「さらば王都よ」
更新遅くなりました。すみません。
「さらば王都よ」
「何言ってるの」
サニエスタ王国王都サニエの南門を出たところで馬車を停めたユーリの呟きにフェイが呆れたような声を投げる。
「んー、なんとなく?」
「まぁ、確かにもう戻って来ないかもしれないけど」
フェイは苦笑いを浮かべた。
「そうだねー」
御者台に座って手綱を握っているのはユーリである。彼女は旅のあれこれは一通りできる。できるようになるしかなかったとも言う。
フェイはその横に腰かけていた。
「おじさん、忘れ物なーい?」
「ああ、大丈夫だ」
荷台から無愛想な低い声。
「おじさん、本当にごめんね。こんな結果になっちゃって」
何度目かの謝罪の言葉。自己満足のための謝罪とわかっていても口に出てしまう。
「いいかげんしつこいぞ。私が選んだんだ」
「わかってるんだけど、つい。だって先祖代々の土地だったんでしょ、あそこ。それを手放すきっかけ作っちゃったからさー」
「あのまま嫌がらせが続いたら、遅かれ早かれ店を畳むことになっただろう。気にするな」
「ユーリ、そろそろ出発しよう。いつまでもここにいても邪魔だから。走りながらでも話できるよ」
「うん」
フェイに促されて、ユーリは馬車を操った。
馬車はまっすぐ南に向かって走り、街道に乗る。
彼らはロルの妻の実家に向かっていた。
「ユーリ、何も考えてないような顔で考えすぎるのは君の悪いくせだよ。だいたい一番のオススメって言ったのは君じゃないか」
「言ったから余計に他にもっといい手があったんじゃって思っちゃうのよー」
「ないよ。あの商人潰してあのままあそこに居座っても、遺恨が残って商売がやりにくくなるでしょ? ユーリもそれがわかってるから宿屋売って引き払うのを勧めたんだよね。ロルさんもそれがわかってるから今ここにいるんだよ。それに勧めたのはユーリだけど、決めたのはロルさん。ユーリはロルさんの判断を疑うの?」
フェイに言われて、ユーリは瞬きを繰り返した。
普段の彼女ならば、自分自身でその結論に達し、いつまでもくよくよする性格ではないのだが、どうやら彼女は自分で思っていた以上に界渡りしたことに不安を感じていたようだ。そして、フェイと再会したことで必要以上に彼に甘えていたらしい。
ユーリはフッと肩の力を抜いた。
「うん。終わったことをいつまでもうだうだ言ってごめん。もう言わない」
フェイとロルはホッと息を吐いた。
二人の様子に苦笑したユーリは、本当に心配かけたんだなぁと反省する。
自分の判断が他人に与える影響はとても怖い。いつか自分はいなくなる世界だからこそ尚更怖い。
だが、それでも関わらずにはいられない自分を知っているから、恐怖を抑えて自分に言い聞かせてきたのに、タガが弛んで恐怖が表面に出たらしい。
ここまで深く考える人はいないだろう。が、自身の一言で戦争を引き起こしたことがある彼女は、発言には常に注意を払っている。たとえそうは見えなくても。
無論、その戦争は別世界の話で、戦争の理由は彼女とは全く関係なかったのだが、一触即発の引金を引いたのは彼女の一言だった。
ゆえに、彼女が他人を切り捨てるときは覚悟を決めるのだ。その行為がいつ自分に跳ね返ってきても受け止める覚悟を。
魔王を倒したときも、山賊を斬ったときも。そして、これから行くだろうギルド本部で、サニエのギルドマスターを弾劾するときも。
「それはそうと、こんな大金もらって良かったの?」
ユーリは通常運転ののほほんとした表情で首をかしげた。
「それは君たちへの正当な報酬だ。実際、君たちがいなければ白金貨20枚も手に入らなかった」
「それはそうなんだけど、貰いすぎじゃない?」
「いや。白金貨5枚もあれば、かなりいい建物が建てられる。土地代を足しても10枚あればお釣がくる。それが20枚だ。私のほうこそ貰いすぎだ」
「おじさんのは正当な権利だよー。まぁ、多少あっちの足元を見て、多少迷惑料込みで吹っ掛けたのは否定しないけど」
してやったりと笑うユーリに、フェイもクスクスと笑い、ロルさえもクックッと笑う。
「ユーリがいきなり宿屋の地下に温泉が湧いてるって言い出したときはびっくりしたなぁ」
「ああ。先祖代々住んでる私たちは全く気づかなかったのに」
「隣の宿が採掘作業者を雇ったってだけで、普通は温泉とは思わないよ」
「えー、そう? 掘って出てくるっていえば、温泉か油田か鉱石か遺跡か骨って相場が決まってるでしょ?」
「確かに宿屋が躍起になりそうなのは温泉だけど。このあたりには温泉ないから儲かるだろうし、それを考えたら白金貨20枚も妥当かな」
「むしろ安いかなとは思ったんだけど、あんまり吊り上げすぎたらロルさんが危険になるし」
「そうだね。払ったお金を取り返しに来られても困る。だからすぐに引き払うことにしたんでしょ?」
「うん。冒険者ギルドの荒くれを雇ってとかありそうじゃない?」
「そう考えたら、僕たちがもらったお金は、調査代に交渉代に護衛代ってことになるね」
「でも白金貨1枚ずつはもらいすぎな気がして」
「おかげで馬車も馬も買えたわけだけど」
そう言ったフェイは荷台を振り返った。
「ロルさん。これから行くのって港町だったよね。向こうでどうするか決めた?」
「ああ。妻の実家が食堂やってるから、それを手伝おうかと思ってるが、妻の兄夫婦もいるから、邪魔だと言われれば出るしかないな」
「じゃあ、奥さんの実家か、新しいロルさんのお店のどっちかに、僕が魔法具を一つ贈るってことでどう? 僕なら白金貨1枚でも妥当な魔法具を作れるし」
フェイの提案にロルが息をのむ気配がした。
「フェイの魔法具かぁ」
「駄目かな」
「いやいや。家宝になるんじゃないの?」
ユーリはニヤニヤ笑いながら口を挟んだ。
「ユーリだって魔力あるのに」
「あるけど、魔法具作りには適性ないのよー。ああ、でも言われた魔法をかけるのはできるから、手伝えることあったら言って」
「了解。じゃあ、それで白金貨のお礼にしよう」
固まったまま言葉が出てこないロルを置いて、話は決まってしまうのだった。
ありがとうございました。




