「知らない天井だぁ」
初投稿です。よろしくお願いします。
「知らない天井だぁ」
棒読みである。
一応お約束であるからにはと呟いてみたものの、今さら感はぬぐえない。
彼女はため息をつくと、寝台に起き上がり、見知らぬ部屋を見回した。
昨日就寝したのは、大学近くの一人暮らし用のマンションの彼女自身の部屋だった。
なのに。
平成日本の一般家屋にはほぼあるはずの蛍光灯はなく、テレビ等の電化製品もない。机の上にあったはずのパソコンも見えなければ、お気に入りのマグカップもない。ベッドは木製でスプリングのかけらも感じない。
普通ならば、すわ誘拐かとパニックにでもなりそうな状況だが、彼女には当てはまらなかった。
拘束されていないことを確認して、唯一の窓へ移動するとカーテンをサッと開け、外を確認する。
「はぁ……また異世界かぁ」
朝日に照らされた町並みは、彼女の住んでいた場所とは似ても似つかない。道路はアスファルトではなく石畳だし、電柱や電線もない。高層ビルはなく、せいぜいが木造3階建てだ。自動車の代わりに時折馬車が走っている。
夢かドッキリかまず考えるのが普通だろうが、やっぱり彼女には当てはまらなかった。
「あーあ、二十歳過ぎればただの人と思ったんだけど、あと3ヶ月が長いわー」
わずかの動揺もなく、ぼやく。
平沢優里19歳9ヶ月。彼女は『界渡り』と呼んでいたが、いわゆる異世界トリップの常習者だった。
「さて」
優里は自分の着ている服を見下ろした。どう見てもパジャマではない。
異世界に跳んだときに着ているものや持ち物が変わっていることはよくあったが、誰かが着替えさせたものではないという保証もない。
「そこは考えても仕方がないから、次は……ステータス、かな」
口にした途端、目の前に透明なウィンドウが現われた。
「あ、出た」
彼女が過去に行った異世界のうち、実に約5割は自分のステータスを確認できた。そのうちの約半数が今のようにいつでも見ることができた。残りは教会や役所で見ることができる世界だった。
ゲームじゃあるまいし、と幾度となく思ったが、実際できてしまうのだから、そういうものだと納得するしかなかった。
なので、跳んだ直後はとりあえずステータスと言ってみることにしているのである。
ユーリ 女 19歳
レベル:184
称号:『界渡り』『元勇者』『観察眼の持ち主』『限界突破者』『武器を創造する者』
以後、能力、技能と続いている。
「え? 1レベルスタートじゃないの? っていうか184って……」
なんとなく見覚えがある数字だ。
「それより元勇者ってほうがあれかー」
思い出すのは中学3年のとき。いつもは突然跳ばされるのだが、珍しくも勇者召喚されたことがあった。王道どおり魔王討伐で。数人の仲間とともに2年ほど旅をした。めでたく魔王を倒し、最後はきちんと送還してもらって別れた。
異世界に2年いても、もとの世界ではまったく時間は進んでおらず、行方不明と騒がれることもなく、平常の生活に戻ったわけだが。
「あたしが勇者やったの、あれ1回しかないから、あの世界なのかなー。184レベルってのもそうだった気がするから、たぶんそうかなー。でも武器創造ってのは記憶にないなー」
今回の界渡り補正かなー、チートっぽいなーと続ける。
「まぁ、跳んじゃったものは仕方がないから、いつまでかわからないけど、とりあえず生活しなくちゃねー」
かばんかばんと部屋を見渡せば、サイドテーブルの上に懐かしい肩掛けかばんが置いてある。中身を確認すると以前使っていたもののようだった。お金も3年ぐらいは遊んで暮らせるぐらいありそうだ。貨幣が変わってなければ。
「とにかくまずお金が使えるか、よね。それと、あれからどれくらい経ったのか」
何しろ勇者だったのだ。当時の人たちには顔を知られている。今回は勇者として召喚されたわけではないから、大事に巻き込まれたくはない。幸いにして、大学に入ってから髪の色を染めたため、茶髪になっているので、知り合いでもすぐにはわからないだろう。
「あとは今いる場所の確認よねー」
ここは宿屋っぽいけど、と呟きながら、部屋唯一の扉の横にある鏡を見る。
髪の色と年齢を除けば、服装すらも当時のままだと気づいた。これはステータスウィンドウが示すとおり元勇者ユーリだなぁと苦笑した。
じゃあ今日からユーリで生きていくかーと、あっさり受け入れ。
できれば講義内容を忘れないうちに平沢優里に戻れますように、といるかわからない神様に祈り。
「よし。じゃあ、しゅっぱーつ」
覇気のない声で呟いて、扉を開けた。
ありがとうございました。