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「一言言っていい?」

「・・・ねぇ、一言言っていい?」


 話を聞いたユーリがまず思ったことだった。


「奥さん、若すぎでしょ!」


 沈黙。


 寡黙なロルに反応を期待しても無駄だからとユーリはフェイを見るが、彼はスッと視線をそらした。


 だが、ユーリのセリフを否定する要素はない。

 ロルの妻アリアは30歳ぐらいにしか見えない。二人の子どもも、娘のキアが10歳、息子のジスは6歳らしい。

 犯罪でしょ!と言いたいくらいだ。


「まだ親父が生きてた頃に仕入れでこの街に来たことがあって知り合ったんだが・・・」

「私がロルに惚れ込んで追いかけていきました」


 若干照れ気味のロルと満面の笑顔のアリア。

 その場に広がるピンク色の空気と、咎めるようなフェイの眼差しに居たたまれなくなる。ユーリは失敗したと心の底から思ったが、気になったのだから仕方がない。


「まぁ、おじさんたちの馴れ初めはそのうち聞くとして、食堂が忙しくなる前に話をまとめよっか」


 誰のせいだと言わんばかりの視線が飛んでくるが、ユーリは無視した。


「話を要約すると、奥さんの実家はおじさんを歓迎してなくて、居場所がないから違う街に行きたいと、そういうこと?」

「ああ」


 アリアの両親は王都の商人とゴタゴタを起こしたロルのとばっちりを受けたくないらしく、アリアがどんなにロルは悪くないと主張しようが聞き入れない。

 彼女の兄夫婦も同様で、歓迎していると思われると困るからという理由で、避難してきたアリアと子どもたちを屋根裏へ押し込めたらしい。アリアの部屋があるにもかかわらず、である。

 兄夫婦には3人の子どもがいるが、大人の態度は伝染する。14歳の長女がキアをいじめはじめると、11歳の長男と7歳の次男もジスに暴力を振るいはじめた。知っても止めない大人たちのせいで、子どもたちは間違っていないと思ったようで、どんどん悪質化していき、店の手伝いで忙しかったアリアが気づいたときには、キアとジスは他人に心を開かなくなっていた。


 アリアたちを実家に避難させたロルの言い分もわかるし、王都の大商人を怖がる両親の気持ちもわかるから、アリアもそれについては何も言わなかった。ロルを酷く言われても我慢したのである。しかし、子どもたちのことは別だ。子どもたちは何も悪くないのにと悔しく思い、兄嫁にどういう育て方をしているのかとつい言ってしまった。言った瞬間にまずいと後悔するほどに兄嫁の表情が変わったそうである。

 そうして「そうまで言うなら、ここにいなくてもいいじゃない」と言われ、仕方なくアリアが「出ていきます」と言ったところでロルが登場し、さらに事態は悪化する。

 アリアの両親はアリア一人だけなら受け入れるから離婚して彼女を置いていけと言い、アリアはロルと別れないと主張し、アリアの兄夫婦はみんな出ていけと怒鳴り散らし、着いたばかりのロルには何がどうなっているのか、わからなかったそうだ。

 それでも昨日は泊めてくれたらしい。ロルはアリアの話を聞き、表情の乏しくなった子どもたちを見て、このままここにいるのは良くないと判断し、荷物をまとめて宿屋に来て現在に至る、という流れである。


「今日はこの宿に泊まるの?」

「ああ。部屋を取った」


 子どもたちは部屋にいるらしい。

 対人恐怖症か引きこもりになりそうだなーとユーリが思ったのは内緒だ。


「そう。じゃあ、ゆっくり話ができるね。まず、おじさんたちが行きたいのはどこ? ないとは思うけど、サニエって言われたら断るよ」


 ユーリはにっこり微笑んだ。

 彼女は誰にでも優しいと思われがちだが、お人好しではない。自分の置かれている現状を理解していない相手に協力する気は全くなかった。


「いや、特にどことも決めていない。君たちが行くところで…」

「それ、本気で言ってるの?」

「え?」


 ロルの言葉を遮った声は鋭い。顔は微笑んでいるのに。


「おじさん、新しい街でもお店やるつもりなんじゃないの? それが食堂か酒場か宿屋かはわからないけど」

「ああ、そのつもりだ」

「じゃあ、どこでもいいなんて言えないはずだよね。そんないいかげんな行動には付き合えないよ」


 ユーリのセリフに、ロルは息をのんだ。アリアは驚いてポカンとしている。

 フェイは口を挟む気はないらしく、無言でお茶を啜っていた。


「急な話だから考えてなかったのかもしれないけど、あたしたちの旅を邪魔せずに同行したかったのかもしれないけど、じゃあ、あたしたちが行く場所が小さな村とも呼べないような集落ばかりだったらどうするの?」

「あ・・・」

「おじさんのやりたいこと、ちゃんと考えて。奥さんや子どももいるんだから、適当な行動しちゃダメでしょ」

「・・・」

「おじさんの依頼を受けないって言ってるわけじゃない。護衛ができないって言ってるわけじゃないよ。おじさんが行きたい場所が、あたしたちの目的地と同じ方向なら多少の寄り道はしてもいいと思ってる。でも、別方向ならあたしたちに同行するのはダメでしょ。そこは妥協しちゃいけないとこだよね」


 何の店をやるにしても客なしでは成り立たない。だが、それ以上に店主の意思が重要なのだ。適当に妥協すると失敗しやすく、失敗したときの言い訳になりやすい。

 ユーリは彼女たちを言い訳に使うなと言ったのである。


 ロルはため息をついて頷いた。


「わかった。ちゃんと考える。明日の朝まで待ってくれないか」

「うん。いいよ。出発はいつでもいいから決まったら教えて」


 ロルはアリアを促して席を立った。






 翌朝の朝食時、ロルの姿はなかった。

 2人で不思議そうに首をかしげていると、女将が「まだ寝てるんだろ」と教えてくれた。

 閉店後の食堂で、地価がどうの、仕入れがどうの、子どもの環境がどうの、と遅い時間までロルとアリアは地図を見ながら話し合っていたらしい。確かに寝ている子どもたちがいる部屋で話し合いはできないだろう。


「あんたの一言が効いたようだね」

「聞いてたんですか・・・」


 ユーリは苦笑した。


「聞こえたんだよ。別に咎めてるわけじゃない。むしろ拍手したいぐらいだったよ」

「あとからもっといい土地があったかもしれない、もっとちゃんと探せばよかったって、そういう後悔はしてほしくないなと思って」

「そうだね。僕らが行く場所から選んだから失敗したって思われるのも嫌だけど、そもそもロルさんは腕がいいんだからちゃんと考えないともったいない」

「うん。おじさん、サニエから簡単に出てきちゃったからか、失敗したらまた引っ越せばいいっていうぐらいの安易な考えしてるように見えたのよねー。おじさんだけなら気にしないけど、家族がいるからねー。家族は大事にしなくちゃ」

 お節介だってわかってるんだけど、とユーリは肩をすくめた。


「いいんじゃないかい?真剣に考えるのは悪いことじゃないよ」

 自分のことなんだから当然のことさ、と女将は笑い飛ばした。


「で、お節介ついでに様子見に行くんでしょ?」

 お見通しだよ、とフェイは微笑んだ。


「さすが。じゃあ、朝ごはん食べたら露店巡りしながら行ってみよう。場所は・・・」


 2人はそろって女将を見た。






 昼食時には僅かに早い時間、開店したばかりの食堂には数人の客が入っている。

 顔馴染みばかりなのだろう、注文の口調も気安い。

 一見のユーリは場違いかもー、と思いながら、キョロキョロと店内を見回す。


「いらっしゃいませー!」


 元気な声を上げたのは、若いというより幼い感じのする娘だった。おそらく長女だろう。


「二人なんだけど、いい?」

「はい! こちらにどうぞ!」


 勧められた席に座り、壁に書かれた品書きを見ていると、すぐそばで息をのむ音がした。

 目を遣ると、先ほどの娘が目を見開いている。視線の先にいるのは、ローブのフードを取ったフェイだった。

 もっとも、娘だけではなく、店主も客も皆驚いて、フェイの顔を見つめているのだが。


「あたし、日替わりね」

「じゃあ、僕も。お嬢さん、日替わり定食2つね」

 フェイがにっこり微笑めば、お嬢さんと呼ばれた娘は顔を真っ赤に染めて下がっていった。


「モテモテね」

 小声で囁けば。

「本命はつれないけどね」

 流し目が返ってきた。

 美形の流し目って破壊力抜群だわ、と心の中で呟く。


 しばらく世間話をしていると、先ほどの娘がやってきた。


「お待たせしました!」


「ありがとう。さ、食べよう」


 自分の外見の効果を良く知っているフェイは、彼の役割も心得ていて、笑顔を振り撒いている。

 おかげでユーリは注目されずに、堂々と観察できた。

 こうして外側から見れば普通の食堂である。清潔に保たれていて、店を大事にしているのが良くわかる。もちろん、店主も娘も酷い人間には見えない。


 勢いでやっちゃうこともあるし、悪人とは限らないよねー、と思いつつ、定食を食べる。やはり味はロルのほうが美味い。


 同時に、誰もフェイの正体に気づいていないことに思い至り、サニエ以外なら名前を出さなければ有名人とはわからないだろうと予測する。


 そのフェイは、ユーリですら少々やりすぎじゃないかと思うほどに、嫣然と微笑んでいた。


 娘はすでに頬を赤く染めて、ぽーっとなっている。おそらく、次の客が来ても仕事になるまい。落ちたな、とユーリは思った。

 店主が呼んでも、娘の耳には聞こえていないらしい。案の定、昼の慌しい時間に差し掛かっても、娘はその場から動かない。

 ユーリがこれ以上は店の迷惑になると判断して立ち上がると、フェイも同じように席を立つ。お勘定はいくらか聞こうとして、話にならない現状にやれやれと思い、品書きの金額を見て素早く計算すると、ちょうどのお金をテーブルの上に置いた。店主に「ここ置くよ」と声をかけて店を出る。

 フェイは当然として、なぜか娘までもがついてきた。


 どうするつもりかと視線を向ければ、フェイはふわりと微笑んで、娘に「さよなら」と告げる。

 ユーリにとってはわかっていたことだが、酷い男である。


 娘は頬を上気させたまま、何かを言いかけてはやめるを数回繰り返していたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「あのっ! また来ていただけますか?」


 必死な様子が痛々しい。

 なぜなら、フェイは。


「いや。二度と来ない」


 こういう男なのである。


 おそらくは昨日ロルの子どもたちに会ったときの様子とその後の話で、兄夫婦の娘と息子はフェイに敵認定されていたのだ。

 エルフは子どもの出産率が低い。長命だからこその反動だが、子どもが少ないからこそ、彼らは皆子どもたちを溺愛する。たとえそれが他人の子だろうが他種族の子だろうが関係なく。もっとも、他種族に関わるエルフは非常に少ないのだが。

 ゆえに、ロルの子どもたちの様子に、子どもたちをいじめた彼らが許せなかったのだろう。ユーリが様子見に行くと言わなければ、一人で意趣返しに来たに違いない。


「えっ・・・」

「じゃあ、さよなら」


 フェイはそれっきり振り返らず、娘に見せつけるように、ユーリの耳元に唇を寄せ、腰に手を回す。


「ああいう反応が普通なんだけど」


 囁き声は甘く。


 ユーリはこれ見よがしに大きなため息をつき、腰に回された手を叩き落した。もちろん、彼女も振り返ったりしない。


「あはは。やっぱりユーリにはダメか」







ありがとうございました。

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