあるの」
冒険者養成所とは冒険者による冒険者のための教育施設である。ざっくばらんにいえば、優秀な人材を国に取られる前に冒険者ギルドで囲ってしまおう、というのが目的の学校だ。
冒険者ギルドがお金を出し、冒険者から教師役を募集し、成人前の子どもたちを将来のギルドのために育てよう、と30年ほど前に創立された。
入るときには試験がある。受験資格は12歳以上で最低限の読み書きができ、健康状態が良好であること。実技である程度の成績を取れば授業料が無料になる。授業料もそこまで高額ではないので、実技の成績が足りなくても授業料を払って生徒になろうとする者は多い。5年前に一般教養コースができてからは商人の子女を中心に人気を集めている。
全寮制で寮費は無料。ただし、食費は別。屋根は貸してやるが、食い扶持は稼げという意味らしい。
では、どうやって稼ぐかというと冒険者ギルドである。
本来成人してからでないと登録できないのだが、養成所の生徒は仮登録ができ、街中の依頼に限って受けることができる。有り体に言ってしまえば、大人の冒険者が依頼を選り好みして華やかな討伐依頼ばかり受けるために消化されずに残りがちな街中の雑用を片付けてもらおうという魂胆である。
仮登録すれば養成所卒業時の成績によっては開始時の冒険者ランクがEランクになるので、ほとんどの生徒は仮登録するらしい。
「で、その子たちは試験に受かりそうな子なんだ?」
「そう。孤児院の子どもたちにボランティアで護身術を教えている冒険者がいるの。筋がいい子には剣を教えてるのよ」
「その人が護衛?」
「そうよ」
「ふーん。どうして徒歩で向かわなかったの?」
「え…」
「普通お金がないなら馬車とか考えないよね? 時間はかかるけど歩いて向かおうとするよね?」
「それはその…」
女性は急に狼狽えはじめた。
ユーリは畳み掛けるように言う。
「報酬が安いんじゃ、引き受ける冒険者もいるかわからないよね? そんな受ける人がいるかもわからない依頼をして待ってた理由が知りたいなー」
まして馬車持ちが条件だというのだから、必然的にお金を儲けられる高ランク冒険者のパーティということになる。ソーガスタに現れることがないとは言わないが、その中で安い報酬の依頼を受ける確率はどれほどのものか。
「・・・はぁ。やっぱり不自然よねぇ」
受付の女性はため息を吐いて続けた。
「理由は単純明快よ。ギルドの告知が遅かったの」
「は?」
「ギルド本部の事務の連絡ミス。試験日の通達がきたのが3日前なの。子どもの足じゃ歩いても間に合わないのよ」
「なるほど」
「本部には散々苦情を言ったのよ。でも試験官を手配したから日程は変えられないって言われて。ミスした事務員は処分されたらしいけど、受験者にはそういう問題じゃないっての!」
女性は本気で怒っていたが、ユーリがじっと見ているのに気づいて咳払いをした。顔が若干赤い。
「お察しの通りよ。ギルドの不手際だから、ギルドで個別に頼んでいるの。誰も引き受けてくれる人がいなかったら、ギルドの人間が送るしかないわね」
「でも、特別扱いはしたくないから依頼?」
「そうよ。受験者はあの子たちだけじゃない。幸いソーガスタにはいないけれど、他のギルドには試験日を聞いて諦めた子もいるって聞いてる。あからさまな特別扱いはできない。それでも冒険者になろうと熱意を持ってくれているなら、できるだけの手助けがしたい。それが冒険者ギルドソーガスタ支部のギルドマスター以下職員の総意です」
女性が言い切った途端、ユーリの背後からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「いい演説だったぜ」
ユーリがその声に振り向くと、長身の男が入口横の壁にもたれて立っていた。歳は30代半ばぐらいか。冒険者としては熟練者だろう。
「クロード・・・。聞いてたの?」
「おう。ギルドの不手際だからってとこからな」
クロードと呼ばれた男は、恥ずかしさに真っ赤になった受付の女性からユーリに視線を移した。
「その子が馬車を出してくれるのか?」
「まだ交渉中よ」
そうか、と男は壁から離れてユーリに向き直る。
「Bランクの冒険者でクロードだ。君には利の少ない話だと思う。逆に迷惑をかけると思う。だが、良ければ頼む。俺たちをタスバルまで連れていってもらえないだろうか」
男に頭を下げられたユーリは驚いた。冒険者は頭を下げたがらないからだ。
冒険者は舐められてはならない。足元を見られてはならない。付け入る隙を見せてはならない。だからたいていの場合、相手に対して対等な立場で挑む。上から目線の人間も少なくない。にもかかわらず、男は初対面のユーリに頭を下げた。
そこに、ユーリは彼の本気度を見た。
一生懸命な人間にはついつい絆されてしまう。恋愛方面以外でだが。
「おにーさん。あたしにも連れがいるの。あたしの一存じゃ決められない」
まずはロルの行き先を確認しなければならない。
もっとも、ユーリはそれほど心配していなかった。ロルとは短い付き合いだが、彼の人を見る目は悪くない。勘も悪くない。サニエの一件もあるし、おそらくユーリの目的地はバレている。タスバルは彼の目的にも悪くない。物価が高そうなことを除けば。
昨夜のユーリの挑発じみた発言は、ロルの本気度を測る意味合いが強かった。
「そうだな」
「うん。それに馬車の問題もあるし、連れの問題もあるし。どっちかって言うと選ぶのはおにーさんの方かもよ?」
「・・・問題というのは?」
「あたしの連れ、5人いるの。うち2人は御者台として、果たして馬車に何人乗れるのかなー? それと4人は完全に素人なんだけど、旅は順調に進むかなー?」
「それは・・・厳しいな」
「でしょー?まぁ徒歩よりは早いと思うけど、保証はできない」
「ふむ。つまり、同行者の許可が出て、俺たちが納得すれば、君自身は依頼を受けてもいいと思っているというわけか」
「そうだねー。あ、でもその依頼、Fランクでも受けられるの?」
「一応この依頼はランクフリーになってるわね」
受付の女性に確認して、ユーリは男を見る。
男は彼女のランクを聞いて悩んでいた。
ありがとうございました。




