大事な人
最近小説投稿の間隔が空いてるなーと感じる今日この頃です。
「ん……ふあぁぁ」
目が覚めた俺は上半身を起こし、伸びながらあくびをする。
今朝も気温が低く肌寒い。こんな日は布団の中に残る温もりが恋しくなるが、二度寝するわけにもいかない。
そんなわけで俺はもう起きるとして、ツキネはどうしようか。まだ寝かせておいてもいいんだが……。
なんてことを思いつつツキネの頬を突いてみる。
「ん……?」
あれ……なんか、指先が熱い。
俺は恐る恐るツキネの頬を掌で触る。
「っ……熱い」
ツキネの頬からはじんじんと熱が伝わってくる。
俺はツキネの体を抱き起こし額に手を当てる。
やはりかなり熱くなっていて、一瞬で掌が熱を帯びる。
「凄い熱だ……」
そう呟いた時、ツキネがうっすらと目を開けた。
「ん……んん……千雪……体が……熱い」
「ツキネっ、大丈夫か……? えっと……とにかくキヌ呼んでくるからちょっと待っててくれっ」
「ん……」
俺は目を擦りつつ急いで布団を抜け出し、台所へ向かう。
慌ててもどうしようもない……。
自分にそう言い聞かせ、心の中の焦燥感を鎮める。
妖怪の体に詳しいキヌに聞けば何か分かるかもしれない。今はとにかくキヌのところに行こう。
台所へ行くとキヌがいつものように朝食の準備をしていた。
「キヌっ」
「あ、千雪様。おはようございます。どうかしましたか?」
「ツキネが凄い熱を出してるみたいなんだ」
「ツキネが? 分かりました。今行きます」
「……これは……凄い熱ですね」
キヌはツキネの額に手を当て、重苦しい様子で言った。
「ツキネ、大丈夫? 頭とか痛くない?」
「頭は痛く……ないけど……ちょっとぼーってしてて……熱い……」
「そう……」
弱弱しいツキネの様子に不安を煽られつつ、俺はキヌに訊ねる。
「なぁ、キヌ。やっぱり人間の熱とは違うのか……?」
「疲れやストレスで体が弱っている時に発症するという点では一緒です。でも、妖怪の熱には妖怪用の薬が必要ですね……」
「その薬はどこにあるんだ?」
「妖怪達の世界です。行こうと思えば今からでも行けますが……そうなるとツキネに付き添っていられる出来る人が……」
「いるだろ。ここに」
俺は間髪入れずにそう言う。
「え? でも、学校は……?」
「自由登校の期間に入ってるから心配ない。それに学校なんかよりツキネの方がずっと大事だ」
「そうですか……じゃあ、ツキネのことをお願いしますね」
キヌは立ち上がり俺を見て言った。
俺は頷いて。
「分かった。で、俺は何をすればいいんだ?」
自分のするべきことを訊ねる。
恥ずかしながら俺は妖怪の知識が乏しい。
こういう時は分かる相手に聞くしかないのだ。
「特別なことはほとんどする必要ありません。少しだけ涼しくしたら、あとは一緒にいてあげてください。体が弱ってる時に他人が恋しくなるのは人も妖怪も同じです……それにツキネはこういう時、特に寂しがりますから」
「……分かった。じゃあ薬の方は頼む」
「お任せください。夕方までには戻るようにします」
キヌはそう言うとすぐに家を出た。
色々な面において頼りになるな……キヌは。
キヌが家を出て数分後、俺は氷嚢に入れる氷を取りに一旦台所へ戻る。
冷凍庫の氷を氷嚢に詰め、すぐにツキネのところへ戻り頭の下に氷嚢を敷いてやる。
「ツキネ。何か食べたい物とかあるか?」
「何もいらない……から……一緒にいてほしい」
「そっか……分かった」
ツキネを不安にさせないために笑みを浮かべて、ツキネの枕元に座る。
しかし本当のことを言うと、今の俺はあまりにも元気がないツキネの姿に心臓がちくりと刺されるような感覚を覚えている。
でも、なんで急にこんな熱が……? そう考える。
ツキネはいつの間にこんなに疲れてしまったんだろうか?
毎日キヌの家事の手伝いをしていたから……? それとも時折現れる妖怪の処理をしているから?
そんな考えがぱっと浮かぶが、よく考えればどちらも違うだろう。
ツキネは強い子だ。きっと他に理由がある。
そしてふと思いあたる……まさか。
「ツキネ、もしかして……俺のせいか?」
「え……?」
「俺のせいで……お前がいつも俺の中の氷河を抑えてるせいで……そんなに疲れて高熱を出してしまったのか?」
「……違う、よ」
ツキネは苦笑する。
でも、他に思いつくことはない。
「じゃあ……どうして……」
「ただ……体調崩しちゃっただけ……」
「嘘だ……」
「嘘じゃないよ……だから、千雪は気にしないで」
ツキネが俺のことを気遣ってそう言ってくれていることはすぐに分かった。
「……ごめん、ツキネ。俺のせいで……苦しませちゃって」
自分が不甲斐ないばっかりにツキネを苦しませてしまっていること。
そのことが悔しくて、情けない。
「ん……んしょっと……千雪のせいじゃないよ?」
ツキネは起き上がり、俺の目の前でぺたりと座り込む。
そして可愛くはにかんで見せてくる。
ただ、それでも俺の自責の念は消えない。
「ごめん……」
他に何も言葉が浮かばず、力の無い声で謝ることしか出来ない。
「だから……謝らないでってば」
「でも……迷惑だろ、そんなの」
困ったような表情で慰めるように言ったツキネに対しての返答が悪かった。
そんな俺の煮え切らない態度が癪に障ったのか、ツキネは俯く。
「っ……そういう千雪はやだ」
「え……?」
「謝らないでって言ってるのに……どうして謝るの」
もしかしなくてもツキネは怒ってる。
顔を上げ、力のこもった目で俺を睨んでくる。
「私が千雪にしてあげられることはこれくらいしかないのに……千雪にいっぱい謝られたら……っ」
ツキネは唇を噛み締め、声を震わせる。
「私が……千雪に関わるための理由が無くなっちゃう……」
「ツキネ……」
「それに、これは私に出来る恩返しだから……助けてくれた千雪に出来る恩返しだから……迷惑になんて思うはずない……っ!」
「っ…………悪い」
ツキネのその言葉で俺は思い出す。
『氷河を抑える』ということが俺やツキネにとってどれだけ意味のあるものなのか。
元々、俺達の生活はそこから始まったのだ。そして今まで俺達を繋いできた鎖とも言える。
人と妖怪が一緒に暮らすということ。
この里にとって、それはある意味あってはならないことかもしれない。
ツキネとキヌにしか『氷河』の力を抑えられないから、二人は俺と暮らし始めた。その理由があったから里の人々もそれを認めてくれた。
今俺がするべきことは謝ることじゃない。
「ツキネ。いつもありがとう……」
いつも自分の役目を果たしているツキネに感謝することだ。
「んっ……」
そっとツキネの華奢な身体を抱き寄せる。
俺の膝の上に乗ってきたその身体は少し熱かった。
ツキネは何も言わず俺に体重を預け、目を閉じている。
「お前は毎日自分の役目を果たしてくれてる。今日はその疲れが出ちゃったんだよな……だから今日はゆっくり休め。あと、俺に出来ることがあればなんでもするから……」
「……なんでも?」
ツキネは顔を上げて首を傾げ、恐る恐る訊ねてきた。
「ん、あんまり無茶なことじゃないと助かるけどな」
俺は頷いて答える。
「じゃあ……ぎゅって……強く抱きしめてほしい」
「……分かった」
言われた通り、俺は少し力を込めてツキネを抱きしめる。
ぎゅうっ。
実際にそんな音が聞こえてきた。
「ねぇ、千雪……」
「どうした?」
ツキネは今にも消えてしまいそうなほどに儚げな声で俺の名前を呼ぶ。
切なそうな彼女の表情を見たせいか、彼女を抱きしめる力が少し強くなる。
「千雪といると……思い出すの」
「何を……?」
「クロ姉……っていうお姉ちゃんのこと」
「クロ姉……?」
「うん……猫撫クロネっていうの……キヌ姉以外の、私のもう一人のお姉ちゃん」
ツキネにはキヌ以外にも姉的な存在がいたらしい。
しかし、彼女の語り口から察するにあまり明るい話ではなさそうだ。
「クロ姉はね……私を庇って殺されたの」
「……そうなのか」
「クロ姉は凄く真面目で……優しくて……いつも私のことを大事にしてくれた……だから、千雪と似てる……」
「……」
「もう二度と……大事な人と離れるのは嫌だよ……ずっと、こうしてたいよ……」
ツキネは俺の首に腕を回し、震えた声でそう囁く。
キヌが言った言葉の意味が分かった気がした。
ツキネは寂しがっている。どうしようもないくらいに。
「……誰が離れるかよ」
「……千雪」
俺は誰よりも強くなりたいと思っている。そうすれば、ツキネやキヌと別れるようなことにはならないから。
しかし、もしも俺が一人で氷河を抑えられるくらいまで強くなれたとしたら……その時、ツキネやキヌとの持ちつ持たれつの関係は崩れてしまう。
俺達を繋いでいる……鎖が途切れてしまう。
それでも、俺は二人と離れたくないと思っている。
二人は……大事な俺の家族とも言える存在だから。
「何があっても……どんな理由を突きつけられても……俺はツキネと、キヌと離れる気は無い……」
ツキネはしばらく沈黙する。
そして、俺の首に回した腕に力を込めて静かに言った。
「……約束、だよ」