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ツキネの恩返し!  作者: ヨハン
狐の少女と狸の美女
8/15

人は守るものがあると強くなれるものだ

千雪は少しずつツキネのことを大切に思い始めてますね。

 鎌鼬を倒した後、俺達はこの里の人々が集会などに使う小さな公民館へ来ていた。

 どうやら和尚が里の人々に今日の出来事を伝えるらしい。

 里に住む人々の年齢層は比較的高齢の人々が多く、俺と同じ世代の人間はあまりいない。


「今回の事件は妖怪の仕業だそうです」


「妖怪!?」


「そんな馬鹿な……」


「妖怪なんているはずないだろう!」


 和尚が言うと、中年くらいの男性や女性が口々に言い始める。

 次第に館内はざわつきで満たされ、和尚もどう説明したら分かってもらえるのか……と言いたげな渋い顔をする。

 それを制したのはとある老人だった。


「静かにせんか!」


 鶴の一声だった。

 その威厳があるしわがれたような声によって館内は一瞬でぴたっと静かになる。


「……どうやら、この里のことを分かっていない者もいるようだから教えておこう」


 老人が和尚の隣へやってくる。あれは確かこの里の長である里長だ。


「成田和尚。少しばかり時間をいただけないか」


「構いません。どうぞ」


 すると里長は一歩前に出て、すぅっと息を吸った。


「……この里は遥か昔、妖怪と密接に関わる里だったのだ。妖怪と共存しながらも、妖怪に困らせられることが多かったそうだ。そして千年と少し前、少しずつ人々の生活を妖怪達が支配し始めた頃だ……旅をしてこの里へやってきたとある僧が『妖怪はいずれこの里全体を支配するだろう』と判断し、妖怪達を北の山の奥へ封じたのだ」


「……そうなのか?」


 俺はキヌに小声で訊ねる。

 

「……僧の話はあまり分かりませんが……里と密接に関わっていたことは確かです」


「妖怪と人間の生活は断絶され、北の山の奥深くの地は今でも立ち入ることが出来なくなっている。だが……近頃、封印が弱まっているようなのだ。成田和尚、そうなんでしょう?」


「はい。そりゃ千年以上も昔の封印ですから……」


「そういうことだ。だから、今日の妖怪はその弱まった封印を抜け出してきたのだろう」


「……キヌ、お前達もそうなのか?」


「いえ、うち達は普通に行き来出来るんです……封印に引っ掛かって里へ来れないのは邪悪な心を持つ妖怪だけなんですよ」


「そうか……」


 妖怪だからこそ分かる事情もあるようだ。

 安易に人間の見解だけで判断するのは危険そうだな……。


「ただ、封印が弱まっていることも確かですから……時間はかかりますが、邪悪な心を持つ妖怪もこの里へ来れるでしょう」


「なるほどな……」


 俺は里長へ視線を戻す。


「里長! どうすればいいんですか!」


 一人の男性が叫ぶように訊ねる。


「この里にも妖怪に対抗できる手段はあったのだが……その手段を行使するのは危険すぎるのだ」


「なんですか、その手段って!」


「……ある妖刀を使った剣術だ。名を氷河一刀流という」


「氷河一刀流……?」


 俺は刀袋を見つめる。きっと、その妖刀というのはこれだろう。

 『氷河』に妖怪を封じる力があるという話は和尚やキヌから聞いている。

 ただ、氷河一刀流なんて名前は聞いたことがない……何しろ父さんは詳しいことは何も教えてくれず、俺も言うとおりに稽古していただけだったから。


「数百年前のこの里には『氷河』という妖刀があったのだ。その妖刀は恐ろしい力を秘めていて、それに斬られたものは魂を奪われるとまで言われていた。剣の腕が立つ侍がそいつで妖怪を斬り、力ずくで封じ込めていたと伝えられている。だが……その刀を酷使するとその刀に宿る妖怪『氷河』が目を覚まし、襲ってくると言われていた。だから、妖怪が封印されると同時に『氷河』も封印をかけられ、その後闇に葬られたと聞く」


 何故それがうちの蔵にあったのかは分からないが……改めて恐ろしい代物だと再認識する。


「お前さん達、八年前の事件を知っているか?」


 里長はその問いかけを前置きとし、話し始める。


「八年前、数百年の時を経て人の手に触れた『氷河』が突然暴走しとある夫婦が犠牲になったことを」


 事情を知る人はこちらへ視線を向けてくる。

 

「知っている者もいると思う。その夫婦の夫、そこにいる降矢千雪君の父……降矢冷治(ふるやれいじ)君が、自宅の蔵にて見つけたのだ。『氷河』をな」


「っ……」


「……ツキネ?」


 ツキネが俺の胴着の袖をきゅっと掴んでくる。

 その表情はどこか苦痛を感じているような表情だ

 うぬぼれかもしれないが……俺のことを心配してくれているのだろうか。


「妖怪への封印が弱まるように、『氷河』の封印も弱まっていたのかもしれない。そして、冷治君の体を乗っ取った。冷治君は最後まで抵抗したようだが……」


 里長は皆まで言うまいと思ったのか、その後は何も言わなかった。


「ところでだ、千雪君」


「え、あ……はい?」


「君は知っているかね、君の父さんの剣術を」


「まぁ……少しは。でも、最後に教わったのだって昔の話ですし……詳しいことはあんまり教えてくれませんでしたけど」


「そうか……」


 里長は和尚の方を向いて何かを喋る。

 お互いに頷き、こちらへ視線を戻した。


「君の父の道場にはたくさんの門下生がいたようだね」


「はい」


「千雪君も門下生と一緒に習っていたのかね?」


「いや……俺、あの時はまだガキでしたから一緒には習わせてもらえなかったんです」


 練習後とかにちょくちょく教えてもらったり、練習が無い日にマンツーマンで教えてもらっていたっけな。


「そうか、やっぱりな……」


「やっぱり?」


「一緒に習えるわけがないのだ。彼が君に教えていたのは……彼が門下生に教えていたのとは全くの別物なのだから」


「えっ……?」


 里長は一呼吸置いて言った。


「彼が君に教えていたものはさっき話した、妖怪を封じるためだけに生み出された剣術……氷河一刀流だ」


 




 その日の夜。

 俺が縁側で雪が降り続く外を眺めていると、風呂上りでパジャマ姿のツキネが隣に座ってきた。


「……千雪」


「なんだ?」


「考え事?」


「まぁな」


「何考えてたの?」


「ちょっと今日のことをな……色々とありすぎてまだ混乱してるんだ」


 俺は公民館での会話を思い出す。

 どうやら何も知らず身に付けていた剣術はとんでもないものだったらしい。

 氷河一刀流は『氷河』が一度封印されてからも剣の腕が立つ剣士達に脈々と受け継がれてきて、父さんもまたそれを受け継いだ剣士の一人らしい。

 一人の師が一人の弟子へ、それが掟らしいけど……よりにもよって息子にそれを託すとは。


「ホント、とんでもない父さんだよな」


 父さんの代で19代目。つまり、俺の代では20代目だと里長は言っていた。

 俺は知らず知らずのうちに氷河一刀流を継承してたのか。


「きっと、千雪のお父さんはいつか話そうと思ってたんじゃ……?」


「かもしれないな」


 俺はまだまだガキだったし理解するのは難しいと感じたのかもしれない。

 それに、もしかしたら父さんも同じように誰かから習ったのかも。


「千雪なら……きっと大丈夫だと思う」


 ツキネは俺に微笑みながらそう言った。


「でも、これからは里の皆の命と期待を背負うことになったんだよな」


 あの公民館で、俺が妖怪へ対抗できる唯一の人間だと里長は明言した。

 当然周りの人達からも期待を託されるわけで……正直、不安で仕方がない。

 いつ力に飲まれるかも分からない危険な刀と、いつ殺されてもおかしくない妖怪との戦い。そして周りからの期待。

 それらが一斉に圧し掛かってきているのだ。


「……千雪」


「ん?」

 

 ツキネがそっと俺の手を取る。


「私も一緒に頑張る……無茶しないで」


「……おう」


 まぁ、なんとかなるだろう。

 俺は一人で戦うわけじゃない。

 ツキネが一緒にいてくれる……。


「うちも仲間に入れてくれると嬉しいんですけど……」


「うおっ、キヌ」


「それともお邪魔でした?」


「そ、そんなわけねぇだろ……」


 キヌはくすっと笑ってツキネと反対側の隣に座る。

 そうだよな、キヌも一緒だ。


「……うちも、千雪様なら大丈夫だと思います」


「ありがとよ」


 優しい声でキヌが言った。

 こいつもこいつで心配してくれてたんだな……。


「一緒に頑張りましょうね。氷河一刀流20代目当主、降矢千雪様」


 ただ、この呼び名は少しむずがゆい。

 でも氷河一刀流を使って妖怪を封じ込めるのは、俺にしか出来ないことなんだよな……。

 この呼び名もその証と思うことにしよう。


「さて、うちはお風呂に入らせていただきますね。二人でごゆっくり」


「あんまりからかうなよ」


 キヌが風呂へ行き、俺とツキネは二人きりになる。

 二人で静かに深々と積もる雪を眺めていると、ツキネが先に口を開いた。


「……千雪」


「なんだ?」


「膝の上に座りたい」


「……は?」


「んしょっと……」


 俺が唖然としている間に、俺がかいた胡坐の上に座ってくる。


「不安な時はキヌ姉にもこうしてもらってた……こうしてると安心出来る」


「……何か不安でもあったのか?」


「もしも……妖怪との戦いで千雪が死んだらって考えたら……」


 ツキネは俺に背中の体重を預けながら静かに言った。


「まぁ、可能性は無くもないよな」


 何しろ俺にとっては道の相手との戦いだ。

 それに、氷河の時にだって軽く死にかけている。


「……そんなの嫌」

 

「嫌なのか?」


 俺が訊ねると、ツキネは振り向いて強い眼差しを向けてくる。


「当たり前……! 嫌っ……もう大切な相手を失うのは嫌なの……!」


「ツキネ……お前……」


 きっと、ツキネの過去にも何かがあったのだろう。

 聞くなんて野暮ったい真似はしない。

 皆まで言わなくても分かるような気がするから。


「……じゃあ、約束してくれ」


 俺は後ろからそっとツキネの体に腕を回し、抱き寄せる。


「俺は妖怪との戦いで絶対に死なない。だから……お前も死ぬな、ツキネ」


「ん……」


 ツキネはこくりと頷く。


「お前が傷つくのは……もう見たくないんだ」


 ツキネは俺を守って大怪我を負った……だからもう二度とあんな姿を見たくはない。

 この子が傷つかないためにも、俺は全力でこの子を守りたい。

 ツキネを傷つける相手は迷いなく斬る……それが俺の覚悟だ。


「それにしても、俺が死ぬのをここまで嫌がるなんて……お前は可愛いやつだな」


 俺は気がつけばそんなことを言っていた。

 ちょっと恥ずかしいな、今のは。


「大切な人を失った時の気持ちは……千雪も分かるでしょ?」


「嫌ってくらいに分かるよ……そりゃ」


「私にとって大切だと思えるのは……キヌ姉と千雪だけだから」


「じゃあ、キヌのことも守ってやらなきゃな」


「ん……」


 ツキネはこくりと頷いて、何も言わず外を眺める。

 そうしている間に彼女は全ての体重を俺に預けてきた。


「千雪……もうちょっとだけ……こうしてていい?」


「……いいよ、別に」


 さっきの話からするに……きっとツキネも大切な相手を失ってしまった身なんだろう。 

 それを思い出してしまって不安な気持ちになっている彼女を少しでも安心させてやりたいと思い、抱きしめている腕に少しだけ力を入れる。

 本当ならこういうことは恋人同士でやるんだろうけど……俺にそんな気はない。おそらくツキネも同じだ。

 お互いに信頼出来る相手と一緒にいて、その相手との時間を心の拠り(よりどころ)にしているだけだ。

 俺にとっての心の拠り所は和尚やキヌ、そして何より……今抱きしめているツキネとの時間。

 たとえ妖怪との戦いで死にかけ絶望しようとも、この時間がある限り俺は死なない。死ねない。


「ツキネは暖かいな」


「千雪も暖かい……」


 ツキネは腕の中で目を瞑って呟く。

 やっぱり可愛いやつだよ……お前は。

大切だと思える人と一緒にいられる時間は永遠じゃないんですよね。 さて、引き続き誤字や脱字・矛盾点などがありましたら……。

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