助けた狸が美女だった
4話目です。新キャラが出てきますよ。
妖刀に宿る妖怪との、ギリギリの戦闘から一夜明ける。
俺は左腕に大きな傷を、ツキネは背中に大きな傷を負った。
和尚に手当てをしてもらいつつ刀を見てもらうと、もう刀に氷河はいないらしい。
その代わりに俺の体を器として体内に潜伏しているらしいが、ツキネの力によって今は大人しくなっている。
だがいつ暴走するか分からない危うさがあり、油断は出来ないとのこと。
ところで、だ。
「くー……くー……」
「またか」
目を覚まし体を起こすと隣にはふさふさしたものと眠る美少女が。
ツキネが昨日と同じく自分の尻尾を抱き枕にして眠っていた。
「おい、起きろ」
「くー……くー……んむにゃむ……」
完全に熟睡してやがる。
とりあえずこの抱き枕を奪ってみようか。
俺はツキネが抱きしめている彼女の尻尾を両手で掴み彼女の両腕から解放する。
「ん……あ……返してっ」
自分の尻尾を返してって、なんか笑えるな。
……って、そうじゃなくて。
「起きろ。なんでまた一緒に寝てんだ」
「……寒かったから」
ツキネがしょんぼりとした気分なのを表すかのようにふさふさの耳が垂れる。
「お前は熱を求めてくるのか」
「うん」
ガラガラヘビかこいつは……。
「あのなぁ、人間界では年頃の男女が一緒に寝るのは色々と危ないんだぞ」
人間の生活をさせる。
それが、人間の生活に憧れているツキネに氷河を抑えてもらうお礼として俺が提案したことだ。
ツキネだって容姿を見るからに年頃だと思うので、ここはやはりけじめをつけないといけない。
「お前何歳なんだ?」
「1600歳ちょっと。人間でいうと16歳くらい……」
「凄いな……妖怪ってのは皆そのくらい長生きなのか?」
「私はまだまだ若い方。中には9000歳を越える妖怪もいる」
「なっ……どんだけ長生きしてんだ」
「妖怪は長生きするの」
「そうか……とりあえずお前は人間でいうと16歳くらいなんだな?」
「うん」
「なら、やっぱり寝る時は自分の布団で寝なきゃ駄目だ」
「どうして?」
「どうしてって……」
そりゃ、年頃の男女が一緒に寝てたら間違いも起こる可能性がある。
彼女にそんな知識は無さそうだが、俺は人間の男だ。こんな美少女と毎晩同じ布団で寝るなんて、理性を時限爆弾で囲むようなものだ。いつ爆発するか……。
「私は千雪と一緒に寝たい」
「……人間の女は恋人でもない限りそういうこと言わないけど」
「じゃあその恋人になる」
「ちょっと待て、ちゃんと意味を理解してないだろ?」
「知ってる。特定の男女が特別な関係になること」
「お、ちゃんと知ってるんだな。……待て待て待て待て待て。じゃあなんで恋人になりたがるんだ」
「駄目なの?」
ツキネは首を傾げる。
「駄目っつーか、そういうのはお互いに好きな男女がなるもんだぞ?」
「私は千雪のこと好きだよ。守ってくれたし、強くてカッコいいから」
「……多分、その好きっていうのは意味が違う気がするな」
屈託のない笑顔で言われると恥ずかしいが、今の彼女の「好き」は恋愛感情を含んでいないと思う。
というか、恋愛というものを理解しているかも分からない彼女にそんな感情を抱けるかさえ謎だ。
「んん……人間って難しい」
「まぁ、ゆっくり慣れてけばいいさ」
軽くツキネの頭を撫でて俺は立ち上がる。
「今日は朝食食べるのか?」
「うん、食べる」
昨日は何故かいらないと言ってずっと炬燵で寝ていたが、今日は食べるらしい。
つまり今朝は二人分作らなきゃならないわけだが……果たしてツキネの口に合うんだろうか。
「美味しい……もぐっ……これも……はむっ……もぐっ……美味しい」
「ハムスターみたいになってんぞ」
どうやらツキネは気に入ってくれたらしい。
とはいっても味噌汁と卵焼き、焼いたウインナーと漬物、あとご飯。そんな簡単な朝食だけど。
「人間は……もぐもぐ……こんなに美味しいものを食べるのか……もぐもぐ」
「こんなの誰でも作れるだろ。ツキネも練習すりゃすぐに作れるさ」
「じゃあ、今度教えて!」
「お、おう……そんなに気に入ったのか?」
「うん。千雪を好きな理由が増えた」
「そりゃどうも」
ツキネ、それを理由に追加するとペットと飼い主の関係に近づくぞ、と言ったらまた意味を聞かれそうなので止めておこう。
「美味しい、美味しい……」
精神はまるで子供というか、純粋な奴だなーと思う。
なんだか歳の近い妹が出来たみたいだ。
「千雪、どうしたの?」
「いや、なんでもない。さっさと食って学校行かなきゃな」
「私はどうしてればいい?」
「留守番を頼む。家から出なきゃ家の中を冒険してたりしてもいいから」
「……寒っ」
今日も気温が低く朝から冷え込んでるな。
こんな日は早く室内に入りたい。
と、そんなことを考えていると。
「……こりゃー! 待たんか!!」
「なんだ……? うわ、婆さん何してんだ……」
振り向くと、すぐそこで顔見知りのお婆さんが狸を捕まえていた。
「おぉ、千雪君かい。ほら、この悪狸が里に下りてきて家の周りを歩いていたんだよ。狸鍋にでもしてやろうかね」
「ちょ、ちょっと待て。この狸は何か悪さをしたのか?」
「いや、まだ。でもどうせ悪さをするに決まってるさ、狸や狐は昔っからそうだからねぇ。人間と共存出来ると思ってるのかね」
今まさにその狐と同居してるんだけどな。……まぁ、あいつは少し特殊だが。
それよりも。
「何も悪さしてないんなら離してやりなよ。山に放せば帰るっしょ」
「千雪君はお人好しというか、動物にはとことん甘いねぇ」
「学校の人間よりはずっと信用出来るからな。動物の方が」
「じゃあ、学校へ行くついでにこの狸を放してきてくれるかい」
「はいよ」
まぁ、少し気が立ってる婆さんに任せるよりは安全だろうし。
俺は狸を受け取り、歩き出す。
しかし大人しいなこいつ……。
「お前、どこから来たんだ? あっちの山か?」
「……」
そりゃ答えないよな、何訊いてんだ俺。
それからしばらく別方向へ歩き、山のふもとまで行く。
狸を降ろしてやると、狸は山の方へ歩いていく。その際、ちらりとこちらを振り返った狸に俺は言う。
「もし良ければ恩返しでもしに来てくれよ」
動物相手に冗談を言う自分を馬鹿だと思いつつも、俺はその場を後にする。
そして携帯で時間を確認して気づく……バスに乗り遅れた。婆さんめ。
「ただいま」
「千雪ー!!」
「わっ!」
俺が玄関に入った瞬間にツキネが走ってきて飛びついてくる。
「千雪! 千雪千雪!」
「なんだよ、落ち着け。何度も名前を呼ぶな、てかいきなり抱きついてくるな」
「なんか変な虫がいた! 怖い!」
「……お前、妖怪なのに虫が怖いのか。1600年も生きてきたのに」
「だってあんなの見たことないもん……黒くて平べったくて素早かった……焼こうとしたけど当たらなかった」
「焼くなよ! 家が火事になるだろ!」
「大丈夫、標的以外は燃やさない炎だから」
「都合のいい炎だなおい……とりあえずどいてくれ」
まぁ、黒くて平べったくて素早いといえばあいつだろう。コードネームG。
「とりあえず退治するか」
俺は台所からスプレー式の洗剤を取ってくる。
「どこにいたんだ?」
「縁側に逃げた……」
「じゃあ行くぞ」
「え、私も?」
「人間式の退治方法見せてやるから」
というわけで縁側へ。
縁側を見渡すと、確かに廊下の上にいやがった。
まるでこちらを見据えて戦闘体勢に入っているようだ。
こいつはなかなか出来る……。
「行くぞ……」
カサカサカサ、とゴキブリが動き出しこちらへ向かってくる。
速いっ!
「ひゃぁぁ! 来るなぁ! 来るなぁ!」
鬼神のような氷河をも恐れなかった少女がGに滅茶苦茶怯えるのはシュールだな。
それよりも、こいつ強い……。
俺とツキネは一度ゴキブリの突進をかわし、再び対峙する。
次の突進を……返す。
――カサカサ。
「来た……返しの型『氷柱』!」
勢いよく突き出され、発射された洗剤はGを捉える。
クリーンヒットした洗剤によってGの動きが鈍る。
やがてもがき苦しむようにその場でじたばたし、動かなくなる。合掌。
洗剤がGの身体を覆う油分を溶かし、背中にあると言われる呼吸器から体内に洗剤が回って窒息死するかららしい。
しかし、氷河を封印した技をここで使うとは……。
「おぉ……千雪カッコいい! 好き!」
Gを退治しただけで抱きつかれるとは……。
「これからは一人で退治出来るか?」
俺はツキネの抱擁を抜けてGを片付けながら聞く。
「うん!」
まぁ、Gの退治方法は田舎で暮らす以上覚えておいて損はないだろう。
それよりも、一匹見たら三十匹はいると思えって言うが……。
「あ、あそこにもいる!」
このG、最後に仲間呼びを発動してやがった。
「次は自分で退治するか?」
「やってみる!」
ツキネに洗剤を渡し、後ろから見守る。
だが……。
「えいっ! あ、外れた……きゃぁぁ! 嫌ぁぁ! こっち来ないで! 千雪~!」
駄目でした。
結局こいつも俺が退治したわけだが。
「お前、本当に駄目なんだな……」
「うぅ……速い……黒い……怖い……」
完全にトラウマになってやがる。
こりゃ一人で留守番するのも一苦労しそうだ。
そんな泣き出してしまったツキネを慰めていると……。
――ピンポーン。
「誰か来たみたいだ。お前は居間で待ってろ」
俺は玄関へ向かう。
ふと振り返ると、ツキネは居間から顔を半分だけ出してこちらを見ている。
「和尚以外の人だったら驚かれるからとりあえず出てきちゃ駄目だぞ」
「……うん」
そして玄関の戸を開ける。
するとそこには見慣れない女性が立っていた。
女性にしては少し短めの黒い髪。垂れ気味の目が特徴的な整った容姿。服装は半纏と、袴のようなものを履いて帯を巻いている。どこか大人しそうな、落ち着いた雰囲気があるかなりの美人だった。
だかしかし……なんで狸みたいな耳と尻尾があるんだ?
「降矢千雪様……ですか?」
「は、はい」
「うち、朝あなたに助けられたんですけど覚えてますか?」
鈴の音のような声と少し訛った感じの口調。
学校の女子が使うような語尾が上がる「うち」ではなく、京都の人などが使うような語尾が下がる「うち」。
格好のせいもあってか、すげぇ似合う……。
「俺が朝に助けたのは狸だけでしたけど……」
「やっぱり……」
やっぱり、ってことはそういうことだよな。
二日前に同じようなことがあったぞ。
「もしかして狸の妖怪が女性の姿になってここへ来たんでしょうか?」
「……どうして分かるんです?」
「二日前に全く同じことがありました」
「ということはやっぱり……あっ」
「ん……? あっ」
ツキネがこちらを見ている。
つぶらな瞳でじっとこちらを……。
「ツキネ、ここにいたんね」
「キヌ姉……キヌ姉だっ!」
次の瞬間、ツキネは走り出して目の前の女性へ抱きつく。
この感じからして二人は知り合いなのだろうか。
「急にいなくなったと思ったら、人間さんと同居してたんね」
「うん……千雪が色々と助けてくれて、私も千雪を助けるって決めたの」
なんだか二人は歳の離れた姉妹のようにも見える。
狐と狸(?)らしいが……。
「キヌ姉はどうしてここに?」
「うちも千雪様に助けられたから、恩返しに来たんよ」
「恩返し……ですか?」
俺は聞き返す。
「どうやら見たところ、厄介な奴と関わってしまい体内に入り込まれたようですね。そしてそれをツキネが抑えている。でも、まだ完全じゃない……だから、うちにもその手助けをさせてもらえたらと思って」
「それって、一緒に暮らすってことですか?」
「まぁ、そうなりますけど……はい」
「……ちなみに、なんで俺のことがそこまで分かるんですか?」
「なんとなく感じますから……千雪様の体の中にあの氷河が眠っているのが」
「……」
氷河の名前を知っている以上、この人も只者ではないだろう。
「ただ、今は不思議なくらいに大人しい……だから逆に怖いんです」
「はぁ……でも……」
この女性はまだまだ謎が多く、何者なのかも分からない。
ただ、ツキネの知り合いでツキネに懐かれているのは分かる。
「うちとツキネが一緒なら、氷河の力も大幅抑えられるはずなんです」
「そうか……ツキネ、どうする?」
「え?」
「この人と一緒に暮らしたいか?」
「……うん。キヌ姉は私が500歳の時からつい最近までずっと面倒を見てくれてたから……もし一緒に暮らせるなら」
そんなに付き合いが長いのかこの二人。
ただ、俺はツキネのこともまだ知らないことが多い。
それなのにもう一人、妖怪の同居人を増やしていいものなのか……。
「ご迷惑ならうちは他の住み場所を探しますけども……」
でもツキネも俺が学校に行ってる間は暇だろうしこの人がいれば退屈はしないだろう。
それに彼女の面倒を見てくれる人が増えるという面では悪い話ではない。
また、氷河のことにしても……封印の度合いが増すのならそれはいいことだ。
それにこの家、二人で暮らすには少々広い気もするんだよな……てか三人でも広かったし。
「生憎、この里には他に住めそうな家は無いと思います。だったらあなたもこの家で暮らした方が都合はいいんじゃないですかね……」
「じゃあ……一緒に暮らしても?」
「……はい」
「……ありがとう、千雪様」
「うわっ」
抱き寄せられ、むぎゅっと二つの大きな柔らかいものが当たる。
幸せなんだろうけど苦しい。苦しいけど幸せなんだろう。
しかしツキネもいる場面でこれは駄目だ。
「あ、あの……とりあえず放してもらえませんか」
「あ、はい」
「えっと、あなたの名前は?」
「うちは狸穴キヌと言います。敬語もさん付けも要りませんから。これからよろしくお願いしますね、千雪様」
「ええと、よろしく。キヌ」
こうして我が家に新しい同居人がやってきた。
ただ、どこまで信用していいのやら……ツキネが信頼してる相手なら信用してもいいとは思うが。
「あっ! 千雪! また出た!」
と、そこでツキネが壁を指差す。
また出たか、Gめ。
「洗剤あっちに置いてきたんだが……取ってくるか」
「うちに任せてください、千雪様」
「え?」
次の瞬間。
キヌはどこからともなくスリッパとティッシュを取り出す。
そして、おもむろにGを叩き気絶したGをティッシュで包む。
「潰れないように力加減しておいたんで安心してください。あ、それと家の中をお掃除してもよろしいですか……?」
「あぁ……うん」
とりあえずキヌが家庭的っぽいことは分かった。
「キヌ姉……憧れる」
目を輝かせてキヌの後ろ姿を見つめるツキネに
「ツキネもお手伝いしたらどうだ?」
と言うと
「うんっ、お手伝いする!」
どうやら聞き分けの良い子に育ち始めているようだ。
キヌさんの容姿のイメージは都道府県の擬人化イラストを検索すると一番最初に出てくる画像にいらっしゃる岩手県さんです。また、誤字や脱字、矛盾点などがありましたらお教え願います。