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ツキネの恩返し!  作者: ヨハン
氷を司る妖
13/15

二つの試験

世間はセンター試験ですね。高校三年生の皆様には頑張ってほしいです。僕は自分の通う高校的に考えてセンター試験とは縁がありませんが。

 今日は千雪様のセンター試験の日。

 縁起を担いで朝から演技の良さそうな名前の食べ物を作ろうとしたけど、千雪様に『そこまで大袈裟じゃないから普通にしよう』と諭されてしまった。

 だからいつもと同じ感じの朝食を作ったけど、千雪様がそれで満足してくれたからそれでいいのだろう。

 そしてツキネと二人で彼を送り出すために玄関へ行く。


「千雪様。忘れ物はありませんか? ちゃんと必要な物は持ってますか? あ、あとハンカチとティッシュも――」


「……」


 うちが自分のことのように確認していると、観察するような視線で千雪様がじっと見つめてきた。


「あ、あれ? どうかしましたか?」


「いや……もしも母さんが生きてたら今のキヌみたいに言ったのかなって思って」


「え……あ、ごめんなさい」


 思わず謝ってしまう。

 すると千雪様はくすっと笑って。


「いや、ありがとよ。キヌ」


 そう言ってうちの頭に手を置いて二、三度撫でた。

 くすぐったいけど千雪様の手は大きくて少し固くて、暖かかった。

 うちは微笑みながら千雪様を見つめた。


「いってらっしゃい、千雪様」 

 

 ちょっとだけ砕けた言葉遣いで彼を送り出す。

 するとツキネも両手を握って小さくガッツポーズをして……。


「いってらっしゃい、千雪。頑張って」


 と言った。

 その姿がなんとも可愛くて、もしもうちが千雪様だったらいくらでも頑張れそうな気がした。


「おう。じゃ、行ってくるな」


 千雪様は少し笑みを浮かべてツキネのことを軽く撫でてから玄関を出た。

 


 千雪様が家を出て数時間が立つ。

 あれからうちはいつものように炬燵で本を読んでいた。

 本の内容は人間の歴史だったり生態だったり文化だったりと日によって違うが、全てこの世界で生きていくために必要だと思われる知識を得るためのものだ。

 昔から人間達の生活を少しずつ学んでいたとはいえ、分からないことも多いのだ。

 目が疲れてふと顔を上げると、炬燵の反対側からツキネがじっとこちらを見ていた。


「どうかした?」


「何読んでるの?」


「んと、これは人の心理についての本やね」


「面白い?」


「結構面白いんよ。ツキネも読む?」


 うちは持っていた本をツキネに渡す。

 ツキネはその本を受け取り目を通していく……が。


「……わけがわからない」


 とすぐに本をこちらへ返してきた。

 一応この子にも読み書きは教えてきたけど、さすがにこの本はまだ難しかったようだ。

 うちは苦笑しながらその本を受け取る。


「あはは……じゃあそのうち簡単に内容を教えてあげる」


「うん」


 ツキネは頷くと炬燵の中へ潜り込んで行く。

 炬燵の中を覗くとツキネが猫のように小さく丸まっていた。


「暖かい?」


「凄く……ほかほか」


「炬燵の中だもん。地震が来てもそれなら安心ね」


 ツキネにそう言って、また本を読もうとしたその時。

 

 ――ドォォンッッッッッ!!!


 遠くから大地を震わせるような轟音が聞こえてきて、同時にその轟音の振動で家が小刻みに揺れた。


「きゃっ!」


「本当に地震が来た……」


 ツキネが炬燵の中で呑気に呟くのが聞こえた。

 いや……これは地震じゃないような。

 揺れもすぐに収まったし、遠くから聞こえてきた轟音……多分……。


「地震じゃなくて雪崩かな?」


「雪崩? ……確かに言われてみれば」


 ツキネが炬燵からぴょこっと顔を出した時。


 ――ドドォォンッッッッッ!!!


「また……」


「なんか……変な感じがする」


 ツキネが耳をぴこぴこと動かして呟く。

 その耳はツキネ曰くアンテナのようなものらしいが……とりあえず可愛い。


「キヌ姉、外に行こう」


「あ、うん……って、ちょっと待ってツキネ!」


 ツキネが炬燵を飛び出し外へ向かう。

 うちも慌ててその後を追いかけ外へ出て、辺りを見渡す。

 景色には特に変わった様子は見られない……しかし、何か変な感じもする。

 うちがそんなことを思ったその時。


「お~い! 二人とも~!! 千雪はいるか!?」


 和尚様が慌てた様子でこちらへ走ってきた。


「そんなに慌ててどうなさったんですか?」


「ぜぇ……ぜぇ……それが、だなっ……」


「……」


 息を切らしながらも何かを伝えようとする和尚様の言葉をじっと待つ。


「どうやら、妖怪が出たようなんだっ……北の山周辺で異常に雪崩が発生している……」

 

 なんとなく感じていた違和感はそれだったらしい。

 でも妖怪ならもし家の中にいても、その妖気をもう少しはっきりと感じることが出来る。

 しかし今は外に出てやっとうっすらと妖気を感じる程度。


「キヌ姉、行ってみよう」


「そうね。和尚様はどこか安全な場所にいてください」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。千雪はいなくていいのか?」


「千雪様は今日センター試験ですから……それに『氷河』が無くとも妖怪を倒すことは出来ます」


「うむ……そうか……じゃあ、くれぐれも気をつけるようにな……」


「はい」


 千雪様がいないのは正直言って痛手かもしれないけど、その代わりにうちが頑張らなきゃ。

 いや……あの方に頼らなくてもいいように、うち達がしっかりしなきゃいけないんよね。 





 

 北の山へ向かう途中も何度か雪崩が起きていたようで、その度に地響きが起きていた。

 震える大地に足を取られながらもなんとか北の山のふもと、以前に鎌鼬と戦闘したあの雪原へ辿り着く。

 雪原には山の方へ向かえば向かうほど急になっている雪の斜面が出来ており、まるで雪原に雪の山が出来てしまったような状態だった。

 

「……キヌ姉。すぐ近くにいる」


「そのようね……どこにいるんかしら……」


 辺りを見回すが妖怪らしき影は無い。

 するとその時。


 ――ドドドドドドド……。


 何かを叩く音が聞こえてくる。

 そしてその直後のことだった。


 ――ドッ……ゴゴゴゴゴ……ドオオオオオオォォッッ!!


 目の前の雪山が急に崩れだした。


「キヌ姉! 下がって!」


 ツキネが一歩前に飛び出し、迫り来る雪崩に向かって自身のメインウェポンとも言える炎を放射する。

 しかし雪崩の勢いが予想以上に大きく、ツキネの炎を雪崩が上回った。


「ツキネ! 危ない!」


 うちは急いでツキネの身体を抱き、雪崩から逃げるように後ろへ下がる。

 何歩か下がったところで雪崩は収まり、雪の粉が視界を白く濁らせる。


「……いた、あそこ。あれが原因」


「……雪崩を起こす妖怪ね。妖気を感じないのも納得かな」


 ツキネが指差した先には雪の粉に包まれている巨大で屈強な身体の影があった。

 次第に宙を舞っていた雪の粉が地上に降り積もり、その姿がはっきりと視認出来るようになった。

 毛むくじゃらの身体、猿人を肥大化させたようなその容姿……。


雪男(ゆきおとこ)……妖気が極端に少ないからここに来るまで気づかなかった」


 ツキネが相手を見てそう言った。


「雪男は穏やかな性格のはずだけど……どうしてこんなことを」


 雪男はうち達をじっと見た後……胸を張り上げて雄叫びを上げた。


「――ウォォォォォォォォッッ!」


「どうやら話は通じそうにないみたいね……ツキネ、戦う準備は?」


「出来てる」


「よし、じゃあ思う存分戦いなさい」


「おっけー!」


 ツキネは元気よく直線的な動きで雪男へ近づく。

 そして前方に掌をかざす。


「狐火!」


 ツキネの掌から次々と火の玉が発射される。

 それらは全て雪男に被弾し、被弾した部分が黒煙を上げる。

 

「グォォォッッ!」


 雪男の苦しそうな声。

 やっぱりその様子はどこか不自然だ……まるで自我を失ってしまっているような。

 

「オォォォォッッ!」


「くぅっ……」


 雪男が再び上げた雄叫びは大地を震わせ、それにツキネが一瞬怯んでしまう。

 その一瞬を見計らうかのように雪男はその太い丸太のような腕を振り上げながらツキネへの距離を詰める。

 危ない……!


「雪の力をお借りします……はっ!」


 うちが見つめたのはツキネの手前転がっている何の変哲も無い雪の塊。

 そして足元の雪に右手を乗せ、頭の中でイメージする。それは雪の塊が一本の巨大な氷柱となって雪男の目の前に突き上げるように生えるイメージだ。

 それから間も無くして……雪の塊は巨大な氷柱となって雪男の目の前に生えた。

 突然下から突き上げてきた巨大な氷柱に雪男は驚き避けようとするが間に合わず、勢いよく激突する。


「ツキネ、今のうちに!」


「うん!っ、はぁぁ!」


 ツキネが放った巨大な火の玉が仰け反っている雪男に直撃する。

 

「オオオオオォォォッ!!」


 雪男に触れた火の玉は爆炎となってめらめらと燃え上がり雪男を焼く。

 雪男の身体が溶けるように少しずつ塵になり消えていく中、雪男の悲鳴にも似た雄叫びが止むことはなかった。

 そして、雪男に対してツキネの炎がここまで効果を示すということにうちは驚いていた。

 彼女の炎は千雪様の『氷河』と違い邪悪な存在のみを焼く力を持っている。

 つまり雪男は完全に悪に染まっていたということになる。

 

 そこで生まれてくる疑問が『雪男をここまで悪に染めた存在』についてだ。

 

「分からない……」


 うちは今まで邪悪な妖怪は何匹でも見てきた。

 ただ、他の相手を悪に染める力を持っている妖怪は少なくとも見たことがない。

 考えれば考えるほど……疑問は尽きない。






 夕方。 

 玄関の戸が開く音が聞こえてくる。


「千雪が帰ってきた」


 うちとツキネはその音に反応して玄関へ行く。


「ただいま」


「おかえりなさい、千雪様」


「おかえり、千雪」


 ツキネは千雪様の胴体に飛びつき腕を回す。

 実は相当寂しかったらしい。


「試験どうだった?」


「そこそこってところだな。今まで勉強道具と向き合ってた時間が長かったから苦労はしなかった」


「それは良かったです」


 うちがそう言うと、千雪様が「そういえば」と切り出す。


「和尚に聞いたんだけど、妖怪が出たのか?」


「うん。キヌ姉と一緒にやっつけてきた」


「そうか。怪我は?」


「無い」


「なら良かった。お疲れ」


 千雪様はツキネの頭に手を置いて労いの言葉を掛ける。

 なんだか……そうしてもらえるツキネの立場が羨ましい。


「とりあえず居間に戻るか」


「うん」


 ツキネは千雪様の言葉に頷くと一足先に居間へ戻っていった。


「キヌ」


 ツキネの後ろ姿を見つめていると後ろから名前を呼ばれ、うちは振り返る。


「はい?」


「お疲れさん」


「ひゃっ……」


 千雪様は優しく笑ってうちの頭をくしゃくしゃと無造作に撫でた。

 吃驚はするけど、それを嬉しいと思いドキドキしてしまう自分が確かにいる。

 この人はこういう不意の行動がずるいんよね……。


「多分だけど、ツキネが怪我しなかったのはキヌのお陰じゃないか?」


「えっ……そ、そんなことないですよ」


 うちは首を横に振る。

 千雪様はそんなうちを見て仕方がなさそうに苦笑して「そうか」とだけ言った。

 

「あ、あの。千雪様」


「うん?」


「最近、身体の調子はどうですか?」


「調子? 特に悪い所はないかな」


「そうですか。ならいいんです」


 千雪様が悪に染まらなければそれでいい……もしも染まってしまったら、うちやツキネが戦わなければいけなくなってしまう。

 悪に染まってしまった妖怪と戦うのはまだ我慢出来る。でも……この人と戦うのだけは嫌だ。

 ただ、彼の中に氷河がいること、そして雪男を悪に染めた存在がいる以上その可能性も視野に入れておかなければならないだろう。

 その時、どのようにして助ければいいのだろうか。


「キヌ? どうした?」


「いえ……なんでもないです。今に戻りましょうか」


 まるで試験の問題ね。それもかなりの難問。

 うちにこの問題が解けるんかな……。

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