吹雪の戦場で
久々の投稿ですね。
……。
…………。
「ん……」
「すぅ……すぅ……」
眠気と戦いつつ目をうっすらと開けると、ツキネが俺の腕の中で穏やかに寝息を立てていた。
そういや……結局あのまま一緒に寝ちまったんだっけ。
「……」
そっとツキネの額に手を当てる。
まだ少しばかり熱を帯びているが、昨日ほどの熱は感じない。どうやら峠は越えたようだ。
俺は手を離し、ツキネをぎゅっと胸に抱き寄せる。
こうしてツキネを抱きしめている時が妙に心地よく、妙に安心してしまうのだ。
誰かに触れていることが、自分と相手の存在の証明になっている。自分のすぐ傍に居てくれる誰かとのつながりになっている。そんな気がした。
だから今はもう少しだけ、ツキネを抱きしめて横になっていたい。
「……千雪」
「ツキネ? 起きてたのか?」
それから少しして、ツキネが俺を呼んだ。
「ううん……今起きた……」
「眠そうだな。体調はどうだ?」
「ん……ちょっとだるいけど昨日よりは元気……」
「そっか。それじゃ、起きて何か作らなきゃな」
「やだ」
俺が布団から出ようとすると、ツキネが俺の服の胸元部分を掴む。
そして体をすり寄せてきて呟く。
「もうちょっとこのままがいい……」
純粋に可愛いと思ってしまった。
更に、思わず守りたいと感じてしまった。
こんなに庇護欲に揺さぶりをかけてくるツキネの頼みを断る理由が俺にはない。
「……じゃあ、もうちょっとだけこうしてよう」
「うん……千雪あったかい……」
ちくしょう……ここ最近、本当に可愛いなこいつ。
「なんだか幸せそうね、二人とも」
「わっ!」
「キヌ姉……」
「そんなに露骨にびっくりせんでも……ちゃんとただいまって言ったし」
「悪い……聞こえてなかった」
「同じく……」
「ふふ、まぁ聞こえないのも無理ないみたいですけどね。今の二人なら」
「……」
「……」
キヌは悪戯っぽく笑みを浮かべ、俺とツキネを交互に見る。
そして俺の方へ顔を近づけてきて俺の耳元で囁く。
「……ありがとうございます、千雪様。ツキネにずっと付き添ってくれて」
「あ、あぁ……」
「顔色も良くなってますし、好きな人と一緒にいることがあの子には一番の薬だったみたいです」
「……」
好きな人、ね。
ツキネが俺を慕って懐いてくれていることはこの身で感じている。
ただ、それはキヌに対しても同じなのでは? と思う。
「千雪様……ツキネは遅かれ早かれ、きっと」
「二人ともいつまで内緒の話してるの……?」
キヌが何かを言いかけた時、ツキネが不服そうな顔でこちらを見つめて呟いた。
するとキヌが俺からすっと離れてツキネの方へ近づく。
「ごめんごめん、ちょっとしたお話ししてたんよ」
「そうなの?」
「うん。さて……ツキネ、いっぱい汗かいたみたいだし身体拭いてあげる。あと、お薬も一応飲まないと」
「うん」
「じゃあまずは身体拭こうか」
「分かった」
そう言われてすぐに服を脱ごうとしたツキネを手で制す。
「ちょっと待てツキネ。せめて俺が部屋を出るまで脱ぐな」
「別に気にしないよ」
「俺が気にするんだよ」
せめてもうちょっと恥じらいは持ってほしいな。
「もういいですよ、千雪様」
寝室を出て、縁側に移動してそこでぼーっとすること数分後。
キヌがやってきた。
「さて、うちは朝食を作ってきますね」
「じゃあ俺も手伝うよ」
「千雪様、あんまり寝てないんでしょう? ツキネと一緒にゆっくりしててくださいな」
立ち上がろうとする俺にキヌはそう言った。
「別に平気だよ」
「いいえ、もし妖怪が出てきた時のためにも千雪様は休んでください。少しでも疲れを取らないと、千雪様自身が危険に晒されてしまいますから」
「キヌ……」
キヌの諭すような口調の中には確かな迫力があった。
しかし……。
「お前だって休んでない……いや、むしろ俺よりずっと疲れているはずだろ」
キヌは薬を手に入れるために夜中に妖怪達の住む地へ戻り、そしてまたこちらへ戻ってきた。
きっとかなり疲れているはずだ。
確かに俺もかなり遅くまでツキネの様子を見てはいたが、キヌよりは……。
「うちは妖怪ですから……少なくとも人よりは体力があります。とにかく、千雪様は休んでてくださいね」
どこか憂いを帯びた口調でキヌは呟き、台所へ消えた。
何故かその後姿を追いかけて台所へ行く気にはなれず、それからしばらくしてキヌが「朝ごはんが出来ました」と呼びに来るまで、俺は軽く眠った。
朝食を終え、三人でゆっくり出来る時間が出来た……そう思ったのは束の間のことで、ツキネがいつもの場所に妖怪の気を感じ取ったらしい。
俺達はすぐに向かおうとしたが、よくよく考えればツキネは病み上がりなのだ。
すぐにそのことに気づき、ツキネを連れて行くわけにはいかないと主張する俺とキヌに対し、ツキネはもちろん反発した。
そんなツキネを時間を掛けてなんとか説得し、俺とキヌは家を出た。
吹雪が酷く、嫌な予感を感じさせる天候だった。
極寒に耐え、吹雪の中を走り、俺とキヌは北の山のふもとにある雪原へ。キヌ曰く、この場所は何か特別な場所らしく妖怪が集まりやすい場所らしい。
雪原は今まで以上に吹雪が酷かった。
「何か感じるか?」
「えぇ……吹雪の中から、三匹ほど」
「三匹か……」
「しかも、それぞれがそれなりに大きな力を持っているようです……おそらく、これは」
キヌが次の言葉を口にしようとした瞬間、吹雪が弾けて周囲の風が止んだ。
「っ……」
「どうやらおでましのようですね」
灰色の空の下、俺達の上空には白い着物を着た三人の女性……もとい妖怪がいた。
「雪女三姉妹、見るのはいつ以来かしら」
「雪女……」
昔話の定番である雪女か。雪煙になって消えたり、相手を氷漬けにしたり、吹雪を起こしたり話の内容は地方によって違うが……こいつらも、それに応じた力を持っているのだとしたら厄介だ。
「狸穴キヌ……狐火ツキネはどこだ?」
「答える義理は無いんよね、あんた達に」
「答えないならば、力づくで答えさせるまでですわ」
「っ!」
俺は刀袋から氷河を抜き、構える。
「しかし、こちらは三人。そちらは二人。狐火ツキネがいなければ、少々部が悪いのではないでしょうか?」
「ツキネはここには呼ばない。な、キヌ」
「えぇ、もちろんです。それに……雪女三姉妹くらい、うち一人でどうにでも出来ますから」
キヌのその一言が癪に障ったのか、三人の雪女の顔が豹変する。
白い肌とそれなりに整った容姿は見る見るうちに般若の形相となり、その姿はまるで鬼婆だ。
「昔と一緒だと思うな! 忌々しい化け狸め!」
乱暴な口調のリーダーらしき雪女が手を振りかざし、猛吹雪が俺とキヌの周りに起きる。
見る見るうちに視界が白くなり、キヌの姿さえも見えなくなる。
もしかして、分断する気か?
「やれやれ……どうやら、何かに力を与えてもらったようやね」
キヌが猛吹雪の中から何事も無いかのように姿を現した。
「キヌっ」
「千雪様、ご安心を。あくまで吹雪ですから」
「あぁ……」
しかし……俺にとっちゃ地獄だなこの環境は……。
「千雪様、どうかしましたか? ……まさか」
「寒さで……身体があんまり動かない……」
手が悴み、震え、刀を握るだけでも一苦労だ。
「千雪様……失礼します」
「えっ……」
むぎゅっ。
そんな擬音が聞こえそうな抱擁をキヌがしてきたのだった。
「うちの妖力を少し分けてあげます。これで少しくらいなら吹雪の中でも平気なはず」
俺に対して妖力を分けるという行為に疑問は抱かない。
氷河が寄生している今の俺は妖怪と人間のハイブリットみたいなもんだしな。
それより心配なのはキヌのことだ。
「……そんなことをしてお前は大丈夫なのか?」
「伊達に長生きしてませんよ。それに……今のあの雪女、三人をいっぺんに相手するとなると少々手こずりそうかと思いまして」
「……さっきどうにでもなるって言ってなかったか?」
「前言撤回です。今の雪女達は操られて力を無理やり増幅させられている。鎌鼬や雪男のように」
「なるほどな……」
キヌがそう感じるならそうなのだろう。
俺は大人しく頷く。
「さて、妖怪退治ですね」
「あぁ」
俺とキヌは三人の雪女に向き直る。
雪女との戦闘は、すぐに始まった。
三人の雪女は、三人で一斉に吹雪を巻き起こし辺りを暴風圏へと変化させた。それと同時に自身の姿を吹雪に潜める。
どこから攻撃してくるのか……気持ちを落ち着かせ、冷静に辺りの気配を探っていると
「こちらですわ!」
「っ!」
背後から突然突風が吹いてきた。
それに反応し、身を翻すと目の前には無数の氷の刃が迫っていた。
ここはこの型だ。氷河一刀流、守りの型……『雪濠』。
「はぁぁっ!」
俺は雪の壁を作るように刀を振るい、ひたすら目の前の氷の刃を弾く。
しかし……視界が遮られている中でこんな攻撃をしてくるのか。気が抜けねぇ……。
「ならばこれはどうでしょう!」
次は真上から大きな氷柱が流星群のように俺達へ降り注ぐ。
「千雪様! 上です!」
「あぁ!」
俺は降り注ぐ氷柱へ向かって激しい突きを連続で繰り出し氷柱を次々と砕く。
攻めの型である『樹氷』によって砕けた氷柱の破片は、キヌが手をかざすことで俺達を避けて地面に落ちる。
何をしたんだ……?
「キヌ、今のは?」
「うちの力は触れた物質の形を自由に変化させることが出来るんです。今のは流れている空気の形を変化させてうち達を避けるように仕向けました」
「なるほど……」
じゃあ、以前にキヌが見せた氷の柱は雪の形を変えたものだということか。
これは狸の化かしにでも基づいているのか……?
「本当はもう少し複雑な能力なんですけど……説明が苦手なんでそれで納得しててください」
「なんじゃそりゃ……」
俺とキヌがそんな会話をしていると、周囲の吹雪が一瞬強まる。
そして声が聞こえてくる。
「なら三人いっぺんに攻撃したらどうなるんだろうな!」
「氷の刃でぐちゃぐちゃにして差し上げますわ!」
「そして二人には死んでいただきましょうか!」
その直後、全方位から氷の礫や刃、氷柱が俺達を襲ってきた。
「千雪様、お任せください」
キヌは足元に両手を付ける。
「かまくらでも作りましょうか」
キヌの言葉で俺とキヌの周囲を囲うように、雪がドーム状に形を作る。
気が付けば、俺とキヌはかまくらの中にいた。
ご丁寧に可愛らしい出入り口まであるし……。
「狭くて暗い空間で千雪様と二人きりなんて、ちょっと緊張しますね」
「この状況で何言ってんだ……」
キヌはマイペースなのかそれとも余裕を感じているのか……どちらにせよ、落ち着きすぎていて逆に心配だ。
「とりあえず出よう」
「そうですね」
キヌと共にかまくらを出た瞬間、上空が暗くなった。
上を見ると、巨大な氷の塊がすぐそこまで迫っていた。
やばい、そんな直感と不安に駆られ俺は目を閉じてしまう。
しかし、数秒後に聞こえたのは激しい斬撃の音、そして氷塊が地面に落ちて雪を跳ね上げる音だった。
「……氷河」
「降矢千雪……我もこの戦闘に混ぜさせてもらおう」
巨大な氷塊を斬撃によって切り刻んだ氷河は、俺に背を向けながらそんなことを言った。
「……急に出てきて何を言っているんだお前は」
「近頃実践から遠ざかっていたのでな」
「そうかよ……じゃあ好きにしろ」
「いいんですか、千雪様」
「ツキネがいないこの状況じゃちょっとキツイからな、雪女の相手は……それに、あいつは……」
氷河は三人の雪女を見遣る。
「さて……どいつから斬ってくれようか」
「こ、こいつ……やばいですわ!」
「ど、どうしましょう!」
「慌てるんじゃねえ! 三対一ならきっと――」
「きゃあっ!」「うあっ!」
一瞬何が起きたのか、雪女にも俺達にも分からなかった。
リーダーの雪女の両隣にいた雪女達が立て続けに雪煙となって消えた。
そして、氷河は最後の雪女の背後にいる。
おそらく……一瞬にして二人の雪女を斬ったのだろう。
「う……あ……」
「待つのはあまり得意ではない」
「あ……っ……っうあああああああああああああああああああああああ――!!」
「ふんっ!」
一瞬にして仲間を消された最後の雪女が発狂し、氷河に襲い掛かったように見えた。
しかし、氷河が振るった一太刀が雪女を真っ二つにし雪煙にする。
「つまらん……準備運動にもならなかったな」
相変わらず恐ろしい強さだ……氷河……。
「降矢千雪、貴様もまだ我が求める地点まで到達していないようだ……今も言ったが、我は待つのがあまり得意ではない」
そう言い残し、氷河は姿を消した……いや、俺の中に戻ったのか。
これから先も妖怪と戦闘することは多くあるだろう……だが、氷河より強い妖怪はどれだけいるのだろうか。
「なぁ、キヌ」
「はい?」
「氷河より強い妖怪なんているのか?」
「分かりません……少なくともうちは見たことがありませんから。ただ、これだけは言えます」
「?」
「氷河は氷や雪の妖怪達の頂点。つまり、最強の妖怪の一人であることには変わりないでしょう」