「馬小屋?」
会話回です・・・
なかなか進まないものですね(ぁ
「馬小屋?」
巻き込むからには事情を話さなくてはならない。
ギルドからユーリが泊まっている宿に場所を移し、他に客のいない食堂で、宿の主人が出してくれた茶を啜りながらの話に、ゼン・ディールは驚きを見せた。
その様子に、ユーリはホッと息を吐いた。彼がギルド側ならば話しても意味がない。
「うん。隣の豪華な宿がね、高ランク冒険者のために大きい馬小屋を作りたいから売ってくれって言ってきたんだって」
「断ったんだが、そうしたら嫌がらせをしてきて」
同席している主人はロルと名乗った。本来ならば妻と娘と息子がいるのだが、身の危険を感じたので、妻の実家に帰らせているとのこと。
ゼンは眉間にしわを寄せた。
「嫌がらせって具体的には?」
「出入りする人に暴力振るったり脅したり? あたしの前に泊まった子は、ギルドの仕事を邪魔されたみたい。地方の村から出てきたばっかりの駆け出しだったらしくてさ、仕事できないの、死活問題じゃない?」
「まぁそうだな」
「で、さっきのあたしみたいに、隣に泊まってる冒険者がパーティに入れてやろうかって誘ってきて、乗るしかなくて、パーティ入って隣の宿に移ったらしいんだけど」
「仕方ないわな」
「でも、宿代は本人払いだったみたいでさ」
「そりゃ無茶だ。あそこは新人が払える金額じゃない」
「そうなんだってね」
ユーリは肩をすくめた。
隣の宿が高ランク冒険者専用なのは、その料金によるところが大きい。ここと隣では金額が5倍から10倍違う。それに見合うだけの設備やサービスがあるのだろうが、高い料金を払えるのは、必然的に安定した高収入が得られる高ランク冒険者ということになるのである。
「で、その新人はどうなったんだ?」
「ある日街の外で死体で発見されたって。身包み剥がされて一文無し」
「むう」
ゼンは苦い顔でうなった。
「隣に雇われた連中が殺したという証拠はない」
ロルは硬い表情で俯いた。
「まぁ実際、殺す必要もないけどねー」
「ん?」
「だって、この宿に対する嫌がらせでいいなら、客を奪った時点で終わりじゃない?」
「ああ、そうか。金が払えなかったとしても追い出せばいいことだな」
「そうそう」
「じゃあ、隣の連中じゃない可能性もあるわけか」
「あるねー。追い出されたところを盗賊にとか、スラムの子にとか」
「だが、殺した犯人はともかく、そこに至るまでのやり方がすでに汚いな」
「うんうん」
新人の子を相手に酷いことするよねー、と頷く。
ゼンは、そんな彼女を真面目な顔で見て、先を促した。
「で、どうするんだ?」
「どうって?」
「俺を巻き込んだんだから、何らかの対策をするんじゃないのか?」
「おにーさんを巻き込んだのは、あたしの身の安全のためだよ?」
きょとんとした顔で見返すユーリ。
「は?」
「襲われたって反撃できるけど、そもそも襲われないほうがいいと思ったのよねー。Aランク冒険者が後ろにいるってわかったら、さすがの荒くれでも躊躇するかなーと思って」
ゼンも、そして助けてもらえると思っていたらしい宿屋の主人も、ぽかんと口を開けた。
ユーリは苦笑した。
「もちろん、隣がやってることは酷いと思うから、できることはするよ? でも、物語の英雄様じゃあるまいし、一週間かそこらしか泊まらない旅人が、簡単に助けるって言えるわけないでしょ」
ゼンはすぐに思い当たったらしく、苦い顔をした。
「悪いことをもうやるなって、あたしたちが言っても仕方ないでしょ? 強さを見せつけて相手のやる気をなくしてもいいけど、あたしたちはずっといるわけじゃないんだから、いなくなるのを待って嫌がらせを再開すればいいってことになるよ? どうするの? 商人ごと潰すの?」
「無理だ。そんなの、一介の冒険者にできるわけがない」
『できない』という言葉に、ロルはがっくりと肩を落とした。
「それより、おにーさん」
ゼンは先ほどまでとは違う意味で顔をしかめた。
「嬢ちゃん、その『おにーさん』ての、やめてくれないか?」
「えー? なんか凄い今さらなんだけど?」
「いや、『おにーさん』だといっぱいいて困るだろう?」
「困らないけど、まぁそういうなら。その代わり、ゼンも『嬢ちゃん』て呼ぶの、やめてよね」
ユーリがそう言った途端、ゼンは息を呑んだ。
「・・・ユ、ユーリ」
意を決して名前を呼ぶゼン。照れているらしく、僅かに頬が紅くなっている。
その反応を見て、ユーリは内心ギョッとした。まさか本当にM属性なのか、女王様プレイは興味ないんだけど、と支離滅裂なことを考える。
いやいやいやいや。ただの照れ屋かもしれない。自意識過剰だ。告白されたわけではないのだから。
告白されたところで、恋人を作る気はない。
ユーリは気づかなかったことにした。
「じゃあ、それで。そんなことより、冒険者ギルドのことなんだけど、幹部の身内だからって贔屓していいの? そもそも、サニエのギルドマスターって、どういう人なの?」
そんなことより、と言われたゼンは、若干凹んだ様子だった。だが、そこを突くと変なほうに話が行ってしまうので無視である。
「ギルドマスターは中年のおっさんだな。本人はまだまだ現役でいたかったのに、周りに唆されて渋々マスターを引き受けたせいか、ギルドのことは副マスターに任せて、あちこち飛び回ってるらしい」
「迷惑な・・・・・・」
全くである。
「それと、貴族が特定の商人を贔屓にするのはよくあるが、ギルド幹部がやるのは駄目だ。それをやっちまうと、ギルドが下請けになっちまう」
「やっぱりそうよねー」
「ああ。貴族や金持ちの連中にとって、冒険者は便利な存在らしくてなあ、干渉してくる連中は後を絶たないって、姉貴がいっつも愚痴ってる」
ため息交じりの言葉に、ユーリは再び首をかしげた。
「ゼンって、お姉さんもいるんだ?」
「あ? お前も会っただろ?」
「妹さんなら会ったけど?」
「ああ? 妹なんていねえぞ」
訝しげなゼン。固まるユーリ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数秒の沈黙のあと。
「ええええええええ!?」
ユーリは素っ頓狂に叫んだ。
「・・・・・・」
ゼンは無言で睨んでいる。
「まさか、スヴェリのギルドマスター代理って、お姉さん!?」
「・・・そうだ」
「ちょ、ちょっと待って。お姉さん、いくつなの?」
「歳の話は嫌がるから姉貴にはするなよ? 28だ」
「28には見えないわー。で、ゼンは?」
「25だ」
「・・・・・・そう」
「今、見えないって思っただろ!? 思っただろ!?」
「だって、見えないんだもの。悪い!?」
「どうせ俺は老けてるよ!」
目の前でいじけているゼンを見ながら、凛とした表情のセリナ・ディールを思い出せば、なるほど、こちらが弟だと納得できる。
「あたしも19には見えないしなー」
「え?」
今度はロルが驚いたように目を瞠る。
「19歳なのよー。見えないのは知ってるから感想はいらないからー。あ、ゼンと並ぶと親子に見えたりして」
前半は棒読みで、後半はぽつりと。
ゼンはさらに凹んだ。
「まぁ、歳の話は置いといて」
誰が持ち出したんだと言わんばかりの目で睨むゼンから目をそらして。
「じゃあ、ギルドマスターが敵か味方かによるかなー」
「どうして?」
「副ギルドマスターのやってることを黙認してるとか、そもそも黒幕だったりしたら訴えても意味ないし。むしろ悪化するかもしれないし。まぁそんな権力に弱い人をマスターに任命しないだろうとは思うけど、役職に就いたら人が変わる人もいるしね」
「そうだな。ご主人はマスターに訴えたりしなかったのか?」
ため息とともに歳の件は忘れることにしたらしいゼンは、そのまま真面目な話に戻った。
しかし、訊かれたロルも、ため息をつく。
「何度かギルドまで足を運んだが、いつも門前払いで」
「いるかいないかわからないってのが問題よねー。マスターの顔は知ってるの?」
「俺は一度会ったことがある」
「私は場所柄何度も。ただ、ここ数ヶ月はお見かけしていない」
「ふーん。本当にいないのかなー。おじさんから見て、マスターと副マスターって、どんな人?」
「マスターは気さくないい方だよ。挨拶もするし。副マスターは・・・・・・貴族様だ」
ロルは困ったように口を濁した。
「しかし、貴族出の副ギルドマスターに目をつけられてて、よく無事だな。宿の必要物品の買い占めとかはされてないのか? 売り渋りとか?」
「ああ、それは。隣に泊まっている冒険者の中には素行が悪い方が何人かいて」
「まぁいるな」
「そういう方々が当方を悪し様に言うのを聞いた者たちは割と同情的なんだ。それに、隣を経営している商人も王都では大きいすが、商業都市の三大には敵わん。そのあたりでなんとか」
ロルも小さな宿屋とはいえ、経営者である。多少のツテはあるということらしい。
「ともかく、まずは情報収集からかなー」
ユーリの宣言を聞いて、男2人が視線を向ける。
「情報?」
「そ。あたし、その人たちがどういう人なのか、全然知らないからねー。とりあえず副ギルドマスターがこの宿に泊まる冒険者の仕事の妨害を指示してるのは事実っぽいけど、それだって脅されてなのか、頼まれてなのか、自ら買って出てなのか、それによってこっちの対応だって変えなきゃだし」
「それはそうだな」
「そもそも馬小屋の話だって、隣がおじさんにそう言ったってだけで、本当に馬小屋目的かもわからないし」
「それは俺も思った。馬小屋のためだけに、そこまでするって変なんだよなぁ」
ゼンが首をかしげる。
しかし、情報が少なすぎるのだ。いくら考えたところで答えが出るわけもない。絞り込めることもない。
「武道大会前の慌しい時期に、大きな騒ぎは起こさないだろうから、その間に調べられるだけ調べるつもり」
「ついでにあれやこれやの証拠も見つかったらいいよな」
希望的観測だとわかっているのか、ゼンの口調も強いものではない。
しかし。
「証拠はなくても、あたしが確信できたら、それでいいけどねー」
口の中で小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
ありがとうございました。
8/22宿屋の主人の口調が以前と違いすぎるので直しました・・・すみませんm(__)m ストーリーに変更はありません。




