付いた決着、付かない決着
戦闘回です。やっぱり戦闘の描写って難しいですね。
クリスマスを終え、人々が新年を迎える準備を始める時期になる。
今日の朝もツキネが俺の布団で寝ていたけど、もう驚きも慌てもしなくなってきた……飼い猫が布団へ潜り込んでくる感覚に似ているかもしれない。
いつものように三人で朝食を食べた後、俺は今日も道場へ来ていた。
連日の稽古のお陰で、刀を使ってそこそこ動けるようにはなってきたと思う。
ただ、氷河との戦闘から一度も妖怪とは出会っていない……それだけ平和だということだから、それはそれでいいのだが。
「千雪様千雪様」
「どうした?」
キヌがなにやら慌てた様子で道場へやってくる。
「外の雪の量が凄いんですけど……雪かきとかしないんですか?」
「あ」
……すっかり忘れてた。
というわけで……積雪の程度を見るために俺とキヌ、ツキネは外に出る。
ツキネとキヌはネットショッピングで一緒に買っておいた防寒着を着ていた。
「これ暖かい……」
ツキネはフードを被ってどこかほわほわした表情をしている。
フードの枠部分がふさふさしているが、どれだけふさふさすれば気が済むんだろうこの子は。
「雪の量が凄いですね……」
「ちょっと着替えてくるか……この量だし」
目の前には腰の高さまで積もった雪が一面に広がっている。
こりゃ時間がかかりそうだな……。
去年までは他の家のおじさんやおばさんが手伝ってくれていたが、それでも何時間もかかった。
それに女性陣に無理をさせるわけにもいかない。
俺は雪かきをしやすい服装へ着替えようと思い、家の中へ戻ろうとする。
するとそんな俺の肩をツキネがつついてきた。
「千雪。雪、焼いてもいい?」
「え? 焼……え?」
「狐火!!」
ツキネが放出した炎が一面に広がる雪を包み込み、瞬時に雪が溶けていく。
ちょ、待て待て。そんなぽんぽん炎を飛ばしたら雪は……溶けるよなそうだよな。
いや、だからそんなに炎を飛ばしたらあっという間に……。
「終わった!」
「……そうだな」
そんな満面の笑みで終わった喜びを表現したらもう何も言えないじゃないか。
……去年までの苦労を思い出して今年の雪に立ち向かおうと決意した俺って一体。
「千雪、これでいいの?」
尻尾をふりふりしながら問いかけてくるツキネはまるで犬のようだった。
まぁ楽に終わるならそれでいいんだけどな。
「うん。ありがとよ、ツキネ」
「えへへ……」
とりあえずツキネを撫でてやると、可愛い笑顔が返ってくる。
こんな犬や猫(狐でもいいか)がいたら飼い主もさぞデレデレになるんだろう……って、ツキネをペットと同列に扱うのは止めた方がいいな、うん。
そして一瞬で雪かき(雪溶かし?)を終えた俺達が家の中へ帰ろうとした時だった。
「っ!!」
「ツキネ? どうした?」
ツキネの表情がぴりっと張り詰め、何かを警戒するような表情になる。
「妖怪がこの里に下りてきた……」
「え……?」
「千雪! 私は先に行ってくる! 千雪は『氷河』持ってきて!」
「ちょ! ツキネ!?」
ツキネは風のような速さで走り去っていった。
しかし、本当に妖怪が……ちょっと緊張してきたな。
「千雪様、うちも一応妖怪の場所を感じるんで案内します」
「わ、分かった! ちょっと待っててくれ!」
俺はキヌにそう言うと道場へ戻り、道場に置いてある『氷河』を手に取る。
氷河の半身とも言える代物であり、氷河自身を倒した刀。
少しでも慣れるために稽古の時も使っていたが、よく考えればこれほど恐ろしい刀が現代にあるのだろうか。
数千年の歴史を見てきたこの妖刀を使って妖怪を斬る……それが俺の役目だと、ある日の稽古中にキヌが言っていた。
氷河の存在、そしてツキネやキヌと関わる以上覚悟はしていたがやっぱり不安もある。
でも、迷っていられない。
「よし……行くか」
キヌは北の山のふもと、氷河と一戦を交えたあの雪原にツキネと妖怪がいると言って走り出した。
俺も『氷河』が入った刀袋を背負ってキヌの後ろを走る。
北の山へ続く道路を走る途中で人だかりが見えてきた。
人だかりの中心には血を流して倒れている数名の男性達、そして彼らを手当てしている和尚や他の坊さん達の姿があった。
「和尚!」
「おぉ、千雪! 大変だ、妖怪が現れたぞ!」
「分かってる! でも……」
手当てを受けている人達は顔や腕、脚から流血しているようだが意識はあった。
「一体何があったんですか?」
俺は手当てを受けている一人の男性に訊ねる。
「何か鳴き声が聞こえたと思ったら急に大きな風が吹いてきて……その風で体中傷だらけになっていた……何か動物が見えた気もしたんだが……」
「……キヌ、そんな妖怪いるのか?」
斜め後ろにいたキヌに質問すると、キヌはすぐに答える。
「鎌鼬でしょうか」
「聞いたことがあるな、その名前。……ところで和尚。ツキネはここへ来たのか?」
「あぁ、来た。でも、その獣を追って山の方へ走って行ってしまったぞ」
「よし、キヌ。行こう」
「はい」
「ちょっと待て、千雪。まさか……」
「妖怪を退治してくる。ツキネやキヌも一緒だし大丈夫だ」
「そうか……うむ……だが、無茶はしないようにな」
和尚は少し渋い顔をする。
氷河のこともあるし、きっと俺が妖怪と関わることを危険視しているのだろう。
確かに危険なことには変わりないが……。
「必ずなんとかして帰ってくるさ」
和尚にそう言い残し、俺とキヌは再び走り出す。
例の雪原へ辿り着くと、ツキネが立っていた。
彼女が見据える先には、雪を巻き上げてその形が視認出来るようになったつむじ風が吹いていた。
どうやらここまで追い込んできたらしい。
「ツキネ! あれが鎌鼬か?」
「あれは鎌鼬の一部のようなもの……でも、何かおかしい」
「おかしいって?」
「肝心の妖怪の姿が見当たらない。あのつむじ風の中にもいないみたい」
「それはおかしい……確か、鎌鼬はつむじ風に乗っているのが普通なんよ」
二人の話を聞いて俺はもう一度つむじ風を見る。
被害を受けた人達は動物のような姿を見たって言ってたけど。
「どこかに隠れているんじゃないのか?」
「じゃあ、雪を全部溶かしてみる」
ツキネはそう言って、全身のバネを使って飛び上がる。
そして巨大な炎の塊を手の先で作り出し、雪原へ打ち込む。
こいつの炎は対象としたもの以外は焼かないらしいが……。
地面へ打ち込まれた炎はめらめらと燃え盛り雪を包み込む。
これは焼くというより包んで溶かすと言った方が正しいかもしれない。
雪を全て溶かし終えると、雪原の下に広がっていたと思われる枯れた草の野原が姿を現す。
そしていつの間にかつむじ風も止んでいた。
「妖怪特有の妖気は確かに感じるんだけど……なんでいないんでしょ」
「……」
キヌが辺りを見回している時、ツキネは目を瞑る。
そして、突然目を開ける。
「キヌ姉! 危ない!」
ツキネはキヌの前に飛び出し、手の先から炎を放射した。
その炎は突然直線状に吹いてきた旋風とぶつかり合い、打ち消される。
「いた!」
ツキネが叫んで指を差す。
そこには大きな四本足の獣がいた。
「あれが鎌鼬……か?」
「コルルル……」
どうやら威嚇しているようだ。
毛を逆立て、臨戦態勢に入っている。
「あの子、やたら気が立っているような気がします……」
「とりあえず、キヌは下がっていた方がいいんじゃないか?」
「あの相手だとうちは必要無さそうなんで、そうします」
……その言い方だとキヌも戦闘慣れしているかのように聞こえるが、実際どうなんだろう。
まぁいいか。今は目の前の敵に集中だ。
俺は刀袋から『氷河』を出し、鞘から刀身を抜く。
「ツキネ、まずはあの風を見極めたいんだが」
「む……じゃあ風は私が防ぐから十秒で見極めて。その後すぐに攻撃するよ」
「わ、分かった」
相手を見極めてこそこの剣術の本領は発揮される、以前父さんが書いていた書物にはそうあったが……どうやらツキネは早く戦闘したくてうずうずしているようだ。
結構シビアだな、こいつの戦闘観。
「コルルルルッ!!」
「狐火!!」
鎌鼬は嘶くと共に激しく尻尾を回転させる。
どうやら相手を傷つける旋風の正体はあの尻尾を回転させ続けて起こす風らしい。中心部分はどうやら空洞らしいが、その周りには鋭い刃のような風が吹いていると見た。
つむじ風もあの旋風の派生のようなもので、その場に風を留めているのだろう。
飛んできた旋風をツキネが炎の壁でガードする。
「大体分かったからもう攻撃して――」
「狐火連打! えいっ! えいっ!」
早っ!
これじゃ俺も何もしなくていいんじゃ……。
「コルルルッ!」
「なっ……」
鎌鼬は打ち出された無数の火の玉を全て移動して避ける。
かなり素早い動きで、相手が避ける度に地面が反され土が舞う。
「はっ!!」
「コルッ!」
俺も刀を薙ぎ払うが、鎌鼬はそれも軽々と避ける。
「狐火!」
「コルルルアァァァ――」
ツキネは鎌鼬が俺の攻撃を避け、着地をした瞬間を狙って炎の塊を投げつける。
すると鎌鼬さっきよりもより大きな声で嘶き尻尾を激しく回転させた。
その瞬間……大きな旋風がツキネの炎を掻き消しながらこちらへ一直線に吹いてきて、それに包まれそうになる。
「ツキネ! 千雪様! 危ない!」
「っ!?」
「きゃっ!」
キヌに片腕を掴まれ、体が浮く。
どうやらツキネも同じ状況にあるらしい。
キヌは俺達の腕を引いて旋風から回避させてくれたらしい。
「あの風に触れたらただでは済みません……お気をつけて」
「あ、あぁ……ありがとう、キヌ」
俺は完全にずたずたになった野原を見て唖然としながらもキヌに礼を言う。
「ありがと……。ところでキヌ姉は戦わないの……?」
「戦ってもいいならうちも戦うけど……千雪様とツキネでなんとかなると思ったんよ。それに、あの相手には千雪様の剣術が有利だから」
「でも、距離を取られた以上容易に近づくことは出来ない……あの風も危険だし。それに、ツキネの炎も掻き消されてしまうみたいだ」
「千雪様。だからこそ、あなたの戦いのスタイルと剣術が役に立つんですよ」
「え……?」
キヌは何か含みのある笑みをみせる。
「あの風の吹いていない場所は?」
「それは……中心部分……か?」
「そうです」
キヌはクイズに正解した子供を褒める親のような、そんな笑顔になる。
「あの中心はいわば台風の目、あの中を進めば無傷で相手に近づけます。いくら素早くても、風を起こしている間に攻撃をされたら反応も遅れるでしょう」
「キヌ姉、じゃあ私があの風に飛び込んで精一杯の狐火をぶつける」
「ツキネの本気の炎は確かに強力だけど、ツキネが飛び込んだら防御役がいなくなっちゃうんよね」
確かに、あの風を防ぐ術を持っているのはツキネだけだ。
二人ならかわすことも出来るだろうが、大事なのは相手に風を打たせている間に攻撃をすること。
ならば、ここは俺が頑張るしかない。
「そっか……じゃあ千雪に任せた!」
「分かった、ツキネはキヌをしっかり守ってくれ」
「うん!」
氷河の時とは違い、今回はこちらから攻撃を仕掛ける。
それに適しているのは、走りながら攻撃の態勢に入ることが出来る型だ。
……よし、やってみるか。
「じゃあ行くか……」
肩の高さまで刀を持つ両手を上げ、刀の先端である鋒を相手に向けて構える。
「コルルル……アァァァァ!!」
「くっ!」
今までで最大級の旋風が巻き起こされる。
それでも負けるか!
刀をしっかりと握り、旋風の風穴へ一気に走り込む。
「っ!」
しまった、ちょっと風にかすったみたいだ。でもこのくらいなら問題ない。
いよいよ、鎌鼬との距離が短くなってくる。
しかし……標的を斬る直前になって、俺にはある感情が芽生える。
妖怪とはいえ、生きている存在を刀で斬れるのか……と。
「……くそっ」
斬らなきゃならないことは分かっている。
『氷河』で斬らなきゃ妖怪を止めることは出来ないのだから。
でも、俺が今まで斬ってきたのは道場の空気や練習用の的だけだ。
生きているものは斬ったことがない。
そもそも、現代においてそんな機会は無い。
それでも斬らなければ……斬らなければいけないんだ。
「っ……あぁぁぁぁぁ!!」
俺は迷いを振り払うように鎌鼬を逆袈裟斬りし、すぐさま持ち手を変えて袈裟斬り、そして最後に薙ぎ払う。
これは、相手の懐へ潜り込みつつ一連の動作を刹那に行う攻めの型『氷雨』。
「コ……ル……」
鎌鼬は力が抜けたような鳴き声を漏らし……その場に倒れる。どうやら決着が付いたようだ。
それと同時に『氷河』が黒い気を吸い込む。
倒れた鎌鼬はやがて灰になり、風に吹かれて散っていく。
「『氷河』に斬られ、身に纏った妖気を取り除かれると妖怪は返るべき場所へと返り、生まれ変わると言われているんです……千雪様、お疲れ様でした」
「あぁ……」
近づいてきたキヌの言葉に気の抜けたような返事をしてしまう。
なんだろうな、この気分。
氷河を倒した時とは違う……。
あの時はこんな風に消えるわけじゃなく、刀に戻りそこから俺の体の中へ入り込んできた。それに、怒りでいっぱいだったから斬ることにも迷いはなかった。
ただ……今は使命感で相手を斬って、その斬った相手は灰になって散ってしまった。
妖怪を殺した、のかは定かではないが罪悪感のようなものを感じる。
それと同時に虚無感のようなものも感じる。
「千雪……これは悪いことじゃない」
「ツキネ……」
「あ、腕……大丈夫?」
近づいてきたツキネは俺の腕を見て心配の眼差しを向けてくる。
「あぁ、ちょっと切れただけだ……」
「そう……」
しんみりとした空気が流れ、気が重くなる。
妖怪とはいえ、外見は普通の獣となんら変わりないあいつを俺は斬った。
辛いわけじゃないが、俺の手であいつの生を終わらせたのだと思うと……な。
「はぁ……」
「……千雪! 元気出せ!」
「……お前はよく抱きついてくるのな」
「だって、暗い顔してる! そんな顔見たくない!」
「……ごめん、ツキネ」
ツキネは目に涙を浮かべて訴えるような眼差しを向けてくる。
俺が暗い顔をしていると、ツキネはそれを嫌だと思うらしい……どうしてかは分からない。
ただ、こうしていることでツキネを泣かせてしまうのは嫌だな。
「ここで妖怪を倒さなきゃ被害者が出る! だからこれは悪いことじゃないの!」
「そんなこと、分かってるんだ……でも」
今日は現に被害者が出た後だったし、放っておけば他の人達の身にも危険が迫る。
それでも、動く相手を斬ることなんて今までしたことがなかった。
それに……。
「……俺、動物が好きなんだ。今まで、俺の友達は動物だけだったから」
「それは……」
「だからああいう姿の相手を斬るのは心苦しい……。それに、生身の相手を斬ることにも慣れていないから……こういうことをしてると自分の中の何かが変わってしまいそうで怖い」
大好きな動物の姿をした相手や動く生身の相手、これからもそれらを斬っていかなければならない。
そうしていくうちに、俺の中の価値観や倫理観が壊れてしまうのではないかと思っている。
「この役目を担った以上割り切らなきゃならないと思ってる……けど、こればっかりはそう簡単に割り切れることでもないんだよ……」
「っ……」
ツキネは俺の胴着をきゅっと握って涙が流れるのを我慢する。
「千雪様は優しいです。でも……それが長所であり短所になってしまう……人間の難しいところですね」
キヌの表情もどこか浮かない。
まるで俺の心を悟っているかのようだ。
「……だけど、ツキネを泣かせちゃうのは嫌だな」
「泣いてないっ……もん……」
ツキネは反論するが、その顔はどう見ても泣いている。
「千雪様、ツキネは千雪様の暗い顔を見たくない……というより、千雪様にもう暗い顔をしてほしくないんですよ」
「なんでだ……?」
「今まで笑顔を忘れてきて、ツキネと出会うことで笑顔を取り戻せたあなたが、暗い顔をするとまた昔に戻ってしまうような気がしているんですって……そうでしょ、ツキネ」
「うん……もう、千雪が寂しい思いをするのは嫌……」
そうだったのか……。
俺のことをそこまで想ってくれているツキネに心配かけてしまって、なんだか申し訳ない気分になる。
「ごめんな、ツキネ」
俺はそっとツキネを抱きしめる。
この子はこうしてやると落ち着いてくれるみたいだから。
「人間は悲しい時に悲しい顔をして、寂しい時には寂しい顔をして、嬉しい時には嬉しい顔をする……そうやって、感情のままに生きてるんだ……。だから、これからだって俺はこんな顔をするかもしれない」
「そんなの嫌……」
聞き分けのない子供のように、ツキネは頑なに拒む。
人間である以上感情に支配されるのは仕方のないことだと思うし、それは妖怪であるツキネやキヌも同じだと思う。
いくら頑張ってもどうにも出来ないことはあるものだ。
ただ、俺には確かに分かることがある。
「でもな、俺はツキネやキヌと一緒ならすぐに笑顔になれると思ってる。だから心配すんな……今回のことだってすぐに立ち直ってみせるし、次までに腹をくくるから」
「千雪……っ」
「もう泣くなって。なっ?」
「うん……」
ツキネを泣かせたくない。
どこから湧いたかも分からないこの気持ちは、妖怪を斬ることへの迷いを遥かに上回るものだ。
だから少しでも早く自分の気持ちに決着を付けなければ……。
次回は和尚さんと住民達の話し合いに参加する話の予定です。誤字、脱字、矛盾点などの指摘は引き続きよろしくお願いします。