「海だー」
「海だー」
街を見下ろす高台の上から、ユーリは大きく両手を広げて言った。
サニエから馬車で南に2日、中規模都市ソーガスタがあった。
ソーガスタは港町であり、一般港と軍港が隣り合っている。海に向かって右手が軍港、左手が一般港だ。
もちろん、軍港への出入りは厳重で、一般人は入れない。だが、上から見るのは構わないらしい。軍港には砲台がついた軍船が並び、その敷地には王国の騎士団の訓練施設などが建っていた。そのあたりは見られても良いということなのだろうか。機密に対する意識が甘いなーと思いつつも他人事である。
軍港といっても今のところ重々しい空気はない。
休みの日には、一般港のほうに遊びに出てくるのだろう。境目あたりに彼ら目当てと思われる娼館や酒場なども建ち並んでいる。
ユーリとフェイは到着した翌日、街をぶらぶらと観光していた。
二人とも初めての街なので、朝から露店や商店街を見て回り、昼食になりそうな軽食を持って高台にあるという展望公園に来ていた。
ちなみに、ロルは妻の実家へと到着後から行っている。ユーリたちが泊まっている宿屋は教えているので合流に問題はない。
「遠視の技能とか持ってたら丸見えだね」
「ねー」
フェイのセリフに同意したユーリだが、サニエスタ王国が現在どこかと戦争中とも聞いていないので、それほど気にしていない。
「はー。ゆっくりできていいや。サニエは全然観光できなかったし」
「そうなんだ?」
「商店街なんかは一通り回ったけどねー」
情報収集で。
「観光してるじゃない」
「えー。貴族街とかスラムとか、あと王城とか覗いてみたかったのに」
「ユーリ、それは観光って言わない」
フェイががっくりと肩を落とす。
観光だよーと唇を尖らせるユーリ。
フェイは苦笑した。
「で、これからどうする?」
「今日の話? 今後の話?」
「どっちも」
「今後の話はおじさん次第だよね。魔法具作るって約束しちゃったし」
「・・・まずかった?」
「ううん。全然問題ないよ。ケントもまだお城から出してもらえないだろうし、急がなくていいんじゃない?」
「そっか。早く帰りたいのにって怒られるかと思った」
「帰りたいけど焦ってもねー。焦って倒せる相手じゃないでしょ?」
「・・・そうだね」
やっぱり帰るのかと言わんばかりに気落ちする彼に、ユーリは心の中で苦笑した。
「まぁ、あたしも二年かかったし、ケントもそれぐらいはかかるんじゃない?」
「勇者ってだけで行く先々であれこれ厄介事を押し付けられるしね」
「うんうん」
面倒なことに勇者の必要経費は各国の有力者が出しているので、彼らの頼みは断れないことになっている。おかげで戦争以外のあれこれに駆り出されるのである。
希少な薬の材料を取りに、冬山登りをやらされた経験のあるユーリは遠い目をした。
「とりあえずおじさんの件が終わったら東のセナン経由して隣の国のギルド本部に行こうかなー」
「タスバルに行くのは久しぶりだな」
「ああ、そっか。そういえば、そんな名前の街だった」
何をしに行くかなど一々説明しなくてもお互いにわかっている。
サニエの副ギルドマスターを罷免に追い込むのは、あの商人を潰さないのとは別の話である。
「タスバルは活気のある街だから、きっと面白いよ。100年前より発展してる」
「サニエより?」
「街の大きさはサニエより小さいけど、商業の街だからね」
「そっか。鍛冶屋巡りしよ」
「えっ!?」
驚くフェイを軽く睨んで。
「何よー」
「いや、武器いるのかなって」
「見て回るの、楽しそうなんだもん」
「楽しそうは同意するけど、なんで鍛冶屋なのかな。服とかアクセサリーとか、そっちのほうは興味ないの?」
彼女は苦笑した。
「ないわけじゃないけど…」
この世界の服は総じて生地が厚い。布目も荒い。肌触りもイマイチで、発色も良くない。柔軟剤もないし、アイロンもないので、洗いざらしのゴワゴワなのだ。
アクセサリーは素材が銅または鉄が前提なので重い。銀もないことはないが、王族貴族が買ってしまい、流通量が少ないので値段が高い。色付けの技術もなく、かわいいものになりようがない。
「100年の技術進歩に期待するわ」
平成日本と比べてはいけないとわかっていても比べてしまう。こちらの世界のものはどうしても見劣りするのだ。
よって、日本ではあまり見なかった鍛冶屋巡りとなるのである。
フェイもなんとなくユーリが言いたいことを理解したらしく、それ以上は言わなかった。
午後からは船を見に行った。
この世界の船は基本的には帆船で、動力は魔法だ。船に風の魔法をかけて推力にするらしい。
風の魔法自体は珍しいものではなく使える人間も多いが、何人もの人を乗せて大量の物資を運ぶ大きな船になると当たり前だがそよ風では動かない。つまり、それなりの魔力が必要なわけで、それを人数でカバーするために大きな船には魔法使いが何人も乗っている。
小さな漁船でも腕のいい魔法使いが最低一人は必要だという。だが、魔法使いを雇うとなると個人の財力では厳しい。結果、漁業組合のような組織ができ、船も魔法使いも乗組員もそこに所属する形になり、その組織から出来高に応じて給料をもらうようになった。
もちろん、魔法具のように船に魔法をかけて固定化する方法は今も研究が続いている。実際、古船には魔法がかかった状態の船があり、スイッチを入れるように多少の魔力を流すだけで風の魔法が発動する。しかし、これは魔法具全体に言えることだが、複数人が同時に使う魔法を固定化するのは難しいらしく、かといって単独でかなりの威力を持つ魔法を使える魔力の持ち主がそのあたりに転がっているわけもなく、魔法具化は遅々として進まなかった。とはいえ、さすがに国所有の船は魔法具化しているらしいが。
ユーリにしてみれば、船に風の魔法を固定化するぐらいなら、馬車の車輪に回転し続けるような魔法を固定化すれば馬が必要なくなるのにと思う。自動車もどきである。
もっとも、ハンドルとか、スピードの上げ下げとか、ブレーキとか、諸々の改造点がよくわからないので、フェイにさえも提案していないが。
そんなことを思いながら、船を見学して、宿屋に戻ったのは、夕食にはまだ早いというくらいの時間だった。
二人が泊まっている宿屋はごく一般的な宿屋である。貴族御用達のような豪華な宿もあったが、身の丈に合わないものはトラブルのもと、とユーリは目も向けなかった。
その一般的な宿屋の女将は帰ってきたユーリたちを見るなり、寄ってきた。
「あんたたちにお客だよ」
お客と言われても、この街に知り合いは一人しかいない。それともフェイの、英雄様絡みの面倒な相手だろうか。
困惑顔でフェイを見ると、彼女の言いたいことを察したらしい彼は、苦笑いで「僕じゃない」と呟いた。
女将が食堂に通したというので行ってみれば、やはり客はロルだった。いや、ロル一家というべきか。
ロルはユーリたちに気づくとすぐに立ち上がった。
「おじさん」
ユーリがどうしたのかと問う前に、ロルは彼女たちに近づいてきて真剣な顔で言った。
「頼みがある」
「はぁ?」
ユーリはフェイと顔を見合わせた。
ありがとうございました。




