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閑話 「王都に行くよ」

ゼンが・・・いや、もう何も言うまい・・・


「俺、王都に行くよ」


 ゼン・ディールは夕食の途中で、たったひとりの姉に向かって言った。


「あら、とうとうゼンにも春が来たのかしら?」

 セリナ・ディールはニヤニヤと面白そうに弟を見た。

 彼女が言っているのはギルドで会った少女のことである。

「違うよ。ただ…」

 ゼンは言葉を濁した。

「ただ?」

 姉は容赦しなかった。

 ゼンは迷った。


 本音を言えば、今日初めて出会った少女が気にならないかというと気になるのだ。


 まだ子どもにしか見えなかった少女。最初は依頼者だと思い、新人と聞いて驚いた。

 冒険者稼業ははたから見ているぼど楽じゃない。一つ間違えれば命を落とす世界だ。あんな小さい子にできるはずがない。止めないと。

 そう思ってギルドの扉を開けたが、すでに登録は終わっており、少女は書庫へ向かっていた。

 ゼンは咄嗟に殺気をぶつけた。怖くなってやめるだろうと思った。

 結果は予想外の返り討ち。


 ゼンは自分が井の中の蛙に過ぎないと実感した。同時に慢心していると恥じた。

 一言謝ろうと少女を探し、少女は見つからなかったが、王都と勇者の情報を集めていると知った。

 そのときに初めて気付いたのだ。スヴェリから出たことがないと。


 愕然とした。


 ゼンの両親は、ゼンが12歳のときに他界している。両親も冒険者で、依頼で出かけたまま帰ってこなかった。死の原因は知らない。セリナは調べていたようだが、彼は聞かなかった。彼女も言わなかった。

 その後は当時成人したばかりのセリナが冒険者になって育ててくれた。

 ゼン自身も成人と同時に冒険者となり、必死に稼いだ。

 彼が姉のランクを超えたとき、彼女は冒険者をやめてギルドの職員として働きはじめた。

 二人だけの姉弟。だから、ゼンは姉を置いて街を離れることなど考えなかった。


「俺、もっと世界を知りたい」

「え?」

 セリナは目を瞬かせた。

「今日のあの子は、好きとかそういうんじゃなくて、きっかけかな。あの子に負けなかったら気づかなかったかもしれない。世界の広さってやつに。だから、姉さん」

「・・・いいわよ。行ってきなさい。私のことは心配しなくていい。ただし手紙ぐらいは書きなさいよ」

 セリナは姉の顔で微笑んだ。

「うん。姉さんの結婚式には帰ってくるよ」

「ギルド経由で連絡するわ」

 セリナには恋人がいる。商家の跡取りで、相手の両親も公認の仲である。日取りは決まっていないが、いずれはと互いに想い合っている。

 彼女の危機には彼が何とかするだろうと思っているから、ゼンは心配していなかった。


 余談だが、冒険者ギルドには冒険者同士が連絡を取るためのシステムがある。冒険者がいる街のギルドに対して手紙を送り、その冒険者がギルドに顔を出したときに渡すというだけのものだが、多くの冒険者は定住していないので、なかなか重宝するのである。






 セリナの許可をもらった翌朝、ゼンは早速王都行きの馬車に乗った。

 馬車にはリドウェル・アルレインが乗っていて驚いた。


「おはようございます。あなたがスヴェリを出るなんて珍しいですね。ゼン・ディール」

「おはよう。お前は拠点に戻るのか? リドウェル・アルレイン」

 ゼンとリドウェルはお互いAランク冒険者である。パーティを組んだことはないが、会えば話くらいはする関係だ。情報交換とも言う。

 リドウェルの拠点は隣の国だ。


「いいえ。腕試しを兼ねて、武道大会に参加してみようと思いまして」

「ああ、なるほど」

「あなたはなぜ王都に?」

 問われてゼンは返答に困った。この歳で、街から出たことがないからとりあえず観光に、などとは言いたくない。

 そこで、彼はあの少女が勇者や武道大会の情報を集めていたのを思い出した。

「・・・いや、俺も出てみようかなと」

「そうですか。ではお互い頑張りましょう」


 そこへトルンスト夫妻が現れ、そしてバランカ一家が乗ってきて、最後にやってきたのが例の少女だった。

 少女の出で立ちは前日とほとんど変わらない。腰にナイフらしき武器がぶら下がった程度だ。

 ゼンが謝る間もなく馬車は動き出した。


 自己紹介で名前と年齢を聞いた。驚きである。19歳には見えなかった。

 だが、一番驚いたのは、その持ち物だ。空間拡張の魔法がかかったかばん。売れば一生遊んで暮らせるかもしれない。彼女専用なので売れないが。

 ガルド・バランカが欲しがっていたが、2日目の朝には諦めていた。あの男にしては珍しいとゼンは思った。


 1日目がなし崩し的に終わったので、2日目の朝出発前に、ゼンは彼女に謝った。

 彼女はきょとんとしてから「ああ、あれ。気にしなくていいのに」と笑顔で言った。


 確かに、彼女はきっかけに過ぎなかった。そのまま会わなければ、おそらくその想いは変化しなかっただろう。だが、彼は彼女とすぐに再会してしまった。

 そして、彼は非常に残念なことに、この手のことに、酷く晩生だった・・・。






 魔物の群れを追い払いつつ、王都に着く。

 道中、彼女が戦闘に参加することはなく、彼女の実力を知ることはできなかった。


 王都は大きかった。スヴェリも大きい街だと思っていたが、王都は比べ物にならないほど大きかった。遠くに見える王城は雄大で、その下に見える貴族街も立派そうだ。街は活気にあふれ、あちこちから商人の呼び込みの声が聞こえる。


 王都には高ランク冒険者専用の宿屋があると姉から聞いていたゼンは、同じパーティならば低ランクでも泊まれるらしいので、もう一度彼女を誘おうと思ったのだが、同じことを考えたらしいリドウェルと、どちらが声をかけるか相談しているうちに、彼女は去っていった。

 ちなみに、王都に着く前にもゼンは彼女をパーティに誘ったのだが、することがあるからと断られた。無論、彼女がめんどくさいと思っていたことなど、彼は知る由もない。


 ゼンは当初の予定通り、その宿屋に部屋を取った。リドウェルは予約をしていたようだが、ゼンはしておらず、3日後には他の宿屋に移らなければならない。

 とりあえず3日泊まることにした。さすがに高いだけあって、良い宿である。ぐっすり眠れた。


 翌朝、ゼンがギルドを訪れると、雰囲気がおかしかった。

 騒ぎの中心にいるのは彼女だった。男四人に囲まれており、どうしたのかと問えば、パーティに誘われているとのこと。

 ゼンは男たちを敵認定した。パーティは彼が先約なのである。

 このときに気づいてもよかった。なぜそこまで彼女に固執するのかを。

 しかし、少女がにっこり微笑むのを見て、ゼンの身体は反射的に反応した。後退ったのである。遅かったのだが。


 ゼンは少女が泊まっている宿屋に場所を移して話を聞いた。そんな馬鹿なと言いたかった。

 彼は冒険者一家である。ギルドとは物心つく前からの付き合いだ。それなのに、場所が変わればこうも変わるのかと、口にも顔にも出さなかったが、かなりのショックを受けていた。

 それでも彼は少女に協力することに決めた。

 同行は断られたが心配だったので、尾行した。もちろん、彼はそれが変態的行為であるとは欠片も思っていない。3日間繰り返したが、彼女は一度も振り返らなかった。貴族の屋敷から騎士団の詰め所、商店、それに武道大会の受付にも行った。何を話したのかは聞こえなかったが、夕食時の情報交換で内容は把握した。

 ゼンは彼女が宿に戻ってから、同じ宿に泊まっている冒険者やギルドで情報を集めた。が、サニエは初めての場所である。上手くいかなかった。彼は元来交渉事は苦手なのである。


 そうして彼女と同じ宿に移った翌朝、朝食のために食堂に行ったゼンに、宿の主人が告げたのはユーリはすでに出かけたという事実である。

 ゼンはショックを受けた。

 無論、彼女が彼を待つ理由はない。行き先を伝える必要もない。たまたま宿が同じなだけの冒険者である。尾行も彼が勝手にしているのだ。

 頭ではわかっている。しかし、心がなぜだと叫んでいた。なぜ自分を置いていったのかと。

 置いていかれないために、翌朝はもっと早く起きた。しかし、彼女はいなかった。

 その翌朝はさらに早く起きた。しかし、宿の主人が言ったのは、彼女は昨晩帰ってきていないという衝撃の事実だった。結局、その日も夜まで会えなかった。

 ゼンは混乱した。そして避けられているのだと思い込んだ。

 もちろん、そんな事実はない。彼女は情報収集をしていただけである。


 大会当日の朝、支度をして食堂に行くと3日ぶりに彼女がいた。

「おはよー。あ、出るんだ? 頑張ってねー」

 彼女は当たり前だが平常運転だった。

「おはよう」

 ゼンは挨拶以外の言葉を紡げなかった。

 彼女は不思議そうに首をかしげていたが、やがて運ばれてきた朝食に夢中になった。

 彼女にとっては用があれば話すだろうというくらいの気持ちだった。が、ゼンにとっては違う。ゼンは、自分は朝食より価値が低いのかと心の中で嘆き、朝食は不要と告げて宿屋を出た。






 武道大会で、自分の力を彼女に認めさせようと意気込んだゼンは、観客席で手を振る彼女の姿を見つけて愕然とした。

 確かに数日前に大会の受付に寄ったのを彼は見た。サインをしている様子も見えた。だから、彼女も大会に出るものだと思い込んでいた。だが、彼女は観客席にいる。

 一瞬裏切られたとも思ったが、別に約束をしていたわけではない。

 暫し呆然とした彼だったが、彼女に認めさせるという目的に問題はないことに思い至った。

 問題が大有りだったと気づいたのは、大会で優勝した後だった。


「では優勝者と準優勝者のみなさんはこちらにお願いします。このあと、表彰があります。また今夜、王宮にて晩餐会を催しますので、そちらに参加していただきます。その際、本日より勇者と同じく王宮に宿泊していただきますので、お荷物をご持参ください。宿泊施設に泊まっておられる方は引き払っておいてください」


 ゼンの頭の中で、ぐわーんぐわーんと鐘が鳴っていた。

 この武道大会は勇者の仲間を選抜するものである。事前に公表されていたし、もちろん彼も聞いていた。それに参加するということは勇者とともに魔王を倒しに行くパーティに参加を希望するということで。


 ゼンは振り返った。

 その瞳に映ったのは、足早に出口に向かう彼女の背中。


 その姿を見て、ゼンはようやく自分の想いを自覚した。彼は間違いなく彼女に惚れていたのだ。

 自覚すればいろいろなことが見えてくる。

 なぜ彼女のことが気になったのか。なぜ彼女にパーティを申し込んだ男たちを敵認定したのか。なぜ彼女の名前を呼んで照れたのか。なぜ彼女が心配だったのか。なぜ彼女に置いていかれて落ち込んだのか。

 全ては彼が彼女を好きだったからだ。彼女を独占したかったからだ。


 しかし、彼は優勝した。

 それは勇者の仲間になったことを意味する。

 そして彼女は一般の冒険者である。


 つまり。

 彼はもう彼女と一緒にはいられない。あの宿にも泊まれない。


 ゼンは呆然としたまま、彼女の背中が見えなくなるまで見送っていた。







ありがとうございました。

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